第十一話 古代兵器

 状況はさらに悪化した。少々の傷なら傷跡さえ残さずに治癒させる腕を持つ魔術士と、三十人以上の野盗を同時に相手しなければならない。


 しかも、彼らの目的は『古代兵器』だ。


 それが何か――――――『セント・クレド』だということまでは知らないようだが、この町に古代兵器セント・クレドがあるのを知っているのは彼と烏丸九郎を除けば、保管を依頼した名前のない男と回収任務を受けたロベルトだけのはずだ。


 彼らはどこでこの情報を得たのか。


 しかし、ニコラはその疑問よりも、この場で時間を出来るだけ稼ぐ策を考えることで必死だった。




 古代兵器とは、悠久の太古に起こった支配者ルーラー族とその他の種族との戦争の中で造り出された数々の武器の総称である。


 例を挙げれば古代遺跡メガリスなどから最も頻繁に出土し、高価ではあるが一般の市場でも入手できる『聖なる弾丸』、通称『聖弾スピリット』と呼ばれている銃弾も古代兵器の一つだ。


 この弾丸は、聖銀ミスリルと呼ばれる古代種族が造った魔法金属でできている。


 この魔法金属は特殊な原子構造を持っていて衝撃伝導率が極めて低い。衝撃伝導率が低いということは与えた衝撃が物質に伝わらずに殆どそのままはね返ってくるということだ。


 加えて体積抵抗率(電気の流れにくさ)がこれも殆どゼロに近い。さらにとても軽量であることから、古代にはこの魔法金属で防具や武具や重火器が量産されたのだが、この金属の精製方法は古代種族の滅亡と共に失われてしまい、今は古代遺跡から遺物として出土するのみだ。


 その特性から再加工しようにも通常金属のハンマーでは傷一つ付かず、熱にも非常に強いことからこの時代の錬金技術では溶解することも出来ないので、完品で出土した聖銀ミスリル製の剣や鎧などには相当な価値がある。


 そうした一品物の聖銀ミスリル製品に比べて、この『聖弾スピリット』は鋳潰せないため、銃弾としての本来の用途以外に使い道がなく、また遺物としては最も多く出土するので比較的安価だ。


 それでも、着弾時の衝撃をはね返して増幅させるという特異な性質によって普通の銃弾の十倍もの殺傷能力を持ち、大型の四頭獣クオッドヘッド退治に騎士団などでよく使用される。


 大世界連盟は全加盟国に遺物管理条約を批准させて、これらの古代兵器に危険度にあわせた五段階の階級をつけて全面的に管理、保管している。


 最低のDランクの古代兵器に関しては売買が許可されているが、それ以上のランクのものとなると連盟の許可なしでの所持、売買、使用が禁止されていて、罰則も極刑が適用されるほど非常に重い。


 これほど厳しい規制が為されている理由は、これらの武器があまりにも破壊的な力を秘めているからだ。


 もし現在、連盟が保管している高ランクの古代兵器が流出すれば、現在の秩序は乱れ、国々は滅び、古代兵器をめぐる紛争が次々と起こり、世界は太古の混乱以前に廃退してしまうだろう。




「僕は誰だ」


 バルバリッチャは町長を睨みつけた。


「はっ、マッシュウ野盗団、副団長、バルバリッチャ・マッシュウ様です」


 傍にいた顎鬚あごひげの男が、すぐさま答える。


「そうだ。あの町長とやらは我々を少しなめているようだな」


「おっしゃる通りでございます。我らマッシュウ野盗団相手に一人で立ち向かうとは、我らを愚弄しているとしか考えられません。さらにバルバリッチャ様に斬りかかって、恐れ多いそのお体に傷を負わせるとは」


 その答えに彼は満足して深くうなずく。そして、すぐに視線を町長に戻した。


「では、我らを侮辱した者の末路を教えてやれ」


「仰せのままに――」


 声と同時に顎鬚の男とその背後の手下数人が各々の武器を振りかざし、ニコラ目がけて駆け出した。


 ニコラは腰を落とし、両足で大地をつかみ、正眼に軍刀を構えて正面を見据える。そして腹から息を吐いた。


「何があろうとここを通すわけにはいかん!」


 言いきる前に、顎鬚の男が振り下ろした長剣がニコラの脳天に落ちてくる。


 彼は刀を振り上げてそれを受け止めた。

 鈍い金属音とともに、両腕にずしりと重みがかかる。


 月の光を受けた諸刃の間から見える男の顔はしまりなく緩んでいる。殺戮に快楽を覚えるクチなのだろう。


 ニコラは一瞬だけ、丘の上の道場の方向を見た。


(広場周辺の住人は大方逃げ切れた… 九郎とロベルトもこの異変に気付いたはずだ。私がいつまで持ちこたえられるか分からないが、とにかく彼らが来るまでは奴らをここで食い止めておかねば――)



 中天に差し掛かった下弦の月が何も言わず、広場の喧騒を見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る