決戦編成

 チョロを休ませた林まで戻ると、レミリスがロドと熱心に話していた。

「つまり第三十二節の詠唱には根本的に冗長性確保以外の存在理由はないというのが私の見解なんだけどあと音韻の担保か、それだけだったらもういっそのこと三十二節は飛ばして三十三節に直接繋げた上で音韻に合わせて三十三節をアレンジした方がいいんじゃないかなって思うんだけどどうかな」

「……四節ずつの文節編成に問題が起きる。全六十八節の詠唱のうち一節の節約のために全詠唱文に手を加えるのはナンセンスだ」

「そうだとしても完全に無駄な文節があるのは美しくないと思う。他の文節から無駄な部分をちょっとずつ移植して集めれば残り三節分の空白も作れるような気がするのだけど六十八から六十四に削るって結構大きくない? それに六十四なら二の六乗だから音韻によるブースト効果がぴったり編成しやすくなるし詠唱時間短縮と効果の上昇が同時に狙えると思う」

「……冗長性を甘く見てはいけない。詠唱ミスは必ず存在する。体調不良、口内の損傷、足場の揺動などで一音崩すだけでも意味が破壊される。完全に冗長性を排した呪文はその一音のために効果が出ないばかりか、効果の予測が不可能になる。冗長性があれば多少の効果減退で済む」

「それを担保するにしても書き下し文の量から推測してマージンが大きすぎるんじゃないかって思うんだけどこれ古代語の文法としても少しおかしい気がしてるからもしかして何かの詩か歌にかけて覚えやすくしてないかなって。今となってはそんな千年以上前の文化的理由を検証するのは不可能に近いけどそうだとしたら無駄が多いのも頷けるというかそれならそれで文化圏外の私たち後世の人間にとっては圧縮しない意味はないんだけど」

「……その呪文が成立したのは我が生まれるより70年以上昔のことだと記録されている。その説は興味深いが我にも検証は難しい」

 レミリスの全開の早口トークにまともに受け答えしているロド。

 その姿にホークは唖然として、それからおずおずと声をかける。

「……戻った、ぞ?」

「あっ、ホーク」

「……任務、つつがなく完了した」

 なぜか気まずそうなレミリス、全く表情の窺えないロド。

「……お前が全開で喋ってんの久々に見たぞ」

「ん」

 レミリスは頷き。

「……この人、魔術、詳しい。根本議論できる」

「お、おう」

「……だから、ちょっと、楽しくなった、ごめんなさい」

「何で謝るんだ……」

「ホーク以外に、本気、出した」

「いやお前、俺以外にあの喋り方しない縛りだったの?」

「だって、ホーク、妬ましそう」

「いや妬んではいねーよ!? よく付き合えてるなって思ったけど!」

 どういうわけかレミリスは、一気呵成の早口喋りを受けていいのはホークだけ、と思っているらしい。

 ということは彼女の中では浮気判定なのか。

「安心して。結婚したいのは、ホーク」

「……いや、いいんだけどさ。その喋りを向けるか向けないかが境界線なのかよ……」

 思わぬ判定基準と言わざるを得ない。

 そんなロドに対し、新たに合流したレヴァリアとジェイナス、それにゲイルと兵士20人は物珍しそうな視線を向ける。

「懐かしいポンコツがいるね」

「これ、中に人入ってるんだよな? ちょっと部分的に細さが気になるけど」

「これ……魔族かヨ?」

「ゲイルさん、下がって。俺たちがまず先に安全を確かめますから」

 おそるおそる槍の石突を伸ばし、コンコン、とロドをつつく兵士。

 ロドは無反応。

 さらにコココン、と兵士がつつく。

 ロドはグリンと顔を向けて目を光らせ、それを見た兵士は悲鳴を上げて下がる。

「何やってんだ……」

「土産の油類は」

「あ、あー、一応……種類わからなかったからこんなのだけど」

 渡された小壺を開け、目を光らせて中を覗いて瞬時に判定するロド。

「……獣脂か。機能的には悪くはない。少々臭うが」

「か、買い直してくるか?」

「問題はない」

 ウィィン、と音を立ててロドの手が倍ほどに伸び、直立したまま全身各所に獣脂を塗りこむ。

 ロドとしては特に妙なことをしていないつもりのようだが、それでも見ていた全員がザワッと引いた。

「さすが魔族……なんでもアリですね……」

「あんなに伸びると戦闘でも活用できそうだな」

 リュノとジェイナスが囁き合っているのがホークの耳に届く。堂々と言えばいいのに、と思いながらロドを見ていると、ロドは油を差した後、小刻みに全身を震わせ……いきなり目を光らせたと思うと、ガキンガキンギゴガゴ、と1フィートの立方体に変形。

