最後の賭け

 メイとファルネリアが飲まれたことにショックを受ける間もなく、ジルヴェインが変じた黒い球体は、不気味な速度で膨張を始める。

「まずい」

 レミリスが呟く。魔族たちも急いで距離を取る。

 ひとかかえほどから始まった球体は、ほどなくして半径10フィートを超え……周囲の風を吹き寄せながらさらに膨張する。

 誰もがその正体を理解できないながら、それはとても「まずい」ものだということだけは理解した。

 そして、動いたのはジェイナス。

「……抑えろ、『ボルテクス』!!」

 魔剣を突き出し、その力を解放する。

 空間を歪める渦動の魔剣は、球体の中央に向けて突き出され、力強く発光。それ以上の球体の成長を阻むことに成功した。

「……ジェイナス、こいつは何だ」

「俺にわかるわけがないだろう。ただ、『ボルテクス』ならなんとかできると思っただけだ」

 ジェイナスはホークが己の「実感」との対話で力を引き出してきたのと同じように、魔剣の感覚で物事の本質を体感するらしい。

 とにもかくにも、ホークたちが当座、飲まれることだけは回避できたようだ。

「……二人はどうなったんだ」

 ホークは球体を睨む。

 何もディテールの見えない、純粋な黒。魔術の産物だということは理解できるが、それ以外は何とも判断できない。

 何より、この球体がただの破壊手段でしかないのだとしたら、「リプレイス」に目覚めた二人がただで死ぬとは思えなかった。

「……道具袋」

「ん?」

「魔法の道具袋の、すごいやつ」

 レミリスが球体を見つめて、言った。

「道具袋。亜空間。あれを、力任せに一気に開いてる」

「……どういう」

 ホークは詳細な説明をロータスに求める。

 ロータスは頷き。

「道具袋の原理はわかるか、ホーク殿」

「……原理とまで言われるとさすがにわからねえな」

「魔法の道具袋は、中心部に亜空間と呼ばれる、現実と理の違う空間を絶えず保持している。内袋に刻んだ魔術を起動することでそういう状態を作るわけだが、一般的な道具袋は量にしてせいぜい樽半分。高級品になると亜空間の質が上がって、今我々の持っている中で一番の品は荷馬車一台分もの容積を入れられる。……そして、そういう高級道具袋を作って起動できるのは、宮廷魔術師に比肩する強力な魔力の持ち主だけだ。ここまではいいな」

「……ああ」

 メイとファルネリアが心配なのに、のんびりと説明してくれるものだ、と少し苛立つ。

 ロータスは、わかっている、と言いたげに軽く頷き、話を続ける。

「宮廷魔術師クラス……つまり、この場で言うとリュノ殿だ。これを基準とする。彼女の力なら、荷馬車一台分の容積の亜空間だ。……ジルヴェインは軽く見積もってもその5000倍の魔力量を、この黒い球体を作ることに費やした」

「……は?」

「このアルダール城を中心として、貴族街くらいは亜空間に飲み込む予定だったのだろうな。走って逃げてもおそらく無駄だった。ジェイナス殿が抑えられて僥倖ぎょうこうだ」

 改めて球体を見る。それほどのものか。

 いや。

「……飲み込んで、その後はどうなる。道具袋と同じなら出すこともできるはずだ」

 問題は、メイとファルネリアだ。

 彼女たちがこの世界と違う空間に飲み込まれたのなら、「再配置リプレイス」で戻って来れないのもわかる。自分のいる場所を基準とした範囲で「再配置」するチカラだ。空間そのものが変わってしまえば、話が違ってしまうのだろう。

 しかし、道具袋と同じなら、ただ単に荷物を預けておける便利な空間を作っただけだ。もはや「再配置リプレイス」もなく、メイやファルネリアに勝つのは難しいジルヴェインがそんな真似をして、何の得があるのか。

「……固定する気がない」

 レミリスは再び呟く。

 それをロータスが翻訳する。

「亜空間は厳重な魔法式で固定しなければ、中に取り込んだものごと消滅する。……吸い込んで、消滅させるつもりなのだろう」

「自爆かよ……!」

 ホークは舌打ちをする。

「そんなことをして何になるんですか」

 リュノも困惑した顔をする。

 ……それに答えたのは、イレーネだった。

「……何にもならん。じゃが、それでよいのじゃろう」

「どういう……」

「超越してしまった者は……世界の全てが蟻の営みに見えるほどの……もはや並ぶ者さえ何もない孤高の次元に行ってしまう。ギストザークという『蓋』を跳ね除けるに至るまではよい。じゃが、その先には至るべき場所さえない……守るものもない、欲しいものもない。価値のない世界において長き安寧を貪ることに意味などない」

