勇者姫と悪魔姫
両軍の狭間で、ファルネリア二人……本物のファルネリアと、彼女の
そして、その実力差はほどなくして出始める。
「馬鹿なっ……馬鹿な、馬鹿なっ……! 何故……これほどまでに……っ!!」
露出度の高い黒鎧に身を包んだアーマントルードは、全く同じはずの肉体から繰り出される斬撃に防戦一方になる。
彼女は、ファルネリアをそうと呼ぶことも、自分より強いと認めることもしない。できない。
だが、その口から漏れる言葉、呻き、そして何より動きそのものを見れば、アーマントルードがファルネリアに剣士として数段劣っているのは明らかだった。
それが彼女には理解できない。
才能は肉体に宿るもの。それが彼女の認識だ。
性能の高い筋力、バランス、そして運動神経。それらを手に入れさえすれば、アーマントルードはファルネリアに劣りはしないはず、と。
だが、幼少より親の愛すらろくに知らず、ひたすら鍛錬を積み重ねたファルネリアと、早々に魔剣の才能無しとされ、姫君として人の上に立ち、あるいは男心を弄ぶ手管に執心し続けたアーマントルードでは、根本的にモノが違う。
何十万回も剣を振り続けて会得した、一太刀一太刀に込める意味と気迫。
相手の動きから次を読む観察力、一歩の移動で二十合も先の可能性を封じる戦略性。
アーマントルードは、剣術というものをあまりにも軽視していた。
極端に魔剣の才能を重大視し、それひとつで勇者と呼び習わすロムガルド人としては、その価値観はけっして異常ではない。ジルヴェインの手によって限界以上の才能を解放され、本人よりも魔剣出力が高いはずとなればなおさらだった。
しかし、ファルネリアには全く通じない。
「何故……『ブロッサム』が、応えない!? 所詮その程度の剣だというの!?」
「その魔剣は、力の集中に時間がかかります。斬り合いの間合いに入り、打ち、打たれながら有効な攻撃力を引き出すのは、素人では無理ですよ」
「っっ……! なんて憎たらしい子……!」
「……それに、もしその猶予があったとしても」
銀の光が手を伝い、「オーシャンフューリー」に移って蒼に混ざり、増幅する。
「私には通じません。……既にその段階ではないのです」
「魔王様の気まぐれで死に損なった分際で……! 勝ち誇るか!」
「その気まぐれがなければ、その体が役に立ったのですけれど」
アーマントルードは苦し紛れに手近の兵をファルネリアに向けて突き飛ばし、時間稼ぎにする。
抗議も出来ず、半狂乱でかかってきた兵をファルネリアは一刀で斬り伏せるが、アーマントルードはその僅かな隙に桜色の光を刀身に集め、五月雨のように撃ち放つ。
が、ファルネリアは「オーシャンフューリー」の蒼光を解放、同じ規模の光の飛沫を真っ向からぶつけ、逆に濃度の差で飲み込んで圧倒。
「!!」
アーマントルードは蒼光の殺到に巻き込まれて高く吹き飛ぶ。
「普通なら死ぬ威力です。……アミュレットか何かで防御を上げましたか」
ファルネリアは呟き、トドメを刺そうと駆け出す。
……そこへ。
「ファ……ルネリ……アァ」
「……っっ!!」
倒れたアーマントルードの傍に現れた人影に、ファルネリアの動きが止まる。
それは……三十路ほどの、立派な鎧を付けた大男。
「あれは……」
ロータスが身構える。
「誰だ」
「……ヘンドリック殿下……第一王子だ」
「……チッ……!」
瞬時に理解するホーク。
生きているはずのない人間。それが第一王子だ。
よく見れば顔色は悪く、目に光がない。
「ネクロマンシーか……あの野郎だな……!」
そして、絶句して動きを止めたファルネリアに代わり、右手に短剣を握り、左の手のひらを向け。
射程を計る。チカラの消費を計る。
“祝福”を、発動する。
ヘンドリック第一王子……その操られた遺体は、音もなく倒れ、動かなくなる。
首は綺麗に切断されていた。
