チカラの正体

 第七魔王は、これまでの特化型の敵とは一線を画す。

 当たり前だ。本来ならばジェイナスが相手をするしかない、本物の魔王だ。

 それを相手に、回数限定の曲芸を頼みにして立ち向かうホークは、誰が見ても無謀の一言だろう。

 ホークはギストザークを前に、使えもしない魔剣を手にして佇みながら、その威圧感を受けて絶えず後悔と奮起を繰り返していた。

(なんてプレッシャーだよ……どう考えても俺如きが手を出しちゃいけない相手だ……)

(いや、俺しかいないだろう。俺がこいつの相手をして、ファルネリアを助けないと)

(“盗賊の祝福”が通用するのか? 今までの奴らは所詮間抜けだ、こいつはどう見ても格が違う。その上“見抜く力”とか言っていた。あの黄金騎士ライリーの勘に匹敵する何かじゃないのか)

(“吹雪”一発、“砂泡”一発、いざとなれば両腕分の“天光”だって、何かを殺すには充分だ。チャンスは四つある。やる前から諦めるな、俺)

(あいつの今さっきの一撃……メイを吹っ飛ばしたアレは、無効化の魔剣で抑え込んでもあの威力だ。あれだって超人のメイだからなんとか耐えられてたようなもんだ。俺が食らったら確実に死んでる。……致死の一撃は向こうも持ってて、それも俺みたいな回数限定の曲芸じゃないってことだ)

(倒せば一緒だ。勝てばそれで終わりだ。残りの矢数なんて関係ない)

(だがジルヴェインは一度ドタマに矢が刺さっても死んでない。奴が言うには改造していない、ただの人間から生まれた奴がだ。急所を一撃したくらいで勝てるのか)

(思いつく限り全て斬ればいい!)

(全部の“祝福”を使い切ればできるかもしれない。だけどそれで倒せなかったら?)

(仲間たちがいる)

(メイは両人格同時発現なんてスゲェことをやっても退けられた。ロータスは元から大物への決定力はない。イレーネはおそらくまだ本調子じゃない。ファルネリアは廃人だ。レミリスは外だ)

(だからってここで尻尾を巻けるか?)

(巻いてどうにかなるもんじゃない)

(やるしか、ない)

 思考を巡らせた時間は、おそらく呼吸一つ分程度。

 それでも、第七魔王はホークの虚勢を見抜いている。

「怖いか、人間。そうだ、我はおそらく貴様が今まで考えていたモノとは、次元が違う。魔王はただの魔族ではない。この魔王戦役に全てを費やすという誓いと引き換えに、それだけの代価を得た。今ならこの場にベルマーダと同じ山峡を作ることもできるぞ。たとえ魔毒の華になんら不調がなくとも、我に対する勝算はなかろう……その身を震わす怖れは、正常な本能よ」

「それでもジルヴェインにはかなわない、ってか」

「そうだ。ジルヴェインの本気とは、そういうものだ。貴様らは運が良かった。奴に跪くこともなく、殺されることもなく、今まで生きてこられたのだ。その強運は自慢に値する」

 ズズズズ、と魔力が空間を引きずる音がする。

 ホークは「オーシャンフューリー」を構える。魔剣効果は使えないが、ただの剣としても魔剣は業物だ。

 だが、それが何になるだろう。この化け物には、それは気休めにもなるものか。

 弱気に押し潰されかけながらも、ホークは剣を握り、ファルネリアに忠義を尽くして死んだリディックがここに宿っていると信じ、彼に報いるため、何より自分自身の意地を保つために歯をむき出して笑ってみせる。

「それだけの大物なら、ちょうどいい。……俺のチカラは、防げるか。教えてくれよ。俺の限界を」


“吹雪の祝福”、発動。

 意識が横殴りの吹雪に塗り潰されるように消えていき、それも一瞬のこと。


 自らの位置は動かさず、真っ向唐竹割りの「斬撃」だけを、ギストザークに決める。

 あの“混龍将”を倒したのと同じ。エリアノーラを遠くに飛ばしたのと同じ使用法。

 果たして、ギストザークは。


「……なるほど、それが貴様の……チカラ、というわけか」

「……!!」

 正中線で割れ、鮮血をブシュッとその跡から流しながらも、ズルッと数インチずれた自分自身を両手で押さえつけて、血交じりに言葉を発する。

 脳天はもちろん、脊椎も心臓も全て貫通した斬撃は、それでもギストザークを殺しきれない。

「何故死なないのか、という顔だな。……魔族というのは元来そう簡単には死なんのだ。ロムガルドなどは勘違いしていたようだが……マナボディと言ってな。自らの生物的情報を魔力情報域に複写しておくことで、例え即死するような重要臓器を失ったとしても再生の糸口を持つ……」