 またしても兵士たちから悲鳴が上がる。

「……ロド」

「快調だ」

 立方体のまま喋るロド。

 それを見レヴァリアだけがケラケラ笑っている。

「あははははは、相変わらずロボっぽいことするねえ」

「……ロボではない」

「おいレヴァリア。なんだロボって。ロドじゃなくてか」

「昔そういうのがあったんだよ。まあ魔法を使わないゴーレムだと思ってくれ。構造が複雑すぎて長持ちはしなかったから、今は多分現物はないけどね」

「ロボではない。我は魔導生命体。本質的にはお前と大差ないはずだ、レヴァリア」

「本質なんてどうでもいいじゃないか。面白いよ、君」

「……どうでもよくはない」

 なんだかいじけているように見えるのはホークの気のせいだろうか。立方体だが。


「まあ面白芸人のことは置いておこうか。現状の君たちの戦力はこれで全てということでいいんだよね、盗賊君」

「まあな」

「イレーネは完調かい」

「……試すような機会があったわけではないが、今のところはな」

「上等。ロドも手駒として使えると考えていいんだね」

「然り」

 レヴァリアが戦力を見渡す。

 魔剣使い、ジェイナスとファルネリアにロータス、そしてゲイル。

 魔術師、リュノとレミリス。

 魔族、レヴァリアとイレーネにロド。

 そして、兵士20人と……メイ、ホーク。

「ま、斬り込み隊としては上等な戦力じゃないか。魔王戦役の最終局面としては物足りないけれどね」

「おい、レヴァリア。もしかしてこの全員でぶつかろうっていうのか、ジルヴェイン本隊と」

「んー、確かに無謀は無謀なんだけどね。……ねえ、ジェイナス」

「よく聞けホーク。……敵も待ってはいない。どうやら、モルバ方面に向かって魔王軍……旧ロムガルド軍が動いているらしい」

「なんだと」

 ホークは思わず身を乗り出す。

「俺たちの集めた情報では……」

「思ったより大人しかったはず、っていうんだろう? 俺もそう思った。だが、相手は魔王だ。いざとなったらアルダールを投げ捨てたって何ら問題のない連中だ。戦略に統一性なんてないらしい。ほんのしばらく前にアルダールからほぼ全軍が出撃した。……王都の防衛戦力に全く何も残さず、アルダール方面の元ロムガルド軍を全部モルバに差し向けて王子と潰し合わせ、自分たちは高みの見物のようだ」

「まとめて寝返ったらどうする気だ……」

 ホークの呟きにはゲイルが答える。

「どうもしねえだろうヨ。あの魔王はそういう奴だロ。生き残りが寄り集まったところで……そもそも数人で楽々アルダールを蹂躙しきった奴らになんの不都合があるってんだヨ」

 ゲイルの言葉にレヴァリアは頷く。

「その通り。むしろ人間たちが、噂の“悪魔姫”を言い訳にしてアルフレッド王子を逆賊にしたら面白い……哀れにも王都にいるであろう人質を見捨てて全軍糾合して逆進してきてもなお面白い。どうせ何十万いたところで魔王には大した意味はない。大陸最大の武国の右往左往は見物みものだろうね」

