究極の強さ

「ホークさんと同じ……!?」

「そんな……それじゃ、私たちは簡単に……」

 驚愕するメイとファルネリア。

 ホークは頷く。

「そうだ。奴がその気なら死ぬ。……いや、殺られた」

「そしてお前が、それをなかったことにした。……再配置リプレイス。ギストザークすら侮り続けていた、本当の神業」

 ジルヴェインは開いた手をゆっくりと握り、パチン、と指を鳴らす。

 瞬間、ホークの首だけが上空に吹き飛び、粉砕されて赤い雨となり……その事実は一瞬で「戻る」。

「やはりか。これが再配置リプレイスの保持者同士の戦いになるわけか」

「……クソが」

 ホークは一瞬「死んだ」首なしの自分を、空から俯瞰していた。

 そして、それがチカラの発動のチャンスだということを理解させられた。

 ……人は、殺された瞬間は、まだ「魂」の次元において形を保っている。

 ホークのチカラは、その状態でも発動が可能なのだ。

 そして、どんなに肉体が粉々にされようとも、その粉々になった血肉を元の位置に「再配置リプレイス」することで、死の事実を瞬間的に打ち消すことができる。

 人は傷つくことによって死ぬわけではない。肉体が活動をやめ、魂に反応しなくなることで死ぬのだ。

 どれほど深く無惨な傷でも、ついた直後なら「戻せば」済む。

「そういう使い方ができるところまで辿り着いた奴が、この俺以外にいたとはな。……嬉しいぞ、我が半身よ」

「気持ち悪い言い方で呼ぶな。俺は……テメエの半身なんかじゃねえ」

「手に取るようにわかるぞ。このチカラを持って、ヒトの中でヒトのふりをしようとし続けたお前の人生が。……まだヒトでいようとして、そんなところにいて、自分を騙し続けているのだな」

「騙す……なんのことだ」

「わかっているのだろう。このチカラを持てば、誰からも奪う者にしかなれん。対等になどなれん。これは才能などという生優しいものではない。……誰かと仲間の振りをして、自分がある意味では劣っているというのを免罪符として、そこに埋もれようとし続けなくては、人間の世界にはいられない。本当はわかっているはずだ。それはただの自己欺瞞だと」

「……俺はお前じゃねえ。魔王気取りの奴なんかと同じじゃねえ」

「同じだ。だから、俺と同じ次元まで来た」

 ジルヴェインは、言葉を邪魔するように放たれたファルネリアの「ブロッサム」による桜色の光の濁流を、片手でハエでも払うように跳ね除けて続ける。

「チカラを極めていきながら、お前は恐れていたはずだ。世界を思い通りにするチカラを持ってしまったことを。自らの心の間違いひとつで、誰からでもなんでも奪い取ってしまえる……命まで全て。そんなチカラを持ったままで、自分がヒトの世界で掴む栄光も幸福もありえるのか、と」

 ファルネリアは「ブロッサム」にさらに大きなエネルギーを溜め込みながら叫ぶ。

「お黙りなさい、魔王! ホーク様をたぶらかそうなどと……」

「今のお前にとって、仲間ヅラしている周りの連中は皆、実のところは蟻と変わらんだろう。夢にうなされて、あるいは酒の間違いで、もしも目の前に迂闊に立ってしまったら……何の手応えもなく潰れて死ぬ。そんなチカラがあることに怯えているのだろう? あるいは、俺との戦いで都合よくチカラが奪われ、二度と使えなくなるような夢想もしたのではないか」

「うるせえ……うるせえ、黙れ魔王気取りのクソチンピラが!」

 ホークは、ゲイルが己を呼ぶ蔑称をジルヴェインに投げつける。

 それは心の奥底でジルヴェインの言葉に共感を見出してしまったからに他ならない。

 御大層なことを言うお前は、つまり俺と同じ程度の低いクズなのだろう、と、相手の見透かしが事実であることを暗に認めてしまったのだった。

「俺はヒトと同じ生き物であることはずいぶん昔に諦めた」

 ジルヴェインはそう言ってホークを見下す。

「下らぬとわかっている相手に合わせて、時の浪費をするのをやめた。そして、上位種である魔族になろうとした。……ギストザークは俺を見て、随分と愚かな子供だと思っただろう。だが、魔族というのがつまり、ヒトを超越した孤高の存在のことであるのなら……俺はそう呼ばれてしかるべきはずだ。そして己をそうと認めれば、全ては収まるべき場所に収まるはずだ」

