戦士の休息

「ドラゴンってあの馬鹿でけえ奴の方だよな。使役術は完成してなかったはずだし、専攻してたレミリスたちの魔術機関がブッ潰れて日が経ってないんだろ? 研究が後退こそすれ、どうして今さら完成なんて話になるんだ」

 ホークの疑問に、パリエスが答える。

「魔族の手引きがあったということでしょう。アスラゲイトに協力する魔族は数十もいるといいますから、そのうちの誰かが内乱に乗じて何かの目的を達するため、技術を供与したと見るべきです」

「人間の国のいざこざなんて魔族にゃ関係ないだろうに」

「そうは言いますが、魔王戦役ですからね……」

 パリエスは憂鬱な顔をする。

 言葉を継いだのはイレーネだった。

「かの国は緒戦で早々に派兵し、撃退されたきりだというではないか。それっきり魔王に向けて動いていないというなら、理由があったと見るべきじゃ」

「……単に勝ち目の問題じゃねえのか? 最初に出した戦力で手ごたえが得られなかったら、あとは守りに入るってのもよくある話だろ」

「ここやレヴァリアのような小国ならまだしも、かの国のように船頭の多い国はそれで済むものではない。特に魔族から見れば、多くの実験材料を揃えながら使わずに篭もり、惨禍の過ぎ行くを待つなど言語道断じゃ。魔王戦役に肯定的でない魔族もおるとはいえ、他人任せでやり過ごすを良しとする者がわざわざ人間に協調するものか」

「……つまり、なんだ。どういう話だって睨んでるんだ?」

「隣国レイドラまで食われながら戦略を定められずに右往左往する現体制側……主流派に対し、若く人気が高く、しかし継承権の低い第三皇子とやらの野心を刺激してやることで、革命を煽り、そこを起点にした余熱で魔王戦役への意欲を取り戻させ……あわよくば内戦でも各種の研究成果の試し撃ちをさせようという腹じゃろう。時期は来ておる。どういうきっかけでも、破壊神は生まれるやもしれん」

「メチャクチャだな、おい」

 どこまで第三皇子は理解しているだろうか。

 魔族の思惑を読んだ上で、それでも自分が頂点に立つためならばあえて飲む……そういう恰好のいい腹積もりならいいのだが。

「レミリス。アスラゲイトの第三皇子ってお前を口説いてた奴だろ。どう思う。魔族に乗せられて国内メチャクチャにするようなアホに見えたか?」

「嫌い」

「いやお前の好き嫌いはともかくとしてな」

「馬鹿。我儘。おだてに弱すぎ。我慢全然利かない。魔術の才能だけ一流」

「……あー、うん」

 レミリスが紡いだ容赦ない言葉はだいぶ私怨が入っている気がするが、確かめようもない。

 そしてレミリスの評価通りなら、ラトネトラと初めて会う前のワイバーン使いやガルケリウスを送り込んできたことも、妙に納得がいくのは事実だ。

 才能と顔は一流だが欲望とプライドも溢れんばかり、そして自分の欲求を満たすためならどんな手段も厭わない皇子。……そんな人物像がしっくりくる。

 そして、そんな奴がドラゴンなどという巨大な戦力を手に入れれば。

 ……その動きに関してはガイラムとロータスが推測する。

「もちろん主流派も駒はあるんじゃろうて、直接乗り込んで暴れるだけで革命成功……というのは難しいじゃろうな。魔導帝国というくらいじゃ、ドラゴンの一頭くらいは近衛の魔術師を集めて死ぬ気になれば迎撃も出来よう。となれば、第三皇子の選択肢としては足場を固めて脇から食っていく……といったところかのう」

「皇帝側の虎の子の魔術師団を振り回して疲弊あるいは分散させ、頃合いを見て各個撃破といったところか。あるいは国を幾割か食い取って人質にしてしまうことで交渉のカードを増やし、最終的に玉座を交渉で手に入れる腹かもしれん」

