勇者集結

 街がざわつく。

 片や新米とはいえ勇者。ロムガルドの者でそのいでたちを見まがう者はいないだろう。

 そして、片や……かつて国内で最も人気を集め、そして前線の者に“悪魔姫”として豹変を噂される“勇者姫”。

 急に大通りで始まったその二人の剣戟に、街の人々は近くにいれば慌てて逃げ出し、遠くにいた者は物見高い視線を投げかける。

「ロータス、大丈夫なのかアイツは」

「ゲイルは驚くほどに成長している……が、姫も元より剣術は高位の騎士に遜色ない腕。そう簡単には遅れは取るまい」

「でも……」

 ゲイルはホークより少し上背も高く、筋肉量は比べるべくもないほどに逞しい。

 対するファルネリアは14歳として相応の体格。はっきり言えば、醜いほどにハンデがあるように見える。

 しかし、ファルネリアはホークに横目で目を合わせて決然と言う。

「御心配には及びません。この身、簡単には傷つけられはしませんよ」

「クソが……余裕かヨ!!」

「ゲイル。腕を上げたことは認めます。しかし怒りに曇った太刀筋では私は捉えられません」

「……っざけんなァァァ!!」

 ゲイルが全身から赤い火の粉に似た闘気を散らし、ファルネリアに「フレイムスロウ」を連続で叩き付ける。

 一太刀で人を両断できそうな剛剣を三連続。まともな剣士同士の戦いならば、一撃目か二撃目で剣を取り落とし、剣が身に届いていただろう。

 しかし、ファルネリアはその全てを正確に捌き、力の籠もった一撃が振り切られる前に方向を制御して、少ない力で全ていなしてみせる。

「クソ……ッ」

「魔剣効果を使わないで来たことは称賛に値します」

「殺してェのはテメェ一人だ……よくも騎士団の仲間を……ッ!」

「……なるほど、それが“悪魔姫”の所業ですか」

「テメェだろうがヨッ!!」

 ボウッと「フレイムスロウ」からついに炎が出る。

 ロータスはそれを見て目を細めた。

「……奴め、そちらも腕を上げたか」

「あ?」

「魔剣出力を制御できている。爆発しか能がなかった男が」

 炎を纏った魔剣でさらにファルネリアを襲うゲイル。

 熱量が高く、直撃を避けても下手に刀身に接近すれば服が引火してしまいそうだ。

 ファルネリアは溜め息をつき、魔剣効果を「発動」させる。


「『シールド』三重交差……ゲイル、それは封じさせてもらいます」

「ア……!?」


 ヒュン、とファルネリアの持つ「ムーンライト」を中心に、強力な魔法無効化空間が発生する。

 炎を上げたゲイルの「フレイムスロウ」は、その無効化空間の中心たる「ムーンライト」に近づくほどに火を縮れさせ、ついには打ち合う段になって完全に鎮火してしまった。

「なんだとォ……!?」

「大通りで魔剣効果は迷惑になりますからね。……ヒラで来なさい。それなら付き合いますよ」

「クソ……意味が分からねェ……何なんだ、テメェは!」

 ガキン、ガキンガキン、とゲイルは剣をがむしゃらに振るう。

 しかしファルネリアは華麗な身のこなしでその全てをいなし、受け止め、押し返す。

 体格差など大した問題ではなかった。

 ファルネリアの敏捷性も腕力もまた、メイと同じように外見の筋肉量を遥かに超えるレベルにある。

「……あいつ、あんなに強いのか?」

 ホークは驚きとともに呟いた。よく考えれば、ファルネリア本人の戦いは復活してからまだ見ていない。

 弱い部分も、少女らしい部分も見てきたホークは、どこか彼女をまだ「保護しなければならない病み上がり」と見ていたところがある。

 しかし、その戦闘力は……このゲイルを相手にした戦いだけでも、ロータスと同等以上であると確信させる。

 先の戦いで魔族ビルゼフを圧倒したのも頷ける力だった。

「三重交差……姫は、一体どういう……」

「ロータス?」

「あの魔剣を覚えているか……あれはベルマーダの宝剣『ムーンライト』だ。……『シールド』ではない」

「あ、ああ」

「……何故、姫は『シールド』の効果をそのまま使っている? それも、相手の魔剣を完全にねじ伏せるほどの規模で」

