第二十三話 力の差

 火炎弾の直撃を受けたレイの身体が後方に吹き飛ばされる。彼は地面を転がって民家の塀に激しく叩きつけられた。


 しかし、すぐに起き上がって木刀を構える。そこを狙って火球が迫り来る。とっさに木刀を突き出すが、それで防げるはずもない。彼の身体は爆炎に煽られて再び民家の壁に打ち付けられた。


「見かけによらず頑丈だな……」


 切っ先の折れた木刀をついて立ち上がろうとするレイを見て、離れたところからバルバリッチャが卑下た笑みを浮かべる。


 レイの上半身は服が焼け焦げて胸の辺りがただれているが、それでも彼がまだ動けるのは、バルバリッチャがわざと魔術の威力を落としてなぶり殺そうとしているからだ。


「があっ…」


 呻く声とともにレイの口から血反吐が溢れる。しかし、レイは唇を手で押さえてよろよろと起き上がった。そこに再びバルバリッチャの手が向けられた。


悲しみの藍ディープ・ブルー!」


 一列に整列した青い燐火が次々に放たれる。


 レイはよろける足取りでそれらをかわそうと横に跳ねたが、その左足に人魂の一つがが突き刺さった。

 破裂する音と閃光を立てて彼の足の半分が青い火柱に包まれる。


「ぐあああああッ――」


 身を焦がす激痛に絶叫しながら地面を転がる。

 手で叩いて火をかき消したが、向うずねの横に穴が開き膝から下が黒くただれて、肉の焦げた異臭を上げている。


 それでも彼は、木刀を支えに足を引きずりながら立ち上がった。垂れた金髪の間から見える二つの瞳は前しか見ていない。


「オオッ――!」


 短く気合いを発してバルバリッチャに突進する。しかし、振り払われた木刀に今までの鋭さはなかった。


 バルバリッチャは軽く身を捻っただけでそれをかわす。そしてすれ違いざまにレイの腹部を蹴り上げた。


 レイの身体は宙で一回転して後方の地面に背中から叩きつけられた。上げた足を下ろしながらバルバリッチャは鼻で哂わらう。


「随分と鈍いじゃないか」


 続いて、何度も崩れながらも立ち上がろうとするレイを見て、憎々しげに言葉を吐いた。


「しぶとい奴だ。いくら粘ったところで、それはお前の寿命をほんの少し引き伸ばす悪足掻きに過ぎない。お前はここで死ぬ」


「俺は、死な……い」


 かすれる声で呻く。彼の視線は変わらず鋭く、バルバリッチャを貫いている。


「俺は死なない。お前が、魔術士だろうが、何だろうが……関係ない」


 途切れ途切れに言って震える手でなおも構えをとる。バルバリッチャは腹立たしげに片手を振りかざした。


「フン、分からんガキだな。――まあいい、僕もそろそろ飽きてきたところだ」


 言い放って目の前の空間に衝撃波の魔術構成を組む。


 レイはまだ、冷静さを保っていた。


 彼の精神は傷の痛みを忘れさせるほどに目の前のキノコ頭の魔術士に集中していた。彼の頭の中には退くことなど微塵もなかった。


(一か八か、やるしかない)


 レイは刹那の賭けに出た。その身体が屈んで地面を蹴る。


「無駄なことを!」


 バルバリッチャは一喝して、向かって来るレイの身体に焦点を合わせた。そして声を上げる。


黒のブラック―――」


 バルバリッチャの寸前まで迫ったレイが突然、横に跳ねる。バルバリッチャの視界から一瞬彼の姿が消えた。

 だがバルバリッチャは慌てず、その方向へと手を流した。この距離なら目標を固定しなくても魔術の捕捉範囲内だ。そして同時に叫んだ。


雌鳥プーリット!!」


 それにもかまわずレイはさらに突っ込んで魔術が発動の光球を放たんとしているバルバリッチャの手首を掴んだ。そしてその掌を彼の身体の方向に捻じ曲げた。


「なっ――」


 捻られたその掌から、閃光が巻き起こる。


 瞬間、凄まじい衝撃波がバルバリッチャの身体を包んで吹き飛ばした。そして、向かいの民家に轟音が突き刺さった。


 衝撃波の余波で反対方向に飛ばされたレイが崩れるように着地する。

彼はすぐに顔を上げたが、それと共に痛みが甦って彼の両膝が地に着いた。


 土ぼこりの中から、崩れた瓦礫に埋もれたバルバリッチャの半身が現れる。次にうつむいた顔が月光の影を落としながら闇の中に浮かび上がった。


「くそ、やっぱり仕留められなかったか……」


 レイがただれた足を押さえながら呻く。


「くくくくく………」


 二人の間にバルバリッチャの湿った笑い声が流れた。

 バルバリッチャは胸に乗っていたレンガを払いのけて、ゆっくりと立ち上がった。


「魔術発動の一瞬の時間差タイムラグをつくとは……。なめた真似をしてくれる。だが、残念だったな。僕とてとっさに魔力を中和させるくらいの技術は持っている」


 バルバリッチャは自らの魔術を食らう直前に、反構成に近い減少魔力を流し込んで威力を半減させ、続いて無詠唱の保護魔術によって衝突の衝撃を緩和していた。


 彼は土ぼこりのかかったローブを手で叩きながら、レイを睨みつけた。


「少し手を抜きすぎたか……」


 呟いて、乱れた髪を手櫛でとく。


「この離れた間合いではお前に打つ手は皆無。今度こそ、確実に死ね」


 顔が歪むほどに笑って、膝をついているレイに手をかざした。

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