第十話 襲撃、マッシュウ野盗団!
「ふむ、なかなかやるな。――年寄りの割には」
茶髪で、キノコの笠みたいな髪型をした男は、その光景を馬上から眺めて客観的に言った。
頬がこけ落ち、眼下がくぼんで全体的に貧相な顔つきだ。黒っぽいローブのようなものを何重にも着ている。
男は革手袋をはめた手で手綱を引っ張って、馬の向きを変えた。その方向には彼の手下の男が三人、斬り伏せられて石畳の上に倒れている。
男はその方向を見つめたまま、彼の馬の横に従っている
「あのような者が、この町にいるという情報は入っていたか」
「いいえ、ございません。我々にもたらされた情報は一つのみでございましたので」
顎髭は片手に持った長剣を肩に背負って馬鹿に丁重な口調で返答した。
彼の背後には上部がほとんど焼け焦げ、内側からぶすぶすと不快な音を立ててくすぶっているケヤキの大木と、武器を持った数十人の手下が広場を囲んで待機している。
馬上の男はその答えに満足したように細い顎をさすりながら次の問いを続けた。
「では、あれは何者だ」
「剣の扱いに慣れていますし、剣筋から見て軍隊剣術、ということは元軍人といったところではないでしょうか。退役した軍人が警護の為にいる町というのはそう珍しくありません」
完璧な答えだ。彼らの視線の先には薄黒い肌の、頭の少し禿げた小太りの中年の男性が、軍刀を構えて、市街地への通路に立ちふさがっている。
「
そういうと顎髭は肩に背負っていた長剣を正眼に振りかぶって、立ちふさがっている男を睨みつけた。
「いや、かまわん。いきなり力で訴えるのは野蛮な行為だ、美しくない。僕の美学に反する」
バルバリッチャは矛盾たっぷりにそう言って優雅にひらりと馬から下り、男の前まで足を進めた。
そして語りかける。
「なぜ君は我々の邪魔をするのだ。人の仕事を妨害するのは失礼というものじゃないか」
「失礼だと? ふざけるな。わたしは町長だ。私にはこの町を守る義務がある。貴様らごとき悪党の思い通りにはさせん」
町長は言い終わらないうちに、大きく踏み込んでバルバリッチャ目がけて軍刀を斬りつける。
しかし、バルバリッチャはローブを翻し、宙返りして攻撃をかわす。
しゃがんだ姿勢で地面に着地した彼は、にやりと笑う。
「そうか、君は町長か」
呟いて立ち上がる。そして声を上げた。
「僕は君に聞きたいことがある。今回の仕事はいつもの襲撃とは、少々異なるのだ。我々はある人物からこの町に『古代兵器』があるという情報を得た。極めて確かな情報だ」
「……古代兵器だと」
町長は軍刀を構えたまま、無表情で聞き返す。バルバリッチャは芝居がかった仕草で、空に浮かぶ下弦の月に両手を伸ばした。
「そうだ。かの、太古の偉大な種族たちの遺産。古の戦争の時に我々人間には到底およばぬ技術で造られた、強大な威力を持つ武器、――いやその名の通り兵器だ」
「その大半は大世界連盟の管理下にあるが、まだ連盟が把握できていないものも多いと聞く。その一つがこの町にあるのだろう?」
「馬鹿な」
ニコラは一笑して、軍刀を顔の右横に寝かせて構える。
「こんな小さな田舎町に、そんな物騒なものがあるはずがないだろう」
「ふ、嘘は身のためにならんぞ。いくらごまかそうとも無駄だ。繰り返すが我々が得た情報は絶対なのだからな。おとなしく古代兵器を渡せば、町の八割の略奪で許してやる。残った二割の財産を持ち寄れば、町を立て直すことぐらいはできるだろう。どのくらいの時間を必要とするかは知らんがな」
バルバリッチャが言い終わると同時に、町長が八相に構えた軍刀の刃を返す。
刀身に反射した月光がバルバリッチャの目を刺した。
「っつ――」
意表を突かれたバルバリッチャは慌てて片手で光を遮ったが、大きく踏み込んだ町長の軍刀は、すでに彼の左肩目がけて振り下ろされている。
太陽や月の光を刀身に反射させ相手の視界を断ち、その隙に斬り伏せる、二条流剣術の反閃と呼ばれる技である。
二条流剣術は烏丸流剣術と並ぶ、ナカツの帝可御流のひとつで、刀工の一族としても名高い二条家に代々伝わる鍛冶屋剣術である。ニコラはこの流派を少しかじったことがあった。
バルバリッチャはとっさの判断で地面を片足で蹴り後方に跳び下がったが、完全な回避には至らず、刃はローブと肩の肉を斜めに少し裂いて、血の滴りと共に地面に到達した。町長はしくじったという表情で顔を上げた。
(く…、私の腕も鈍ったな。今の不意打ちでさえ仕留めることができんとは…)
ニコラは焦燥と共に軍刀を構えなおした。
彼が町長職に就いてから、何度か盗賊の類の襲撃を受けたことはあったが、すべて彼一人で撃退できる小規模のものだった。これほどの人数での襲撃は初めてだ。
しかも明らかに訓練された統率力を持っている。後ろに控えた連中は先だって指示なく襲いかかることはなく、ニコラを取り囲んだ陣形を崩さない。
「大丈夫ですか、バルバリッチャ様!」
顎鬚の男が慌てて血で赤く染まった肩口を押さえているバルバリッチャの傍に飛んでくる。しかし、彼は男を空いた片手で制した。
「――心配ない。たかがこれしき、たいした傷ではない。それより、この僕に不意打ちをかけるとはいい度胸だ。おそらく初太刀で仕留められると踏んだのだろうが、僕はそれほど甘くない……」
バルバリッチャは言うと、片手を月に掲げた。
「
短い言葉を唱えると同時に、掲げた掌から白い光が溢れ出て彼の全身を包み込む。
光は抉られた肩の傷口に流れ込み、肉の組織と組織を繋ぎ合わせる。
「――魔術士か!」
ニコラはバルバリッチャの完全にふさがった傷口を見て、小さく叫んだ。
そして彼は思い出した。
ここ数年、エクベルト王国を騒がしている新興野盗団の名前を。
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