「……俺に訊かれても」

「ありえん……何が起きているんだ、姫に」

 ロータスはもはやゲイルの寸評から、ファルネリアの方に注目が移っている。

 ファルネリアは、ゲイルの攻撃を淡々と捌き続け……ついにゲイルは膝をつく。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「…………」

「クソ……魔剣さえ……効けば……みんなの仇を……ッ!」

「ゲイル」

 ファルネリアは剣を下ろし、ゲイルを見下ろした。

「何があったのか、話してもらえますか。……私に害意がないことはわかってもらえたでしょう」

「……なんのつもりだヨ」

「私はあの日、ジルヴェインに倒され、封印され……メイさんとともに脱出したファル。そのままジェイナス様の復活とベルマーダ防衛戦に参戦し、肉体はつい先日、ナクタでホーク様が盗り返してくれたばかり。この国に戻ってきたのはつい先ほどです。あなたが恨んでいる私は、別人でしょう」

「んなワケ……あるかッ! アレは……アレは、王族しか知らないことを知ってやがった! 騎士団幹部の名前も、城の衛兵たちの顔も……その上でアイツは、皆殺しにしたんだゾ!!」

「……姉上の仕業だとは考えなかったのですか?」

「え……」

「城の中で私の知っていることなど、一回り近く年上の姉上が知らない方が珍しいでしょう。そして姉上はあのナクタ城で、既にジルヴェインに篭絡されていたのです。その偽物が何であれ、姉上がつけばどうとでもなるでしょう」

「……でも、それは……あれはどう見ても、生身の、本物の……」

 ゲイルが視線を彷徨わせる。

 静かにゲイルを見下ろしていたファルネリアは、そこで何かに気づいたように目を見開く。

 そして、ホークに顔を向け、何かを言おうとしたところで……ゲイルに従っていた兵士たちが一斉に声を上げてファルネリアに突進した。

「う、うおおおおおおお!!」

「俺たちだってええ!!」

「ゲイルさん、逃げろぉぉっ!!」

 兵たちはファルネリアを恐れ、距離をとっていたので、会話が聞こえず、ゲイルが負けて斬られると思ったのだろう。

 ゲイルはもはや数少ない「勇者」。自分たちが犠牲になってでも生かす価値があると考えたのだった。

 しかし。


「っと、それはナシだぜ」


 ホークは“祝福”を発動。

 一瞬のうちに数人の足にロープを結び付け、20人の兵士たちがファルネリアに届く距離に来る前に全員転倒させる。

「……そんなのやらなくてもあたしが全部叩きのめしたのに」

「それはやめとけ。余計に恨まれる」

 メイの頭を撫で、そしてゲイルに近づいて魔剣を取り上げる。

「頭は冷えたかバカ」

「バカとか言うなクソチンピラ」

「いや、言わせてもらうね。お前、ファルが俺たちを止めなきゃ何通りの死に方してたかわからねえぞ」

「…………」

「お前の部下たちもな。……まずは聞かせろ。この国は今、どうなってる。誰が敵だ。味方はどこだ」


       ◇◇◇


 ゲイルがポツポツと語ったところによると、アルダールを中心に王国の南半分は陥落。

 勇者隊は当然歯が立たず、ほぼ壊滅。残った数少ない重要拠点であるパルマンにすら、ゲイル以外には勇者はいないらしい。

 アルフレッド王子はファルネリアの予想通りに東のモルバの街にいるという情報がある。

 姉姫アーマントルードは現在のところ姿を見せていない。

 ジルヴェインと魔剣使いの「眷属」数名によって突然アルダール城は占拠され、王は真っ先に死亡、首が街の広場に晒された。

 数日かけてアルダールの残存勇者が決死隊を編成、城に突入した時、突然現れたのがファルネリア。

 見た目も声も、そして何より愛剣「ブロッサム」を手にした彼女の佇まいも、どう見ても本人で……それゆえに、先頭を切っていた勇者たちは国家の危急に“勇者姫”が帰ってきたと喜び……そして、その隙を突かれてあっという間に殺戮された。

