魔王ジルヴェイン

「ジルヴェイン様」

 玉座に座って退屈そうにしている君主に、腹心の「眷属」であるラズーリは声をかける。

 君主は視線も向けずに、指先で発言を許す意を示した。

「レヴァリアの勇者一行が……ロムガルドの“勇者姫”の本物と、幾人かの魔族を伴って城下を進撃中でございます」

「同じことを一刻前に聞いた。俺に同じ報告を二度するなと言っておいたはずだが」

「先の報告はあくまで発見の報。また、何者であるかまでは絞れてはいなかったかと」

「ベルマーダで飛び回っていたワイバーンがいたのだろう? 例の一味だと勇んでガウスは飛び出していったではないか」

「……そのガウス殿ですが……先刻、敗死されました。“雷剣”めが追って出ましたが、ジルヴェイン様は念のため、場を移されるがよいかと……」

「何故だ?」

「万一ということもございます」

「何を言っているのか理解できんぞ、ラズーリ。言葉は正確に使え」

 ジルヴェインはそこに至ってようやく視線をラズーリに向けた。

 ラズーリは人間族の魔術師で、目の覚めるような青い髪をした男だ。

 かつてはアスラゲイト帝国に属していたが、権勢主義、秘密主義の帝国に嫌気がさして飛び出し、ギストザークに拾われた過去を持つ。見た目は違えど、ラーガスと同じような身の上だった。

「万一とはなんだ? ここまで連中が来ることか? それとも、もしや……お前たちが奴らを止めるという話か?」

「は……?」

「お前は、もしや奴らを止めるのに、俺ではなく有象無象の手勢で充分と考えているのか、と聞いている。……回りくどい言い方は面倒だ。はっきり言ってやる。ナクタに封じておいたはずのファルネリアがいるということは、ギストザークの親爺は敗れたということだ。そしてアーマントルードもやられたということだ。……そんな相手にお前たち雑魚ができることなど、せいぜいが嫌がらせだ。万一も何もあるか。奴らはここに来る。お前たちが勝つ方が万に一つの可能性というものだろう」

「そんな……まさか、魔王様が」

「未だに奴を魔王と呼ぶのだな」

 ジルヴェインは少しうんざりしたように呟く。

 ラズーリは元々ギストザークの下にいた。ジルヴェインが下剋上を果たした際、ギストザークは己の「眷属」としていた者たちを解散させ、ジルヴェインの軍勢として働くように命じた。

 自らが魔王戦役の主役たるに相応しくないとなった以上、なお多くの部下たちを抱えておくのは醜いと考えたのだった。

 しかし、ガウスのようにあくまで自らをギストザークの「眷属」であると言って譲らないものもあり、またそこまで強硬ではなくとも、ラズーリのようにジルヴェインを新たに「魔王」として呼ぶことができない者もいる。

 魔王戦役の真の意義……つまり、人間族の中に眠った「破壊神の因子」の確認。そこに役割として存在するべき「魔王」は、たとえ最強でなくともギストザーク個人をおいて他にないと思えたのだ。

 そして、予想外に早く生まれてしまった「結果」が……勇者という形でなく、むしろ魔王たろうとしているのは、どうしても不自然なものに思えてしまう。

「ギストザークの決めたことに今でも納得がいかないか、ラズーリ」

「そんなことは……」

「咎めん。正直に言ってみろ。どうせもうこの城には、礼儀がどうのとうるさく言う奴もいない」

「…………」

 ラズーリは、しばしの間ためらい。

「……魔王戦役は、あなたが魔王様に勝った時にその意義を終えているのではないでしょうか。その上、魔王を気取ることにどんな意味があるのか……その思いが常にあることは否定できません」

「ククク。なるほど……頭でっかちの魔術師の言いそうな事だ」

 ジルヴェインは嘲笑するように喉を鳴らし、そして溜め息。

「では、俺は何をすべきだ、ラズーリ」

「は……?」

「勇者とでも名乗ってギストザークの首を手にどこぞの国に乗り込んで、褒美でも強請るか。あるいは力任せに旧弊の国のひとつも滅ぼし、王国でも興してみせるか。それとも……さて、どうしたものかな。今の俺には王も姫君も、どんな人間も、蟻の一匹と等しい。虫の中でどんな栄光を与えられようと、何一つとして意味を感じないが」

