大家令戦

 敵の部隊長と思しきダークエルフの「大家令」ガウスへとホークたちは走る。

 それをよそに、周囲では敵味方の魔剣使い同士がそれぞれに中距離攻撃を飛ばし合い始めている。

 ライリーの指揮する味方の「勇者」は、肩書だけは勇者といえど、主立った豪傑を失い降伏や逃亡の末に生き延びた出涸らしだ。扱う魔剣も量産品で性能は低い。

 対して、敵はジルヴェインによって才能を覚醒させられ、魔剣のほうも魔族ギストザークの秘蔵品や各国の英雄が手にしていた物を狩り集めているために強力。

 そしてもとより戦士としても高い能力を持つものが選ばれているのか、動きが違う。

 結果として数回の魔剣の撃ち合いで、ライリーパーティは半数が負傷し、魔剣を盾にしてなんとか耐える体勢になっている。

「リュノ、負傷者を守れ!」

 ジェイナスが叫び、そして自分は「ボルテクス」を眼前に構えて突撃。

 すぐに敵の攻撃が集中するが、彼の周囲に発生した「渦」によって直撃を逸らされ、驚いている暇もなく、メイに匹敵する身のこなしで5階建ての石造建築の狭い路地を連続三角跳びして屋根の上に駆け上がったジェイナスの剣が、敵の一人を斬り捨てる。

 勢い任せの雑な太刀筋に見えるが、斬られた獣人は一刀で胴を真横に切断され、二つになって地上に落下した。

「貴様が……勇者ジェイナス!」

「ああそうだ。そっちの自己紹介はいらないぞ。覚える気はないからな」

 ジェイナスが言った直後、レミリスの操るチョロが空から急降下攻撃。

 ジェイナスの前にいた剣士はチョロの足に掴まれ、勢いよく隣の建物の壁に叩き付けられて絶命する。

「く……だが、ここからなら!」

 近くにいた鳥人は翼を広げて屋根から飛んで距離を稼ぎ、大通りの空中から魔剣攻撃をしようとした。

 しかしその背後に音もなく鋼鉄の鎧が現れる。

 ロドだ。

「……」

 両腕を変形させ、刃物のようにして力任せに同時に振り下ろす。

 鳥人の翼は叩き斬られ、あえなく地上に墜落。

「一人撃墜。次に行く」

「えげつない奴じゃのう。お前も魔族なら無言で背後など狙うでないわ」

「主義の違いだ、イレーネ。我は効率と確実性を重視する」

「つまらん奴よの」

 イレーネは嘆息しながらも自分に飛んできた魔剣攻撃を幻術で回避する。攻撃されたのは影で、実際は3ヤード離れた場所にいた。

 魔毒の塊を投げつけて反撃。それが魔剣で相殺されると、イレーネは舌打ちして魔術詠唱に入る。

「今だ! あの女に集中攻撃をしろ!」

 一斉に魔剣の火線がイレーネに向くが、その前に低い姿勢で飛び出して魔剣を横に構えたのはロータス。

「誂え向きよ」

 呟いて、反射の魔剣「エビルミラー」を大きく振り抜く。

 飛んできた各種の攻撃はそのまま跳ね返され、本人たちに襲い掛かる。

 せっかくの詠唱が無駄になったイレーネは苦い顔をした。

「余計な真似をしおって」

「ご容赦を。あちらには私では手を出せぬゆえ」

 横目で見るのは、メイとファルネリアの二人を相手に立ち回る大家令ガウスの戦い。

 その動きは超越者と呼ぶほどではないにしろ、「ゴールドウイング」の魔剣効果を発動させたファルネリア、そして全開のメイを相手に凌ぎ続けているというだけで只事ではない。

