第47話 声 3

長谷川は言葉を選ぶ様にして話始めた。


「事故の経緯と言うか、僕が見たままをお話しします。運転していたのは石橋さんで、僕は助手席に座っていました。出発してから多分……15分ほどしたぐらいだと思うんですが、走行中に横から急に息が詰まった様な音が聞こえて……石橋さんの身体が何というか、硬直してしまったんです。慌てて具合でも悪いのかと尋ねると意識はあるみたいで、目だけは僕の方を見ました。それで、あの、車を止めなくてはと思い、横からハンドルを抑えて彼の脚をアクセルから外したんです。でも、それなのに……」


そこから先は、長谷川も何が何やらわからないと言う風だった。


「勝手にアクセルペダルが下がったんですよ。その反動か、僕も後ろへ吹っ飛ばされて。それで慌てて運転席を見たらハンドルが勝手に左に回り出して、そのまま電柱にぶつかりました。……通行人にはぶつかっていません」


萌も京平も反応に困った。


「本当なんですよ。ちょっと信じられ無いんですけど。自動車の欠陥なのか……でも見たまま本当なんです。警察にもありのままを話そうと思うんだけど」


長谷川は大きい身体を丸めて悩んでいた。

誠実そうな人だし、嘘をついている様には見えないが、今の話をそのまま警察に話すのはかなりの勇気がいるだろう。

萌だって心の端で思うからだ。

長谷川が横から車を操作することも可能だと。


「石橋くんが元通り、元気になることを今は祈るだけです」


その気持ちは萌も同じだし、他人に信じてもらえない辛さは痛いほど知っている。

そのはずなのに、心の底からは長谷川を信じられない。

その理由に萌は気づいていた。


「嫉妬」だ。


自分でも己の心の狭さに悲しくなるが、仕事だからどうしようも無いのに、恵一が他の男と二人きりで車に乗っていたことや、その男が立派な体つきをして今にも泣き出さんばかりなのも気に入らない。

恵一との関係の深さを見せつけられる様で。

そもそも萌が視た景色の中にこの男は居なかった。


(どう言うことだ?)


長谷川が居てくれなかったら搬送先がこの病院かどうかの確証すら得られなかった癖にと自分でもわかっているのに、「あんた、誰だよ」と思う気持ちを止められない。


心がささくれ立ち始めたとき、控えめだが急いでいるとわかる足音が近づいてきた。

三人が、顔を上げると、角から萌の母、めぐみが現れたところだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る