第6話幼なジみハ魔ほウシょう女

 駅の近くまで行くと、通勤途中のサラリーマンや通学の高校生たちであふれていた。その中に何とかまぎれる。

 このまま電車に乗って、遠くに行ってしまおう。人ごみの中に隠れていれば、リサも簡単には見つけられないはずだ。

 その時、赤い影が空を横切った。案の定、リサだった。

 リサは道路標識や電柱の上をジャンプして、高架駅の屋上に着地した。

 高いところから俺の姿を探しているのだろうか? リサは下をきょろきょろと見回している。

俺はできる限り自然にふるまい、群衆に紛れる。改札まであと少し。まだ見つかってはいないようだ。

 キーン。

 スピーカーから、突如音がした。人々は何事かと足を止める。俺は一刻も早くここから離れたかったが、一人違う行動をとるわけにもいかず、立ち止まった。

『皆さん! 私は西社市南部担当魔法少女、朝霧リサです!』

 リサの声が、駅前に響いた。心臓がバクバクと音を立てている。周りに聞こえてしまいそうなほど。

『実は、デビルウィスパー寄生者が逃走しました!』

 聴衆がどよめく。

『善良で模範的な市民の義務として、私たち魔法少女の活動にご協力ください! こちらが逃走者の顔写真です』

 駅ビルの壁面に俺の顔がでかでかと映し出された。そこだけじゃない。駅前のビルというビル、看板、標識に至るまですべてに。

 まずい。

 すぐに俺の横にいた女性が声を上げた。

「ねえ、こいつ寄生者じゃないの?」

「ここに寄生者がいるぞ!」

 俺の周りに空間が生まれ、悲鳴にも似た怒声と視線が俺に集まる。

「本当だ!」

「捕まえろ!!」

 視線はすぐに敵意になった。

「おー、こんなところにいたんだ」

 何十メートルもある屋上から、リサがひょいと飛び降りてきた。

「ほんとにさー。あんまり手間かけさせないでほしいな。あんたって別にそんなやつじゃなかったでしょ? 諦めが肝心って言ってなかったっけ?」

「……殺されるってわかってて、はいそうですかって言えるわけねえだろ」

「殺される?」

 リサが眉をひそめる。

「何言ってんの、別に殺しはしないよ。ユウジもあんたのパパも元気じゃん」

「でも……」

「ま、こんな難しい問答は私の得意分野じゃないからさ」

 リサが拳銃を構える。

「クソッ!」

 俺は人の波をかき分けて再び逃げ出した。

「あ、ちょっと待ってって言ってんでしょ!」

 リサの声が、人ごみの中からかすかに聞こえた。



 とにかくあいつが、リサが知らないところへ行こう。じゃないとすぐに見つかってしまう。

 だけど、この街にそんなところはない。

 物心ついた時からいつも一緒で、俺の思い出の中にはたいていリサがいた。俺があいつのことをよく理解していたのと同じで、あいつも俺のことを隅々までわかっている。少なくとも、昨日まではそう思っていた。

 もう、俺はあいつのことがわからない。俺の知っていたリサは、あんな奴じゃなかったのに。

 何があったんだろう。何がリサをあんなふうにしてしまったんだろう。

 もしかしたら、結局俺は、俺の幼馴染について何も知らなかったという事なのだろうか。



 気が付けば俺は、ショッピングモールの男子トイレの個室にいた。

 こんなところで隠れきれるとは思わないが、それでもましだ。

 全力疾走した俺の苦しそうな呼吸が、妙に大きくトイレの中に響いた。急に疲労感に襲われて、俺は便器に深く座り込む。

「見事エルね」

「……どっから現れた」

 天井とドアの隙間にピンクのフクロウ、カントが止まっていた。

「魔法少女の追跡からここまで逃げ通せた人はそういないエル。まあ、リサが手加減しているだけでもあるエルけど」

 カントはパタパタと羽ばたいて、トイレットペーパーホルダーの上に着地した。

「もうここはばれてるエルよ。観念するエル」

「……てめえのせいか?」

 目の前の妖精に問いかける。

「……カントは単なるサポート役エル」

「嘘つけ、てめえがあの赤い光をリサに浴びせたんじゃないのか? だからリサはあんなわけのわからない奴に!」

「あれがリサの本質エル。彼女はもともとあんな人間エル。だからこそ魔法少女に選ばれたんだエルよ」

 気が付けば俺は、握りこぶしをカントに力いっぱい振り下ろしていた。

 だが何かを潰したという感触はない。ただプラスチックの感触と音がしただけだった。

カントはホルダーの上に置かれた俺の拳の上にいた。

「カントの姿は各所に取り付けられた投影装置で映し出されたホログラムエル。殴ったところで意味はないエルよ」

「投影装置?」

「法律ですべての建造物、面一平方メートルに一つ設置されているエル。監視カメラ、スピーカー、マイク、投影機が一体になった超小型装置エル。だからどこに逃げてもコウスケの姿はリサに丸わかりエル」

