第三十三話 後始末
最終的に老医はレイに全治一ヶ月という診断を下した。
しばらくは入院する予定だったのだが九郎は絶対安静という条件で無理やり老医を説き伏せて自宅に連れて帰った。
彼には何か考えがあってのことだろう。
ところがその九郎はレイを自宅の彼の部屋に寝かせると深夜二時を過ぎているにもかかわらず、用事があると言ってレイの世話をロベルトに頼んで霧降山の方へと出かけてしまった。
だがロベルトにも他にやらなければならないことが山ほどあったので、レイの看病は事態を聞きつけて駆けつけたジルに任せて九郎の道場を出て、今度は迷うことなく広場に向かった。
そもそも看病と言っても見張っているだけで特にやることはないのだ。
広場には野盗の死体が全部で三つ、転がっていた。
右腕を肩口から斬られていた一人はつい先程出血多量で事切れたらしくまだ体に少し体温が残っていた。
ロベルトは九郎の家から借りたランタンを闇の先に向けた。ランタンの光源である
彼は死体の生気の抜けた薄い色の肌を数秒凝視して、浅いため息をついた。
こいつらが略奪目的でここに襲いかかって返り討ちにあったのだから自業自得と言えば正にそれだが、死体を見慣れているロベルトにとっても正直、心地のよい光景ではない。地面を満たす冷めきった血の海は凄惨を極めている。
広場を満たすこの血の臭いに野次馬を含め、その場にいた全員が死体と同じような青ざめた顔で立ち尽くしていた。
彼は、やはり人が死ぬのはよくないな、と低い声でぼやいてから村の男達に他の気絶している野盗の捕縛を頼んで、串刺しになった死体の背中から軍刀を引き抜いて脇に抱え、開いた手で落ちていた生首を拾った。
そして三つの死体をかついで町の外れの林に行き、なるべく日当たりのよさそうな木の茂っていない場所に穴を掘って埋めた。
それから、そこに近くで拾った三つの平べったい石を墓石代わりに積み上げて、その簡易な墓に向けて十字を切った。
死ねば善人も悪人もない、ただのもの言わぬ肉の塊だ。そしてそれもやがては墓穴の中で朽ちて大地へと還る。
広場に戻ると他の野盗どもは荒縄で縛られて広場に集められていたが、そのほとんどが未だ気を失っており、そうでない者も例え縛られていなくてもまともな対抗ができるような状態ではなかった。
だが、最大の問題はこの連中をこの国の騎士団に引き渡すまでどこに閉じ込めておくか、ということだった。
もう少し大きな街であれば治安機構の牢獄や留置場のようなものがあるのだが、この馬鹿に平和すぎる田舎町フレンネルには過去そういうものが全く必要にならなかったようだ。
しかしこのまま広場に放置しておくというわけにもいかないので、騎士団に引き渡すまでにどこかに収容しておかなければならない。
そこでこの街で一番大きな建物はどこだと聞くと、それは九郎の道場だと言う。だが怪我人と野盗を同じ建物内に収容するのはあまりに安全性に欠けるので、この案は即座に却下。
次に大きな建物は教会だと言うがこれもそこの神父が、神聖な場所を留置所代わりに使うとは何事か、あなたには信仰心というものはないのか、あなたはその考えを即座に改めねばならないさもなければ神はあなたを見捨てるであろうなどと真剣に怒った顔で説教を始めたのでそそくさと退却しここも却下。
そもそもお宅でのされた野盗数十名を預かってもらえませんでしょうか、などと言っても快く受け入れてくれるはずがない。
そこで建物はあきらめて他にどこか頑丈で安全な拘束場所はないか思案していると山菜採りをしているというひどく腰の曲がった老婆が彼のところにやって来て、霧降山の麓の森に倉庫として使っているそこそこの広さの岩屋があるからそこを牢屋の代わりにしてもいいと言う。
連れられてそこへ行ってみるとシノブシダが茂る小さな滝の脇の崖に縦に長い岩の裂け目が穴を開けていた。
その岩屋は中に入っていくにしたがって空間が広がっており、行き当たりは二十五畳ほどの大広間となっていた。
地下水の浸食でできた空間らしく天井に何本も突き出た木の太い根から水滴が滴り落ちて多少湿っぽかったが牢獄としては快適すぎるほどだ。
さっそく野盗を縄にかけたままその中にぶち込んで、近くにあった大岩を岩屋戸として入り口を塞ぎ、念のため町人二人の見張りを交代で立てた。
全ての後始末が終わったころにはすでに眩しい朝日が昇っていた。
澄んだ空気と小鳥のさえずりを背にロベルトは自分がこの町に着いてから全く休息を取っていないのに気がついて、重い足取りで九郎の道場へと向かった。
母屋の玄関を開けるとそこの土間にはレイとジルの二対の靴があるだけで、この家の主はまだ帰っていないらしい。
だが、ロベルトはひどく疲れていたので霧降山の向こうのバーサーストの街に騎士団を呼びに言ったのかもしれないなと深く考えずに土間を上がり、レイの部屋を覗いてジルだけ起こした後、自分は道場の床に寝転がった。
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