第4話お父さんは大変身っ!?


家に帰ると母さんが一人廊下に立っていた。

「ただいま」

俺が声をかけると、母さんは固い顔のまま、

「おかえりなさい……」

 と、小さく言った。

「そういや、朝はどうしたんだよ。リサに俺のこと任せちゃってさ」

 今朝母さんは家にいなかった。リサの口ぶりだと、母さんがあいつに俺の面倒を任せたみたいだったけど。

 母さんは「リサ」という名前に、一瞬体を震わせた。

「実はね……。明け方に、警察から電話があったのよ」

 そういう母さんの口は、少しだけ震えている。何かに脅えているようだ。俺も、なんだか不穏な気配を感じて身をこわばらせた。

「父さんが、デビルウィスパーに憑りつかれたって……」

「え? そんなこと?」

 拍子抜けしてしまった。

 犯罪行為のすべてがデビルウィスパーの仕業だと分かった現代では、警察の仕事は魔法少女に浄化された人たちの介抱がメインになっている。警察から電話が来たという事は、父さんのデビルウィスパーはすでに魔法少女によって倒されているという事だ。

「それならよかったじゃん。何そんなに怖い顔してるんだよ」

「……あれは父さんじゃない」

「は?」

 母さんのつぶやきは本当に小さくて、よく聞き取れなかった。

「なんて?」

「ううん。なんでもない」

 母さんは力なく首を横に振って、そして少しだけ微笑んだ。

「母さん、疲れちゃったからもう寝るね。夕飯はダイニングに置いてるから。……父さんもいるわ」

「え? ああ、うん」

 俺が戸惑っていると、母さんはそれをよそに階段を上がっていく。そして姿が見えなくなる直前で、振り返らずに言った。

「リサちゃん、魔法少女だったわよね。……気をつけなさい」

「ちょ、ちょっと母さん!?」

 母さんはそれ以上何も言わず、足早に二階に消えていった。

「なんだよ、まったく」

 俺とリサは長い付き合いだから、当然家族同士も親密な関係だ。リサのことは母さんもよく知っている。あいつが魔法少女になった時には一緒に喜び、リサの家と一緒にお祝いのパーティーをしたぐらいだ。

 それなのに、気をつけろとはいったいどういうことだろう。

「……まあいいか。腹減ったし」

 もやもやしたものが胸の中に残っていたが、とりあえずは飯だ。そう思いダイニングに向かうと、部屋着に着替えた父さんがソファに座っていた。

「やア、おカえり。コウすケ」

「……ただいま」

 父さんはにこにこと笑いながらお茶を飲んでいる。

「学校ハ、どウダった?」

「別に普通だけど。父さんこそどうしたんだよ、デビルウィスパーなんかに憑りつかれちゃって」

「いヤあ、どうカしてイたヨ。会社ノお金を、横領シようトしてしマっテネ」

 相変わらず笑ったまま言った。まるで仮面みたいだ。

「また何でそんなこと……」

「本当ニ、恐ろシいよ。あノ時、もッと金がアれば、オ母さンの治療費に充テらレると、思ってシまっタンだ」

 どきりとした。

 父さんのお母さん、つまり俺のばあちゃんは病気で入院している。俺ら以外に身寄りがないので、ばあちゃんの治療費は父さんが払っているのだが、その負担が結構大きいのは、父さんと母さんの話を聞いていて、なんとなくわかっていた。

 それでも父さんはばあちゃんの面倒を見てきた。

「親孝行ぐらいしとかないとなぁ」

 と言っていた父さんの顔がかなり疲れているように見えたのは、気のせいではなかったみたいだ。

「まあ、横領は犯罪だけど。ばあちゃんはどうするんだよ。お金、あるのか?」

「家ト、車を、売ろウと思っテいてネ。今、不動産屋ニ、見積モりヲ出しテモらってルんダ」

「……売る? この家を?」

「あア。そうスれバ、当分ノ治療費は、工面でキる。後、母サんニは働いてモらオうと思ってるヨ。コウスけ、オ前もバいトか何カ、始めナさい」

「え……」

 正直、いやだ。住み慣れた家を売るのも、働くのも。

 でもそれを口に出すことができない。もし言ってしまったのなら、それはおばあちゃんを否定することになる。おばあちゃんは死んでもいいというのと、同じ意味になってしまう。そんなことは思っていないのに。

「なんか、父さんおかしくない?」

 だからまったく別に疑問を出して、俺は答えから逃げた。

 父さんは訳が分からないという風に首をかしげた。

「どコも、おかシくハなイよ。むしロ、正常サ」

 そんなはずはない。喋り方も、動作も、表情も何かが変だ。父さんじゃない。

「……そう、わかったよ」

 俺は飯をかきこんで、さっさと部屋に引っ込むことにした。今の父さんはどこかおかしいし、気持ちが悪い。でもなぜか、それを認めてしまうことはできなかった。


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