「なんにせよ、レヴァリア国境を侵したのは侮っておるからじゃな。帝国内の魔術師に比べれば小国如き、というわけじゃ」

「実際、ジェイナス殿を欠けばドラゴンに対処する術がないのがレヴァリア王国。苦しいところだが」

 そして、ロータスはホークを見る。

 試すような目つき。

「なんだよ」

「……どうする、ホーク殿。レヴァリア殿やジェイナス殿は既に逆方向のロムガルドへ向かった。彼らによる解決を待てば、最悪ハイアレスも焦土と化すだろう」

「…………」

 ホークは顔を強張らせる。

 ハイアレスは前回も金貸しのジャンゴくらいしか会いに行かなかったくらいで、顔見知りもそう多くはない。所詮は仮住まい、と言って見捨てることもできる。

 戦いの本筋を追えば、ホークたちはこのままジェイナスの支援に向かうべきだろう。

 だが、それで仮にジルヴェインに勝てたとしても、その後はどうなるか。

 ハイアレスにはメイやジェイナスの一族もいる。もちろんリュノも残っている。それらはきっと、都を襲うドラゴン相手に逃げるわけにはいかず、立ち向かうことになるだろう。

 ホークたちが首尾よくジルヴェインに勝利しても、帰りついた先には彼らの無惨な死が待っている。

 それでいいのか。ホークはジェイナスたちの加勢に焦って、それを選んでいいのか。

「私や姫はホーク殿についていく。レミリス殿も異は唱えぬだろう。……貴殿が決めることだ」

「チッ」

 メイは、とは言わないロータス。それを言えばホークの決断に傾斜をかけることになるからか。

 言うとすればメイ本人の言うべきことだが、メイもホークをじっと見て、判断を聞こうとしていた。

「……メイ」

「あたしも、ホークさんの決定に従うよ。……あたしは魔王と戦うように育てられたし、ワイバーンがなきゃ間に合う距離じゃないし、もしこのまま南に向かうってホークさんが決めたとしても……ハイアレスのみんなは責めないと思う」

「……ったく」

 ホークはまだ腕の中にいるファルネリアを抱いたまま、メイの頭をぱんっと包むように叩き、ぐしゃぐしゃと荒く撫でて。

「……なんで変な我慢すんだよ。気持ち悪いだろ。言っとくが俺は勇者でもなんでもねえんだ。魔王を自分の手で狩るなんて義務はねえ。……放っといたらお前が悲しい思いをするってんなら、そっちでひと働きするしかねえだろ」

「でも」

「レミリスとチョロがいるんだ。間に合う足があるんなら、行くさ。チョロにはまた強行軍を強いることになっちまうが」

「ん。……がんばる」

 レミリスはホークの視線に真顔で応える。

 腕の中のファルネリアもホークを見上げて頷き、そしてイレーネもニヤつきながら肩をすくめた。

「ギストザークを仕留めたと思えば、次はドラゴン。全く恐れ知らずの盗賊もおったものじゃ」

「ギストザークを!?」

 驚いたのはパリエス。ガイラムは疑問符。

「誰じゃ」

「非常に思慮深く、強大な闇属性の使い手たる魔族です。今回の戦役は彼の仕業ではないかと疑っていたのですが……」

「うむ。実際に奴が魔王じゃった。存在力濃縮術式まで使っておってな。ファルネリアのおる城を守っておったのじゃが」

「……そんなギストザークを、ホークさんが倒した……と」

 呆然と呟くパリエス。

「なんじゃ。どういうことじゃ。魔王というのは今アルダールにおるはずではないのか」

「……面倒臭いことになっててな」

 ガイラムにはホークが説明する。どこまで正確な知識なのかは自信がないが、間違っていたのなら魔族コンビのどちらかが訂正するだろう、と思いつつ。


 …………。


「……つまり、なんじゃ。貴様は本来の魔王を仕留めたっちゅうことか」

「全然解決にはなってないみたいだけどな」

「そういう問題でもなかろう。それこそ他の誰ができるかという難事を……まるでどうでもいいことのように付け足しで言いおって」

「そうは言っても完全に成り行きだったからな……手強かったが、大手柄と言われても実感ねえ」

 ホークは頭を掻く。

 ホークにとっては、まさにファルネリアを盗み出すついでの出来事なのだ。もしも本来なら魔王戦役が終わっていたかもしれない、と言われても、実際そうなっていないのだから実感はない。

