第5話コウスケは大騒ぎっ!?

 翌日。俺はいつもより早めに起きて、さっさと学校に行くことにした。家族と顔を合わせるのが気まずい。母さんは相変わらず唇を固く締めたままだったし、父さんはあのニコニコ顔でそんなことも気にせず今日の予定について喋っている。

 俺はその空気に耐えられなかった。相変わらず母さんは、家を出る前に

「……リサちゃんには気をつけて。せめて、いい子でいるのよ」

 と、よくわからないことを言ってきたが、

「ああ、うん」

 俺は適当に返事をして家を出た。

 まだ朝早いせいか、空気がひんやりと冷たい。道行く生徒たちも少なく感じた。

「あれ? コウスケじゃん。珍しー。こんな朝早くに」

「うがっ!?」

 後ろから急に飛びつかれた。リサだ。

「天変地異の前触れかもしれないエル」

 バカにしたように言うカント。いつも通りの光景。

「なんだよ、俺が朝っぱらから登校してちゃおかしいか?」

「おかしい」

「おかしいエル」

 二人は口をそろえていった。

「うるさい! ほんとに、人を何だと思ってるんだよ」

 二人と話しているうちに、先ほどまで抱いていた違和感や不信感が消えていった。

「そういえばさ、昨日の晩、俺の父さんがデビルウィスパーにやられてたって知ってるか?」

「え? うん。うちのママから聞いたよ。管轄が違うから私が浄化したわけじゃないけど」

「そうか。……デビルウィスパーを浄化した後ってさ、副作用みたいなのって残ること、あるのか」

「副作用?」

「なんかこう、性格がおかしくなったりとか、さ」

 俺が聞くと、リサはばかにしたように吹きだした。

「ふっ。そんなことないわよ。ただ、デビルウィスパーは精神を汚染するから浄化後は違和感を覚えるようになるかもしれないけど、ね」

「そういうことエル。別に心配することはないエルよ、コウスケ」

 カントもうなずく。

「そうか、ならいいんだけどさ」

 魔法少女のリサと相棒のカントが言っているのなら間違いはないのだろう。そう納得して、この話は終わった。

「あ、そうだ。昨日のドラマ見た? ほら、筑紫優史と小倉ふみが主演してるやつ!」

「あ! そういや見てねえ!」

「うわぁ、モッタイない。昨日とうとう」

「まて! 言うな!」

 またいつもの日常が始まる。



 始業まであと三十分はある教室は、まだ数人の生徒の姿しかなかった。だけどその中に、

「……ユウジ!?」

 あのユウジの姿があった。

「おハよウ、コうスケ君」

「え、ああ……。おはよう。どうしたんだよ、お前」

 髪の毛は黒く染め直され、清廉という言葉が似合うほどしっかり整えられている。着崩されていた制服もちゃんとしていて、昨日まで付けていたピアスやネックレスはない。

 机の上には数学の教科書とノート。しかもまだ習っていない範囲のページが開かれていた。予習でもしていたのだろう。

「本当に、どうしたんだよ……」

「君モ、昨日見てイタだロう? 僕はデビルうィスぱーに憑りツかれテしマっていたンだ。でもリサさんニ浄化してモらったカら、元に戻っタんダよ」

「いや元にって……。お前そんなやつじゃなかったじゃねえか」

 ユウジと俺は、小学校からの付き合いだ。出会ったばかりのユウジは、バカで騒がしかったけど、明るくていつもみんなの中心にいる、そんなやつだった。

 俺のことを「コウスケ君」だなんて呼ばないし、予習なんてするやつでもない。これでは「元に戻った」んじゃなくて、「まったく別の人間になってしまった」みたいだ。

「なあリサ。こいつは、あのユウジなんだよな?」

「何言ってるの? あんた、友達の顔も忘れちゃったわけ?」

「友達って……」

 ユウジは、父さんと同じようなニコニコ顔でこちらを見ている。

 違う。何が違うのかはわからないけど、こいつはユウジじゃない。

