第十七話 怒りの赤
「……たたずだ」
その引きつった声は言った。彼にはよく聞こえなかったが。
「あ? 何だって」
「役立たずだ、と言っているのだよ。どいつもこいつも、役立たずだ。この僕がいないとろくな収穫も上げられないくせに、この僕が指示しなければ統率もままならないくせに、いざという時になってこの有様だ。全く使えない。それが役立たずだ」
ロベルトは吐き捨てるキノコ頭の魔術士を一瞥してから、煙草入れから新品の煙草を取り出した。
彼の足元にはのされた男が数人、口から泡を吹いて、あるいは白目をむいて、四肢を冷たい石の地面に放り出している。
「たかが、素手の筋肉バカと木刀のガキに何というざまだ」
バルバリッチャが言っている正にその時、レイの木刀が最後の一人の背骨に水平にめり込んだ。
「……くそ、兄上に合わせる顔もない」
バルバリッチャは歯軋りと共に呻くとローブの胸の留め金を指で弾いた。黒いローブがずるりと彼の肩を滑る。
「まあいい。僕が全て片付ければ、同じことだ」
怒りに震える声を抑えながら、ゆっくりと顔を上げた。足元に分厚いローブが落ちる。彼の胸部は月の光に照らされて、鋭い光を放っていた。
「へえ、甲冑かよ。随分、かさばる布切れを着込んでいると思ったらそういうことか」
ロベルトは煙草の煙を吐き出しながら、腰の辺りから革の手袋を取り出した。
「そうだ。銃弾すら弾く、特注の鋼のプロトアーマーだ。この前ではお前の馬鹿力も意味を成さない」
「なるほど。そりゃ正論だな」
うなずいて革手袋をはめながら、振り返る。レイが木刀を持ったまま、彼の方に駆けてくる。
「おい、おっさん。大丈夫か」
「見たら分かるだろ。かすり傷一つ負ってねえよ。お前こそ自分の心配をしろ」
そう言って、レイの全身を見下ろす。驚くことにたいした傷は負っていないが両腕と右肩に切り傷がある。
彼はロベルトの横で足を止め、木刀を構えた。
「よし、あいつで最後だな。おっさん、俺も加勢するぞ」
「駄目だ」
ロベルトは即答した。
「な、なんでだよ。一人より二人のほうが有利だろうが」
「あいつは魔術士だ。いくらお前の腕でも刀じゃ魔術は防げない」
「なっ、あいつ魔術士かよ。おー、魔術士なんて初めて見たぞ」
レイは大げさなリアクションで驚いて、銀の甲冑を着たバルバリッチャの方を見た。そして彼をしばらく凝視してから、振り向いてロベルトの顔を見上げた。
「……魔術士て、みんなあんな髪型してんのか?」
「なわけねえだろ。ありゃ個人の嗜好とセンスの問題――」
ロベルトの瞳孔にバルバリッチャが右手をこちらに向けるのが映った。とっさにレイの襟首をつかむ。
「来るぞ、跳べ!」
「
バルバリッチャの叫び声と同時に彼ら目がけて風圧が飛んできた。瞬間にそれは熱を帯びて炎の塊となる。火炎弾は爆音を上げて彼らが立っていた石畳を吹き飛ばした。
「――な、なんだあ」
レイが、地面に伏せて口を手でふさぎながら、素っ頓狂な声を上げる。その後ろで屈んでいたロベルトが立ち上がる。
彼はレイの身体をつかんで横に跳び、火炎弾をかわしていた。そして、煙の向こうにかすれて見えるバルバリッチャを見据えた。
「さて、始まりだ。レイ、お前はニコラ、いや町長を安全なところに運んでくれ」
「お、おう、分かった」
レイは意外に素直にうなずいて立ち上がる。そして通路を駆け出した。それをロベルトが呼び止める。
「これを町長の両脇の傷口に塗りこんで包帯しておけ。血止めの丸薬を飲ませたから流血は止まっていると思うが、念のためだ」
黄色い軟膏の入った平底のビンを投げる。レイは振り向きながら慌ててそれを受け止める。それを何度かお手玉しながら、彼は壁にもたれかかっていた町長のもとへと駆け寄る。
彼はロベルトの後姿を一度見てから、町長の脇を抱えて引きずるように通りの路地の一つの闇に消えた。
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