 割って入ろうにも、驚異の速度と緻密な技術を誇る少女二人の次元に割り込むのはかえって邪魔になってしまう。

 それにしても、……守りに徹しているとはいえ、神域の二人を相手に随分と耐える。

「……! あれは……あれも魔剣効果なのか」

 違和感から、ロータスは看破する。

 攻撃が……ドラゴンをも跳ね飛ばすメイの打撃にしては、当たりが軽すぎる。

 衝突の瞬間に威力を殺す達人の動きの賜物かとも思ったが、明らかにそれでは説明がつかない。

 魔剣効果で威力自体が減じているとしか思えない。

「やりにくい、おじさんだねっ……!」

「手応えがおかしいです。何か……ありますね」

 メイとファルネリアも異変には気づいている。

 大家令はメイの拳や蹴りを受けた場所をかばいながら、それでも立っている。

 鍛えている、という一言では説明できないタフネスだ。今のメイの拳は、おそらく比喩でなく城壁をすら打ち崩す。

「……それで終いか、娘たち。それがしを手早く倒して先に行くには、まだまだ足りぬぞ」

 にやりと笑う大家令。

「メイ殿! 姫! おそらく敵の魔剣は……剣に対する相対的な『速度』を操っているぞ!」

 ロータスが叫んだ内容を、メイとファルネリアは横目を合わせて吟味する。

「……速度……つまり、私たちの攻撃を『減速』させて威力を殺している……?」

「なんでそんなのわかるの、真っ黒女」

「憶測だが、大きく間違ってはいないはずだ」

 ロータスの言葉に、ロドが目を光らせて肯定の意思を示す。

「『ストラトスフィア』……かつて類似した効果の魔剣があったのを記憶している」

「……ふ。魔族の前では勿体つけても無意味か」

 ガウスは目を伏せ、剣を構え直す。

「いかにも。我が魔剣『アクセル』は、速度を操る。そこな黄金騎士の持つ魔剣と同格の、最上大業物よ」

「……アクセル……」

 魔剣は持ち主によって名を変える。「ロアブレイド」にロータスが名を与えたように。

「そして、この名の通り……本領は、加速」

 魔剣の剣速が、加速する。


 異常な反射神経を持つメイにすら反応を許さない、圧倒的な速度で……その一撃は、メイの構えていた拳、その前腕を……一瞬で、斬り飛ばす。


「……っっ!?」

 メイが自分の腕が切り落とされたことを理解し、腕から血を吹きながらも素早くバックステップするのと、ファルネリアが警戒して跳ね飛ぶのがほぼ同時。

 大家令は宙に回転するメイの腕から血を浴びながら、空のファルネリアに狙いを定め……しかし。


「そうか。じゃあ、やっぱり僕だな」


 大家令の眼前に、忽然と黄金騎士が現れる。

 黄金のオーラを身に満たし、大家令の意識外から踏み込んだライリーは、輝きに包まれた魔剣を大家令の眉間に突き込む。

 それを超加速した自らの「アクセル」で、すんでのところで打ち払ったガウス。

 だが、彼がライリーを斬り捨てようと振るう超速の剣は、その全てが空を切る。

「魔剣の格が同じなら、つまりあとは使い手の差だ」

 ライリーは残像を残しながら至近距離で「アクセル」を連続回避。

 大家令の顔から余裕が消える。

「なんと……!」

「あなたは強い。おそらく魔王の与えてくれるものに驕ることなく、研鑽し続けたんだろう。完成度が高い剣技だ」

 ライリーは淡々と、しかし底冷えのする口調で言う。

「人外の身体能力を相手にできたのも納得だ。だが……結局、人の技だ。どれだけ速くても、あなたの心の速さは人の域だ」

 黄金のオーラは、彼にメイやファルネリア同様の異常な運動能力を与える。

 それに加えて彼には彼だけのチカラがある。

「何を……!」

「魔剣でいくら剣速が速くなっても、心より速くは剣を振れない。……だったら、僕はそこに付け入れる」

 それは勝負勘。

 あるいは、相手の意図を見切る戦闘的共感能力。

 極限化した身体性能と、もとより人の域を超えた知覚力は、一対一の戦いにおいてホークをすら一度は破った。


「そういうのは、僕の得意分野なんだよ」


 ライリーは黄金の光の塊となる。

 その一撃を、大家令は見切ることができない。

 気づけば、大家令は胸に「ゴールドウイング」を突き立てられている。

「……む、無念……」

「……できればもっと健康的な試合で、あなたとまみえたかった。……さよなら、大家令ガウス。その名を覚えておく」


       ◇◇◇


 ホークは一連の流れの中で“祝福”を使うタイミングを計っていたが、やがてそれを諦めていた。

 他に潜伏した敵がいることに気づいたからだ。

「そういや、こういうのもいるはず……って話だったな」

 路地裏からジリジリと現れたのは、おそらくこの街の下層民であったであろう、薄汚い恰好をした者たち。

 誰も彼も正気とは思えない目つきをして、それぞれ不似合いな魔剣を握っている。

 ジルヴェインに「改造」されたのだ。魔剣を使えるように……「魔王軍の敵」と戦うために。

 問題は……彼らが、ただのロムガルドの庶民だということだ。

 ホークはその意味することを理解した時、自分の戦場はここだと考える。

 勇者たちにはやらせられない。

 いつかファルネリアが「もしも必要であると判断したなら、一般人ごと街ごと滅ぼすことになっても咎められないのがロムガルドの勇者」というようなことを言っていたが、それに許しを与えていた君主たる王なき今、ファルネリアたちがこの「庶民」たちと戦うのは葛藤が生まれかねない。