「……ジルヴェイン様」

「超越するというのは、そういうことだ。……そういうことだったのだ」

 だから、とジルヴェインは億劫そうに目を閉じた。

「魔王戦役の真の意味など、もう忘れてしまえ。複雑な理由など何もいらぬ。……巡り巡って、原初に戻ったのだ」

「原初……」

「想像してみろ。お前が俺なら、何を求める」

 ジルヴェインは目を閉じたまま皮肉げに笑い、指の動きでラズーリに退出を促した。


       ◇◇◇


「俺とロドが先頭だ。メイとファルネリア姫、それとイレーネ嬢はその後ろ。リュノやレミリスさん、それにリル……レヴァリアは、ロータス、君が守ってくれ。ホークは殿しんがりだ」

「おいおい。ジェイナス、お前も決戦の大事な戦力だぞ。盾になろうとはするなよ」

「俺の『ボルテクス』は、最小で展開していても狙った場所への直撃だけは防ぐ。致命傷さえ受けなければリュノとレヴァリアがなんとかしてくれる。捨て石になる気はないが、他の奴よりは死ににくい。……それに、お前だって神経を尖らせろよホーク。背後が安全なんて誰も保証してくれないぞ」

「わーってるよ。……行くぞ」

 ホークたちは改めて進撃を再開する。

 マシスの「スパークエッジ」はロータスが回収した。使いこなすのが難しい剣であり、ジルヴェイン戦で役に立つかは微妙だが、高位の魔剣には違いない。

 大家令ガウスの「アクセル」も手に入れているが、相手の打撃速度を鈍らせ、自分の剣速を極限化する「アクセル」も、やはり使いどころが見つけづらい剣だ。ファルネリアにしろジェイナスにしろ、魔剣使いたちが持ち替えるには至らなかった。

「レミリス殿、敵の動きは」

「また何十人か集まって、城の門のあたりで構えてる」

「剣士か、魔術師か……そういったことは」

「どっちもいる。正面から行くなら、跳ね橋でぶつかる」

「……ジェイナス殿、そこは私や姫で……」

「いや、俺が単騎駆けするのが一番早いだろ?」

「提案がある。イレーネ、我を空中から投擲し、敵の防御陣形の中心に落とせ」

「空を大回りするのはそれはそれで危険じゃぞロボ」

「ロボではない。ロドだ」

 言い合いながらも城の正門を正面に捉える。

 と、その直線を猛速で何かが飛ぶ。

「まずい……」

 ジェイナスは咄嗟に魔剣を掲げて飛んできたものを逸らすが、ロドは直撃。

「ぐ……!」

「や、槍!?」

 ロドに突き刺さった長大な「矢」を見て、リュノが呆然とする。

 すぐにホークは気づいた。

「違う! 機械弓バリスタだ!」

 矢というには大きすぎる。だが、矢だ。

 貫かれたロドは、さすがにたたらを踏む。

「直線上から避けろ! ……くそ、敵は魔術師だな」

 ホークは手近の立ち木の根元に身を隠しながら舌打ちする。

 魔法は準備があれば魔法で比較的簡単に打ち消せる。ならばそれに混ぜて実体攻撃を放てば、「防げる」と油断した相手には届いてしまう。

 先ほどの戦いでも見かけた強弓兵士もそうだが、こういう対策を思いつくのは魔術師自身だろう。魔剣使いは良くも悪くも自分の攻撃が「魔法であり、剣でもある」ということを過信しがちなのだ。

