ルクラード戦終結
「チッ……俺の負けだ」
バルトはどこか嬉しそうに言って、尻餅をつき、手をだらりと広げて項垂れた。
「煮るなり焼くなり好きにしろや。ホーク」
「何言ってんだ。邪魔だからどけ馬鹿野郎」
ホークは踏み込んで彼の頭を踵で蹴飛ばした。そこそこ力を入れて。
それが「殺された」ことのケジメだった。
「っ痛ぇ……」
「ガキが待ってんだろ、クソ親。とっとと立ってケツ払え。お子様のために帰れ。俺たちは呑みに行くんだよ」
「……そのガキのために、俺はここに来たんだ。そしてお前を……だが」
「お前はやることはやった。だが俺の方が強かった……そんだけだ」
ホークはいまだへたり込んでいるファルネリアの手を引いて立たせ、メイとレミリスに促すように手を振る。
「これ以上腰が立たねえっていうならあとは貸しだぞ、バルト。……盗り返してやるよ、俺たちが」
「何……?」
「孝行させろってこった」
すべての魔族を排除する。それでルクラードが、バルト一家が救われるというなら、疲れ果てた体だってまだ動くというものだ。
が。
「その必要はないぞホーク」
闇空からイレーネが飛び降りてくる。
「……立ち聞きかよ」
「感謝して欲しいものじゃ。ジオリードとベンジャミンの処分をしてやったというのに」
「……処分? 何した。っていうかベンジャミンって誰だ」
「奴らの一党よ。ほれ」
イレーネが胸元から紫の宝石を二つ取り出す。
どちらも禍々しく脈打つように光っていた。呪いの品に見える。
「封印の石じゃ。これで手も足も出ん。生き返らんように、そのうちアスラゲイトでスペアボディを潰してからこれを処分すれば、めでたく奴らはこの世から消滅じゃ」
「封印……ってことは生きたままこんな石にされたのか。怖いなお前」
「呪印契約もせずサービスでやってやったのじゃから、そこはよくやった童貞を捧げます、じゃろ」
「全く繋がってねえよ! 感謝はするけどさ!」
ポカンとしていたバルトは、ジワジワと事態を飲み込んだようだった。
「お、おい……じゃあ、ウチのガキどもは……助かった……のか……?」
◇◇◇
バルトの家に行くと、薄暗い室内で死んだ目をしたゾンビのような周辺住人たちに拘束されたまま、子供たちは励まし合って待っていた。
そこに足を引きずりながらバルトが戻ると、「父ちゃん」と口々に叫んで子供たちが手を伸ばす。
住人たちの腕を強引にもぎ離してバルトは子供たちを助け、そしてイレーネがその住人たちの顔をグイと覗き込んで溜め息をついた。
「ジオリードの奴に厄介な術を掛けられておるな。かけるのは簡単、解くのは至難の嫌な術じゃ」
「ちょっとどいて」
レミリスはその住人の目を覗き込み、確認するや否や、杖を振って複雑な魔術を行使し始める。
イレーネはその詠唱を聞いて珍しい表情をした。
「……解く気か、この娘」
「やらせてやってくれイレーネ。駄目なら駄目で諦めもつく」
ホークが言うが、イレーネはなおも目を見開いたまま言う。
「腐ってもジオリードは魔族じゃ。数百年の研究成果の術じゃぞ。それを……」
「……かはっ……はあ……はあ……はあ……!!」
唐突に、解呪をかけられた住人がガクンと地面に手を突き、まるで水から上がったように荒い息を繰り返した。
「……解けた」
レミリスはポツリと呟き、次の周辺住人に手を付ける。
解かれた者にはバルトが恐る恐る近づき、肩を揺すった。
「おい……大丈夫か、デーンさんよ。俺が分かるか。はす向かいのバルトだ」
「……ああ……わかる……わかるが……何があったんだ……?」
「ドラゴンの仲間のクソ魔族にあんた利用されたんだよ。……だが、朗報もある。ドラゴンは討伐されたしその魔族も死んだ」
「……なんだって? ジェイナスでも来たのか?」
「いいや」
バルトは微笑み、背後を見る。
レミリスが次々に同じ魔術にさらされた住人たちを解放し、子供たちが優しく声をかけ、何もかもが元に戻っていく。
「……もっとスゲェ奴らさ」
◇◇◇
バルトたちと別れ、ロータスとリュノを探すと、リュノはこの戦いで傷ついた人々を探し、次々に癒しの術を施していた。ロータスはその付き添いだ。
「探したぞロータス」
「ホーク殿……無事か」
「なんとかな。……せっかく祝勝の宴と洒落込みたかったのに、忙しそうだな、リュノの奴は」
「そう言うな。勇者の従者ともあろうものが、怯えて戦いに参加できなかった負い目もあるのだろう。それにパリエス教会の聖職者として、救いに打算なく飛び出す姿は好ましいではないか」
