盗賊と魔族たち

 半刻後、ホークたちは宿屋にて体を休める。

 一人部屋を全員分取るだけの資金は充分にあったが、まだ魔族もおり、何が起きるかわからない……という懸念から、メイはリュノ、ファルネリアはロータス、そしてイレーネはレミリスと部屋を共有することになった。

 ツーマンセルなら不意打ちにも対応力が高くなる。ホークは同部屋はいないが、そこはまあ唯一の男性なので仕方ない。

 メイやファルネリアはホークの同室になりたがったが、それぞれの保護者が止めた。

 

 ホークの部屋は他の部屋よりもワンランク高いものを選んでもらっていた。

 それはホークが一人だからという面もあるが、高い部屋はそれなりに広く、他に泊まっている女たちも集まって会議をするには必要だった。

「あのデフォードって魔族を信用していいのか」

 そして、目下の議題は生き残りの魔族たちへの対応だ。

 戦うとなれば厄介だが、いきなり白旗を揚げてくるのも胡散臭い。

 デフォードにしろ、ラボアやロドにしろ、今まで見た魔族の中でも特に怪しい外見だったというのも心証が悪い。

「あんないかにも知性派でございってジジイが、裏もなく『あなたに降ります』ってのはどうなんだ?」

「ホーク殿のその偏見もどうかとは思うが……少々肩透かしの感は否めんな」

 ロータスはホークの意見を支持する。

 が、イレーネは首を振った。

「やれやれ。呪印で縛ることすら申し出ているのに疑り深い事じゃの」

「信用しちゃいけねえっていう結論しか出ねえだろ、あの蟻野郎の後では」

 ホークの言葉にファルネリアも同調する。

「降伏するにしたところで、不可解なのです。顔を出さずに普通に引いていれば、疲れた私たちの目は逃れられたはずでは?」

「そうだ。そもそも俺たちは奴らの顔さえ知らない。俺たちが先に踏み込んで剣を突き付けたならともかく、敢えて出てきて安心させる意味がねえ」

 ファルネリアに続いたホークの疑念は、しかしリュノがおずおずと遮る。

「……彼らの言い分を信じるなら、そういう降伏ではない……ということではないですか」

「あん?」

「あなたたちの力を認めて、その下につこうというのです。……アスラゲイト軍の総力を挙げてもかなわないとされた怪物に勝ったあなたたちに、国家以上の権威を認め、戦う余地なく素直に降る……というのは、そんなに不自然なのでしょうか」

「……何言ってんだリュノ」

「あのドラゴンはそれだけのものです。それに勝ったことが番狂わせだとあなたたち自身が思っていないのなら……それでなお、あなたたちを恐れる者の気持ちがわからないのなら。……むしろあなたたちの認識が狂っています」

 そう言ってホークを見るリュノの顔は、かつての仲間、かつてのチンピラ盗賊を見るものではない。

 それは……不安と畏怖がないまぜになりながら、それでも必死に「ヒト」として認識しようとする目は、ホークに嫌でも自分が既に「ヒト」の枠をはみ出し始めていることを自覚させ、それを思い知った他人が今までのような対応を取るわけがない、というリュノの主張を実感としてホークに理解させていた。

「……つまり、俺たちが強すぎて恐れをなした、ってわけだ」

「雑で下品な言い方でなければ理解できないというのならば、そういうことでもいいでしょう。……たった一日の間に、あの巨大な最終兵器が真正面から倒され、周辺にいた魔族が次々に返り討ちに遭ったのです。その数、半数……私が魔族なら、それでも怒りに燃えて復讐しようとするのは愚かだと考えるでしょうね。元々仲間意識がないという話ですから、彼らのことは置いておき、あなたの下に入るというのは何ら不自然ではない」

 リュノは、この中でただひとり「仲間」としての感覚が薄い。

 積み重ね、団結し、突破してきた思い出もない。

 だから、ホークたちが一線を踏み越えながら実現した奇跡に対し、頼もしさよりも恐怖を覚えてしまっている。

 それでも、勇者ジェイナスの本来のパートナーとして、気丈にこの場にあって発言する胆力は、やはり傑物といえるものなのかもしれない。

「シンプルに考えれば、もうあなたたちが本当に国家を奪いに行った場合、アスラゲイトの残存戦力に止められる理由もない。皇族は本気のあなたたちには手も足も出ずに平らげられ、魔族もそれを必死で守ったりはしないでしょう。彼らの心は弱気の現皇帝勢力を既に離れているようですからね」