 共感するように、そして侮蔑するように。

 魔王を語るイレーネの目は、複雑な色をしていた。

「それが、ギストザークら本来の魔王たちが無限の寿命を投げ捨て、魔王となる理由よ。……崩壊前の輝かしき繁栄を知るがゆえに、衰退して全て制御され、古き者どもにいいように飼われるのみのリド大陸のありように絶望する。輝くものなき孤独の世界に火を点け、もしも本当に己に相応しき相手が生まれるというのなら見せてみよ、と叫ぶのが、魔王のありよう。……奴は魔族のそれとは形が違うが、この場で己を燃やし尽くすことに未練などなかったのじゃろう」

「……それが、可能性の果て……」

 リュノは呆然とする。

 しかし、ホークはそんなことを知ったところで同情する気になどならない。

 興味はただ一つ。

「それで、どうすればメイたちを助けられる? どんだけ規模がでかいにしたって、殺されてないならやりようってものはあるだろう」

「……無理じゃ」

 イレーネは首を振る。

「固定していない亜空間は、落ち込んだものの在り処はおろか、入り口も出口もおぼつかん。いつまで奴の魔力が亜空間を維持するかもわからず、よしんばメイらを見つけられたとしても、あらかじめ出すことを想定していない構造では脱出する方法がない」

「おい、そりゃねえだろ!」

「今この瞬間、生きてはいても、もはや火に投げ込まれているようなものじゃ。死が確定しておる」

「そんなことは、ない」

 イレーネの言説を、レミリスは敢然と否定する。

 それにホークはすがった。

「何かアテがあるのか!」

「向こうに飛び込んで、ロムガルドに戻った時みたいな転移陣を亜空間内に形成する。行先を亜空間の外に向けて設定すれば、理論上は亜空間崩壊から逃れることはできる」

「デタラメなことを考えるね」

 レヴァリアが溜め息をつく。

「常に歪み狂う空間で繊細な転移陣を形成するなんて、正気の沙汰じゃない。機能したらそれだけで奇跡だ。それに受け側の転移陣を作らずに転移するなんて……飛んだ先が空の果て、星の世界でも、地の底の溶岩でもおかしくない。勝算が低すぎてバクチにもならないよ」

「どうせこっち側に作っても、それこそ陣の乱れでアジャストできない。亜空間から出ることができれば、勝機はある」

「……まあ確率は無視して可能は可能としようか。でも誰がそんな場所に飛び込むんだい」

「…………」

 レミリスは、ホークを見る。

 その背にレヴァリアは言う。

「盗賊君に判断を委ねるっていうのか。ちょっと酷いんじゃないのかい? 少なくとも盗賊君はここで彼女らを諦めても誰も責められない。いや、常識的には諦めるべき確率だ。そして、彼は多くの栄光を手にできる。……だが、この賭けに乗れば高確率で全てを失う。手に入ったはずのものも、守れたはずのものも全てだ。それなのに、彼が逃げたら恰好悪い形になる今、是非を彼に押し付けるのかい?」

「……黙って」

「いや、黙らないよ。彼は英雄だ。この魔王戦役を戦い抜いた一番の立役者だ。その彼をあえて死なせるような」

「黙れ」

 レミリスはレヴァリアにぴしゃりと言った。

「私はあなたに従う義理はない。ホークだけが、決めていい」

「…………」

「時間がない。ホーク」

 レミリスはホークを見つめる。

「……やる?」

「……やるに決まってるだろ」

 いつかライリーに言われた。流されていないか、と。流された先で何を捨て、何を取るか、選ぶことになると。

 ホークが選ぶものは決まっている。

「勝って、メイに世界がもっと楽しいものに溢れてるって教えてやるためにここに来た。ファルネリアに戦った甲斐のある未来をくれてやるために勝ち抜いてきた。……ここで手を放したら全部パアだ。……付き合え、レミリス」