「……そうか」

 俺の負けは初めから決まっていたらしい。力が抜けていくのがわかる。

「どうして、そこまで浄化、人格矯正プログラムを拒むエル?」

「どうしてって……、俺が死ぬんだぞ」

「何を言ってるエルか。プログラムを受けた人間が死亡した例はないエル。心臓は動き続けるし脳機能にも問題はない。記憶も継承されるエル。法律的、生物学的な死の要件は満たしていないエル」

 カントはいつもみたいに、やれやれと首を振る。俺が何もわかっていないバカだと言いたげな、そんな顔だ。だがこればかりは理解することができなかった。

「そもそも何なんだよ、人格矯正プログラムって……」

「犯罪行為は人格の障害エル。だから罪を犯した『劣等人格』を特殊な光信号を用いて『優等人格』に置き換えるんだエル。人類全体が優等人格者となれば、やがて世界は平和で、優しいきれいなものになるエル」

 平和で、優しい、きれいな世界。リサもたびたび口にしていた魔法少女の理想にして活動の理念。

「これでもとても人道的エルよ。昔は身柄を何十年も拘束して労役を科したり、あまつさえ命を奪ったりする方法で罪が裁かれていたエル。でも魔法少女達のおかげで罪を犯した劣等人格の持ち主でも、善良な市民としてすぐに社会復帰できるエル」

「…………」

「なんで理解できないエルかね? これが人類の理想を実現する一番確実な、素晴らしい方法なのにエル」

「そういうこと」

 ドアの外からリサの声が聞こえた。

「わかってくれた? コウスケ」

 姿は見えないが、きっとリサは笑っているのだろう。いつもと同じ、得意げで勝気な笑みで。

「わからねえよ」

 俺は一言、そう答える。

「もう、わからなくなった」

「そう」

 ドアが強引に開かれた。蝶番と鍵が吹き飛び、耳障りな破砕音が狭い男子トイレを震わせる。

 目の前のリサは拳銃を構えていた。

「デビルウィスパーに憑りつかれたままあちこちうろつかれると、私が怒られるから勘弁してほしいんだけど」

「こいつから聞いたぞ。嘘なんだろ、デビルウィスパーって」

 リサがちらりとカントを見た。

「別に嘘ってわけじゃないよ。デビルウィスパーってのは劣等人格者のことを言い換えて、私たちの活動をわかりやすくしたものだし」

 カントがリサの肩に飛び立った。

「魔法少女が現れる前はさ。人類のほとんどが、デビルウィスパー、劣等人格の持ち主で、平和や秩序なんて守られてなかった。だからその愚かさに気付いた人たちが魔法少女になって、こうやって劣等人格を優等人格に矯正してるんだよ。平和のために」

 リサの言うことは、ある意味正しいと思う。だけどおかしい。

「個人的には、みんな一回はプログラムを受けるべきだと思うのよ、私は。そうすれば魔法少女は晴れてお役御免じゃん。でも、今の法律じゃ犯罪者しか適用できないのよ。罪を犯した人が優等人格を持った真に正しい人間になれるって、なんか歪んでるよね」

違うと言いたい。でもそれを言葉にして発すことができなかった。何かが違うのに、何が違うのかがわからない。言葉にできない。

「私ね、実は待ってたんだ、この時を。やっと、コウスケを私と同じ場所に立たせてあげることができる。私と同じものを観させてあげられるって」

「いつからそんな偉くなったんだよ、お前は」

「私が偉いんじゃないよ。コウスケがダメなの。私は普通なのに、コウスケはそうじゃなかった。それが嫌だったんだからね。コウスケが間違っているのを、私はこれ以上見たくなかった」

 やっと理解できた。たぶんこの世界では、リサの方が正しいんだ。だからリサは正義のヒロイン、魔法少女をやっている。

 そして間違っている俺は、こうやって魔法少女に追われている。

 奥が赤く光る銃口が、俺に向けられた。

「魔法少女法第三条に基づき、人格矯正プログラムの適用を許可するエル」

「さ、すぐ終わるからさ」

 目の前が、真っ赤に染まった。














「リサ! 出動エル!」

「オッケー! まったく、こんなに頑張ってるってのに、世の中にはバカが多いわね!」

「本当ダね、リサさン。頑張ッて!」

「任せて! コウスケ。世界平和のために戦ってやるわよ!」


 僕ノ幼馴染は魔法少女デす。ヨり良イ世界のたメニ、今日も悪と戦っテいマす。そンな彼女は、僕の一番の誇リデス。




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幼なじみは魔法少女っ!? 徒家エイト @takuwan-umeboshi

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