「レヴァリアのインチキロリに聞いた話だ」

「ふむ。ならば話は早いな。……魔王の儀式によって強化された魔族は、その力によってさらに物理的な死を遠ざける。今の我には心の臓も、脳髄も、さして重要な器官ではない。それらが動かなければ動かないでも、マナボディが主体となって己の身を動かし、自らを修理できるのだ。……つまりは、貴様の自慢のチカラでは、我を殺しきれはせぬ」

「……なんてこった。そりゃあ一大事だ。手間がかかるもんだな魔王狩りも」

 ホークはニヤつき、あくまで虚勢を張る。

 うすうすそんな気はしていた。

 そんなに簡単に倒せるはずがない。こんな単純なことで魔王戦役が収まるはずがない。

 勘とすら言えない、ただの不安、予感。だが、それは当たってしまった。

 いっそのこと声を上げて笑ってしまいたいほどだ。

 しかし、背後でファルネリアを救助しているロータスたちが、ホークの気が触れたと思ってしまっては困る。

「それで、どうだ。俺の一発芸の味は。破壊神とやらの味はしたかよ」

「ああ。……一度だけ、貴様のような者を見たことがある」

「!」

 時間稼ぎの軽口に、予想外の言葉が返ってきて、ホークは驚いてしまった。

「我も目を疑ったものよ。まだ魔王の儀式をやる前のこと。あの時、そのチカラが我に向いていれば、死んでいたのだろう。だが、知っているぞ。それは何度もは使えぬ。……当てが外れた時点で、貴様の負けだ、盗賊よ。“リプレイス”では、神へは至れぬ」

「……リプレイス……」

 ホークは、第七魔王による“祝福”への呼称を鸚鵡返おうむがえしに繰り返す。

 再配置リプレイス

 ……やられた側からは、これは「超高速移動」ではなく「望んだように再配置する力」という風に見えるのか。

 いや。

 この魔王は「見抜く力」を持っている。

 そして、ホーク自身の実感でも「超高速移動」は誤りなのではないか、と思い始めている。


 まさか。


 ……ホークは気づきを押し込めて、第七魔王に集中する。

「……はは。なるほど。破壊神には至れぬ、と来たか。上等だよ。そんなもん興味ねえし」

 集中しなければならない。

 何故ならば。

「俺は一人じゃねえからな」


 ホークの背後から、肉食獣の闘志が灼熱の殺意を滾らせて近づいてくる。

 見なくてもわかる。振り向かなくてもわかる。声を掛け合わなくてもわかる。

「それと、俺はソイツよりちょっとだけ上手ぇんだよな!」


“砂泡”、発動。

「オーシャンフューリー」を左手に、そして右手はガイラムの短剣を逆手に。

“吹雪”の三倍以上に達する限度まで、両の剣で魔王を滅多切りにする。

 その頭上を飛び越え、白金の輝きを見せるメイが、両の手に「イグナイト」と「デストロイヤー・改」を握って竜巻のように斬りかかる。

「はあああああああああっっ!!」

「お、おおおぉぉぉ!!?」

 劫火と、破壊の力。

 ファルの持つ最大火力が、メイの本能制御と怪力で、ホークが輪切りにしたギストザークに乱撃として叩き込まれる。

 そして。


(弱点があるなら。それが霊の世界だろうが魔力の領域だろうが……見えなかろうが……!)

 ホークは自らに問う。

 できるのか。

“祝福”は、そこにも手が届くのか、と。

 実感が応える。

「100%だ」と。


「オーシャンフューリー」を、連続の“祝福”で消耗しきった体で無理矢理振り上げる。

 やれる。

 絶対に、やれる。

「がっあああああああああああああ!!」

 両腕を動かす。そのために“祝福”に託す。

 天からの光が、ホークの意思を祝福する。

 魔力も魔剣も扱えないホークには絶対に斬れないはずの「マナボディ」に、その瞬間だけは手が届く。

 剣が、届く。

 今は亡きリディックの咆哮が聞こえた気がした。


       ◇◇◇


 すべては、ほんのわずかな時間だったのかもしれない。

 長い戦いだったような錯覚がある。

 剣を落とし、膝を突き、もはや顔を上げる力も残っていないホークに、そっと近寄ったロータスが肩を貸し、立ち上がらせてくれる。

 メイの攻撃によって塵と化したギストザークを前に、イレーネは静かに佇み、どこか穏やかに、悼むように。

「ご苦労じゃった。ギストザーク。……せっかくの人生最後の晴れ舞台、それでも主役になれなんだのは哀れなものじゃが」

 そして、力強く。

「見たいものは見られたじゃろう。満足しておけ。……これが、我が夫の力よ」


「ちょっと待っておっぱい魔族。何いきなり元に戻ったと思ったら調子に乗ってんの」

「異議を申し立てる」

「お前ら俺がツッコめないと思って騒ぐな。こんな戦いの後ぐらい神妙にだな……」

 廃人ファルネリアが視界の端にまだ転がっているのを見ながら、ホークはかろうじてため息をついた。

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