「お前が言うと魔王に感情移入してるように聞こえるぞインチキロリ」

「心外だなあ。敵の意図が読めない常人に超越者の視点を提供してあげてるだけじゃないか」

 肩を可愛らしくすくめる。その仕草は口調とは無関係に可憐で、ホークも思わずドキッとする。

 さすがは王家を数百年にわたって操った妖婦だ。

 ゲイルに従う兵士たちは顔を見合わせる。

「そんな相手に……この数で戦うのは正気とは思えないですが」

「いくらジェイナス殿が強いといっても……」

 彼らは結局、ジェイナスの強さを「ロムガルドの勇者」のレベルでしか想像できない。つまり、せいぜいが一騎打ちに極端に強いというレベルだ。

「大丈夫だよ。ここに魔族も三人いる。ジェイナスには劣るが、そこらの軍勢なら千人にだって楽に勝てる奴が三人ね」

 レヴァリアが左右にイレーネとロドを示しながら微笑む。

 それに対し納得がいっていない顔をするのはリュノだ。

「あの……リルフェーノ……いえ、レヴァリア姫、と呼ぶべきでしょうか。……あなたもそれほどに強いのですか?」

「君よりは強いと思うよ、リュノ。想像できないかい?」

「……お姿が幼過ぎて……」

「メイだってそんなに変わらないじゃないか。……確かに僕は魔力特性的には回復魔術の方が得意だけど、攻撃においても人間の魔術師に後れは取らない」

 つい先ほど「リルフェーノ」ではなく「レヴァリア」であり、王国の始祖にして魔族だ、と紹介されたばかりのリュノには、未だに彼女への認識が改められないようだった。

 まあ、それに関してはジェイナスだって似たようなものだった。すんなり受け入れたホークたちの方が特殊な立場だと言えなくもない。

「そして僕らには正義の大盗賊ホーク一味がいる」

「レヴァリア、その名前を使うのはもう金輪際やめてくれ」

「だいぶ広まってるから諦めたまえよ」

「おい!?」

 レヴァリアはクスクスと笑い、そして「盗賊が何だというのか」とイマイチ納得のいっていない兵士たちに目を細める。

「ジェイナスより、魔族の僕らより、彼らこそが本当の切り札だ。僕は勝算があると見るよ。……いや、違うな。勝算なんて僕が言うのもおこがましい」

 ホーク、メイ、レミリス、そしてファルネリア。

「もはや彼らが勝つか、魔王を名乗る男が勝つかだ。僕らの存在はその飾り立てに過ぎない」

「レヴァリア。盛り上げるのはいいが、そこはジェイナスを中心に立ててくれねえか。俺たちは……」

「そろそろ観念しなよ盗賊君。……この場で今、自分以外を皆殺しにしようと思ったら、誰よりもそれが簡単なのは君だ。ジェイナスよりも、メイよりも、ファルネリアよりも。もちろん僕やイレーネよりも」

「…………」

「メイの今の力なら、魔剣を抜きに拳だけでドラゴンを倒せるだろう。ファルネリア、君は君で……勇者としては究極の力に目覚めている。理屈はわかるが僕ら魔族にだってできない芸当だ。無論ジェイナスでさえ、ね。……君たちが本気になれば、魔王と同じようにこのロムガルドを攻め落とすこともできるはずだ」

 レヴァリアが言うことに、兵士たちはピンと来ていない。

 だが、その言葉の意味がそれぞれ断片的にわかるゲイルやリュノ、そしてジェイナスは、みな真剣な顔で頷き、あるいはただ唾を飲み込んだ。

「この先の戦場は、そういう戦場だ。もとよりただびとの入り込める余地はない。……兵士諸君。君たちの役目は戦うことじゃない。僕らや彼らの戦いを助け、そして目撃することだ」


       ◇◇◇


 改めて、ホークたちは決戦に向けた進撃準備にかかる。

 人数は増えたが、無論チョロが全て運ぶのは無理だ。

 が、それに関してはロドが……いや、デフォードやラボアが用意した魔法の品が解決した。

「高速移動陣?」

「……アスラゲイトの魔術師が使う移動術式の完全版だ。一刻で100マイルは移動できる」

 ロドが道具袋から探し出して見せたのは、数十名単位の浮遊移動を可能にする魔法陣の簡易形成用ジェム。12個で一組。

「下手するとチョロより速いんじゃねえかそれ」

「チョロは……もっと速い。多分」

「チョロ殿の負担も減らす方がいい。流石にこの陣にワイバーンは乗れないだろうから、チョロ殿はレミリス殿と一緒に空から来てもらおう」

「それだとゴンドラどうしよう。犬人さんたちの力作だし……でもカラのゴンドラ運ばせるのもちょっとどうかなって」

「ゴンドラは例の浮遊箱の上に括りつけておけ。それにこの術式は先頭の術者の集中が乱れるとすぐにバラけてしまう。戦闘用には使えん。いざ戦うとなれば奴の出番もあるじゃろ」