「……逃がさねえぞ」
ホークは敵陣の中に走る。
◇◇◇
急に敵軍の中央に突入したホークには、ロータスとメイがすかさず左右を固めてついてくる。
「ホーク殿……つまり、ラーガスか!」
「だろうよ。……ベルマーダ戦で消えたと思ったら、王子の死体を土産にこっちに合流してやがったんだ!」
ただのゾンビとは物が違う。ナクタで死んだ第一王子の死体なんて、そこらに紛れ込んでいるはずがない。
「今度こそ、倒そうね!」
メイの声にホークもロータスも頷き、敵陣の中を疾駆する。
慌てて武器を向けてくるものはロータスの放つ「ロアブレイド」と、メイの素早い蹴りに蹴散らされる。
メイの一撃で吹き飛んだ兵士が空中を冗談のように舞い、遠くに着弾して他の味方を巻き添えにする様を見て、兵士たちは手を出すことすら恐れて道を空け始める。そこをホークたちは遠慮なく走った。
「でもどうやって探すの!? この軍団のどこかにいるんだろうけど……」
「それは……」
空でチョロが鳴く。振り仰げば、レミリスが杖を取り出して、一番長く持っておもむろに下に振り下ろす。
大きな光が地上に向けて落ちる。フラッシュボルトか。
「あそこだ」
「何故わかるのだ!」
「レミリスはこの状況で意味ねえことなんてしねえ!」
「……賭けてみよう、真っ黒女! もしも違ったら……」
「違ったら?」
「……面倒臭いから見える奴全部殴ろ!」
「それは魔王の発想だぞメイ殿」
三人はそのまま駆けて、着弾点に急ぐ。
そこには兵士と同じ姿をした、しかし明らかに体の貧相な男がポツンと立っていた。
彼が狙われているのに周囲の兵士たちが気づき、慌てて彼を残して距離を取ったのだった。ゾンビや友軍ではなく、脅して強引に働かせているロムガルド軍という環境が見事に裏目に出た。
「ようゴミクズ。ベルマーダでは世話になった。色々と礼をしなきゃな」
「お、おのれ……胡乱な若造が……!」
「へえ。ゾンビ使わずに喋れば間延びはしねえんだな。少し見直した」
ホークはガイラムの短剣を手に、遠慮なくラーガスに近づく。
ラーガスはニヤリと笑ってカッと手を広げ、ホークに向けて突き出す……が、何も起きずに自分の手を見る。
「馬鹿な……巨人だって悶える痛覚刺激術が……!?」
「ああ。そういうのは俺には効かねえよ」
パリエスの作ったアミュレットが守ってくれているらしい。初めて役に立ち、ホークは内心で安堵した。
そして、短剣をギュッと握ってラーガスに相対。
“祝福”は、最後まで温存する。この醜い男に隠し玉がどれだけあるかをわからないし、何より。
「お前は俺が殺す。……死んだと気づかねえうちにスパッと送ってやることもできるが、そんな綺麗な旅立ちはお前にはもったいねえ。ヒラで殺す」
「ヒヒ……なめてくれるじゃないか、この吾輩をオォォォ!!!」
ラーガスは破れかぶれか兵士の安物の剣を抜き、申し訳程度の魔術付与を施して両手で構える。
見るからに剣術なんかやっていない。
それを言えばホークもやっていないが、しかしホークにはそれを補って余りある
そして。
「……おらああっっ!!」
「キェェェェ!!」
何よりも、他人を操って生きてきたネクロマンサーなどとは、体のキレが違う。
振り下ろしているのか突き出しているのかわからない一撃を踊るようにかわし、ホークは逆手に握った短剣でラーガスの手首をまとめて切断。
悲鳴を上げる間も与えず、順手に持ち替えた短剣をその喉を縦に割るように突き刺して手放し、すかさずもう片方の手でドワーフ兵たちのくれたナイフを取り出して。
「俺も他人の怒りを代弁するほどデキちゃいねえが……こいつらも、てめえの血が見たいとさ!」
額に。心臓に。そして口内に。
ドワーフたちのナイフを深々と叩き込み、トドメを刺す。
蹂躙された村々、ゾンビにされた人々、そして痛々しいイレーネの姿。脳裏に浮かぶそれらへの腹立ちを叩き付けるように、ラーガスに刃を打ち込む。