「……随分思い上がったもんだな」

「そして現に、本物の魔族は俺に追い越されて従僕になり下がった」

 余裕を見せながらホークに語り掛け続けるジルヴェインに対し、メイとジェイナスが踏み出す。

 レミリスとイレーネが魔力をそれぞれに集中し、そしてジェイナスたちの踏み込みの煙幕になるように光弾を放つ。

 光弾はメイたちを追い越して着弾。しかしジルヴェインはそれをふたたび追い払うような仕草で弾いてみせる。

 そこにメイの蹴りと、切っ先に渦動を集中したジェイナスの「ボルテクス」が襲う。

 ジルヴェインは邪魔そうに顔を向け、そして。


「無粋な……奴らだ!」


 メイの蹴りを掴んで背後に投げ飛ばし、ジェイナスの「ボルテクス」は無造作に刀身を掴んで止めた。

「なっ……」

「う、嘘っ……あわあああああ!」

「メイ!」

 空を飛んでいくメイ。それが放物線の頂点に達したあたりでチョロが掴み、大きく旋回して戻ってくる。

 そのチョロにジルヴェインは光弾を打ち上げる。

 直撃。

「チョロ!!」

「まさか魔王の上をヒラヒラと飛んで、安全だと思ってはいまいな?」

 かろうじてメイはチョロから離れて着地したものの、チョロ自身は城下の建物の屋根に墜落、動かなくなる。

「テメエ……!」

「仕掛けてきたのはお前たちだろうに」

 ジルヴェインは剣を手放さないジェイナスに雑に蹴りを入れ、城壁まで吹き飛ばす。

 そして「ボルテクス」は興味なさげにポイと捨てた。

「……なんという身体能力だ」

 ロータスが漏らす。

 メイもジェイナスも決して手加減をしていなかった。しかし、ジルヴェインはそんな二人にまともに素手で対してみせた。

「身体能力も……神域……ってわけかよ……!」

「お前はまだ、この領域に踏み込み始めたばかりか」

 ジルヴェインは襟を引いて直しながら、再びホークに向き直る。

「お前もいずれ、こうなる」

「……何……?」

「神域……お前たちはそう呼ぶか。魔族流に言うところの『破壊神の因子』は、ひとつの分野だけを極めて辿り着く至高の極致……などというものではない」

 メイがチョロを気にしながら場に駆け戻り、ジェイナスもよろめきながら近づく。それをジルヴェインは気にもしない。

「お前もきっと理解しているだろう。……それはなんのことはない気付きだ。まるで路傍の石の意味にある日ふと思い至るような……『そこに限界がある』と思っていたことが馬鹿らしくなるような、気付き。それを見つけることができるようになると、何の分野でも限界は跳ね上がっていく。……真理を理解することに慣れれば、ヒトはやがてヒトでいられなくなる。……俺やお前は、生まれながらにしてその入り口にいたわけだ」

「……じゃあ、その魔力も……体力も……それ以外も」

「全て後付けで身に付けた……いや。目覚めさせた『因子』だ。俺はお前と同じだった。だが、リプレイスの果てに一度辿り着いたことの経験が、俺の全てを魔族以上にした。その後付けのものだけで、ギストザークを下したのだ」

「……マジ、かよ……」

 ホークは数インチ、足が勝手に後ろに下がる。

 恐れだ。ジルヴェインは、予想を遥かに超えていた。

 薄々、そんな簡単に何とかできる相手ではないだろうと思ってはいた。

 ギストザークも相当な強敵だったのだ。そのギストザークが完全な敗北を認めるというのがどういうことか。単騎で最強国家を滅ぼし、そしてホークたち全員を相手に、ろくに奇襲することも仕込みをみせることもなく、一人で現れるというのがどういうことか。

