盗賊バルト
「あのドラゴンが来てから一週間。町は完全に麻痺しちまってる。領主も兵士もあっという間に消し炭だ。平民はただアレがこれ以上暴れないよう……暴れるにしたって自分の方に向かないよう祈りながら、待つしかねえ。……あれがいなくなるか、この町を治めるって宣言するか。どっちにしても、動けねえんだよ。あのドラゴンブレスを見た後じゃな」
バルトはそう言いながら小屋を出る。
「となると、火事場泥棒ってのは出る。食い物も金目の物もあるに越したことはねえ。奪おうが犯そうが誰も咎めやしねえとなりゃ、殺し合いにもなるわけだ。ただし、あのドラゴンを刺激しない範囲でな。……あのドラゴンが見えるような表を堂々と歩くのは誰だって怖ェ。だから下水を伝ってそういう奴がよく来るんだよ」
「塞いじまえよ」
「何度も塞いださ。すぐ掘り開けられちまうんだ。結局、水際で始末するのが一番早いって話になった」
バルトは片足を引きずっていた。
「……お前、足、どうしたんだよ」
「しくじった」
「ウーンズリペアは?」
「駄目なやつでな。だからハイアレスにも帰れなかった」
肩をすくめる。
そして、その彼を遠くから見つけ、駆け寄ってくる子供たちがいた。
「とーちゃん! どこ行ってたんだよ!」
「その女たち誰?」
子供たちの頭を撫で、バルトはホークが初めて見る顔で笑った。
◇◇◇
ホークがバルトとつるんでいたのは、そんなに長い期間ではない。
故郷の村を追われてから、ハイアレスに辿り着いたのは半年後。
特にハイアレスに何かあったというわけではなく、「かっぱらいの子供」として目を付けられ、周辺住民が捕まえようと動き出す頃に、次の宿場へと逃げ延びる……という生活をして、その最後にバルトに出会ったのだった。
「おい、ガキ。何してやがる」
「っ……!」
「逃げるなよ」
ホークの首根っこをガッと掴んで、その男は軽々と吊り上げた。
「ここらで物盗りはうまくねえぞ。デケェ街ではワルにも縄張りってもんがある。勝手に荒らす余所者は、下手に官憲に捕まるよりヒデェ目に遭わされるんだ。クズが食い合う分には官憲も手間が省けるってんで見て見ぬ振りだ。悪いこた言わねえ。盗ったもんは置いて、もっと小さい街に行け」
「い、嫌だね!」
「善意で言ってやってんだぜ。本当にここらのクズに捕まったら手の一本じゃ済まねえぞ」
男はホークを地面に投げ出して見下ろした。
「親でも死んで食い詰めたか? 盗んででも生きてこうって気概は買うぜ。だが世の中には、お前の知らないところにもそれなりの道理ってもんはある。小銭掴んで意地張ったために目玉抉られたいか? 引きどころが分からねえとすぐ死ぬぞ」
「…………」
「……チッ。ガラじゃねえんだがな。……よし、こうしよう。お前が盗んだモンを諦めるなら、俺の馴染みの店で腹いっぱい食わせてやる。それでどうだ」
「……なんなんだよ、アンタは」
「悪党だよ。お前ほどチンケじゃねえがな。……たまにしみったれたガキに施してやっても痛くねえ程度には稼いでるのさ」
それが、バルトとの出会いだった。
その後、裏通りに有力なコネを持つジャンゴには形式上「バルトの新しい子分」として紹介され、数か月ほどはバルトのツケで食べ物にありついた。
やがて盗んでいい場所、盗んでいい相手も見分けられるようになり、
しかしあくまでバルトはホークを身内としては扱わず、ある程度稼ぐようになれば生計も自分で立てさせた。
どこで「仕事」を探していたものか、急にフラッと消えたまま何か月も見なくなることもあった。
ホークとしても、悪党の死に様はいくつも見ていたので、どこかでバルトが死んでいたとしてもおかしくはないな、と思いながら、自分の生活を送るのにせいいっぱいだった。
そんなこんなで、最後にバルトを見たのは二年以上前になる。
◇◇◇
メイやファルネリア、リュノに子供の相手をさせ、ホークとバルトは少し離れてその様を見ていた。
