雷剣の襲来

「次が来る。東側から」

 レミリスの報告に、全員が頷いて警戒をそちらに集中する。

 2000フィート上空からのチョロの偵察は、入り組んだアルダールの高層建築の中においても威力を発揮する。

「もっと波状攻撃を仕掛けてくるかと思ったけど、手駒の数はそれほど増やしてないようだねぇ」

 レヴァリアがのんびりとした口調で言う。

 ジェイナスが答える。

「そのつもりなら、奪ったロムガルド軍を全部アルフレッド王子にぶつけてやるなんて雑な戦術は取らないんじゃないか?」

「それもそうだ。……というより、僕らの襲撃をジルヴェイン自身はなんとも思ってないのかもしれない。慌てているのは側近連中だけ、って感じかもね。戦術に統一性を感じない」

 レヴァリアが言った直後、路地から馬に乗って騎士の一団が現れた。

「……おい、あれはどっちだ」

 ホークは少し迷い、ファルネリアに問う。もしかしたら味方側かもしれないと思ったのだった。

 が、ファルネリアは首を振る。

「……敵です。姉上の手勢の元勇者たちですよ……先頭の男は、勇者四天王」

「チッ」

 ホークの舌打ちに重ねるように、馬上の元勇者たちは声を張った。

「無駄な抵抗はやめろ、愚かな者共よ! 逆らったところで貴様等に勝ち目はない!」

「“雷剣”マシス。あなたもジルヴェインに心酔しましたか」

「……殿下。いや、あなたは本物の……ファルネリア」

「ええ、姉上は私が斬りました」

 ファルネリアは見せつけるように、姉から取り戻した愛剣「ブロッサム」を構えてみせる。

「あなたも魔王軍とみてよいのですね」

「……あくまで“勇者姫”を気取るか、ファルネリア。……あなたは絶望することになる。ここに至るまでにどれだけ強くなったつもりかは知らないが……魔王様には、勝てん。ロムガルドという国は……いや、人間の時代は正真正銘、終わったのだ」