 ぼんやりと不安に思っていたことは、最悪の現実として突き付けられた。

 この男は……まさに別次元だ。

「は、ははは……なるほど。これが……これが、あの『邪神』を屠った本当の『破壊神』のチカラ……って、わけだ」

 レヴァリアが笑う。虚ろで、そのまま倒れてしまいそうなくらい危うい笑顔だった。

「ジェイナス!」

「……リュノ。下がってろ……守り、きれない……!」

 ジェイナスは手当てをしようとするリュノを振り払い、背後に突き飛ばす。

 ジルヴェインはそれを一瞥し、鼻で笑う。

「フ。戦いになっているつもりなのだな」

「……なんだと」

「魔剣しか能がない奴が何の役に立っているつもりだ? お前の得物はそこに転がっている。他人を守るとうそぶくのもおこがましいとは思わんのか」

「く……!」

 ジェイナスは「ボルテクス」を拾おうと駆け出す。

 が、ジルヴェインはメイにも匹敵する速さでジェイナスの眼前に踏み込み、圧倒的な速さで真横に腕を振るう。

 赤い魔力をエンチャントされたジルヴェインの腕は、まるで剣のような切れ味を発揮し……ジェイナスは、首を斬り飛ばされて。


「……ああ、そうか。そういうことになるのだったな」


「……えっ?」

 ジェイナスはホークの横で尻餅をついたまま、また自分の首を触る。

 彼の目の前に「ボルテクス」をカランと投げ出し、ホークはガクンと膝に手をついた。

「……させねえよ、この野郎」

「厄介なものだ。が……俺と同じレベルの『リプレイス』を持っているとするなら、納得だ」

 ホークは“祝福”を、ジェイナスの致命傷に対して即座に発動し、彼の肉体を元通りに「再配置リプレイス」したうえで自分の隣に引き寄せた。「ボルテクス」もついでだ。

「俺がいる限り、好きにはさせねぇ」

「そうか。……同じチカラ同士でやりあえば、こういう戦いになるのだろうな。だから俺と戦っていると言えるのは、お前だけだ。……名は何という」

「……はっ」

 ホークは生意気そうな笑いを浮かべて、脂汗をぬぐいながら答える。

「くたばるお前が覚える必要なんてねえよ」

「……この期に及んで鼻っ柱の強いことだ」

「知らねえのか。魔王は負けるためにいるんだぜ。どんな物語でもな」

 口ではそう言うが、余力は少ない。

 ジルヴェインの言うことは事実で、ホーク以外の仲間たちは地力でジルヴェインに負けている。戦いになっていない。

 そしてホーク自身のチカラも、ジルヴェインへの決定打にならない。ホークが先ほどやったのと同じように……そう、あのナクタで初めて遭遇した時に、ジルヴェインに与えた一撃が結局無効にされたのと同じように。

 ジルヴェインもまた、ホークの放つ“祝福”の必殺攻撃を、一瞬の後には「戻して」しまうだろう。

 チカラが足りない。ホークのチカラが底をついたら、この戦いはおしまいだ。

 相手はホークと違って“祝福”のチカラを使わずとも、この場の全員を悠々と倒せるだけの戦闘力がある。

 対するホークは味方が致命傷を負えば“祝福”で対応せざるを得ず、その残りはもう半分以下。もう一度全員一度に「殺された」という事態になったら、全ては戻しきれないかもしれない。

 ……駄目だ。

 どう足し算をしても引き算をしても、ジルヴェインには勝てそうにない。

 虚勢でニヤついたまま、気持ちがくじけそうになる。

 そして、ここで終わるのも悪党の死に方としては悪くないかもな、と自分の人生を総括し始めてしまう。

 日陰者の人生。ジェイナスの死から始まった、17歳のハネた盗賊には荷の重すぎる大活劇。

 だが、たったひと夏でもホークは輝ける時間の中にいた。

 盗み、騙し、逃げては裏をかく、荒んだ悪党の生活。その先に不本意にも始まってしまった、世界の命運を握る大冒険。

 それの果てに美女美少女たちに慕われ、彼女らの未来を手に入れたいなどと殊勝なことを考え、そして魔王と力の限り戦って、仲間を守って果てる。

 憧れていた「骨のある悪党」の散り際としては、上出来な物語ではないか。

 だからホークは笑みを消さない。

 きっと自分は、恰好のいい死に場所にいるのだと思えたから。


「正義の大盗賊。テメェが知るのはそんなダセェ二つ名だけで充分だ」


 バルト。ジャンゴ。ガイラム。パリエス。ラトネトラ。

 この戦いにいない、そしてどこかでホークの死を知るかもしれない、今は遠い友人たちを思う。

 彼らはホークの死を、誇りに思ってくれるだろうか。

 ジルヴェインは哀れむような目をした。

「仲間のために死ぬつもりか。……同じ超越者として、もう少し楽しみたかったのだがな。一人で逃げるならやりようもあるだろうに」

 ふと、ジルヴェインの孤独を思う。

 ……この世界の全てを超越した彼が、それゆえに全てが下らなくしか見えなくなってしまったのなら、大陸を制覇することなどに何の意味があるだろう。

 その膨大な魔力で若さを保ち、どこまでも生きられるとしても、生まれる全てが自分の足元にも及ばないと理解してしまった覇王の未来に、何の楽しみが残っているだろう。

 ……人と人の繋がる世界を捨てた彼には、もう力をおいて何もありはしない。

 だからホークを見つけた時に、自分を脅かす相手だというのに、ああも嬉しそうだったのだろうか。

 だとしたら、彼こそが哀れむべき相手だろう。

 余計なお世話だな、と心の中だけで呟きつつ、ホークはジルヴェインの次の一手を待ち構える。


「ホークさんはそんなことしないよ。……だって」

「私たちの未来には、魔王などというものは邪魔ですから」


 そして。

 忽然と。一切の風も足音も起こすことなく。

 メイとファルネリアが自分の前に立つのを、見た。


「……何だ、と」


 メイはその拳を構え、ファルネリアは両の手に「ブロッサム」と「ムーンライト」を携え。

 ジルヴェインの胸郭の中央に拳跡。両腕は切断され、宙に。


「じゃあ、始めよう。ホークさん」

「戦いになっていなかったというなら、今から始めるだけです」

 二人は強い視線を肩越しにホークに送る。


『どこまでもついていくって、決めたから!』

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