パルマンでの再会

 兵士が語った現状を整理すると。

「今の魔王軍は魔王が連れてる魔剣使いの眷属数人と“悪魔姫”に統率されていて、アルダールに残っていた勇者は全く歯が立たず半壊。残った連中は大多数の通常軍と一緒に魔王軍に降って、今は残党狩りと周辺貴族の平定に向けて活動中……で、“悪魔姫”はその中でもダントツの最強ってわけだ」

「そ、そうだ。なにしろファルネリア姫だ。元々勇者四天王に次ぐ実力があったっていうんだから魔王のせいで最強になったっておかしくねえ」

「……勇者四天王?」

 ホークが片眉を上げると、背後にいたロータスが教えてくれる。

「その名の通り、ロムガルドにおける魔剣使いの四強だ。そのうち二名がヘンドリック殿下の隊、残り二名はアルフレッド殿下とアーマントルード殿下の下に分け合われていた。……昔はリディック殿も四天王に名を連ねていたこともあったが、若い者に超されて陥落してな」

「惜しい奴だったんだな、あのおっさん……」

 ちなみにファルネリアは兵士が失禁してしまってから遠慮して10ヤード以上離れていた。尿の香ばしい匂いを避けたのではなく、兵士の恐怖をそれ以上煽らないためだ。

「そのファルネリア姫が……なんでこんなところに」

「そっちは偽物だ。こっちのファルネリアが元々ピピン攻略に行ったファルネリアで、最近までナクタ城に幽閉されてたんだ」

「……そ、そんなの知らねえ」

「知らねえって言われたってな」

 ホークは困るが、ロータスは慮る。

「我々現場にいた者と違って、後方の者にはどんな戦況だったかすら伝わってはいないのだ。おそらく遠征していた勇者隊が全滅したことすら、知る者は限られるだろう」

「あの爆発野郎がさっさと帰ったんだから、中央が知らねえってことはなさそうなんだがな」

 ここしばらく忘れていた狼人勇者ゲイルと、神官勇者マリンのことを思い出す。

 だが、ロータスは首を振る。

「士気に関わる。中央は事態を把握しつつも秘密にするのを選んだのだろう。それに、そう何か月も昔の話ではない。話が広がる前にジルヴェインが攻め入ってしまったとも考えられる」

「……そうか。そうだな」

 だいぶ昔のように思えていたが、指折り数えてみれば確かにゲイルたちを送り出してからそんなに時間は経っていなかった。

 そのわりに「正義の大盗賊」という名前は妙に知れ渡り始めているのが気になるが、それを蒸し返しても仕方がないので話を進める。

「それで残党はどうなってる。アルフレッド王子は無事なのか」

「それもわからねえ。俺たちは逃げ回ってただけだ……ベルマーダはもう駄目だって聞いたから、セネスにでも行こうと思って」

「……駄目? なんでだ」

「しばらく前にラーガスが攻め込んだっていうじゃねえか。あのシングレイを一瞬で落としたラーガスが。今頃もう潰れてるって、ベルマーダから逃げてきた連中が……」

「……なるほどな」

 これまた情報が遅い。それ以上にホークたちの移動速度が速過ぎるのか。

 ベルマーダでの劇的勝利から既に10日ほどが経過しているが、その後にギストザーク戦やバルトとの再会、巨龍討伐なども挟んだため、ホークたちにしてみれば実時間以上に昔のことに思えているところもある。

「ベルマーダは持ちこたえた。ラーガス軍は蹴散らせた。レヴァリアのジェイナスが来たおかげでな」

「……ほ、本当か。っていうかなんでジェイナスがベルマーダなんかに……」

「色々あってな。……逃げてった仲間と会えたら、ベルマーダに逃げるのも提案しとけ」

 ホークはそう言って兵士を放し、メイやロータス、ファルネリアと集まる。

「まだ状況は思ったほど固まり切ってなさそうだ。おかげでジェイナスと合流するのも、アルフレッド王子の手を借りるのもひと手間かかりそうだが」

「いっそ正面から突っ込んじゃったらいいんじゃない? 偽お姫様が急先鋒っていうならそれだけやっつけて、いったん様子見っていうのもいいし」

「無謀はよくない。サシでは勝てても多勢に無勢は仲間を危険に晒す。せめてジェイナス殿に背を任せられなくば、リュノ殿やレミリス殿が危うかろう」

「……もうリュノ様はパルマンとかで放流して自力で勇者様探させようよ」

「メイさん、気持ちはわかりますがリュノさんを邪険に扱ってはダメです」

 近くにリュノがいないおかげで言いたい放題だった。

 リュノは実用的な魔術の実力においてはレミリスのはるかに上を行くのだが、どうにも口うるさいのと役に立つべき場面で役に立たないおかげで「いない方がいいよね」という空気になりつつあった。

