第十四話 初陣

 銃を構えていた男数人を背後から蹴倒して、円の中に飛び込んできたのは、ロベルトの予想もしない人物だった。囲いは崩れてたちまち乱戦になる。


「――レイモンド・カリス!」


 ロベルトは、木刀でさらに一人の野盗を殴り倒した、金髪の少年の名を叫ぶ。


「馬鹿野郎、家でじっとしていろと言っただろうが!」


 彼の方を向いて罵りながら、後ろから短剣を抜いて斬りかかって来た男を蹴り飛ばす。


「んなこと言われても――」


 レイは横に払われた刃を紙一重でかわしながら答える。


「自分の町が襲われてるのに、じっとなんてしていられるわけないだろ!」


 叫んで、正面の男の肩に木刀を振り下ろす。骨の砕ける鈍い音がして男は肩を抑えながら倒れこむ。


 次の瞬間、レイは背中に殺気を感じて身を返した。視線のすぐ前を凄まじい速さで何かが落ちてきた。


 それは斧だった。


 手斧ではなく、戦争で重装備の甲冑兵が使うような、柄の長い超重量の戦斧ハルバートだ。その分厚い鋼の刃が彼の左肩をかすめて、派手に石畳を破壊した。


 レイは地面を蹴って間合いを取ろうとする。しかし、血に濡れた石畳に足を取られて、べしゃりと豪快にこけた。ゆっくりと戦斧が地面から引き抜かれる。


 その持ち主は、ロベルトほどの背丈はないが、額に二本の角を持った亜人、山鬼トレントの男だった。この鬼族アスラは人間の数倍の体力と腕力を有する。


 男は大きな口から鋭い歯と広い舌を覗かせて、うつ伏せに倒れているレイを見下ろした。そして、軽々と片手で戦斧ハルバートを振り上げた。


 レイは起き上がれなかったのではない。起き上がらなかった。


 彼は下手に動くより、斧が振り下ろされた瞬間に地面を転がったほうが確実に避けられると判断した。

 もちろん、タイミングを誤れば真っ二つだが。


 彼は振り上げられた戦斧が頂点に達したのを背中で確認して、胸の下に右手を潜り込ませた。


 だが、それは無用な動作に終わった。


 斧は振り下ろされなかったのだから。


 斧は振り上げられた頂点で止まっていた。山鬼トレントの男が顔だけ振り返ると、彼よりもさらに頭ひとつ分大きいロベルトが、大きな手で斧の柄の中程をつかんでいる。


「ぅぬううっ!」


 男は斧から手を離し、腹から漏れるような声を出して振り返りながらロベルトの顔面目がけて太い拳を突き出した。


 しかし、ロベルトは空いた片手でそれを造作もなく受け止める。


「お、山鬼トレントか。おもしれえ、腕力勝負といこうか」


 煙草をくわえた口の端で笑って、つかんでいた戦斧を強引に山鬼トレントの手から奪い取って、後ろに投げ捨てる。


 その間にドスっと鈍い音がして山鬼の左拳がロベルトの腹部を捉えた。


 だが、ロベルトは何の反応も示さない。

 ただ、山鬼トレントの片手をつかんでいた左腕を真横に振っただけだった。


 同時に山鬼トレントの身体が左に引っ張られて両足が宙に浮く。そして、ロベルトは手を離した。


 轟音がして、三層のレンガ造りの民家が土台から揺れた。


 土ぼこりが晴れると、その家の通りに面した壁に巨大な穴が開いていた。

 その崩れ落ちた赤レンガの穴から見える部屋のひっくり返ったタンスの上に、山鬼の巨体が仰向けに四肢をたらして乗っかっている。


「……しまった。つい、力入れすぎたぜ」


 ロベルトは大破したレンガの壁を見やって、しかし、まんざらでもなさそうに歯の間から煙を吐き出す。


「おいおい、鬼族アスラを片手で投げ飛ばすなんて、どういう馬鹿力だよ……。おっさんホントに人間か?」


 レイは呆れた声でロベルトのほうを向きながら起き上がる。そして血まみれになっている服と手を見て、げえっと妙な声を上げている。


 彼はその少年の見事な金髪を見下ろして言った。


「お前こそなかなかできるな。その剣術は九郎殿に習ったのか」


「ああ、そうだ」


 答えてから、辺りを見る。残った野盗はロベルトの腕力に恐れをなしたのか、彼らを囲んだまま襲いかかって来ない。


 レイはその向こうに、血まみれで壁にもたれかかっている町長の姿を見つけた。


「……な…っ、町長が死ん……いでっ」


 ロベルトの大きな手のひらがレイの頭をつかんで、無理やり前を向かせる。


「死んでねえよ。傷の手当てはしてある。心配するな、疲労と薬の副作用で眠っているだけだ」


 そして、半分ほどに短くなった煙草を足元の血だまりに吹き捨てた。すかさずレイが指をさす。


「あーっ、コラ! ポイ捨てすんなよ!」


「その様子じゃ、まだ余裕はあるみたいだな」


「てか、拾えよ。今週は町内美化強化週間なんだぞ」


「……後でな」


「いや拾えよ」


「……いや、今はな、それどころじゃ――」


「拾えよ」


「――たいした度胸だよ、お前は」


 ロベルトは遂に観念して、血だまりに浮いている吸殻を拾い上げた。そしてコートの胸ポケットに押し込んだ。


「こんな状況でポイ捨てがいかんとかどうとかよく頭が回るな」


 呆れたように言って、周りを囲んだ野盗に目をやる。鋭い視線に射られて、正面の男の体がびくっと後ろに下がった。

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