アルダール突入

 夜明けが近い。

 遠く地平線の彼方にその気配を感じながら、ホークたちはロムガルド王都アルダールを前にしていた。


「さて、と」

 ホークは背後を振り返る。

 仲間たちを見る。

 また少し増えた。充分ではないが、望めるうちでは最高の仲間たちの姿。


 増えたのはマリンとライリー、そして尼僧街道での合戦の中にいた何名かの「勇者」。

 他に従うは、数十名ほどの兵士たち。アルダール奪還のための補助要員だ。

 それから、もとより付いてきている大陸最精鋭……暁の勇者ジェイナス、高位神官リュノ。

 鋼鉄の魔族ロド。可憐なる影の女王レヴァリア。“魔毒の華”イレーネ。

 爆炎勇者ゲイル。

 ワイバーン使いレミリス、万能戦士ロータス。

 そして、拳の最強たるメイと、魔剣の真理に到達した“勇者姫”ファルネリア。


「これだけいれば何だってできそうじゃねえか」

 ホークは呟く。それは実感でもあり、そして仲間と自分を鼓舞する言葉でもある。

「世界を救った後でなら、何にでも付き合うぞ、ホーク」

 ジェイナスが腕組みをしてニッと笑う。

「いいのかよ。俺の職業、忘れたわけじゃねえだろうな」

「正義の大盗賊だろ。……ここだけの話、俺も綺麗事だけの人生じゃ物足りないと思っていたところだ。そういうのはリュノに任せて、自由になってみるのも悪くない」

「怖いことを言わないでください、ジェイナス」

 リュノが杖でジェイナスを小突く。

「それこそ世界の危機ですよ」

「ははは。魔王の危険度が泥棒と同じなら可愛い話じゃないか」

 結局、この二人はデキているんだろうか。違うのだろうか。ホークは今さらそこに疑問を持ち、少し悩む。

「ホークさん、“正義の大盗賊”っていうの、もう否定しないの?」

「……何度も過剰反応するのは負けって気がしてる」

 メイの頭に手を置き、その顔を見る。

 緊張はしていない。いつもの頼もしく、可愛らしいメイだ。

「ジェイナスはともかく、お前には付き合ってもらうからな、これからも。……世間知らずのお前には、教えたい景色が多すぎる」

「うんっ」

 少しぶっきらぼうな、それでもホークの確かな求めに、メイはしっかりと頷く。

 その横からファルネリアがにゅっと顔を近づけてくる。

「私も、盗んでおいて放置はしませんよね?」

「……ま、まあな」

「何で少し引いてるんですか」

「バカとマリンが変な目で見てる」

 言われたゲイルは拳を投げる動作をした。

「今さら口は挟まねえヨ、クソチンピラ。あとバカ言うな」

「えっ……あの、ゲイル? あの……どういう事になってるんです?」

「察しろヨ」

 マリンは合流したばかりで、まだよくわかっていないようだった。

「国のことはアルフレッド殿下に任せる算段もついた。心置きなく姫も爛れた生活が出来よう」

「……あの王子に丸投げはオススメしづらいんだけどねぇ」

「姫に歯止め役を担わせるよりは貴殿が睨んでおくべきだろう、レヴァリア殿。姫はまだ子供だ」

「僕に割を食わせ過ぎじゃないかな」

 ロータスとレヴァリアは、とりあえずファルネリアが「爛れた生活」をすることに関しては異論はないらしい。

「その前にホークは少ししとねでの勝負度胸を付けるべきじゃろう」

「……私、色々勉強してる。いける」

「お前ら本当そういう話題の食いつき良すぎない?」

 イレーネとレミリスに指を突き付けて制し、ホークは咳払い。

「……作戦の確認だ。ジェイナスパーティ、ライリーパーティ、そして俺のホークパーティの3ユニットでいく。全員で王城を目指すが、いざって時には城に向かう優先順位に従ってもらう。サポートに回る優先度はライリーパーティが最大、次がジェイナス、俺たちが本命だ。混戦になった時には各リーダーごとの行動に従う。いいな」