 少し哀れだとホークも思うが、レミリスもロータスもウーンズリペアを覚え、イレーネもいる今は確かに重要度は下がっている。

「とにかくパルマンに行くか。ベルマーダから立ち寄るにもいい位置だから、ジェイナスがいるかもしれない」

「そうだね。あ、近くにロバさん預けた村もあるよね? 会いに行ってもいいかな」

「今行ったって引き取れねえんだから今度にしろ。……レヴァリアに連れてくとなったら、ここの転移陣使うのもいいかもな」

「貴殿らは魔王を倒した後にもロバを飼うつもりなのか……」

「よいではないですかロータス。お世話になったでしょう。立派にあのロバたちも『正義の大盗賊団』ですよ」

「頼むからそれやめてくれファル」

 四人は仲間の元へと戻る。


 状況をレミリスたちに伝えた後、いつものように離陸……する前に、浮遊箱とチョロの尻尾をロープで繋ぐ。

「チョロはゴンドラ吊って箱引っ張って、大変だよな……今更だけど」

「チョロ、力持ち」

 レミリスがチョロの背に乗り、首を撫でながら褒める。チョロが何か言いたそうな気配に見えるのは多分ホークの気のせいだろう。

「しかしこれ、棺桶みたいですよね」

 改めて浮遊箱をしげしげと見たリュノが言う。寸法といい妙に豪華そうな外観といい、確かに棺桶と言われればそんな気もする。

「ジェイナスやお前が死んでる時にこれがあったら、俺たちだいぶ楽だったな……」

「縁起でもない」

「腐っていく死体を抱えて何百マイルも移動したんだぞ。割と冗談でもないぞ」

 そう、これがあればきっと、迅速にレイドラを突っ切って直接レヴァリアまで戻ることも選択肢に入った。

 浮遊箱を移動させる際の軽さはまさに羽根のようで、引っ張って走ってもほとんど負担がない。

 縦に持ち上げてもわざわざ引かなければ落ちてこないし、壁越えだってロープで引けば簡単だ。なんならホークは上に乗り、メイの俊足で夜闇に紛れて駆け抜ければ、どんな場所だって越えられただろう。

「夏の蒸し暑い中、ゾンビ化したお前に襲われてメイが漏らしそうになったり、腐りかけたお前に食料用の防腐の護符抱かせたり、イレーネに臭ぇって言われたり、エルフたちにゾンビが来たと勘違いされたり、うっかり敵の魔法が飛んできてお前の死体が半分こんがり焼けたり……大変だったんだぞ」

「そんなに」

「そんなこともあったのう」

「え、あたし漏らしてないよ!? 漏らしそうにもなってないよ!?」

「メイ殿。案ずるな。漏らすのは決して恥ずかしい事ではない。むしろ愛好者も一定数」

「ロータス、黙りなさい」

「飛ばしていい?」

 吊り下がったゴンドラに女5人とホークがぎゅう詰め。一応浮遊箱の方に食料品を追い出したので、藤編みのゴンドラへの負担は減っているのだが、それでもやはり少し不安な音がする。