 決死隊はそのまま壊滅。僅かに斬り残された残存の勇者たちが城下の兵たちに降伏を促し……そして、降伏したものの、地下活動の疑いありと一方的に断定されて、各騎士団首脳と宮廷魔術師はファルネリアの手で処刑され。

 ……ゲイルは騎士団の仲間たちの手によって、彼らに残せる最後の希望として逃がされた。

 それが、アルダールでここ二週間のうちに起きたことの全てだった。


「……別人だなんて言われたって未だに理解できねェヨ。俺は第四隊に配属されてから半年一緒にいたんだ。その俺が見たって、あれはどう見ても姫様……ファルネリアだったゼ」

「……おいファル。『ブロッサム』ってのは……」

「ナクタでの決戦時に使っていた物です。国父ロミオの時代から伝わる国宝のひとつで……魔剣としての格は、おそらく『イグナイト』に匹敵するかと」

「最上位ってほどじゃないが、みたいな感じか。……それ、確かナクタ戦で落としたよな」

「はい。……というか、あの場に残っていた剣は私を刺した『オーシャンフューリー』だけです」

「あんだけいたもんな……残りは全部ジルヴェインの総取りか」

 ホークは腕組みをする。

「少なくとも、その偽ファルがなかなかの手練れっていうのは間違いなさそうだ。不意打ちとはいえ勇者の決死隊をまとめて虐殺するなんて、このバカ程度の腕じゃ無理だろうし」

「おいテメェ。何度バカ呼ばわりすりゃ気が済むんだヨ。ってか何で元に戻った姫様をそんな気安く呼んでやがるヨ」

「てめえだって呼び捨てじゃねえか。何様だよバカ」

「んだとォ?」

 睨み合うホークとゲイル。そしてそのゲイルの頭をメイが掴む。

「負け犬は引っ込んでて。ウザい」

「なっ……てめ、このガキ……ヒィッ!?」

 ゲイルの聞き分けのなさにメイの気配が変わり、肉食獣化。思わずゲイルは尻尾を丸め、縮み上がる。

 それを見てホークとロータスは噴き出し、そしてファルは改めて自分の胸に手を当て。


「私はホーク様に嫁ぐと決めました。父上亡き今、それを決められるのは私自身のみですから。……ですから、ホーク様が私を何と呼ぼうと咎められる謂れはありませんよ」


 ゲイルはそんなファルネリアを見て口を開けたまま停止。

 ホークも絶句する。

 そして。

「ちょっ……ファルネリアさん何言ってんの!? そういうの卑怯じゃない!?」

「ひ、姫、少し落ち着かれよ。そういったことはまずその、カラダの相性を確かめて」

「そういう問題じゃないでしょう! 何で盗賊と大国の姫君が……気の迷いですよファルネリア様!」

「儂に言わせれば男女の仲など総じて気の迷いの領分じゃがのう」

 外野の反応にもファルネリアは動じず。

「既に捨てた命、拾われた身です。ジルヴェイン、ギストザークといった災厄を相手に、命懸けで拾って下さったホーク様以外が……私を自由にしていいはずがありません。恋や愛という以上にこれは義務。例え妻と扱われなくとも、生涯を捧げる気持ちに迷いはありません」