 が。

「メイさん!」

「大丈夫。……やる!」

 メイが白金の光を纏い、本気モードへ。

 そしてファルネリアも銀の光を操り、駆け出す。……いや、有り得ない加速をする。

 続いて飛んでくる魔法の光弾をメイは正面から殴って逸らし、続くファルネリアは設置された機械弓に対し、「ブロッサム」の特性を何度も重ねて高密度化した一撃を放ち返す。

 アーマントルードと違い、愛剣の特性を理解し尽くしているファルネリアは、桜色の濃霧となった光を城門を覆う規模と密度で浴びせかけ……そこに。

「爆ぜろ!!」

 魔剣「イグナイト」の特性まで混ぜていた。

 濃霧に引火したように、城門付近が大規模に吹き飛ぶ。

 その危険を察知した数名の魔術師は自分の周囲に対魔術障壁を作り、かろうじて凌いでいたが……それをメイが見逃すはずもない。

 いや、そもそもメイの速度はまともな人間に反応できる速さではなかった。

 下手な矢よりもさらに速く、そしてステップは広く不規則で狙撃を許さない。

 100ヤードも離れた場所から瞬きの間に敵に辿り着いたメイは、爆風の収まらぬ中で青髪の魔術師に勢いのままに掌打を放つ。

 魔術師は軽々と飛んで壁に叩き付けられる。頑丈な城壁を砕く勢いで打ち付けられた魔術師は、もはや生きてはいないだろう。

 間髪入れずにステップして他の魔術師も叩いていくメイ。その速度は、「ゴールドウイング」の強化を体感しているファルネリアでもゾクッとするほどだ。

「……メイさんの拳はもう、『スパイカー』よりも間合いが広いですね……」

「やればやるだけ、限界が伸びてく感じ……! 調子いいかも……!」

 少し嬉しそうに腕を回すメイ。

「……ここまできて、まだ成長するっていうの……?」

 リュノが呆れたような、信じがたいようななんともいえない顔をする。

「ロド、平気か。まだ動けるか」

 ホークが近づいて、刺さった「矢」を引き抜き、声をかける。

 ロドはギシギシと動きを鈍らせながらもなんとか立ち上がる。

「……問題……ない」

「さっきの穴も含めてだいぶやばそうな見た目になってるんだが……」

「我に……人間のような……心配は……無用だ」

 1フィート四方に変形できることからなんとなくはわかっていたが、鎧の中身に肉や骨格らしきものはない。そこはさすがに生物としての常識を完全に無視できる魔族ならではというべきか。

 しかし、だったらどれだけ貫かれても割られても平気なのか、というのはわからない。ギストザークは真っ二つにされても平気で自分でくっつけていたが、あれは何か特別な自己強化のような魔術を使っていたはずで、ロドがそれと同じレベルなら、あの長頭のデフォードももう少し頼れそうな言い方をするだろう。