 そういうわけで、レミリス以外の人員は地上を移動して旧ロムガルド軍……魔王軍を目指すことにする。

「追いつくのはいいとして、どうするの、ファルネリアさん」

「どうせ同じことなら損耗を減らした方がいい。それに……姉上は……姉上ならば、私の偽物を陣頭に立たせたがるでしょう」

 メイの問いに、ファルネリアは少し暗い顔で答える。

「ならば私が討ち取るまで。……そうでなければ誰も納得はしないでしょう」

 そのファルネリアの姿を見て、ホークはよくよく不憫になる。

 彼女は、「自分を殺す」戦いばかりだ。

 本当ならば、こんなに美しく、ひたむきで清廉な王女……そんな過酷さとは無縁に生きられる時代だって、あったはずなのに。

「ファル」

 ホークは頭を撫でる。

「無理はすんなよ。……いざとなったら、俺が殺る。そして天下に自慢してやるさ。本物の勇者姫は俺のモンだってな」

「……はい」

「あ、ずるい」

 メイが膨れるのでメイも撫でる。

「メイをないがしろにしてるわけじゃないんだ」

「じゃあ、あたしもホークさんのモンだって言ってよ」

「……もう少し成長してくれないとほら、世間体が」

「たった一歳しか違わないじゃん。ってゆーかあたしとファルネリアさんって誕生日半年しか違わないよ!?」

「そうなのか」

「あたしも秋には14歳なんだから」

「……じゃあその頃にな」

「ぶー」

 メイがホークを慕っているのはわかっている。理解している。

 だが、ファルネリアが既に大人びたアプローチをするのに対し、メイにはどうしても子供らしい無邪気さがあって……そこが可愛らしくもあるのだが、とにかく本当に手を出す関係になっていいのか、と躊躇してしまう部分はある。

 いや、ホークとしては、メイにこそ嫌われたくない……今までのように兄貴分として、安定して慕われる位置にありたい、と思ってしまっているのかもしれない。

 一対一、男と女の関係になってしまえば、もうその安定には戻れなくなる。それが怖いのかもしれない。

 改めて見れば、メイも短い間に随分「女の子」から「女性」への変化を進めている。

 かつてはジェイナスやリュノに甘え、幼いばかりだった顔立ちや体つきにも、いつの間にか本物の女としての美しさが色づき始めている。

 ホークはそのことを少しだけ意識し、自分がむしろ子供過ぎるのだ、ということに、ようやく焦りを感じる。

「……その頃、か」

 秋。夏を越え、この戦いを越え……そして至るだろう近い未来。

 その時、自分はどうなっているのだろう。仲間たちは。そして、この大陸は。

「……ホークさん。約束」

「ん?」

「その頃になったら……本当に、ちゃんと……あたしを見てよね」

「……お、おう」

 メイのまっすぐな目に、吸い込まれる。

 しばらく見つめ合ってしまう。


 ……周囲にいたジェイナス、リュノ、そしてロータスらが一斉に咳払いをした。

『コホンッ』

「うわっ」

「な、何っ!?」

「そういうのはやるなとは言わないが……」

「片腕にファルネリア姫を抱いたまま……どういう神経ですか!」

「むしろどんどん頑張ってよいのだが、我々以外の視線もあるというのに気づいているかと心配になってな」

 ロータスの指摘に、くるりと視線を向けると……ゲイルやその部下たちもじっと注目していた。ホークとメイの目が向くと途端にあらぬ方を見てソワソワと取り繕い始める。

 高速移動陣のために近くで整列せざるを得なかったのだが、少年少女の甘酸っぱい、それでいて王女も挟んだ三角関係の成り行きはどうしても気になるのだった。

 ホークとメイ、ファルネリアも急に自分たちが何を晒していたか自覚して赤くなる。

「…………」

 チョロの上からレミリスが無表情になっているのにも気づいて、ホークはそちらにもビクッと反応してしまう。

 チョロも同じ表情をしているように見えるので不思議だった。そもそもワイバーンに表情なんてないのだが。

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