「ん」

 レミリスは淡々と頷いた。

「レヴァリア。チョロ、お願い」

「……なに?」

「まだ生きてる。あなたの腕なら治せるはず。使役術だって心得てるよね」

「……遺言のつもりかい」

「脱出しても、遠いところに出るかもしれない。帰ってくるまで、チョロ、預かってて。好物は骨とモツ」

「……そう長くは預からないからね」

「ん」

 レミリスを見て、ホークも誰かに何か言い残していこうかと思う。

 そして……思いつかない。

 ジェイナス。リュノ。レヴァリアにロド、イレーネ、ロータス。

 彼らに何を言い残せばいいものか。

「私も乗るぞ、ホーク殿」

「……ロータス」

「魔王戦役は終わる。私の役目も終わる。……最後くらいは私情に走らせてもらう」

「ファルを助けないと収まりがつかないか」

「私情だと言っただろう。……この旅は、貴殿の旅だ。貴殿の行く先を見届けないままでは終われない」

 そして、イレーネも龍翼を広げつつ、頭を掻いて近づいてくる。

「……儂がおらんと天地もない亜空間で自由に動くことはままならんぞ」

「お前も……イレーネ」

「お前には貸しがある。まだまだな。……それに……いや」

 首を振り、イレーネは自嘲的に微笑む。

「ぐだぐだと湿ったことを言うのは終わってからでよいか」

「何がどう湿るのかわからねえが……この際だ。頼るぜ」

「うむ」

 ホークは球体の規模を「ボルテクス」で維持するジェイナスに目を合わせ、頷き合う。

 彼にはそれで十分だった。

「よし……助けに行く! あとは任すぞ、みんな!」

 レミリスと手をつなぎ、球体に飛び込む。


       ◇◇◇


 闇が広がっていた。

 レミリスと握り合った手だけが頼りだ。

「……レミリス。これからどうすればいい」

「……探す。どうにかして……」

「時間はないぞ」

 ロータスが背後からホークにつけた鉤縄で追いついてくる。

「絶えず体がどこかへ流されているような感覚があるな……」

「亜空間が暴れてる。中に入り込んだ空気が、不定形に広がったり縮んだりする空間に踊らされてる」

「手がかりもない。どうやって見つけるんだ」

「手がかりならあるじゃろう」

 頭上にイレーネの姿が見えた。白い龍翼はうっすらと輝いている。

「あるのか……?」

「奴らの気配は無二じゃ。神域の戦士。後の世に戦女神と呼ばれるべき娘らの気配は、魔王に勝るとも劣らぬ」

「…………」

「心を研ぎ澄ませ。どこかにおるじゃろう」

 ホークは言われた通りに、気を静めて周囲を探る。

 ……そして、馴染み深い銀と金の気配。

「……あっちだ」

「うむ」

 手を伸ばすと、イレーネが掴んで、翼を打って前に進めてくれる。

 地面もない空間の果て。闇……いや、ジルヴェインの生んだ魔力の瘴気の向こうに、うっすらと二人のオーラが見えてくる。

「メイ! ファル!」

「……ほ、ホークさん!? それにおっぱい魔族とレミリスさんも……」

「……私もいるぞ」

 この暗黒空間で真っ黒のロータスが見えないのは仕方がないと思う。

 二人は手をつなぎながら不安そうな顔をしていた。あれほどの戦いをした二人でも、やはり自分たちだけになればまだ13歳と14歳の娘だ。

 どこかそれが嬉しくて、ホークは二人を抱きしめて安堵し、笑ってしまう。

「……はぁっ……と。早速で悪いが、脱出しなきゃいけない」

「どうやったら出られるの?」

「レミリスが知ってる」

 レミリスは既に杖を振るい、周囲に魔法陣を展開していた。

「……虚空に、魔力そのもので直接転移陣を……凄まじいことをするな、レミリス殿は」

「すごいのか、それ」

「……普通は魔法陣の準備は数日から数か月がかりの大仕事だ。レミリス殿のような真似を皆が出来たら、大魔法という概念が変わる。その場で自由に組めるなど……あれもまた、神業だ」

「……ジルヴェインは、あんなに魔力を持っていたのに、知の探究には無関心だった。それが、残念」

 レミリスはポツンと言い、魔法陣をさらに重ね、周囲を光芒で満たしていく。

 それを口を開けて見ていると、亜空間が不意に震える気配がした。

「何が……」

 ファルネリアが不安そうに見回す。

 魔法陣の光芒に照らされた闇は、不気味に蠢いているとしかわからない。

 だが、イレーネはそれを理解したようだった。

「魔力が伸び切った……いや、崩壊が始まったんじゃ。もういつ巻き込まれてもおかしくないぞ」

「レミリス!」

「待って。少し歪んだ。修正」

「みんな固まれ! っておい、俺にみんなでしがみつくな! 中心はレミリスだって!」

「私にはしがみつかないで。展開中」

 両側から抱きついてくるメイとファルネリア、ずっと背中に影のように張りつくロータスに加え、イレーネまでがふざけたようにホークの頭に上から乳房を乗せるように絡み付いてくる。