「笑うか、ホーク。……笑えよ。野良ガキに偉そうな事言って渋がってたオッサンが、チビガキに囲まれてだらしねえツラしやがって、ってよ」
「……実子か、アレ」
「いや。他人の種さ。……あいつらのお袋がな。いい女だったんだ。……ずっと一人で三人育ててよ。ようやく見つけたいい相手ってんで、あのガキどもも躊躇なく俺を父ちゃんって呼びやがる」
「そのお袋さんは」
「この前だ。……あのドラゴンの急な襲撃で、最初に潰された建物の中で働いてた。……ガキどもには見せられない死体だったよ」
「…………」
バルトは目を細める。
「……悪党に幸せなんて似合わねえ。パリエス様がそう言ってんのかもな。だけどよ……だからって守らずにいられるかよ。いい女が人生捧げて守ってたガキどもを、今さら放して一人に戻れるかよ」
「……パリエスはそんなこと言わねえよ」
「あ?」
「不幸をおっ被せるのはアレの管轄外だ」
「なんだホーク。見ねえ間に神学でも齧ったか」
「……似たようなもんだ」
ホークも、久しぶりにバルトから伝染った皮肉な笑い……「悪党」らしい笑いを浮かべながら、肩をすくめる。
「お前らは何しに来たんだ。盗賊一味にしちゃ、何人か上品すぎるが」
「だろ。……だけど盗賊一味なんだ、コレが」
「……見えねえな。お前が女を引き連れて歩いてるのも意外だが。誰で童貞切った? あの金髪の綺麗な娘か?」
「そう見えるか」
「いや。一人だけお前に様付けなんかしてるから、からかってみただけだ。どうせ誰にも手ぇつけられてねぇんだろ」
「……そう見えるか」
「男の甲斐性で持ってる集団はもっと色が露骨だからな。ありゃそういうモンじゃねぇ。お前はオマケって感じだな」
「…………そう見えるか」
ホークは地味に落ち込んだ。
ひとしきりニヤついた後、バルトは真剣な目になり。
「で、何を盗みに来た」
「……ちと、あのドラゴンに乗ってる不恰好な冠をな」
「何?」
「俺は……俺も俺で、譲れねえモンができてな。アレをほっとくわけにいかない流れになってんだ」
「……おい。まさか、アレと戦うつもりか?」
「ああ」
「正気の沙汰じゃねえ。あんなの勇者でも連れて来なきゃ……」
「正面から勇者が戦えば、ルクラードは消えてなくなるぜ」
「……そりゃ、そうかもしれねえが……お前がやったら違うっていうのかよ」
「ああ」
ホークは頷き。
「……それで、お前に聞きたいことができた。……アレは、なんだ。お前……どうやって『破った』?」
「…………」
ホークとバルトは、横目で見つめ合う。
睨み合っている、とすら言えるかもしれない。緊張感に満ちた時間。
……そこに、特に空気を読まない女リュノが、子供にスカートを引っ張られながら近づいてきた。
「あの。……よければ、足を見せてもらえますか」
「ん? 俺のことか」
「ええ。ウーンズリペアの扱いには自信があるので」
「……構わねえが無理だと思うぜ。一度切り落としてから完全に生やし直すなんて真似もやったんだ」
「それでも治らなかったのですか?」
「厄介な呪いを食らっちまってな。……腕のいい神官崩れに見てもらったが、完全にお手上げだってよ」
「呪い……」
「魔族の使う奴だ。キグラスに仕事しに行った時にやられちまった。肉体そのものは完全なまま、魂だかなんだかに傷が入っちまった状態らしい。本来はそれこそ肉体より早く戻るはずなんだが……」
「それを阻害する呪いをかけられている……ウーンズリペアによる治癒を狙い撃ちで妨害する魔術ですね。なんて邪悪な……」
「ああ。だからこの足は治そうにも治らねえよ。呪いを解いても、もう魂が戻るには時間が経ち過ぎたらしい」
「…………」
リュノは非常に気まずそうな顔をする。
子供は「治せないの? 何でも治せるって言ったのに?」と無神経にリュノを咎めた。