「肉壁みたいな戦術に頼るのはそろそろ終わりにしたいところだな……ジェイナス! もうこの際、城ごと奴を叩けないか」

「城ごと?」

「お前の『ボルテクス』なら、やれるだろ」

「……やってできなくはないだろうが……いいのか? 仮にも首都の王城だ」

 ジェイナスは躊躇うが、ファルネリアとレヴァリアがそれぞれに破壊を肯定した。

「我が国が健在ならいざ知らず、もはや誰も住まわぬ魔王の城です。遠慮はいりません」

「外交上も文句は言わせないさ。まるっと奪われる方が悪いってものだよ」

「……そういうなら、やってみるが」

 ジェイナスが「ボルテクス」を掲げ、渦動の力を溜め始める。

 が、死んだと思われた青髪の魔術師が、ぶるぶると血まみれで震えながら動く。


「……させぬ……!」


 手を掲げ、清冽な光を発し……もう片方の手で、自らの胸に僅かなエンチャントをした手を、突き刺す。

「いけない」

 レミリスが呟き、杖から魔術を放つ。

 不可視の魔法弾は瀕死の魔術師に直撃したが、彼の肉体が魔法弾と壁に挟まれて潰れる嫌な音が響くと同時、掲げた手から光が広がり、一気に城の外壁を走る。

「何だ!?」

「結界。相当高度な……しかも、自分の命を生贄にしてる。……きっと死ぬつもりで、最初から仕込んでた」

「……そ、それが張られると、どうなるんだ?」

「入れないし、建物も壊せない。……解くのにも相当時間がかかる。ここで足止め……」

「もう援軍もそんなにいねえだろうに、足止めしてどうなるってんだ」

「わからない。でも、こっちの好きにはできない」

 続く戦術的なフォローなどない、ただの嫌がらせとしての足止め。

 あるいはジルヴェインが地下通路か何かから逃げるつもりなら、役に立つだろうか。

「健気というか……ますますチグハグだねぇ。こんな高位の魔術を使うのなら下っ端というわけでもないだろうに」

 レヴァリアがぼやく。

 死んだ魔術師は一体どういうつもりなのか。それを確かめることは、もうできない。

「自分が戦う前から部下の戦況で負けを認める……ジルヴェインはそんな奴には思えなかったけどな」

「……でも、アルダールからジルヴェインを追い出せれば、それはそれで前進かも……」

 ファルネリアが気を取り直すようにそう言う。

 が、それは結界の中からの声に遮られた。


「最期まで無粋な奴だ、ラズーリ」


 城を覆う高等な防御結界が、一瞬で割れて飛び散り、消える。

 弛緩しかけた空気が、一気に痛いほどに引き締まる。

 全員が、城の中から現れたたった一人の男を見て、追い立てられるように構えた。


「……ようこそ、アルダール城へ。ろくなもてなしはできんがな」


「ジルヴェイン……!!」

「“勇者姫”か。久しいな。アーマントルードはどうだった? せっかくだからお前のスペアボディを使って生き返らせてやったんだが……ここまで来れたということは既に奴は死んだか。面白い女だったが」

「あなたは……あなたが!」

「ナクタであっさりと死んだ奴と、間抜けにもスペアボディを放置している奴を組み合わせて、もう一度、生を与えてやったのだ。感謝こそすれ、恨まれる覚えはないはずだがな」

「戯言を!」

「……それに、そこの奴は……あの時の女魔族か。ラーガスの奴にだいぶ遊んでもらったらしいな。1000年のうちにも珍しい体験ができただろう」

「……なかなかのものをな。二度は御免じゃが」

 たった一人。

 もはや誰一人として傍に立つ者もないながら、その圧倒的な存在感はジェイナスに勝るとも劣らない。

 それはジェイナスの光のカリスマとは対照的な、薄闇の輝き。

 決してこの男は好漢では有り得ない、と誰もが思う寒々しさを備えながら、しかしそれでも目を離すことができなくなるような、不安と悪寒を凝集させたが如き気配。

 そんな男は、何の気負いもなく指を右から左に回し……やがてホークに向ける。

 薄く笑う。


「……お前か。あの時俺とアーマントルードを殺した男は」


「……っっ」

「お前がそうか。……会いたかったぞ、俺の半身よ」

 ジルヴェインはそう言って指差した手を返す。


 瞬間。

 全員の首が、飛ぶ。


 否。

 それを全て、ホークは「戻す」。


「……!!」

「な、何……今、あたし……」

「え……えっ、何、幻影……!?」

 全員が自分の首を確かめる。

 ホークとジルヴェイン、そして魔族たちだけがそうしない。そしてジルヴェインは冷や汗をどっと噴き出すホークを見つめながら、抑えきれないように笑った。

「クククク……!! やはりか! やはり、そうか!」

 ホークは拳が軋むほどに握り、勝手に身構えて前傾になる体を起こしてジルヴェインを睨む。

「どういう……どういうことだ、ホーク殿……何が……何が起きている」

「落ち着けロータス。……簡単なことだ。奴は、ああ、そうだ」

 ホークは絞り出すように、確認したことを口にした。


「……奴は、俺と同じだ。……“盗賊の祝福”を、持ってやがる」


「なっ……」

「それだけではないがな」

 ジルヴェインはあくまで余裕の笑み。

 ホークは、だろうな、と呟いた。

「奴は魔力も神域だ。それは前回、わかってただろう」

「……神域のチカラを、二つ……!?」

 ロータスの驚きを、ジルヴェインは鼻で笑う。

 そして、構えた。

「楽しませてもらおうか」

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