 若干取り繕うような作戦確認。

 皆、苦笑しつつ頷く。


 ライリーパーティはライリーと有象無象の従軍勇者で作ったパーティで、数は多いが実力者はいない。

 ジェイナスパーティはジェイナスとリュノ、レヴァリア、そしてゲイルとマリンの五人。ジェイナスの突出した攻撃力はジルヴェイン相手にも致命打を与えうるが、それでもホークたちのサポートに回る。

 なぜこんな編成をするかといえば、マリンたちアルダール残留組からの情報で、ジルヴェインは魔剣使いをまだ数十人擁している、と判明しているためだ。

 いざとなれば誰かが露払いに回る必要がある。そして露払いを決死隊にしないためには、あらかじめユニットを組んでおくべきだ、とレヴァリアが提案したのだった。

「できるだけジェイナスも決戦に導きたいが、今のジェイナスの場合は使う魔剣が魔剣だからね。狭いところでは勝負しづらい。一番隊に入れるのは得策じゃないだろう」

 レヴァリアがそう言い、ジェイナスも素直に従った。

 ロータスが「ロアブレイド」をジェイナスに譲ろうとしたのだが、ジェイナスは「俺は魔剣を慣らすのには時間がかかるタチでね」と言って遠慮してしまった。ゆえに今回も「ボルテクス」一本で戦うことになる。

 そして、ホークパーティにはメイとファルネリア、ロータス、レミリスにイレーネ、ロドを加えて、ホークがまとめる七人編成。

 レミリスは随行しつつチョロの急降下攻撃を地上からコントロールし、他のメンバーが前衛を張る手はずだった。

「そんなことできたのか」

 ホークの記憶では、使役術は相当近距離にいないと駄目だった気がしたのだが。

「多分、今なら、できる」

 レミリスは杖を握って淡々と言う。

 他の直接的な能力の高さを誇るメンバーに比べ、どうにもレミリスの成長はわかりにくい。

 が、レミリスは省略しているだけであって、本来は常にあの駄々流しの長台詞を吐き出す高速思考をしているのをホークは知っている。

 雑な台詞は他人にわかるように切り詰めているだけであって、そっけないからといって本当になんとなくで物を言うわけではないのだ。

「……わかった。信じるぞ」

「ん」

 レミリスは頷きつつもホークをジッと見つめる。

 ……何かしてほしそうな目だ。

「あー……」

 そういえば最近、なにかとすぐにメイやファルネリアの頭を撫でてしまうが、実は一番撫でられることを好んでいるのはレミリスだったのではないか。

 そう思ってホークは自分の手のひらを見つめ、そっとレミリスを撫でてやろうとすると……レミリスはぐいっとホークを引っ張り、突然キスをする。

「!?」

「あっ!?」

「レミリスさん!?」

 ホークが硬直している間に、レミリスは思い切りホークの首を引き付け、普段の無表情からは考えられないほど艶めかしく唇を押し付け、ねぶりつけ、顔を左右に傾け変えてたっぷり味わってから、張り付き合った唇が離れる感触を楽しむように、ゆっくりと離れる。