 デカブツのドバルや変則創造体のマルザスを倒した時とそんなに気分は違わないのだった。

「そのチカラなら、本当に難なくドラゴンを片付けてしまえるかもしれんな。……いずれ勇者と呼ばれる日も遠くはなかろうて」

「なんで俺が勇者なんだよ」

「レヴァリア人は巨龍殺しを成し遂げ得るほどの傑物を勇者と呼ぶのじゃろう。魔剣ではなく」

「…………」

 そういえば、そうだった。

 魔剣使いを勇者と呼ぶロムガルドに認識を引っ張られているが、ホークがこれから成そうとしていることは紛れもなく「勇者」の所業だ。

 しかし。

「俺は盗賊だ。……百歩譲っても正義の大盗賊だ。勇者なんてまっぴらだ」

 ホークは肩をすくめ、ガイラムの指摘を笑い飛ばした。

「欲しいものがあるから盗りに行く。それだけだ。……メイの一族、ジャンゴの金蔵、それとリュノの奴が消し炭になるのは気分が悪い。だから盗りに行くんだ。ハイアレスの将来って奴を。……俺なら盗れるからな」

「ひねくれ小僧が。……必要なものがあれば言え。特急で用意してやる」

 ガイラムはホークの尻を叩き、ニヤッと笑う。

 パリエスも言葉を添えた。

「今日くらいは休んでいってください。ずっと移動しっぱなしで、このうえハイアレスまで休みなく飛ぶのは無茶です。チョロさんの食事も用意させましょう」

「それは……」

「ホークさん、どっちにしろお姫様は目覚めたばっかりだし、あんまり強行軍は駄目だよ」

「ずっと野営続きだ。たまにはベッドで寝ないと体に悪いぞ、ホーク殿」

 メイとロータスも賛成するので、ホークはしぶしぶ頷く。

「っていうかロータス、お前どっちにしろベッドで寝ないだろ……」

「ホーク殿が誘ってくれるのであれば寝床での一夜もやぶさかではない」

「却下だ」

 というわけで、そのまま迎賓館に泊まることになった。


       ◇◇◇


 その晩はガイラムがやけに嬉しそうに酒壺を大量に運んできてロータスと酌み交わしたり。

 メイがパリエスからまたリトルを貸してもらって可愛がったり。

 大きい方のチョロが、街の料理店から出た家畜のモツと骨だけを大量に貰い、大喜びでがっつくのをレミリスが嬉しそうに見守ったり。

 イレーネはその店に出向いて普通の肉料理を高級酒と一緒に遠慮なく注文して、ガイラムが請求を見て真顔になったり。

 一晩だけの休息ではあるが、妙に賑やかな夏の夜を過ごす。

 レヴァリア王国に早く向かいたい気持ちはどうしても心の片隅にあるが、休むことも重要だと言われれば甘えるしかない。

 そして、ホークはベルマーダ防衛の戦いを始めてから、ずっと最低限の休みだけで動き続けていたので、いざ休もうと脱力すれば驚くほどにドッと反動が来て、その晩は誰よりも早くフカフカの迎賓館のベッドに入ってしまった。


