盗賊、帰還

「おい聞いたか? 『正義の大盗賊』の噂」

「ああ、それならよく聞くよ。クラトスやピピン、ベルマーダにロムガルド……あちこちで財宝狙って大暴れして、ついには魔王さえ盗みついでにやっつけちまったって話だろ」

「魔王をやっつけたのは勇者ジェイナスだろ? ロムガルドの勇者が言ってたぜ」

「そのジェイナスが『本当に魔王を倒したのは正義の大盗賊だ』って言ってたらしいんだよ」

「なんだそりゃ。ややこしいなあ」

「しかし盗賊にやられちまうたあ、第七魔王も大したことなかったのかねぇ」

「いやいや違う違う。きっとジェイナスのは謙遜だよ。戦争ごっこでもよくあるだろ? 大将首を取ったのは俺だ、しかしそのためには多くの戦友の力あったからこそだ! みたいなやつよ」

「実際、ジェイナスの強さはとんでもないらしいな。この前はロムガルドの龍峡に乗り込んで一気に三頭仕留めちまったって言うんだぜ。誰もかなうわけねえよ」

「そのジェイナスにああ言わせる『正義の大盗賊』ってのは結局何なんだ? 名前くらいはわかってるんだろ?」

「それがなぁ……リックにアルベルト、ダルマンにハリー、ホークにイーグル、ロビンにアスティナ」

「なんじゃそりゃ」

「いっぱいいるんだよ。『正義の大盗賊』」


       ◇◇◇


「これで何人目だヨ、正義の大盗賊はヨ」

「アルダール周辺だけで18人目ね。言葉通りの義賊もいるけど、悪質な山賊団まで名乗ってるものだから」

「しかも自称ホークが半分じゃねえかヨ。どんだけ有名なんだあのクソチンピラ」

「正確には10人ね。スリのおばあさんまでホークって名乗ってたのは流石に笑っちゃった」

「本物はどうしたんだヨ。もう三年も経つのに帰って来ねえじゃねえか」

「……本当は死んじゃったのかもね。レヴァリア様やジェイナスさんは気を使って『遠くに飛ばされた』って言ってただけかもしれない。ファルネリア姫も一緒だったしね」

「アレが魔王相手とはいえ、そんな簡単に死ぬもんかヨ」

「……なんだかんだでゲイルってホークさん好きよね」

「キモいこと言うなヨ! 俺はホモかヨ!」

「はいはい。ちゃんと女好きなのはわかってます。……少しはベッドで手加減してよね。私がいないと勇者隊は回らないでしょう?」

「ひ、昼間っから何言ってんだマリン!」


       ◇◇◇


「はーっはっはっ! 我々は正義の大盗賊! 恨みはないが正義のため、この村の食い物はいただく!」

「う、うわあああ! また正義の大盗賊が来たー!」

「そいつらは偽物よ! 俺様こそが正義の大盗賊ホーォック!」

「…………」

「なんだこの鎧は。案山子か。手の込んだ真似をしおって。こいつも正義の資金のため頂いて……」

「貴様は王ではない」

「あん……ぐわっ!?」

「ここは王たちのロバがいる農場だ。……こちらも特に恨みはないが排除する」

「う、うわあああ! なんだこの変な鎧!」

「ホーク様がやられた! 逃げろ! 逃げろー!」


       ◇◇◇


「どうしても帰るのか。ゼルディアも居心地は悪くないじゃろう」

「魔族は人の社会とあまり交わるべきではないのです。距離をおかねば、いつかは魔族の力をたのもうという邪心も芽生えましょう」

「……それもそうじゃな。特に貴様は教会の本尊。陰謀の巡らせようはいくらでもあるからな」

「エリアノーラも最近は頼もしくなってきたではないですか。彼女がベルマーダ支部の中心にいれば安泰です」

「まだまだじゃ。アレが本当に頼もしければ、儂も引退できておるんじゃが」

「違うでしょう、ガイラム。……貴方が引退しないのは、彼を労うためでしょう?」

「……いい酒をたくさん用意してあるんじゃがな」


       ◇◇◇


「おう、いらっしゃ……お前、バルト! 久しぶりじゃねえか、生きてたのか!」

「ようジャンゴ。……見ての通りの杖突きだ。今はルクラード住まいなんでな。正直もう会うこともないと思ってた」

「ちょっと待ってろ。店閉めて酒でも行こうじゃねえか」

「ああ悪い。酒はってるんだ」

「あァ? 冗談だろう? あんなに酒好きだったじゃねえか」

「……ガキどもがいてな。連れ子なんだが、いい子なんだ。奴らに駄目親父なトコを見せたくねえ。あと……」

「あと、なんだ?」

「次に呑む時はホークと呑むって決めてんだ。……あの魔王戦役で、ちと助けられちまってな」

「……ホークか。……アイツ、俺に金預けたままもう三年だぜ。ったく、使い込んじまうぞ」

「ま、俺ぐらいは待ってやってくれ。どこかで忙しいのかもしれねえ」

「……だといいがな。くたばってたら笑ってやるぞ、あのバカ」


       ◇◇◇


「レヴァリア様。お体に障ります。夜風にその恰好は……」