 そして、いつもの無表情で。

「……忘れてそうだから」

「な、何を……」

「私も、ホークの女」

 訴えかけるようでもなく、ふざけて微笑むようでもなく。

 ただ、表情もないままに唇を指で拭い。


「……思ったより、おいしくなかった」


「おい」

「甘酸っぱいって書いてあった」

「何にだ。いやどう見たって男の唇がそんな味するわけねえだろ!?」

「あの本の信用度、下げる」

「どの本だよ!?」

 近くにいたファルネリアとメイはわなわなと唇を震わせつつ赤面し、周囲の大人たちはニヤつくものあり、目を逸らす者あり、吹き出すものあり。

「……い、行くぞ! とにかく……行くぞ!」

 ホークは周囲の笑い声と視線から逃れるように無理矢理号令をかける。

 東の空が染まり始めていた。


       ◇◇◇


 アルダールの正面門。

 好戦的な歴史を持ち、過去多くの戦火に晒されてきたアルダールは、周囲を多くの堀と柵に囲まれ、市街地は立派な石壁で外部と隔てられている。

 だが、ジルヴェイン側にそれらを利用した軍事作戦行動は見られず、堀に橋はかかったまま、門は閉じられてすらいなかった。

「……ナメてくれるじゃねえか」

「油断するなよホーク」

「そっちこそな、ジェイナス」

 周囲を窺いながら市街地に入る。

 壮麗な四、五階建ての建築が立ち並ぶアルダールの目抜き通りは、その圧迫感で少し狭く感じる。

 それら高い位置から、いつ魔剣使いが襲い掛かってくるかわからない。ホークは最大限に感覚を働かせ、いざとなればいつでも“祝福”が間に合うように気を張る。

 ……と。


「……ようこそ、勇者一行。いや……」


 堂々と。

 目抜き通りが下町と貴族住宅街を隔てる市壁に差し掛かる、その手前で、一人の壮年のダークエルフの男が魔剣を石畳に突き立てて待っている。

 一目で、その眼光と佇まいから、只者ではない……と、全員が悟らされる。


「神話領域の住人たちよ。……我が名はガウス。魔王ギストザーク様の眷属にして、ジルヴェイン殿の大家令」


「……通してもらえねえか。アンタに用はねえんだがよ」

「貴殿が正義の大盗賊ホーク殿か。……お断り致す。今日この日、この時のためにそれがしは生き延びて参ったゆえ」

「その二つ名、好きじゃねえんだけど」

「よい二つ名よ。……それがしにも役割があると、自然に思える」

 大家令ガウスは、皴の刻まれた褐色の口元を歪め、石畳に数インチ埋まっていた魔剣の切っ先を引き抜いた。

 敷石が砕け、しかし背筋は微動だにしない彼の膂力が自然と見せつけられる。

「第七魔王戦役。我が主ギストザークの長き生の総決算。今日この日が、我が生の花道。……正義にして大盗賊、それがしが斬る理由に不足なし」

 ガウスが高らかに言うと、周囲の建物や路地から十名ほどの獣人や鳥人が現れ、一斉に魔剣に光を宿す。

「さてさて。早くも僕らの出番だ」

 ライリーが前に進み出て魔剣「ゴールドウイング」を抜く。彼の配下のライリーパーティの勇者たちも、緊張した面持ちでそれに倣う。

 薄明の王都に、魔剣の光が繚乱に灯る。

「大家令殿は僕がやっていいかい、ホーク」

「……おいおいライリー。相手のペースに呑まれてるぞ」

 ホークはそう言って、首を僅かに傾ける。


 瞬間、爆風のように飛び出したメイと低い放物線を描いたファルネリアがガウスに詰め寄り、同時に一撃を叩き込む。


「ぐぅっ!?」

 さすがに猛者。メイの一撃は打点を外し、ファルネリアの「ブロッサム」による斬撃も受け止めている。

 が、それでもダメージは免れず、ダークエルフは衝撃によって数ヤードも後ろに滑る。

「カッコつけてるとこ悪いが、こっちは盗賊様だ。騎士かぶれの正々堂々ごっこには付き合わねえ」

 ホークは仲間たちの中央で堂々と笑った。

「用はねえが邪魔するなら殺す。片っ端からな。シンプルにいくぜ」

 駆け出す。

 ライリーとジェイナスは顔を見合わせ、なるほど、と笑ってそれに続く。

 ロドとイレーネ、ロータスとゲイルも彼らを追って走り始める。

 乱戦が始まった。

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