バルトは子供の頭を撫で「神官は神様の代理でしかねえからな、本当に何でもはできないんだ。だってできたら神様いらなくなっちまうだろ?」ともっともらしいことを言って宥める。
そして、一度緊張が緩んで、バルトはホークを見ずに口を開く。
「お前が“烙印”を持ってるってのは知ってたよ。……俺は見せなかったが、お前はチビの頃に何度か無防備に使ってたからな」
「“烙印”?」
「悪党の烙印。盗みの烙印。あんなもんを持ってる奴が正しく生きられるわけがねえ……だから俺はそう呼んでる」
「……なるほどな」
ホークの“祝福”と、ほぼ同じ発想による命名。
「だから俺を拾ったってわけか」
「気付いたのは拾った後さ。……それと、お前以外にも他に二人、知ってる。どっちも同業で、どっちも死んだ」
「…………」
「長生きできる類の技じゃねぇ……お前だって分かってんだろ。アレを持ってるってことは人には言えねえ。他人を何の苦もなく一瞬で殺せるって秘密は、隠し通さないと自分が危ねえ。そして、守りもない中でいざ使えば……」
「隙だらけ、ってわけだ」
「そうだ。バクチってのは続ければいつか負けるもんだろう? 俺はこの足のおかげで、悪党としても一流なんて気取れなくなった。おかげで多少は長生きしてるがよ。……お前は、どうだ」
「……長生きはできねえかもな。これがなきゃ、生きられない」
「ヘッ。……破ったというが、お前のアレには後出しで反応しただけだ。お互い見えねえから虚を突かれて破られたように見えたんだろ。そういう性質のモンだ」
「……なるほど、な」
バルトはかつてのホークのように、“吹雪”ひとつをどこまでも隠し通して、切り札として生きているようだった。
もっと先がある。もっと上がある。そのことをホークは知っているが……。
「参考になった」
それは、言わない。
自分一人が、「そこ」に立っていたわけではない。それがわかっただけで充分だ。
バルトの反撃が、ただの同じ力の出し合いだという結論。それがわかっただけでいいのだ。
バルトを同じ次元に
「……あばよ。二流の悪党も似合ってんぜ」
ホークはそう言ってバルトの隣を離れ、女たちに手振りで「行くぞ」と告げる。
「ああ、あばよ。……お前もまだまだ一流には見えねえがな」
「言ってろ」
バルトは足を引きずりながら、子供たちのもとへと戻っていく。
「かわいい子たちだったねー」
「ええ」
どうやら子供好きらしいメイとファルネリアは、子供たちと戯れて癒された顔をしていた。
確かに盗賊のバルトの子供たちにしては(バルトの血もなく、バルトが育てたわけでもないので当然だが)とても素直で純朴な子供たちだった。それを眺めていたロータスやイレーネも未だに笑みを浮かべているほどだ。
安請け合いをして失望されたリュノは未だに引きずっているようで暗い顔をしているが、それはそれだ。
「ホーク。どう、戦う?」
レミリスは遠く見えるドラゴンの背中と翼を眺めながら、真剣な顔をしている。
彼女はそれこそ我が子のようなチョロを守るために来たのだ。少しもバルトや子供たちには気を取られていなかった。
「ドラゴンがどこまでこっちを認識してるか、だな。あの図体ならそう多くの方向に同時対応はできないだろう。囮ってのも考えるには値する手だ」
聞いたリュノが顔をしかめる。
「囮なんて……あんなのを相手に狙われれば確実に死にますよ」
「直接囮になる必要はないだろ。魔法の幻術か何かで……って手もあるし」
「ドラゴンには魔法の効き目は少ないんです。そんなことも知らないのですか」
「……そうか、そういう……」
「あたしならブレスから逃げきれる自信あるよ。多少当たっても、パリエスさんからもらったお守りあるから一瞬では死なないと思うし」
「パリエスさん……?」
リュノは首をかしげる。まだパリエス本人がベルマーダでにょろにょろしていることを知らないのだ。