「カタいことを言うなよバーナード。それに僕は特別だ。わかってるだろう?」

「城下から目の良い者が、レヴァリア様のあられもなきお姿を覗き見ているやもしれませんぞ」

「やれやれ。見ての通り、ぺたんこの小娘がちょっと薄着で月を見てるだけだ。これに遠目で発情するなんて相当な変態だね。むしろ登用してやりたいほどだ」

「……あの盗賊が、窓辺に現れまいかと思うておられますか」

「さあね。……彼のチカラなら窓辺でなくても、僕をさらうのは難しくないんだろうけれど」

「奴は死んだのでしょう?」

「生きてる可能性はなくもない……信用するには値しない可能性だけど、まあ彼らは破壊神の再来だ。運命すら破壊するかもしれない。そういう感傷も、持っちゃいけないかい?」

「……思ったよりも入れ込まれていますな」

「僕は七百年待ったんだ。三年くらいどうってことないよ。……ワイバーンのエサはちゃんとあげてるかい? 最近機嫌が悪いぞ」

「城下の肉売りにできるだけ良いものを運ばせているのですが、なかなかお気に召さぬようで」

「……ああ、そうそう。飼い主は骨とモツが好物だって言ってた気がする」

「三年経って言うことですか」


       ◇◇◇


 大陸暦861年5月8日。

「んーっ……陸だぁっ!」

 ロムガルド沿海部の港町。

 銀髪の美少女が桟橋に立って伸びをする。

 動きやすそうな貫頭衣から美しくすらりと伸びた手足、大きすぎないながらしっかり主張する胸、そして何より元気な表情が水夫たちの目を惹きつける。

 思わず声を掛けようとした水夫もいたが、彼女に続いて降りてきた美女たちにさらに目を奪われて止まる。

 穏やかながら不思議なカリスマ性を感じる金髪の絶世の美少女。

 赤紫の髪をなびかせて露出過剰な服を着た妖艶な美女。

 そして漆黒の髪と鮮やかな赤い服のコントラストが美しいエルフ美女。

 全員がそこらの田舎町では絶対に出会えないほどの美女たちの後ろから、船酔いでヘロヘロの青年が現れる。

「大丈夫か、旦那様」

「うぷ……い、今近づくなロータス……吐くこれ絶対吐く」

「主人が一番情けないのう」

「だめだよイレーネ、そういうの言っちゃ。それより治す魔法とかないの?」

「儂は知らん」

「レミリスさんなら知っていると思うのですが……なければその場で作ってしまうでしょうし」

「でも身重だからねえ……っていうか、レミリスさんいなくてチョロ言うこと聞いてくれるかなあ」

「メイ殿になら使役術がなくとも従うのではないか」

「えー。なんでよぅ」

 ヘロヘロ歩く青年と美女たちに、さりげなく近づいてきた水夫風の男が軽く肩を当てる。

 そして、青年の腰から短剣を抜き取り、自らの懐に隠してそそくさと逃げようとして……。


「おい。それはちょっと返せ」


 その男の目の前に、青年はいつの間にか立っていた。

「!?」

「悪いが貴重な品でな。くれてやるわけにもいかねえ」

 青い顔で言う青年に、盗っ人は短剣を咄嗟に取り出し、突き付ける。

「お、俺は正義の大盗賊だ! 命が惜しかったらそこをどけ!」

「……正義の大盗賊?」

「そ、そうだ! 俺が本気になればこんな町、すぐに皆殺しだぞ!」

「あー……うん、そっかー……三年経つとそういう風になるんだー……」

 青年はげんなりした顔で言い、そして短剣をいつの間にか取り上げて弄ぶ。

「……でも脅しでも皆殺しはよくねえと思うぜ」

「!?」

「それと、これはお返しな」

 次の瞬間、盗っ人は全裸になっていた。

 服は全て青年の手に載っている。

 盗っ人は意味が分からずポカンとして停止する。

「回りくどいことするよね、ホークさんって」

「一発叩いて終わりで良かろうに」

「官憲に突き出せるくらいロムガルドの治安は回復しているでしょうか」

「……短小だな」

 いつの間にか全裸の自分を冷めた目で眺めている美女たちに気付いて、盗っ人は変な声を上げて転げるように逃げていく。

 一部始終を見ていた街の人々は拍手をした。

「すげえな兄ちゃん!」

「お見事! お見事で済ませていいのかわからないけど!」

 沿道の果物売りからリンゴをプレゼントされ、青年は擦って齧って笑顔になる。

「久しぶりの味だ」

「兄ちゃん、どこから来たんだい? リンゴも滅多に手に入らないほど遠いところから何しに来たんだね」

「ああ……そうだなあ」

 青年はリンゴを軽く放って掴み、言う。


「ハッピーエンドを確かめに来た、ってとこかな」


 空は晴れ渡っていた。

 嵐の時代は過ぎ去り、市井の人々は誰も本当の英雄を知らない。

 だが欲しいものを全て手にしたホークは、それで文句なく幸せだった。

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