 周囲の闇の振動が激しくなる。不気味な音もし始める。

「レミリス!」

「……妥協」

「妥協!?」

「まあ、多分、死なない」

 レミリスは何か不穏なことを言う。

 だが信じるしかない。

「い、イレーネ! 飛んだ先でなんかヤバそうなことになったらフォロー頼むぞ! メイとファルも、誰か死んだら“祝福”で何とか戻せ! 死んだ瞬間ならなんとかなる!」

 慌てて指示を三人に出す。

 ロータスが背後で少し不満そうな気配を見せた。

「私に何か指示は」

 特にない。

 が、ホークは迫り来る危機を前にしつつ、敵の殺意はないという妙なシチュエーションで変に高揚しており、最期かもしれないからいいや、と口を開く。

「この際だから言うぞ! エロいことばっか匂わせやがって変態! ほんと全部済んだんだから生き残ったら好きなだけやり返してやるからな!」

「心得た。それなら神ならぬ私の得意分野だ」

「マジだからな!」

 17歳童貞。性欲だって人並み以上の自負ありだ。危機的状況でなかったら思いっきり女体に甘えたいのだ。

 最後くらいは、最後くらいは心から叫ばせてもらう。


「ロータスだけじゃねえ! メイもファルも、イレーネもレミリスも! 全員俺のもんだからなっ! 好きなだけ好きな事してやるからなっ!」


 ホークは壊れていく世界の中で欲望を絶叫し。

 光の中に、意識が飲まれていく。


       ◇◇◇


 星空を見ていた。

 風が吹き渡っている。

 背中に、草と土の感触を感じた。

 ……近くに何かの動物の糞の匂いがする。

「くせっ」

 ホークは数呼吸ほどのぼんやりした感覚を振り払い、ガバッと起き上がる。

 星明りの中で、周りにメイやファルネリア、レミリスが転がっているのはすぐにわかった。暗闇での活動は得意だ。

「おい。おい、メイ。大丈夫か」

「ん、んー……あ、あれ、さっきの……夢?」

「ジルヴェインに変な空間に飛ばされたのは夢じゃない」

「……その後ホークさんがすごいテンションで下着脱がしてきたような」

「それは絶対夢だ」

 すごいテンションでスケベな欲望を表明したのは間違いない。

 しかしそれはとりあえず説明しないでおく。

「……私も思い切り乱暴に脱がされたような気がしたんですが」

「脱げてないだろファル。それは何かの間違いだ」

 何故二人して妙な錯覚に繋がったのか。空間転移はそういう錯覚を起こす効果でもあったのだろうか、と妙に冷静になった頭で考える。

 ……そういえば、ここはどこだ。

 そう思ってレミリスを起こす。

「おい。起きろレミリス。……ここどこだ」

「……んう」

 揺するとレミリスはむっくり起き上がり、キョロキョロと周りを見渡して、また倒れる。

「ねむい」

「寝るなよ!?」

「……つかれた」

「そりゃ疲れただろうけどさ! ここどこだよ!?」

「多分、星の世界……じゃ、ない」

「星の世界にはうんこの匂いしないだろうけどさ!」

「うわ、そういえばなんか匂うね……」

「どこ……っ、危なかったです。髪につきそうな位置……これは牛糞でしょうか」

 真っ暗な中でわいのわいのしていると、ガサガサッと音がしてレミリス以外全員がビクッと身構える。

 ホークは“祝福”の有無を確認。……まだ戻っていない。

 それでわかる。そんなに時間は経っていないようだった。

「……私だ」

 そして藪を手でのけて現れたのは全裸のロータス。

 星明りでもはっきりと見える肌の白さ、そしてぷっくりとした乳首と毛の生えていない股間がホークの目に焼き付く。

「な、なんで裸なんだよ!」

「……背中から牛糞に落ちたらしい。ひどい状態になってしまったので服を洗って乾かしている」

「……ぷっ」

「仕方がないだろう!」

 むっ、と怒るものの、ふとニヤついてホークに近寄り、腰に手を当ててぐっと身を乗り出し、窺う目つきをする。

「……先ほどの宣言のチャンスだぞ、ホーク殿? 私はあらゆる行為ウェルカムだが」

「いや待て、うんこの近くでそれはない」