「が……あ……」
「……あばよクソッタレ。冥土でも存分に苦しみやがれ」
魔王軍最大勢力の将ラーガスを、ホークは見事殺害した。
◇◇◇
アーマントルードはラーガスとヘンドリックが稼いだわずかな時間で、なんとか起き上がることに成功していた。
だが、ファルネリアと同じその顔に浮かぶのは絶望のみ。
「いや……」
「姉上。……あなたの裏切りで、多くの勇者が死に絶えました。……それに、私のその体を使うことは許せません」
「いや……何よ、どうしてなのよっ……私は、ファルネリアよ……!」
アーマントルードは首を振りながら悲痛に叫ぶ。
「ハズレクジ扱いで! 努力の余地すら与えられず! 足掻けば足掻くほど、女狐だの悪女だのと言われて! 歴史のお飾りにすらなれないアーマントルードなんかじゃなく……才能もあって愛されて、末娘なのに誰もが男よりも期待して! どちらに向かったって洋々たる前途のある、運命に愛された“勇者姫”ファルネリア……そうなりたいと思って、何がいけないの!?」
「……哀れな人」
「そう思うなら!」
アーマントルードは剣を振り上げる。華麗さのかけらもない、ただの無力な姫の、無力な振り回し。
「死んでよ! 私のために……!」
「……同情を買うには、あなたは既にやり過ぎたんです」
ファルネリアは「オーシャンフューリー」の蒼光を、一気に巨大化させる。
その光の刀身は30フィートにもわたる。「エクステンド」をも超え、もはや剣のスケールではない。
「『オーシャンフューリー』原式五重交差」
古の魔剣の魔術式をそのまま自らに写し取り、剣の上にひたすら重ねて威力を乗算強化。
アーマントルードはその圧倒的な光の前に立ち尽くし、何もかも無駄だと悟り、虚脱したように剣を取り落として……。
「さよなら、姉上」
ファルネリアは、自分のスペアボディとそれに宿る姉を、蒼光で消し去った。
◇◇◇
「さあ、答えろ。お前たちは魔王軍か。違うのか」
ファルネリアやホークたちの戦いが終わり、困惑の広がる魔王軍……いや、ロムガルド軍。
その中で、一人の女が陣の中から進み出て、振り返った。
「もう……皆さん、やめましょう! “悪魔姫”は討たれました! 姫のためのロムガルド統一の大義名分も、もうありません! あの魔王を恐れて光に盾突いて死ぬか、故郷を取り戻すために死ぬか……考えるまでもないはずです! ここで勇者ジェイナスに魔王軍として殺されるなんて、何の価値がありますか!」
「……君は」
ジェイナスがその女に声を掛けようとすると、駆けつけてきたゲイルが馬鹿声で叫んだ。
「マリン!!」
「……ゲイル、生きて……」
「それはこっちの台詞だ! マリン……よく生きてたゼ!」
「ちょっ……ど、どさくさで抱きつこうとしないで!」
「ってて……こういう時はそういうもんだろがヨ!」
飛びつこうとしてパンチで撃墜されたゲイルがそれでも抱きつこうとして、マリンに足蹴にされる。
その光景に、毒気を抜かれたように兵士たちは武器をガランと捨てて座り込み始める。
そして、投降は全軍に広がっていく。
「ジェイナス」
「……お前はセネスの黄金騎士ライリーか。ちゃんと顔を合わせたことはなかったな」
「ありがとう。……正直、今日で僕は死ぬと思っていたよ」
「……死ぬのもいい経験だぞ。いや、人には勧めないけどな」
「勇者の冗談にしては不謹慎だな」
「そうか? しばらくは鉄板ネタだと思っていたんだけどな」
ジェイナスとライリーが握手する。
当代随一を争う魔剣使い同士の共闘を示すその姿に、アルフレッド王子軍はワッと沸き返る。
二つに裂かれていたロムガルド軍は、この日、再び一つになった。
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