贈り物とゼルディア出発

 翌日、ホークたちが起き出すと、まだガイラムとロータスが酒盛りを続けていた。

「ロータスお前な、そんな呑んで出発できるのか」

「ふ。問題ない。私は特別製だからな」

 種族的に底なしのドワーフは心配いらないとして、ロータスは本当に平気なのだろうか、と思ったが、そういえば眠る必要がないのだった。

「多少吐くかもしれんが、空の上なら虹になるだけよ」

「全然大丈夫って言わねえからなそれ」

「それよりどうだったホーク殿」

「……何が」

「私が姫の動向を気にしていないと思ったか?」

「……!」

 ホークはファルネリアと顔を見合わせて一気に赤面する。

「お、お前の入れ知恵か!?」

「それは違う。ただ独り言を言っただけだ。『ホーク殿はしっかり好意を示さないと理解できん唐変木だから放っておくとカッコつけて有耶無耶にされるやもしれんな』と」

「てめえ」

「大声で否定してもいいのだぞ? 姫も安心する」

「……なんかお前の言う通りにするのはすごく抵抗がある!」

「へたれ男め。やはり童貞ではそこが限界か」

「ぎぎぎぎぎ」

 反論が見つからないホーク。実際覚悟した女の子をベッドに入れたまま朝まで身動き一つできなかったわけで、激しく言い争えばその情けない事実までガイラムに晒してしまうことになる。

 もちろんガイラムは察しているのだが。

「……おい若造。まさかとは思うが本当に手を出さんかったんか」

「そういう生々しい話を本人の前でしないデリカシーを持ってくれガイラム」

「……あれか。いざという時に武器が尖らんというなら、確かラトネトラがいい薬を知っとったはずじゃぞ」

「いいから黙れよジジイ」

 地面に胡坐をかいているガイラムを蹴とばすが、その体はいささかも揺るがない。

 溜め息をつき、ガイラムは立ち上がる。

「男の貞操なんて勿体つけるもんじゃねえぞ。……ほれ。持ってけ」

 ゴソゴソと道具袋から何本かのナイフを取り出してホークに渡す。

「なんだこれ。……全部デザインが違うな」

「ドルカスやギュンターや……ウチの若い連中が打った奴だ。前の戦いから日も空いてねえ、どいつも自分の予備に持っとった奴じゃから貴様にあつらえたってわけじゃねえがな。持たせてくれと頼まれた。救国の英雄に餞別じゃ」

