第二十一話 魔術城塞
王都ミクチュア。彼に言わせればこの都市は完璧すぎる。
都市全体を囲んだ高さ三十五メートルもある円筒形の城壁が外界からの侵入者を完全に阻み、さらにその外側は断崖絶壁の深い谷が重なる。
いかに高性能の装備をした圧倒的質量の軍隊が攻めて来たとしても、攻略はまず不可能だ。
並の砲弾は谷に阻まれ城壁に届きすらしないし、例え届いたとしても城壁の至る所に彫り込まれた幾千もの魔術紋章が街全体を囲むドーム状の強力な結界を発生させ防いでしまう。
地形の面でも同じことが言える。
谷の手前に広がる荒涼とした平地に遮蔽物は全くなく、城壁の上から行動が丸見えだ。さらにそこに至るまでの岩の大地は起伏が激しく、山のような岩盤や唐突に現れる岩のクレバスが数キロメートルの進軍でさえ兵士をひどく疲労させる。兵糧攻めをしようにも、この枯れた大地は包囲する側の兵糧を保障してくれない。
まさに難攻不落。都市というよりは魔術城塞と呼んだほうが相応しい。
|赤土の魔術士同盟(ラテライト・ウィザーズ)の有する英知の全てを結集させて建設した、この王たる都市はそれ自体が巨大な魔方陣なのだ。
もしもこの街を滅ぼせるとしたら、それは外圧ではなく内部からの腐敗だろう。
だが、それさえも当分は起こりそうにない。
整然と区画整理がされた左右対称の居住区を豪華な建築様式の建造物が埋め尽くしている。
あるものは大理石の石柱で、あるものは雪蝋岩で、屋根や壁などいたるところに木の葉のレリーフやガーゴイルを飾り付け、己の有り余る財力を誇示している。
そこに木造のぼろ小屋や、麻の服を着た人間の姿はない。
ここにいる連中が身に着けるのは真っ白な絹の服と艶やかなドレスと
少なくとも彼はそう思っている。この街は彼が最も嫌いな場所だが、彼もまたその一員で、彼の居場所はそこにしかないというのは皮肉であり、同時に最大の苦痛でもある。
彼は目の前にそびえ立つ建物を見上げた。
それはこの都の中心に位置する、ここで一番大きく、高く、それに値する人間が集まる場所だ。
尖塔のような建物の頂点は太陽を覆い隠して、自分がそれに準ずる存在だと主張しているかのようだ。
それが作り出す乾いた影は様々な人が憩う正面の広場に覆いかぶさっている。
そこに佇む人々には自分を覆い隠す影の大きさなど気にかけてもいないだろう。
その方が気苦労なく暮らせるかもしれないが。
彼は視線を元に戻して、大きな門の中に足を踏み入れた。
両側に立っている二人の警備の兵士が彼に一礼する。彼らに小さく返礼して、彼は鮮やかな草木と花に彩られた前庭の石畳を進む。
十字路に差し掛かったところで彼は道を外れた。
脇の植木を覆う蔦を払うとそこに小道が現れた。周りに人気がないのを確認してからそこに入る。
覆いかぶさる木の枝を払いのけながら少し行くと、高い植木に囲まれた空が見える円形の空間に出た。
そこには大きな御影石の石碑が太陽のスポットライトを浴びて佇んでいる。
彼はその前に立ち、そこに連なる文章の中ほどに空いた余白に指で文字を綴った。
すると、そこに青白い光の文字が浮かび上がり、他の全ての文章が石に染み入るように消える。そして石碑の上部が音を立ててスライドし、そこに闇へと下る階段が口を開けた。
彼の体がその中に完全に消えると、再び石碑が動いて元に戻り、文字もまた浮かび上がる。全ては何もなかったかのように太陽の光が静けさを包み込む。
彼は歩き慣れた暗黒の螺旋階段を一段一段踏みしめる。そこを下りきると錆びた小さな肩扉が現れた。
ノブに手をかけて、軋む鉄扉を開ける。
部屋の中には、いつもと同じ微睡みの漂う青白い光の中央に、安楽椅子に腰掛けた仮面の大男がいた。
いつもと違うのは男がこうべを垂れていないということだ。
「待って、いましたよ……」
仮面の男はいつもの緩慢な口調で語りかけた。
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