「イレーネ、お前、箱の方に乗れないか? あれに乗ってると重さ無視できるみたいだし」

「儂の乳の感触が気に食わんか。やはり巨乳が良いのか」

「いやお前の方がでかいだろ。そうじゃなくてお前なら飛べるからうっかり箱がひっくり返っても死なないだろ」

「命綱をかければ誰でも良い気がするがのう。儂一人け者は気に食わんぞ」

「それもそうだな……次の移動があったらロータスを箱に乗せるか。なんとなく落ちても死ななさそうだし」

「私の胸の感触が気に入らないか。そんなに巨乳殿がいいのか」

「お前ら俺が乳ばっかり触ってるみたいな言い方すんじゃねーよ! リュノがドン引きしてんだろうが!」

「わ、私が気に入らないのはまず呼び方のほうです! 胸を触られるのはそれは嫌ですが!」

「触ってねーだろ! 少なくとも生き返ってからは!」

「むー」

「……大人にはかないません。ここは首を突っ込まないようにしましょう、メイさん」

「ファルネリアさん、あたしよりちょっと大きいじゃん……」

 離陸しかけたチョロが体を揺すり、ゴンドラがゆさゆさ揺れる。レミリスも抗議したらしい。

 なんだかんだで賑やかに、一行はパルマンの街を目指す。


       ◇◇◇


 パルマンの街は空から見たところ、特に破壊された痕跡は見られなかった。

「なんだか懐かしいねー」

「メイはここの記憶ちょっとしかないよな。半分以上ファルに体渡してたから」

「そうなんだけど、こういう都会って今回の旅であんまり通らなかったからさ」

「行き道でシングレイ通ったくらいか」

「パルマンで都会と言っていたらアルダールなど目を回すぞ。……魔王と戦うなら、いずれ赴くことになるだろうが」

「廃墟になっていなければいいですね……」

 チョロで町周辺を一周した後、少し離れた林の中に降りる。

 浮遊箱はチョロの尻尾に引かれてしっかりとついてきており、デフォードの言うように風で流れて邪魔になることもなかった。

「いいもの貰ったな。龍殺しのお代としちゃ悪くない」

「それに関しては宰相のおじーちゃんから別に貰えるんじゃない? 期待していいよって言われてたよね」

「そうだな……貰いに行きゃよかったか。いや、でもジェイナスたちの援護を後回しにするのもな」

 腕組みをするホークに、ファルネリアが微笑む。

「後からでも行けばいいのですよ。今、お金に困っているわけでもないでしょう」

「金に困ってないってのはそうなんだけどな……ったく、いい身分になったな、俺も。平和な時分に大手を振って大通りで言いたいもんだぜ」

 実際は、金でどうにかなるという事態が少なくなったという方が正しい。

 補給物資や宿代に苦労しなくなったというだけだ。

 そう考えると、ハイアレスでどれだけ高額の褒美を渡されても、ジャンゴにそのまま預けて終わりといったところだろう。

「さて、チョロはここに置いとくとして……レミリスだけ留守番させるのもな。イレーネ、一緒に待っててくれるか」

「ワイバーンなら眠らせておけばよいじゃろ」

「もうどこから敵が出てくるかわからないんだから、ただ眠らせとくだけでいいってわけでもないんだよ。誰かがチョロとレミリスを守ってやらないと」

「それはちょうどいいのがおるじゃろうて」

 イレーネは浮遊箱をパカッと開ける。箱はフワッと地面に着陸し、中に手を入れたイレーネは1フィート四方の鉄の箱を取り出した。

「起きろ、ポンコツ」

 ぽい、とその辺の地面に投げる。

 それが着地する前にガキンガキンと変形が始まり、みるみるうちにギゴガゴと音を立ててホークより若干背の高い全身鎧のような怪人が出現した。

「ポンコツではない……」

「儂らは街に行く。お前はワイバーンの護衛をしておれ」

「……わかった。だがポンコツというのを訂正しろ」

「ポンコツじゃろうが」

「……ポンコツではない」

 無機質に繰り返しながら、鎧の奥で目が光る。なんなんだこれ、とホークは呆気にとられる。

「……えーと、ロドだっけ? お前にチョロの番を任せていいのか」

「命令なら実行する。それと我をポンコツと呼んだり認識するのはやめて欲しい」

「そんなに念押ししなくても……っていうかお前、確か魔族だよな? なんか従順過ぎて気持ち悪いんだけど」

「魔族というカテゴリーにあるだけだ。元々、我は争うことも支配することも必要としていない。故に眷属や領地というシステムも採用しない。ただ感情によらず、妥当と判断したことを実行するのみ」