「……俺たちをどんだけ野心家にしたいんだよ、お前。別に皇族皆殺しにするほどアスラゲイトに恨みなんて……」

「あなたの個人的考えは関係ないんです、ホーク。あなたたちがその気になれば、できる。それだけで充分に可能性を検討するに値する話なんです。何しろあなたは……あなたたちは、国家の意思も、宗教的正義も掲げない、全く行く末の予想できない巨大戦力なのですから」

「……参ったな」

 ホークは頭を掻く。言われるまで全くそんなことを考えていなかった。

「悪党」であるというスタンスが、巡り巡って魔族をすら威圧し始めている。

 多少は恐れながら、自分ではまだ大きな壁の先のこと……そんな風に思っていた「次の時代」の身の振り方という命題。

 一足飛びにそれが目の前に飛び込んできた気分だった。

 イレーネは嘆息しながらリュノの言葉を継いだ。

「巨乳の言う通りじゃ。結局のところは、あの虫めも、ベンジャミンやビルゼフも、お前たちを侮り過ぎて自滅したにすぎん。目の前の相手がただの子供と思えば無理からぬが、あの長茄子頭の一党はその愚を犯さず、最初から見た目通りの青二才ではない『魔王』に匹敵するモノと扱った。それだけじゃ」

 ファルネリア、ホーク、レミリス、そしてメイを見回して。

「じゃからこそ、魔族同士の礼儀や盟約などにも縛られぬお前たちが本格的に狩りを始める前に、自ら顔を出して協力者たるを申し出た。奴らが知性派というならまさにその通りよ。長いものには巻かれてみせる。それで生き残れるというならな」

「……あたしたちってそんなにすごかったんだ」

 ポツッと言うメイ。

「だからって信用するっていうのは……」

 まだぐずるホークに対し、イレーネは苦笑し。

「ならば、奴らに呪印を突き付けよ。このルクラードに近寄ることも、あのバルトという男の家族を害することも許さぬと。奴らは易々とそれを飲むじゃろう。それ以上に信用を云々する必要はなかろう」

「……それは、そうか」

 このルクラードをドラゴンから守ろうとしたそもそもの目的は、ホークやメイの顔見知りの多いハイアレスに進攻してくるのを防ぐためだ。そして、それはドラゴンを狩った時点ですでに成立した。

 あとの魔族に関しては、バルトたちに手を出しさえしないならそれでいい。

「そのうえで、奴らが献上してくれるというものは好きに取ってしまえばよい。誰も咎めぬ」

「だからってアスラゲイトはいらねえなぁ……」

「奴らも魔族。根無し草の儂と違い、何か便利なものを溜め込んでおるじゃろう。国よりもそちらを取ればよいのじゃ」

 イレーネは悪い感じに笑う。


       ◇◇◇


 翌日。

 チョロを眠らせた丘に、今度は地上から堂々と戻る。

 そこにはデフォードたち三人の魔族が待っていた。

「ようこそ、新しき王よ」

「俺たちは王様になるつもりはねえよ」

「我らにとっては王。人にとってはどうあろうと、それは人の決めること。……イレーネよりの注文の通りに、ギストザークの後継者との戦いに向けて我らが提供できる品を、今用意出来る限りに用意して参りましたぞ」

 デフォードは背後にずらりと並んだ大小の宝箱を手のひらで指し示す。

 ザッと見た感じ、幌馬車でも二台はなければ載せきれないほどの量だった。

「……これ、チョロに乗せきれないよね?」

 メイが言い、レミリスも頷く。

「ご心配なく。その一番大きい箱は空を飛ぶ魔法式がかかってあります。蓋を閉めれば浮き、中に何百ポンドの物が入っていようと子供の力で容易に動きましょう。それでいて風には決して流されないようにもなっています」

「なんだそのズルい道具は」

 ホークは早速試してみた。そこらに置いてある宝箱を適当に棺桶の大きさの箱に入れ、蓋を閉める。

 すると箱はフワリと腰の高さまで浮いた。

 引っ張ったり押したりすれば、片手で軽くスーッと動く。

 試しに箱に飛び乗ってみると、それでも地面には着かない。

「メイ、ちょっとこれ押してみろ」

「ずるい、あたしも乗りたい」

「じゃあロータス押してみろ」

「……いきなり遊んでどうするのだお二人とも」

 溜め息をつきながらロータスが押してみせる。思った通り、それでも軽く動いた。

「こうして並べた中の多くの物は魔法の道具袋にも入る品。入りきらないものや食料品は、この浮遊箱に詰めてワイバーンに引かせればよろしいでしょう」

「ひとつひとつ解説してほしいが……数が多いな」

「全てロドが把握しております」

「……あ、ああ、そりゃそうなんだろうけど」

 鎧の怪人がぽつんと立っているのを横目に見る。

 だからなんだというのか。

「ロドをお持ちください。今回の道具の知識もありますし、戦闘力は比較的高い。相手が魔族でないのなら、魔族同士の礼儀にも反しない。神々の戦いでは力不足ではありましょうが、御身を守る盾くらいにはなります」