 そして、夜半。

 疲れていたとはいえホークの警戒力はまだ残っていて、部屋に侵入する誰かの気配にふと目が覚めてしまった。

「誰だ」

 闇の中に鋭く声を発する。短剣は枕元に置いてあり、いつでも抜ける。

 そして、その声にビクッと反応した人影は、ややあって小さく答えた。

「……ファルネリア、です」

「なんだ。……ノックぐらいしろよ。ったく」

「……その、ごめん……なさい」

 ホークは手探りでランプを取り、部屋の隅にある暖炉に火種を取りに行く。火打石で火を点けるのは枕元では危ない。

 そして明かりを手に戻ったホークが目にしたのは、下着に薄絹の妙に煽情的なファルネリアの姿。

「……なんだお前その恰好」

「えっ……わ、私、ベッドで寝る時はこの恰好ですけど」

「自分のベッドでは下着だろうと裸だろうと好きにしろ。それはそれとしてその恰好で男の部屋に来るなよ」

「そ、それなんですけど……」

 ファルネリアは視線を落とし、もじもじとした。

「その……さっきから何度か寝ようとしているんですけど、眠る瞬間になると、あの時の……刺された時の記憶が、蘇ってしまって」

「……ああ」

「寝られ、なくて……」

「…………」

 同情はする。

 特殊な状態だったとは言え、腹を刺し貫かれて瀕死のまま数週間放置の記憶は、そう簡単に克服できるような体験ではないだろう。

「メイかレミリスあたりと一緒に寝たらどうだ」

「無理です」

「即答かよ」

「ほ、ホーク様だけなんです。今の私に、この距離まで近づけるの」

「…………」

「だから……」

「……はぁ」

 ため息。

「お前な。一応、俺、男なんだからな? お父さんじゃないからな?」

「あ、ええと……その、父と一緒にベッドに入った記憶は全くなくて……」

 王族だとそんなものか、と少し哀れに思うものの。

「……とにかくそんな気軽に同衾しましょうとか言っていい相手じゃないのは理解して欲しい」

「……わかっていますし気軽ではありません。……その、覚悟は……しています。一緒に寝かせてくれるなら、構いません」

 ホークはのけ反る。

 助けを求めて左右に目を泳がせてしまう。

 不意打ちでそんなこといきなり告白されても困るのである。童貞なのである。

 タイミングとしては……客観的に見ればわりとアリなのではないかと思えてしまうのだが、それはともかくいきなり言われても覚悟ができていないのはホークの方である。

 相手はこれ以上贅沢を言ったらバチが当たるファルネリア。合意あり。そしてベッドは最高級。

 どれをとっても最高のお膳立て。

 ……ホークは悩む。焦る。

「駄目……ですか?」

「駄目とは言わないがその……」

 ホークはぐるぐるぐるぐると逃げ道を探し、そして。


「……今夜だけは、ええと……労わってやる。戻ったばっかりだから」


 逃げた。

 せっかく点けたばかりのランプを消し、ファルネリアを連れてベッドに入り、その小柄な、それでもメイよりは少しだけ大きな体を隣に置き、自分は腕枕だけ貸してほぼまっすぐに硬直する。

 そして、ファルネリアが寝息を立て始めるのをひたすら待つ。

 今はまだ無理だ。今は。いろいろと準備が足りない。

 それでいいのか俺、と自問し、今ちょっとその気になってもファルネリアは絶対拒まないよな、と思いながらも視線を動かす以外のことはできない。

 自分がここまでへたれだとは思わなかった。しかし相手は人生で目にした中で最高の美少女で、お姫様だ。そうそう汚していいはずがない。この畏怖は当然だ、と自分に言い訳を重ねる。

 そして、しばらくして。


「……あの、ホーク様」

「なっな……なん、なに?」


 思いっきり上ずった声で返答するホーク。

 ファルネリアはむくっと起き上がり、深刻な顔でホークを見つめ。


「……縛ってもらえますか?」

「なんでだよ」

「その……なんだか、落ち着かなくて……暴れてしまいそうになるので」

 遠い暖炉のか細い光でよく見れば、真っ赤になっているようだった。

「両手両足を縛ってもらえたら……」

「ちょっと待て。その状態で寝るのか」

「……その。もう下着だけですし、手足なら縛っても脱がすのに支障はありませんので」

「今日はやらないって言ったよな!?」

「で、でも」

「っていうか寝ようぜ!? 明日からドラゴン倒しに行くんだからさ!」

「そ、そうですよね……うぅ」


 結局、それから半刻ほどはモゾモゾしていたファルネリアだったが、なんだかんだでホークの温もりで眠れたらしい。

 ホークは朝まで全く寝られなかった。

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