「そういう意味ではあいつらしいけどな」
一週間もの間の巨龍支配を終え、住人たちは怯え、疲れ切っていた。
そこに現れた凄腕の神官が無償で癒しを施してくれるとなれば、誰もが群がり、拝み始める。
「……私も役には立てなかったな」
ぽつりとロータスが寂しそうに言う。ホークはそんな彼女の肩を叩き、軽く言う。
「一回くらい出番がなかったくらいで腐るなっての」
「そういうことではなく……私では現場でも役に立てなかったという、そういう」
「みんなしていいとこばっか見せようとすんな。褒めてやらないといけないこっちの身にもなれ」
「そういう話ではないと言っているだろう」
「そういう話なんだよ」
ホークは声を落とす。
魔族に軽く勝利したファルネリア、更なる究極の身体能力へと覚醒していくメイ、魔術理論の天才として目覚めつつあるレミリス、そして……「再配置」という概念に覚醒し、有り得ないことを実現しようとしている自分。
それぞれに枠が壊れ、ただひとりでも国家を左右し得る怪物となり始めた。そのことに改めて怖れが走る。
「お前まで超えなくていい。……みんな、超えちゃいけないものを超え始めてる。戦後、どうなる……?」
「……ホーク殿」
「……悪い。弱気だったな」
ロータスの肩を改めて二つ叩き、そして離れようとする。
が、リュノに群がる民衆で溢れる広場の中、異常な人影にハッと目を引き付けられる。
「ロータス」
「……ああ」
ホークの緊張を察知し、視線を追い、ロータスも瞬時に戦闘態勢に入る。
三人組。残りの魔族だ。
群衆は気づかないが、何らかの認識阻害魔術を掛けられているのだろう。
巨人と見まがう長身の、頭の長い男。
一見して人間のようだが、露出した顔にも腕にも青く光る紋様がくまなく描かれた異様な女。
そして、分割の細かい鉄の鎧のような姿の怪人。
それらが揃いの白いローブを着て、ゆっくりとこちらに向かってきている。
「イレーネ、メイ、ファル!」
「おるぞ」
「まだ敵いるの?」
「ホーク様、私の後ろに。次は先ほどのようには」
すぐに仲間たちが周囲に固まる。レミリスは解呪で力を使い果たしているので酷だ。
悲壮な覚悟で守ろうとするファルネリアを押しのけ、ホークは魔族たちに正面から向き合う。
“祝福”は、充分に時間をおいたおかげで復活している。
軽く確かめてみた感じ、全開で使える。既に三人は射程内だ。
いつでも、殺せる。
そんな剣呑な考えを目に宿らせて迎えるホークに、魔族たちは静かに7ヤードの距離まで近づいて、跪いた。
「お初にお目にかかります。神の後継者よ。我が名はデフォード」
「……は?」
長頭の魔族が突拍子もないことを言い、ホークは怪訝な顔をしてしまう。
紋様の女魔族と鎧の怪人もそれぞれに名乗る。
「ラボアと申します」
「……ロドだ」
「……どういうつもりだ。やろうってんなら受けるぜ。クソ蟻みたいに油断を狙われちゃたまらねえ。こっちの方が話が早い」
「降伏いたします」
あっさりと、心持ち食い気味にデフォードはそう宣言した。
「……なに?」
「お疑いなら呪印にて我らを縛ること、受け入れましょう。イレーネに立ち会わせて確かめてもよろしい。我らはジオリードやベンジャミン、ビルゼフほど愚かではない。蒙昧な皇子の弔いに、無価値な争いをしようとは思いませぬ」
「……なんだよこれ」
困ってイレーネに顔を向ける。イレーネは肩をすくめた。
「無条件降伏か。人間相手に」
「人間? 本当にそう思われるか、魔毒の華よ」
「……種族的にはな」
「何の価値もなき話であろう。我らを魔族とひとくくりに呼ぶのと同じように」
デフォードはサファイアのように輝く奇妙な目をホークに向ける。
「どうか、同志の無礼にお許しを。……貴方たちならば魔王を名乗る異神を下し、アスラゲイトを手にすることも出来ましょう。その際にはお力添えを約束いたします」
「同じく」
「……我もだ」
「なんで俺たちがアスラゲイトを盗るなんて話になってんだよ」
困惑するホーク。
神の後継者?
破壊神がどうとかいう話の続きだろうか。
「それが運命でありましょう。『この先』は、理を外れし者の戦いなれば。貴方が望まずとも……貴方たちが望まずとも、もはや市井には、いられぬはず」
長頭の魔族は手を広げる。
「第七魔王戦役は、既に魔王の手を離れ、神の戦となった。我らはそれを
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