第十八話 熒術士バルバリッチャ
「ふん、かわしたか」
鼻で笑いながらバルバリッチャがゆっくりと歩を勧める。
ロベルトは石畳がはげて焦げた地面に目をやった。その直径一メートルほどの穴から昇る幾筋もの煙は、すぐに夜風にかき消された。
「炎の増幅系魔術、威力はなかなかだが命中度に欠く。広場の大木を燃やしたのもこの魔術だな。推測だが
「ほう…、少しは魔術に詳しいようだな。だが、僕の実力が並の上というのは大きな見誤りだ」
バルバリッチャは立ち止まって言って、再びロベルトに掌を向ける。そして今度は低く呟いた。
「
その声に誘われて青白い炎が次々とバルバリッチャの掌の前の宙に
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。合わせて五つの人魂が、バルバリッチャの胸の高さで整然と真横一列に並んで揺らめいている。彼は正面に掲げていた手を一番右端の鬼火の前に動かす。そして短く声を発した。
「咲け」
一瞬、鬼火の明るさが増した。次の瞬間、それは吸い込まれるようにロベルトに向かって飛んで来た。彼は地面を蹴る。大きく横に跳んで、それをかわした。背後で弾ける音がして青い火柱が吹き上がる。
「――そして、散れ!」
バルバリッチャが掲げていた手を一気に左端の鬼火までスライドさせた。同じようにそれらは一瞬、明るさを増し、そして右から順番に青い残像を描いて、標的目がけ矢のように飛んできた。
ロベルトのつま先が地面に着いた時、鬼火の一つはすでに眼前にまで迫っていた。踵が完全に地面を捉えるのを確認しないまま、上半身をひねって間一髪で火球をかわす。
しかし今度は、四つの人魂が彼の間合いを侵している。体勢を立て直している時間はない。そのままうつ伏せに地面に倒れこんで、四肢で地面を蹴って遥か後方に飛び退く。
爆竹が爆ぜるような音が連続して、彼が着地した数メートル手前に大きな青い火柱が上がった。
魔術とは、空間支配の一種である。
つまりその訓練を受け、支配する力に目覚めた者が魔術士だ。
魔術とは簡単に言うと魔術士が支配した空間内に魔術構成を組み、精神力をエネルギー=魔力に転化させて魔術構成に流し込むものだ。
魔術構成とはどういう魔術を発生させるかという、いわばプログラムで、そこに流し込む魔力の大小によって威力が決まる。そして最後に意志を含んだ音声、すなわち言霊に乗せて支配した空間に現象を発生させる。
それら現象というのは炎であったり爆発であったり凍結であったりするわけだが、魔術というのは魔力そのものによってそれらを生み出しているのではない。
あくまで支配空間にプラスかマイナスに統一された精神エネルギー、すなわち魔力を与えることで現象を誘発させるのである。
例えば炎を発生させる魔術は魔術構成で支配した空間に
逆に場に
赤土の
それぞれ増幅・減少・操作・質量・生成に特化した、
ちなみに魔術の言霊は呪文ではないので、魔術の種類によって言霊が決められているわけではない。
あくまで音声を媒体にして意志を魔術構成に乗せるのが目的であるから、言葉にきちんと意志さえ乗っていれば語意を持たない絶叫でも魔術は発動するのだが、毎回違う言葉では意識の集中がしにくいし、ただの絶叫ではあまりに不恰好なので、大抵の魔術士はその魔術を抽象的に意味する語句を言霊にする。どういう言霊にするかは個人のセンスの問題だろう。
標的に掌を向けるのは、言霊と同じで確たる捕捉のイメージを得るためで、これも練達の士なら特に必要としない。
「どうだ、僕の力、思い知ったか。これがお前の言う、中の上の魔術士に使えるレベルの魔術か?」
バルバリッチャが口の端で自信に満ちた浅い笑いを浮かべながら、ロベルトの方へと首を傾ける。しかし、彼は煙草をくわえ直して言った。
「さてな。精度を高めた分だけ威力を分散させただけじゃねえか。そんな構成なら並の魔術士でも組める。事実、それでも俺には一発も当たっていない。その程度の腕だから過剰評価しても中の上と言ったんだよ」
魔術構成が及ぶ射程範囲というのは魔術の精度であり、例外もあるが威力と比例する。
構成を組み魔力を流し込むという一連の動作は一瞬の内に行わなければならない。そのためどちらかに集中すれば一方は疎かになってしまうのだ。
ロベルトの言葉にバルバリッチャの顔が歪む。同時に彼の口が開いた。
「
先ほどのそれとは比べ物にならない大きさの火炎弾が彼の手から放たれた。
だが、その時すでにロベルトの姿はそこにはない。
彼は爆音が大地を揺るがすのを聞きながら、ちょうどその反対側に立ち、月に向かって薄い煙を吐いていた。
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