「……ありがたく貰っとく」

 手投げの短刀の予備は多い方がいい。ミスリル製となれば、うまく投げれば鉄の鎧にも突き刺さるだろう。

「私にはないのかガイラム殿」

「魔剣鍛冶なんてロムガルドにしかおらんじゃろうが。貴様は持っとる分で我慢せい」

「私は魔剣しか使わないわけでは決してないのだがな……」

 ロータスが不服そうにする。とはいえ魔剣をあれだけ振るったロータスに、自作の剣を与えようとする鍛冶屋もなかなかいるはずもない。

 そして、窓の外ではパリエス教会に戻っていたパリエスが空から舞い戻ってきたところだった。

「パリエスも何か取ってきたんじゃろう。貰っておけ。元々この国にはそんなにいいもんはないがな」

「ま、小銭だってありがたく貰うさ。育ちが良くねえんでね」

「若ぇもんはそれでええ。……儂らはでけえ借りがある。本来ならレヴァリアの危機となれば、兵の一隊も送って恩を返さなければならんところじゃが」

「それはあのインチキロリとジェイナスに返すんだな。俺らはレヴァリア王国の手先として動いてるわけじゃねえ。好きにやってるだけだ」

「ま、そっちもいずれは、な」

 話しているうちに玄関を開けてパリエスが入ってきた。

「おはようございます。よく眠れましたか」

「……それなりにな」

 ホークはやせ我慢をする。ファルネリアが来るまでは実際ちゃんと寝ていたので、睡眠時間が足りないというほどではない。若さもあるが。

「イレーネから預かっていたものの加工が終わったので、お渡ししようと思いまして」

「預かる……? イレーネ、こないだ発見された時は何も持ってなかったはずだろう」

 ホークに襲い掛かってきた時は全裸だったので間違いない。

 そのまましおらしい状態でナクタに飛び立ってしまったので、特に預けられるものなどなかったはずだが。

「ああ、行方不明になる前に、魔王軍を攪乱かくらんしていた時に預かったのですよ」

 パリエスは持っていた小箱から小さなアミュレットを二つ取り出す。

「ドラゴンの眼を使った耐魔術アミュレットです。ホークさんとメイさんに」

「ドラゴンの眼って……あれ西瓜くらいなかったか」

 確か、レイドラで初めてドラゴンを見た時に、ホークがイレーネの手を借りて抉り取ったものだ。

 その後のアスラゲイト魔術師たちとのいざこざで、いつの間にかどこかに行ってしまった気がするが、それはどうやらイレーネが持ち歩いていたようだ。

「確かにドラゴンの眼は大きいのですが、魔術的に言えばそのほとんどは余計な物です。重要な部分はそんなに大きくはないんですよ。圧縮加工もしますし」

 ホークはひとつを手に取る。手のひらに収まる程度のアミュレットだ。

「どんくらい効果があるんだ? あんな貴重そうな材料で高山適応のアミュレットよりしょぼいってことはないよな」

「そんなには信頼されると困るのですが……まあ、ボルト系の魔術程度なら手で受け止めても平気になります。あと、そのアミュレットをつけると魔剣もうまく働かないと思うので、ファルネリアやロータスさん、レミリスさんは持たないでくださいね」

 ボルトを手で受け止められる……というのは、ホークからすると相当なものだ。

「ボルト系って……直撃したら巨人族でもない限りは一発ダウンの威力だよな……」

「使い手にもよりますが。そのアミュレットを持っていれば、無防備に当たっても軽い痣ができる程度でしょう」

 ホークはそもそも当たったら終わるレベルの耐久力なので実感は薄いが、メイが持てば数少ない弱点の一つが消失することになる。

 願ってもないプレゼントだった。

「昨日、ファルネリアを元に戻した時に、今のメイさんなら持たせても大丈夫だと気が付いたので。……ファルネリアの人格転送術を阻害するおそれがあったのです」

「ああ、そういうことか」

 メイにとってこそ便利な代物だ。ホークたちの訪問に対し、パリエスがいの一番に持って来なかったのは、責めるには値しないだろう。

「って、そのメイは?」

「部屋で寝ているのではないか」

 ロータスに言われて、ホークはアミュレットを渡すためにメイの部屋を訪ねることにする。


 ファルネリアもついてきた。

「おいメイ、朝だぞ。起きてるかー」

「……寝てるー」

「起きろ」

 ホークはメイの部屋にガチャリと侵入する。

 メイはホークの同室で眠りたがるくらいなので遠慮はいらないと思っているし、自分が夜中から起きっぱなしであることの八つ当たりも若干入っている。

 果たしてメイは大きなベッドの真ん中で丸くなっていた。

 ひれ伏すようにしてシーツを体に巻きつけているのは、夏場なのに暑くないのか、と少し心配になる。

「……何やってんだ」

 眠る姿勢にしては若干無理がある。どちらかというとふて腐れている姿勢だ。

「……昨日、お姫様と寝たんでしょ」

「!」

「夜中に見たんだ。お姫様が下着でホークさんの部屋の方行くの」

「……いやまあ、確かに来たが」

「ちゃんと……いや、やっぱいい。今すごいイライラしてるから寝かせて」

「いや、起きろよ。パリエスがいいものくれたんだよ」

「いらない」

 ぎゅむー、とシーツを体に巻き付ける手を強めるメイ。

「あのな……」

「……ファルネリアさんのことは嫌いじゃないし、あたしたちちょっと似てるねって言ってたりしたし、すごい苦しい思いしてたのもわかるし……もう家族も仲間もいなくて、ホークさんしか助けてあげられないの、わかるんだよ。でも……うー」

「メイ、ちょっと待て。まず誤解を解こう。昨日は確かにファルネリアは来た。来たけど夢見が悪くて寝られないからっていうあれだったし、俺も次の戦いあるしで、特に何もしなくてだな」