「ホークよ。こやつのことはあまり気にするな。こういう奴じゃ」

「どういう奴なんだよ……」

 とりあえず、今までの魔族とは異質なモノだというのはわかる。

「感情的でないという割には、ポンコツと言わせないことにこだわりがあるようだな」

 興味深そうに上から下まで眺めるロータス。

「我を機械のように言うのが不愉快だからだ。我はあくまで魔導生命体。機械ではない。イレーネ、訂正を要求する」

「その物言いがポンコツっぽいんじゃ」

「印象論でしかない」

 淡々と反論するロド。

 一方で。

「えーっと、機械って機織り機とか風車みたいな?」

「多分……っていうかどう見ても動く鎧だろ。何を言ってるのかわかんねえ」

 メイやホークにとって機械とはそういうものであり、その延長にロドがいるというのがよくわからない。

「1000年前は機織り機の親玉が喋っとったんじゃ」

「なにそれ怖い」

「何考えてたんだ1000年前の連中は」

「我は機織り機ではない……」

 話が取っ散らかる。

「とにかく荷物番には最適じゃ。これで魔術も使えるからの。それこそ勇者でも来ん限りはそう遅れはとらん」

「……まあいいや。じゃあ土産でも買ってきてやるからしばらく頼む、ロド」

「土産は油類を頼む」

「……油?」

「先ほど、人型に戻る際に少々引っかかった。潤滑油が足りていない。ヒマシ油などが望ましい」

「……お、おう」

 直立不動で見送るロドを何度も振り返りつつ、ホークたちはパルマンに向かう。


       ◇◇◇


 パルマンの街は賑わっている。

 賑わい過ぎといってもいい。

「これは……難民が南から押し寄せているようですね」

 ファルネリアが日よけのフードの下から街を見回して呟く。“悪魔姫”の悪評によってパニックが起きるのを防ぐため、顔を隠すことにしたのだった。

「民は少しでもアルダールから離れようとしているようだな。無理もない」

「暴動が起きていないだけマシというところでしょう」

「うむ。おそらく……ここなら大丈夫というアテがあるのでは」

 小声で語り合う不審者二人。

 とはいえ、ベルマーダ様式の服は元々フードと相性が良く、それに身を包んだファルネリアよりは、妙にセクシーなイレーネの方が人目を集めている。

「美女をはべらせて大通りを歩くのは気分が良かろう、ホーク」

「気が気じゃねえよ。街の様子が変わって、何が出るかわからねえのに」

「何が出てもこの面子ならさしたる苦戦はなかろうて」

「強え奴はいいよな。俺は手数限定だぜ」

「大丈夫、あたしたちが守るからホークさんは後ろでかっこいいこと言ってて」

「……俺そういう扱いなの?」

 街を散策することしばし。

 やがて目抜き通りを一回りし終え、今度は相手を絞って情勢把握でもしようか、と小声で話し合っていたところで、ふいと顔を上げると、ホークは見知った顔に目が合った。

 赤毛に狼耳、そして騎士団仕様の胸鎧。

「お前……」

「……テメェ、クソチンピラ……生きてたのかヨ」

 狼人勇者ゲイルだ。

 その背後に傷だらけの鎧を身に付けた兵士たちが20人ほど従ったゲイルは、しばらく見ないうちに新米の空気を脱皮し、いっぱしの騎士として成長した雰囲気を纏っている。

 だが、久々の再会にゲイルは破顔してこちらに駆け寄ろうとして……その背後にいたファルネリアの顔に驚愕し、そして怒りに燃えて突然剣を抜き放つ。


「……ファルネリアぁぁァ!!」


「っ!?」

 狼人勇者がいきなり魔剣を叩き付けてくる。

 それを間一髪、抜き放った「エビルミラー」でロータスが受け止める。魔剣効果を使わなかったおかげでゲイルに跳ね返ることはなかったが、ロータスは驚いた顔をする。

「……随分と、腕を上げている……!」

 一太刀。その鋭さで、ロータスを驚かすだけの実力を身に付けていたようだった。

 そのロータスに、ファルネリアは静かに、決然と声をかける。

「ロータス、下がりなさい」

「姫」

 フードを後ろに引くファルネリア。

 輝く金髪と生来の品格。

 一目見るだけでその特別さを誰もが実感する少女の美貌が、露わになる。

「ゲイル。話があるのなら聞きましょう。そして……」

「話……話だと、この……腐れ外道がァァ!!」

 打ち込んできたゲイルの剣を、抜き放った「ムーンライト」で払いのけて。


「……打ち込みたいなら、受けましょう。この身を証明するために」


 銀の輝きを身から湧き立たせながら、凛と言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る