 もしもうまく勝てたとしても、彼らを殺したことの禍根は遺族たちによって残るかもしれない。

 ならば、ホークがやるべきだった。

 元より悪党、穢れるような名などではない。

「お、お前らを一人でも殺ったら……ま、魔王軍で将軍にしてもらえるって……言われたんだ」

「へえ。そういうのになりたいんだな。汚いジジイには似合わねえけど」

「うるせえ……うるせえ、うるせえ……! 物乞いに身をやつして四十年、いつ飢えてくたばるかっていうだけの人生で、初めてのチャンスだ……こんなチャンス、この国の誰もくれやしなかった!」

「そうかよ。哀れだとは思ってやる」

 ホークは鼻で笑う。

 先頭の老人以外にも、老婆、子供、獣人族……皆、不似合いな魔剣を光らせてホークを睨み、爆発させる時を待っている。

 誰かが声を上げてホークに向かえば、その瞬間に全員が同調するだろう。

 しかしそれを互いに促し合い、自分では飛び出せないのが彼らの本質でもある。

 相手はロムガルドにおいて、無敵の勇者隊と呼ばれた者たち。

 一人では自分が殺されるだけともわかっている。自分が悪事をしようとしているのも理解している。いつか緊張感に耐えられずに、勇気とは関係ないところで誰かが爆発するその瞬間まで、誰も動けはしないのだ。

 それをホークは哀れに思いながら目を細め。


「だけど死ね」


 一瞬で、全員の喉を掻っ切り、背を向ける。

 魔剣を取り上げるだけ……という選択肢もあった。だが、無力化したところで彼らの処分を迷っている暇などない。

 一度、剣を向けた。それはもはや、見ないふりをして済む話ではないのだ。

「……剣を取るっていうのは、そうなっても仕方ないってことだ。わかってただろうによ」

 ホークは人々が倒れ伏し、魔剣が石畳に転がる音を聞きながら呟く。

 ……チカラはほとんど使わなかった。

 効果範囲を同心円でなく見ている範囲に限定し、自分を移動させず、与える傷も小さく、それでいながら致命傷となるよう節約し……うまくやることに成功した。

 後味の悪い行為の一方、自分のチカラをうまく扱うことに関しては大きく前進したことに、皮肉めいたものを感じる。

「本当……誰が一番、いちゃいけないモノなんだろうな。ったくよ」

 ほんのわずかな疲労で、数十人の命を奪う。

 そんな先鋭化が進んでいく自分の可能性に、底知れない不気味さしか感じない。


       ◇◇◇


 切り落とされたメイの腕は、レヴァリアがあっさりとくっつけていた。

「綺麗に切れたモノは治癒も簡単なんだ。不幸中の幸いだったね、メイ。自分の腕の断面を見たのは気分悪かっただろうけど」

「……思い出させないでよぅ」

「のんびりはしていられないぞ。遣い手は大家令だけじゃないだろう。囲まれたり搦め手を使われる前に魔王のところに乗り込むんだ」

 ジェイナスの言葉に皆が頷く。

「癒すのに時間のかかる怪我をした者は、悪いが後ろの兵たちのところに下がってくれ。死んだ者も今は弔っている暇はない」

 ライリーパーティの勇者たちは、結局三人ほどが持ちこたえられずに死に、また重傷で戦闘続行が難しい者も出ている。レヴァリアやリュノという凄腕の治癒魔術の使い手がいるとはいえ、全員癒していたらジルヴェイン側に何でもさせる隙を与えてしまう。

 応急手当だけを済ませ、雑用役として連れてきたゲイルの部下の兵士たちに任せて街の外まで下がらせるしかない。

「しかし大家令なんて大物がここで待ってたんだ。魔王は既に気付いているんだろうね」

 ライリーが深刻な顔で言う。

「向こうの生え抜きの魔剣使いがどれだけいたかわかるか、マリン」

 ジェイナスに問われて、自らも怪我をして後送予定のマリンは首を振った。

「アルダールに最初に現れた人数だけでもないでしょうし……降った私たちごときに、情報が全て与えられるはずもありません」

「……そうだな。楽観はせず、警戒を強めていこう」

 ジェイナスに皆が頷く。

 そしてホークはその後を継ぎ、城までの道を見て腕を振る。

「行くぞ。魔王戦役を終わらせるんだ」

 朝日は昇り始めている。

 朝の澄んだ光に、不似合いな血の匂い。

 こんな朝はもう今日限りにしたいと、誰もが思っているに違いなかった。

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