「ホーク殿。私は皆一丸で進むべきかと思う。姫の魔剣『シールド』を使った防御に加え、私の『エビルミラー』でのいなしも考慮に値する。そしてホーク殿たちはアミュレットで多少の防御力は期待できる。無防備で進み、回避を前提に戦うには奴の攻撃は規模が大きすぎる。防御要素を固めた方がおそらく目がある」
「総動員しても耐えられるかどうかはわからんがの。儂は先手必勝を推すぞ」
「……なんにしても、とにかく近づかないとな……地下通路で近くまでいけないかな」
「道はあるかもしれんが、地下の構造は我々には察することも出来ぬ上に、今は火事場泥棒が争って駆け回っているのであろう。そんなものにかかずらっているうちにドラゴンが動き出したらコトだ。アレが飛行し、チョロ殿のいる丘の向こうまで動けば、我々の負けになる。眠っているチョロ殿の命運は尽きる」
「それはだめ」
レミリスが強い瞳で言う。
「……結局、建物伝いになんとか近づいて……みんなが耐えているうちに俺とメイが狙う。それしかないか」
「察知されないように行くしかあるまい。先手を打たれれば……そこから先は、台本なしだ」
ロータスの言葉に全員が頷く。
が。
「まさかノコノコと街の中に来ているとはね、レミリス。我が不貞の妻よ」
ホークたちがいっせいに振り向く。
近くの二階家の上に、煌びやかなローブを纏った若い男が浮かんでいた。
「てめえは!」
「下賤が口を開くな。首を垂れていろ。俺はアスラゲイト帝国第三皇子……いや。第17代皇帝ベルグレプスだぞ?」
言い終わる前に、ロータスとファルネリアが揃って「スパイカー・改」を抜いて同時に発動。その刺突が弧を描き、クロスするようにベルグレプスに吸い込まれる。
「野蛮な連中だ」
ベルグレプスは刺突の到達と同時に消える。
幻影魔術のようだった。
「近くにいるはずです!」
リュノが杖を構えながら注意を喚起する。
ややあって、黒い翼が屋根の向こうで羽ばたいているのが見える。
チョロより数段大きい、成体でも特に体格に優れたワイバーンのようだった。
「使役術の使い手たるお前が、まさかドラゴンの感覚が俺と繋がっているのを信じずにいたとは。ドラゴンの感覚はワイバーンの数倍。町中の話し声が聞こえるのだぞ。……全く滑稽だ。女どもが寄り集まってこの俺を倒す算段とは」
ワイバーンの上に、ベルグレプスと一緒に別のワイバーン使いがいる。
手下のワイバーン使いを使ってドラゴンを離れ、ホークたちを確かめに来たようだった。
「アスラゲイト全軍をも相手取れる我がドラゴンに、女如きが寄り集まったところで勝てるわけがないだろう?」
「滑稽なのはお前だよ馬鹿皇子。ご苦労さん」
ホークは空を見上げる。そして。
「!?」
ワイバーン使いとベルグレプスは、ワイバーンの背でない空中に放り出され、そして無防備に30フィートの高さから地面に落ちた。
「ぎゃっ……」
「ぐがっ……!」
ドゴッ、と痛そうな音がして、二人とも石畳にしたたかに落ちる。
ワイバーン使いの方は首でも折ったようで、すぐに動かなくなった。
「な、なにが……なにが、起きた……んだ」
「天罰だろ」
ホークは軽く息をつき、メイに軽く顎で促す。
メイは頷き、ベルグレプスは次の瞬間、通りを横断する距離を吹き飛んで向かいの家の壁に叩き付けられ、落ちた。
「死んだ?」
レミリスが無感情に呟く
「殺してよかったよね?」
メイも軽い調子で言う。
ホークは肩をすくめた。
「俺のレミリスに纏わりつく虫に、かけてやる情けなんざねえな」
レミリスは嬉しそうな顔をして頷いた。
「御油断召されるな。ドラゴンが残っている」
「制御不能になったはずじゃな。なんとかせんと町が消えるぞ」
「……何が起きてるのか説明してもらえませんか」
「リュノさん、とりあえず戻ってきて。そんな虚ろな目をしている場合ではありません」
地響きが鳴った。
巨大ドラゴンが動き出した音だった。
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