 ホークが真顔で手を左右に振ると、メイとファルネリアも指を差して抗議。

「真っ黒女が一番ってのはなんかヤ!」

「せめてレミリスさんからなら納得します」

「私が指名一番だぞ、姫。いや、もはや地位や序列を気にはせぬ。私はそれ以外に取り柄がないのだから譲っていただこう」

「いや待てロータス。確かに武力とか魔力とかで一番じゃないだろうけどエロだけを取り柄と言い張るのはどうなんだ」

「こればかりは100年と生きていない小娘たちには遅れは取らぬ」

 胸を張る変態。

 ……そこに、ぼんやり光る白い龍翼を羽ばたかせてイレーネが戻ってきた。

「何の争いじゃ。儂も混ぜよ」

「混ざるな。……ここがどこかわからないか、イレーネ」

「……うむ」

 イレーネは龍翼をしまい、パチンと指を鳴らして何もない場所に火を起こし、車座になるように皆を勧める。

「……ここはラムル共和国のあったあたりじゃな」

「は? なんだ共和国って」

「昔の政治形態じゃ。……遠い昔は、王のいない国があったのじゃ」

「……今で言うとどの国だよ」

「どの国でもない。……ここは世界の裏側。あるいは遠い海の彼方。アーラウス大陸じゃ」

「……はっ?」

「『邪神』によって人が滅ぼされた大陸。……もはや誰もいない地じゃ」


 全員がその事実を理解するのに、少し時間がかかった。

「……世界の裏側、かあ……だからアルダールが朝だったのに夜なんだね」

「人が滅びても、植物や動物は生き続けているのですね……」

「人の住めない土地になったってレヴァリアが言ってなかったか?」

「何らかの魔術的作用で浄化が進んだのじゃろう。あるいは……酔狂な魔族が、せっせと大地を浄化し続けていたのかもしれん。儂らが魔王戦役などと言ってリド大陸で騒いでいる1000年の間に」

「……ねむい」

「誰もいない土地か……考えてみれば、我々が営むには最適かもしれんな」

「どういうこと?」

「ホーク殿やメイ殿、ファル殿はもはや人の世にあっては騒乱の種となる。あるいは、魔王と同じ扱いをされてしまうやもしれん。事実として、あの元魔王ギストザークにも勝てるだけの実力をそれぞれに身に付けてしまっている。それはただ一人でロムガルドやアスラゲイトを含めた、あらゆる国をも恐れさせる武力がある……ということ。これまでのように市井で安寧に暮らすことはできんだろう。だが、ここならば誰も貴殿らに手を出すこともない。野生動物や魔獣くらいはいるかもしれんが」

「そっか……あたしたち、そういうのになっちゃったんだ……」

「……ホーク様がロムガルドの新王になればいいのです」

「やだよ。俺は跪くのは嫌いだが、他人が跪くのを眺めるだけで毎日過ごせるほど退屈に強くもねえ。……でもなぁ」

 ホークは火を見つめながら、辿り着いてしまった遠い環境に暮らす未来を思う。

 夏は終わり、秋が来る。

 この地で家を建て、食料を集め、毎晩のように彼女らと……いや。

 確かに、それはきっと円満な暮らしだろう。

 だが。


「……ま、ここに引っ込むのは次善の策でいいさ」


 ホークはみんなを見回す。

「確かレヴァリアは、『僅かな沿岸部』には人が住んでるかもしれない、みたいなこと言ってたじゃねえか」

「あ、そうだよね」

「そこまで行けば船のひとつも手に入るかもしれねえ。いや、そこの奴らなら俺たちのことなんて知りゃしねえだろ。そこに住むのも悪くない。どっちにしろ、まだこの若さで隠居ジジイみたいな暮らしはしたくねえ」

「隠居ジジイかのう? めくるめく薔薇色ハーレム生活ではないか」

「あ、いや、それはそれでとてもやりたい。でも、それで終わるのはナシだろってことでさ」

 ホークは笑う。

「とにかく、行こうぜ。世界を救ったのに、世界への興味を失っちまったらジルヴェインと同じだ。……それに、俺たちが生きてるって知らせなきゃ、ジェイナスたちもハッピーエンドにならねえじゃねえか」

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