「だからそういうのずるいよ!?」

「ふむ。『盗賊の奴隷妻に堕ちる勇者姫~あなたの魔剣で乱れさせて~』といったところか」

「破廉恥です!」

「まあ相手が相手じゃからな。あれを相手に救い出したとあれば、運命の男というのも的外れとはいえまいて」

「お前ら真昼間の大通りだってこと少し思い出せよな!」

 少し離れて見ている20人の兵士たちの視線が痛い。

 改めて仕切り直す意味でゲイルに尋ねる。

「相方はどうした。あのマリンって女は」

「あいつは……わからねえ。アルダールに戻った時に別れたっきりだ。生きてるのか死んでるのか……」

「……生きてるとしたら魔王軍で働かされてるか、あるいはモルバでアルフレッド王子軍か」

「パリエス神官としての領分を彼女は重視していましたから、神官として見逃されているかもしれません」

 魔王軍はパリエス教会を重要視していないので、ファルネリアの言うことにも一理はある。とはいえ、あのジルヴェインならば暇に飽かせてどう出るかはわからない。

「パリエス神の加護を……」

 国の違う同胞のためにリュノが祈る。

 が、そのパリエスがマスクを付けて変なことをやる面白魔族だと知っている他の面々は、なんとも言えずに苦笑いしてしまう。変な空気になってリュノが文句ありげにホークたちを見回す。

 そこに、群衆の向こうから声がかかった。

「おっ、やっぱりいた……おーいホーク! メイ!」

「ん?」

 声の主を探してホークは身を伸ばす。

 人垣の向こうに手が揺れている。

 誰かと思ってしばらく見ていると、人垣を割って現れたのはジェイナスとレヴァリアだった。

「ジェイナス!」

 ホークが思わず叫ぶと、リュノが一番にバッと反応し、次いでゲイルやその部下たち、また群衆も皆、ジェイナスに視線を集めた。

 それだけ「レヴァリア王国の勇者ジェイナス」は有名なのだ。いや、魔王軍という脅威が身近になるにつれ、彼という希望を誰もが無視できなくなったというべきか。

「ジェイナス……それに、リルフェーノ姫!」

 リュノが駆け寄ると、レヴァリアは気まずそうに笑う。

「やあ、リュノ。元気になったみたいだね。何より何より……」

「何故あなたがここにいるんですか!?」

「話せば長い物語なんだ。ざっと1000年分のね」

 しれっと言い放つレヴァリアについ突っ込むホーク。

「人生全部語る必要ねーだろ!」

「やあ盗賊君。元気そうだね。どうやらナクタでの目的も達成できたみたいじゃないか」

「それどころか本国の方でも一仕事してきたぞ。お前にご褒美の請求しなきゃいけないほどのな」

「へえ。何をしたかはさておくとしてご褒美はやぶさかじゃない。ちょっと宿屋に行こうか」

「おい待てそのいやらしい表情をやめろロリババア」

「旅先で手持ちもないんだから、僕が与えるご褒美といったら決まっているだろう?」

「ホーク! あなた姫なら誰でもいいんですか!」

「お前もいちいち変な想像してんじゃねえよリュノ! いやこのインチキロリに関しては合ってるけど!」

 などと騒いでいる内側とは別に、パルマンの群衆はついに現れた当代最強の呼び声高い勇者の姿にざわつきを拡げていき、ついにはどこからともなく「ジェイナス! ジェイナス!」とコールが始まる。

 ホークたちのどうでもいい騒ぎはそれにかき消され、ジェイナスはその騒ぎに困った顔をしながらも片手を挙げて応える。

「……スゲェ」

 同じ「勇者」でありながら、人々にここまでの期待を抱かせることのできないゲイルは呆然とする。

 実績も、そして風格も。もちろん実力も全く違う。

 しかしジェイナスはそれ以上に、まるで毒されたこの世の解毒剤であるかのような眩しい存在感がある。

 その格の差を見せつけられた形のゲイルを少し気の毒に思いながら、ホークはそれでも、ジェイナスという頼もしい男が自分の一番最初の味方であったことを誇らしくも思う。

 そして、一通りの歓声に手を振ったジェイナスは、ホークに微笑を向ける。

「さあ、ホーク。……今度こそ反撃再開だろ。一緒に行こう」

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