「気が早いものです。……しっかり終わらせてから酔いなさい、マシス。私とアルフレッド兄上を亡き者にしなければ、ロムガルドは終わりません」

「なるほど、それも道理。……では失礼して、その首をいただこう、ファルネリア」

 馬を飛び降り、抜剣するマシス。

 魔剣が光を孕み、そして……それが暴力的に爆ぜ、暴れ、のたうつ。

「なんだあの魔剣は……」

「私の『ブロッサム』と並ぶ国宝のひとつ、雷光の魔剣『スパークエッジ』です。……かつては国父ロミオも愛用したといわれる強力な魔剣……!」

 その雷撃が、ホークたちに向けられる。

「私の後ろに!」

 ファルネリアが銀の光で「ブロッサム」を覆い、魔剣特性を書き換える。

「シールド・改」の魔剣効果を多重交差、「スパークエッジ」の威力を減衰させる。

 他の仲間たちもそれぞれの魔剣や魔術で防御を試みるが、あまりに規模の大きい雷撃の暴虐に、何人かは痙攣して倒れた。

「く……そっ……!!」

 ライリーも例外ではない。

 強化された身体能力のおかげで命に関わるダメージになってはいないものの、彼の魔剣特性と剣士としての「勘」では、「スパークエッジ」には無力だった。

「ライリー!」

「ぼ、僕に構うな……!」

「……死ぬなよ、畜生!」

 叫ぶホークに、間合いの外から矢が飛んでくる。「シールド」の効果は、魔剣や魔法は抑えられても物理攻撃は素通しだ。

 寸でのところでロドが飛び込み、かばって矢に貫かれる。

「ロド!」

「……問題ない。だが、この我の装甲を抜く弓とは……」

 ロドは矢を抜いて捨てつつ発射した者を見る。

 熊人族の、しかも何やら異常に発達した筋肉を持っている弓手がいた。

 次の矢が番えられる。狙いは……ファルネリア。

「ファル!」

「っっ!!」

 ファルネリアの肩を矢が貫き、片腕が垂れ下がる。

「馬鹿じゃないねえ……魔剣ばかりってわけでもないってわけだ」

 レヴァリアがジェイナスに守られながら、少し余裕を失った声で言う。

 ホークは決断する。ジルヴェイン戦に至るまではのんびり休める見込みもないので、なるべく温存していくつもりだったが……そうも言ってはいられない。


「……いい加減にしろ……っ!」


 ガイラムの短剣による斬撃を「再配置リプレイス」。

 マシスの腕と、熊人の弓を切断する。

 首を狙いたかったが、雷に邪魔されて狙いが定まらない。そして、焦りから力が入り過ぎて、体力がごっそりと削られる。

「……な……何っ……!?」

 マシスは突然落とされた利き腕に驚き、腕を押さえながら膝をつく。

 一瞬の後、メイが既に彼の前に踏み込んでいる。

「そこで膝をついちゃうから死ぬんだよ」

「!!」

 先ほどは大家令の剣によって自分が食らった、腕切断という大ダメージ。

 しかし、メイは本能の制御によってそのショックによる隙を抑えてみせた。

 それが出来なかったマシスに対し、メイは全く容赦をせずに旋風脚を放つ。

“雷剣”マシスは、その一撃で頭部を破裂させながら吹き飛んで転がる。斬首よりよほどショッキングな死に様だった。

「ぼやぼやすんな、みんな立て! 敵はまだいるぞ!」

 ホークは全員に発破をかける。

 だが素早く動き出せたのはジェイナスと魔族たちくらいで、ファルネリアは矢に肩を打ち砕かれ、ライリーやその配下の勇者たちは雷撃のダメージで動けない。リュノはライリーたちを治療したものか、ファルネリアを治療したものかとオロオロしている。

「巨乳殿……姫を、お頼みする……他の勇者たちは、私が……!」

「ロータスさん」

 自らも「エビルミラー」で防いでいたものの、反射の魔剣の防御範囲が全身を隠しきれずにダメージを受けてしまったロータスが、倒れた勇者たちをそれでも治療しようとする。

 しかしそのロータスに向かって、残った元勇者の「スパイカー」の刺突が放たれる。

 その一撃を、膝をつきながらもかろうじて動けたゲイルが横から突き飛ばして食らった。

「ぐあ……あ、ア……!」

「ゲイル!」

「……クソ……ッ!」

 倒れたゲイルの腹に刺突痕がつき、血が広がる。

 ホークはそれを放った元勇者に、さらなる“祝福”で攻撃を放とうとする。

 しかし。

「駄目」

「……レミリス!」

「ホーク。それ以上、駄目」

 レミリスはホークの肩を掴んで止め、そして杖をおもむろに敵グループの背後に向ける。

「……私がやる」

 刹那。


 敵の背後にあった高層住宅が轟音を立てる。

 振り向く間もなく、敵はその崩落に飲み込まれて消える。


「……おい。今の、お前か」

「ん」

 レミリスは、それ以外のまばらに残った敵兵にも杖を向け、短く呪文を唱えて何かを放つ。

 見えない一撃を食らった敵兵は、メイに殴られたかのように吹き飛んで動かなくなる。

「今、思いついた。インビジブルボルト。……ボルトじゃないかも。爆破してるから……えーと」

「な、名前はどうでもいい。それよりゲイルを……いや、ファルを……あああ、ライリーも」

「……ん」

 ホークの求めに従い、淡々とゲイルの治療にかかるレミリス。ロータスはライリーの治療につき、リュノはファルネリアの肩を修復にかかる。

 敵はジェイナス、ロド、イレーネとメイがなんとか殲滅していた。


「大損害だな……」

「面目ない」

 ホークの呟きにライリーが項垂れる。

 相性が悪かったとはいえ、大家令ガウスには完勝したライリーが、マシスにはほぼ完全に無力だった。

「……ライリーパーティは下げよう。ライリーは既に下がった奴らを守ってくれ」

「まだ戦える……と言いたいけど」

「お前、ああいう規模のでかい魔剣や魔術師相手には駄目だろ。……運よく今までそういうのが出てこなかったけど、この先はもう魔剣使いとの一騎討ちばかりは望めない」

「……本当に面目ない」

 ライリーという剣士が、あくまで一騎討ちに特化していることを改めて思い知った。

 その状況にはめっぽう強いが、なんでもありの戦いの守勢には向いていない。

「ゲイルも……その傷を完全に治してる暇はない。下がってマリンに頼んでくれ」

「……締まらねえったらねぇナ」

 応急治療を受けたゲイルは、ライリーや他の勇者とともに離脱。

 完全に治す手間をかけても、この先の戦いの戦力としては期待できない。そういう判断も暗に含まれている。

 雑兵の多い戦いを想定していたが、そういう戦いでないのなら、ゲイルはろくに働けずにやられるだけの存在になる。それは誰も望むところではなかった。

「次の敵が来る前に、行け。ここまでよく頑張ってくれた」

 ジェイナスが彼らを促し、そして自らの顔を叩いて表情を引き締める。

「油断があったんだ。……敵は魔王軍だ。甘く見ちゃいけないはずだった。敵に先手を取らせたら、いつだってこうなる」

「ええ……」

 ファルネリアはリュノとレヴァリアによる集中治療で、肩の傷は完全に消されていた。

 しかし、表情は浮かない。

 ホークをちらりと見て、目を伏せ。

「……すみません。ホーク様のお力を……」

「……仕方ねえさ。出たとこ勝負だ」

 有限であることはすでに周知の事実。

 だが、温存し過ぎてファルネリアやメイを失っても意味がない。誰のチカラがジルヴェインに通じるかは未だ未知数だ。


 城は目の前。だが、先は何も読めない。

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