「……嘘」

「ほんとに何もしてねえんだって」

「そっちの方が意味わかんない」

「ぐ……」

 未だシーツの中から顔も見せてくれないメイの言葉が遠慮なく刺さる。

「メイさん、本当なんです。残念ですけど」

 ファルネリアが援護してくれる。いや援護なのだろうか。

「……何で!?」

 ファルネリアの声を聞くに至って、ようやくガバッとメイは起きた。

「なんでと言われてもな……まずそんな雰囲気じゃなかったっていうか……」

「私は思いっきりそういう雰囲気だと思ってたんですが……」

「……雰囲気じゃねえな。ええとほら、流れ?」

「どう考えても流れはあったと思うのですが……」

「……いや、だってほら、な? メイだって言ってたじゃん? お姫様だよって」

「ほぼ国は転覆していますし誰も気になんてしないと思います……」

「……と、とにかくなんか違うなっていうのがあってだな」

 ホークが言い募れば言い募るほどファルネリアの表情が暗くなり、別にファルネリアを追い詰めたいわけでもないホークは焦ってしまう。

 そしてメイは拍子抜けした顔をした。

「……ホークさん、チキンにも程があるんじゃない?」

「なんでお前にまで言われるんだ! 一回そういう雰囲気スルーしただけじゃねえか!」

「重症だ……」

「なんでそんな可哀想な人を見る目をするんだ」

「……ホークさん。あのね。よーく聞いて。……女の子は別に怖くないんだよ? ホークさんのお父さんとお母さんもみんなやったんだよ?」

「いいからその話は終わりにしてくれ。ほんと頼むから。何の話だったか忘れそうになるだろパリエスだよパリエス!」

 ホークは半ば悲鳴のように叫んで強引に二人を押して寝室から出した。

 自分はそんなにおかしなことをしたんだろうか。

 というかメイがわからない。誤解してふて腐れていたのなら、やってないならやってないで喜べばいいんじゃないのか。


 そして、もう一人気にしそうなレミリスは普通に眠そうにしながら寝室を出てきた。

 そしてホークを見て真顔で。

「きのうはおたのしみしてませんでしたね」

「何だ藪から棒に!」

「チョロ。耳、いい」

「……このパーティにプライバシーはないのか」

「ホーク。……次、がんば」

「本当お前らの考えが全く分からない」


       ◇◇◇


 物資の積み直しも終わり、再びホークたちはチョロで旅を続ける。

 昼の前だというのに迎賓館近くの道には見物人が溢れ、ホークたちの姿をひと目見ようとザワついているのが、塀越しにもわかった。

「やりづれえなぁ……」

 ホークが嫌な顔をすると、一番最後に寝室から出てきたイレーネは欠伸交じりに苦笑する。

「いちいち気にし過ぎじゃ。……もしレヴァリアの国も、そしてロムガルドをも救うのだとしたら、これの何倍もの人々がお前を称えるのじゃぞ」

「知られないようにやりたいもんだ」

「勝手に感謝する分にはよいではないか。何が怖いのじゃ」

「…………」

 ホークは口をへの字にして考え、そして呟く。

「生まれついての日陰者だ。今さら日なたなんて居心地が悪いだけだ。それに……」

 無意識に人から盗む。それは、今なら制御できるかもしれない。

 だが、その先にあるものは……“盗賊の祝福”の行きつく先にあるものは。

 おそらく、誰も受け入れてはくれないのではないかと、思う。

 ホークが言わずにいると、イレーネはホークを軽く抱きしめて囁いた。

「ギストザークをも殺す自分が……他に類するものもなく、ただびとには有り得ぬ可能性を持ってしまった自分が、恐ろしいのじゃろう。じゃから女に寄って来られても、先の見えない自分に巻き込みたくなくて、手を出せぬ」

「……勝手なこと言うな」

 だが、言われてみれば、確かにホークの心の片隅にはいつも「それ」がある。

 しかし、それに影響されているとは思いたくない。だから、ホークはいつものように突っ張るのだ。

「俺は……俺に必要なものがあるから盗るだけだ。……破壊神だの可能性だのなんて知ったことか……!」

「……なるほど。盗賊であろうとすることで、己を保つか。……健気なものじゃ」

 イレーネは呟いてホークを放す。


「ならば運命を御してみせよ、盗賊よ。儂は見届けよう。お前がどこまで行こうとも」


 そして、チョロは迎賓館の庭から飛び立ち、街の人々はその姿に歓声を上げる。

 目指すはレヴァリア王国、王都ハイアレス。

 ドラゴンに対して、未だ決定打はホークの“祝福”しかなく、その周囲には他に魔族もあるかもしれない。

 楽に勝てる相手ではないはずなのに、不思議と誰も恐怖を抱きはしなかった。

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