第42話 死んでる僕 5

こんなことになっていると知ったら、萌はどんな顔をするだろうか。


いつもは、たかだか男に迫られたくらいのことでも物凄く心配してくれる。

こんな風に思っていることは萌には秘密だ。

自分もれてしまったものだが、今回はいつもと事情が異なる。もしかしたら、死んでしまったかもしれないのだ。出来るならば萌に知れる前に自力で解決したかった。


理想はこのまま身体にスポッと入って元にもどることなのだが、そんなことができる自信もても今のところ無い。


「幽霊なのに靴いてるよ」


脚もあるし。

当たり前すぎて今更思い至ったが、恵一の格好は事故を起こす前と何も変わっていなかった。

怪我も無い。


ただ、スーツの胸ポケットに入れておいた携帯は無くなっていた。


幽霊になってしまったときの持ち物はどういう規則で決まるのだろう。

携帯を手に持ったまま事故に遭えば、幽霊でも透明な携帯を持てるのだろうか。


いずれにせよ、素っ裸じゃなくて良かったと思った。

今から人通りの多い道へ出ようと言うのだ。多分、裸でも誰にも見えないだろうがほっとした。


下らないことも含め、色々なことを考えながらしばらく道を歩いたが、一向に見覚えのある景色が出てこない。

道が分かれるたびに、より人の気配がする方を選んでいる。

だんだんと道は開けてきているが、住宅地を彷徨さまよううちに、思考も彷徨い出し、ふと、はじめて萌が『視た』と言ったときのことを思い出した。



-「先生は、どおしてけーちゃんの水着を持っていっちゃったの?」



小学校高学年で、まさかの、女子でも無いのに、水着を盗まれ、誰にも言えなかった。


次の水泳の授業をどうやって乗り切ろうか悩んでいたら、その次の日が参観日か何かで、萌を連れて姉さんが冷やかしに来た。

そこで萌が担任に言い放ったのが、あの一言である。


今では笑い話だと思えるが、当時の恵一はまだ純粋だったから、担任の変態的な犯行に傷つきもした。

萌の目に毒になるものを見せてしまうのでは無いかと冷や冷やしたし、恥ずかしい気持ちももちろんあった。


しかし、「水着事件」以降、似た様な出来事があまりにも多くてそんなことも言っていられなくなってしまったのだ。


自分も図太くなったものだと思っていたのだが……。

実は最近また、懐かしい悩みが蘇ってきている。


萌が急にデカくなって、自分を「兄さん」と呼ぶようになった。

いつの間にか彼に見下ろされる様になって、成長した事を意識すると、いつも視られているだろう自分の姿が今更物凄く気になり始めて、萌への接し方と言うか、距離の取り方がわからなくなってきたのだ。


萌は何を視たか事細かには語らず、いつも警戒しろと促してくれるに留めてくれるが、なんだか最近物凄く、いたたまれない。

顔が合わせ辛いのだ。


もちろん、萌は何も悪くない。

これは恵一の問題だ。


気取られないように良い叔父で居ようと努力している最中なのに、今回のこれである。


「はぁ…」


自然、ため息が漏れた。

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