「いや、ちょっと待て。魔族連れてけっていうのかよ。俺たちは貰う物は貰うが、信用はしてねえぞ」

 デフォードは長い手をスッと上げてみせると、ロドはおもむろに腕を上げ……ガキンガキンガキンギゴガゴ、とやかましい音を立てたかと思うと、縦横1フィートくらいの鉄の箱に変形してしまった。

「…………」

 絶句するホークたち。

 そのロド箱を、紋様肌の女魔族ラボアがひょいと拾い上げ、浮遊箱の隅にゴスンと放り込む。

「これでお邪魔にはならぬでしょう」

 デフォードが淡々と言う。

 そしてラボアが、次は自分の出番とばかりに進み出た。

「それと、転移術の用意もしてあります。といっても、ここから一度アスラゲイトを経由してのものになりますが……ロムガルドとセネスの国境付近に瞬時に移動できます」

「それもズリィ……ってか、魔族はそんなの実用化してたのかよ」

「臣民たるアスラゲイトの者たちが扱えるものは、我々にできない道理などありませんよ」

 そういえば、以前のドラゴン遭遇戦後にそんなもので移動させられたのを思い出す。いや、思い出すといってもホークは眠らされていたので伝聞なのだが、一気に数十マイルも移動させられたはずだった。

 今度の移動距離はその十倍どころではないが、魔族ができるというならそうなのだろう。

「どこにでもとはいきませんが、他の場所にもお送りできますよ。ベルマーダ北部やハイアレスの近く、あるいはキグラス中央部に移動することもできますが」

「……いや、ロムガルドでいい。それよりチョロも移動できるのか」

「無論です」

 ラボアはこともなげに言い、あらかじめ用意したであろう魔法陣を光らせてみせる。チョロの巨体も軽く入る広さだった。

 ホークは献上品を整理して道具袋や浮遊箱に入れるよう指示し、レミリスにチョロを覚醒させるように言う。

 そして、デフォードに向き直る。

「さて。色々貰っといてなんだが……お前はなんで俺たちに協力する気になった? 敵わねえと思ったってのはなんとなくわかる。だが、とっとと引いて傍観するのが魔族のやり方だと思うがな」

「……王よ。貴方は魔族と魔王、邪神……そして破壊神についてご存知ですかな」

「一応はな。イレーネにパリエス、それにレヴァリアから聞いてる」

「我々魔族は、破壊神を今一度、見たがっている。知りたがっている。そのことも?」

「ああ」

「……顕現を待つ魔族にも、色々な立場がある。その力を研究し、人に与えられた可能性の限界をあくまで知りたい者。その封じ方を知り、永遠の平穏を得たい者。……人工生命体としての自分にその力を取り込み、最強となりたい者。ただただあの本当の世界の危機を、もう一度体験したい者……」

「お前は、どれだ」

「……魔族に信仰は不似合いでしょうかな」

「は?」

 長頭の魔族は、うっすらと笑う。


「儂は、神ある世にて司祭となりたい。パリエスのような紛い物の神に自らなってみたこともある。しかし、それでは満たされなんだ。何故なら儂には敵わぬものがあるとわかってしまったから。……この世を組み伏せる本当の力の持ち主にもう一度出会い、完全なる世の執行者となりたい。……いや。もっと単純な話かもしれぬ。自ら、疑いなき信仰者となる幸福を味わいたいのでしょう」


「……理解できねえな」

「ご理解をいただけるとは思いませぬ。ただ、御身に幸運を。願わくば……我が千年の生に、報いを」

 デフォードはそう言って一歩下がり、目を閉じる。


       ◇◇◇


 ホークたちは陣内に集まり、ラボアが転移術を起動する。

 遠く見えるルクラードの街。龍の首は外壁に食らいついたまま。

 その中に暮らす恩人とその家族の、穏やかな未来を少しだけ祈って。

 直後、魔法の光の中にホークたちは呑まれた。

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