「デビルウィスパーが浄化しきれてないってことはないよな?」

「そんなことないわよ。しっかり浄化したんだから。ほら、ちゃんといい子になってるじゃん」

「お前、何したんだよ」

 俺はリサに詰め寄った。

「ユウジに何した。昨日何があった」

「やメて。こウスケ君。リサさんハ崇高な任務を行っテいルんだ」

「お前は黙っとけ! 偽物!」

 止めに入ろうとしたユウジを、俺は振りほどいた。ユウジはガタンとしりもちをついた。

「父さんも何か変だった。リサは、魔法少女は何をしたんだよ?」

「知ってるでしょ。デビルウィスパーを駆除して平和で優しい、綺麗な世界を作ろうとしてるんだよ」

 リサは恐ろしいほどいつも通りだった。それが怖くて腹の底が冷えてくる。

「綺麗な世界って、なんだ?」

「罪を犯す人が一人もいない世界。みんながみんなにやさしい世界」

「だからって、ユウジをユウジじゃなくすのか?」

「そうだよ」

 言葉を失った。

「邪魔だったもん、あのユウジは」

 本当に、淡々と。何でもないことのように言う。

「自分のことしか考えないで、親や先生に迷惑をかけて。そんな人間は社会にとって邪魔なの。ルールを破るような人間は害悪でしかないんだよ。だからそんな人たちを矯正して、デビルウィスパーを排除するのが私たちの仕事なの」

 そして、くるりとカントの方を向いた。

「コウスケ、どう?」

「暴行に恐喝、あと、リサの魔法少女としての活動を否定したエル。これは魔法少女法第五条の重大な違反エル。今後のことも考えたら、十分執行対象エルね」

「よし、これもコウスケのためだよね」

 リサがポケットから赤い宝石を取り出した。

「俺のためって……」

「そ、これもコウスケのため。幼馴染がデビルウィスパーに支配されてるなんて、嫌だもん」

 リサが宝石を構えるのと同時に、俺はリサを押しのけて教室を飛び出した。



 登校してくる生徒たちと逆の方向に走る。不思議そうに見られるが、そんなことを気にしている余裕はない。

 捕まれば、ユウジや父さんと同じ目に合わされる。そんな確信に近い予感があった。

 ただ、どこに逃げたらいいのかはわからない。

 ひとまず家に帰ろうとすると、

「もう、何逃げてんのさ」

 頭上から声がした。

「ひぃっ!」

 リサが電柱の先端に立ってこちらを見下ろしていた。

 逃げろ逃げろ逃げろ。本能が狂ったように命じる。

 だが手足がもつれ、うまく走れない。それでも這いずるようにして進む。

 やっと家の前まで来たと思った時、背後にリサの気配を感じた。

「だーかーらー。魔法少女から逃げられるわけないでしょ?」

 同時に俺の腕が締めあげられる。

「離せ!」

「無理だって。とりあえず大人しくしといてよ。大丈夫、すぐ終わるから」

「やめろ! やめてくれ!!」

 必死で抵抗するが、リサの力は同い年の少女とは思えないほど強かった。腕にこもる力が増し、痛みで思わずうめき声が出る。

 もうだめだ。

 そう諦めらめかけたた時、リサの背後に丸い何が振り上げられたのが見えた。

 ゴン!

 それは鈍い金属音を響かせてリサの頭部に直撃する。リサはそのまま、電池が切れたみたいに倒れた。

「逃げなさい! コウスケ!」

「母さん!?」

 フライパンを構えた母さんが荒い息をして立っていた。

「早く!」

 母さんにどなられて俺ははじかれたように再び走り出す。

 すぐに、母さんはどうなるのだろうと思ったが、

「母さんのことはいいの! いいから行きなさい!」

 俺の思考を読み取られたかのような叫び声がした。

「ごめん!」

 俺は振り返らずに言って、全速力で走る。

 角を曲がった直後、背後で昨日見たあの赤い閃光がほとばしった。


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