第七魔王

「どういうことだ……第七魔王が討伐される前から、第八魔王が生まれた、ということなのか?」

「そのように歴史家が勝手につける番号が、現実に何の価値があると思うのだ、人間よ」

 ギストザークは明白な戦意は見せないながら、それでも決して弛緩を許さない威圧感を放ち続けたまま、ホークの呟きに答える。

「現実に起こっていることは常に複雑で、歴史家が手にする『事実』は常に又聞きの噂話よ。魔王戦役、その短い言葉の中にどれだけ類型化できる出来事が詰まっているものか」

「こちとらオツムの出来はよくねぇんだ。前置きはいらねぇよ」

「ふむ。人間族は話を急ぎ過ぎるな。ジルヴェインもそうだった」

 玉座で、虚ろな目のファルネリアが呻く。

 それにホークもギストザークも少しだけ視線を向け、そして会話を再開する。

「我こそが第七魔王。それは魔族の間で定められた事実。……歴史に則って言葉を厳密に定義するならば、ジルヴェインは魔王ではない。だが、魔王軍の最高指揮官であり、最強の存在はジルヴェインだ。我の力も意向も、奴を上回りはせぬ。ならば奴が王と名乗ることを誰が止められよう」

「……簒奪か」

「さてな。もとより力によってのみ成り立つのが魔王戦役。正道も邪道もあるまい。……奴は歴史において初めて、大陸の全てを手中にする魔王となるやも知れぬ。その暁には、我らの古き称号こそが誤りともなろう」

 ギストザークはホークの瞳を値踏みするように視線で射る。

 ホークは体の内側から掴まれるような畏怖を覚えながらも、質問を発する。

「奴は何だ。お前からどうやって統帥権を奪い取った」

「奪った、というのは少し違うな。……レヴァリアでやっているように、育てたのだよ。もっとも、あの小娘ほど我は執念深くはない。拾い物を転がしてみる程度の手の掛け方だがね。幼子を創造体どもに集めさせ、共食いの如く競い合わせ、残ったのがあれよ。元が何処の何者なのかも知らぬ」

「……そんな中に本物の化け物が混ざっていた……ってわけか」

「そう目を剥くような話でもない。『その時』が来たならば……人は追い詰められるほど、神の遺した絶大なる暴力の因子に覚醒していく。今が『その時』であったというだけだ」

「フワフワした話をしやがる」

「我は、また見たいだけだ。……そして、また見ることができた」

 そして、ホークを見る目に鋭さを加えて。


「貴様もそうだろう。理不尽なる神に選ばれし者。……貴様もまた、魔王を屠り、邪神を超え、破壊神に至る道の上にある」


「……何の話だ」

「我は元来『見抜く力』を持つ魔族でな。見ればわかる。……貴様が見た目通りの者でなく、その気になれば我を屠れると確信しているというのは、な」

「…………」

「そちらの狼の娘も、また別の道で破壊神への道にある者か。……いや、それだけではないな。そうか、この……」

 ギストザークはファルを見る目をすがめ。

「……取り戻しに来たか、ファルネリア、運命の娘よ。そういう手を使って」

「……わ、私の名を……?」

「流石に名を教えてくれるものはいたとも。まだ、ジルヴェインの手駒にロムガルドの勇者崩れはいたからな」

 そして、ロータスにも視線を移し。

「……ふっ。ディオメルが手掛けた神への挑戦か」

「…………」

「懐かしき話。……そして、なおも魔王に挑み続けるのは哀れな話よ」

「知ったことか」

 ホークが耳にしたことがないほど、ロータスの声は硬かった。


「さて。用向きはファルネリアの奪還で良いのだな、勇者たちよ」

「あいにくだが、来たのは盗賊と変態と拳法娘だ。ここで死ぬとカッコはつかねえぞ、魔王」

 ホークは言い捨てる。あわよくば衝突せずにファルネリアを回収できはしないか、と目論んだのだ。

 果たして、第七魔王は苦笑気味に微笑んだ。

「むしろ、良き塩梅かも知れん。勇者たる者が真に相対すべきは、今や我ではない。時代に浮かび損ねた魔王の抜け殻、前座としていたずらに場を濁すのも美しくない。だが、貴様らなら……」

 ズズズ、と音が聞こえた気がした。

 廃人と化したファルネリア本体が、ビクリと反応して恐怖に近い表情を浮かべる。

 濃密な魔力が、ギストザークを中心に重々しく回転し始めたのだ。

 魔力を扱えないホークにすら、そのマナの尋常でない濃度と量が肌で感じられる。

「っ……!」

「うぐ……」

 魔法の心得があるロータスとイレーネは、その気配に怯えるように身を引きつらせた。

 まだ魔術として形を得ないうちからこれだ。

 ホークはギストザークの卓越した魔力の強さに危機感を覚え、どうするべきかと方策を思い浮かべる。

 何か起こる前に“祝福”でいきなり仕掛ける?

 危険だ。ホークの“祝福”についても、ある程度は推測されている節がある。小手調べもなしにいきなり使えば、いきなり策が尽きる。

 かといって安易にロータスやファルに仕掛けさせるのも、死への直行便でしかないかもしれない。

 イレーネは……論外だ。戦力に数えられるものか。

 博打を打つしかないか、という考えにすぐに至り、覚悟を固める。

 敵に先手を取らせれば、初手で誰かが、あるいは全員が殺られる。

 先に仕掛けなくてはならない。迷っている時間はない。

 ホークはそう確信し、短剣を素早く抜き……。

「はぁぁぁぁあああっ!!」

 ホークより先に、ファルが……いや、メイが、人外の速度でギストザークに突進した。

 左手に「シールド・改」を握って魔法無効化空間を展開しつつ、メイ独特の身のこなしで爆発的な踏み込みを見せ、破城槌のような鉄拳をギストザークに叩き込む。

 ギストザークは目を見開き、その一撃を腹に食らって壁まで吹き飛んだ。

「ぐ……はっ……!!」

「ホークさん、ロータス、ファルネリアを早く!」

 金と銀、どちらとも取れない色に髪を煌めかせたメイは……肉食獣の目を見せつつ、魔剣と拳の両方を構える。

「お前……どっちだ」

「両方!」

 ホークの問いに、メイは即答する。

「今のうちに封印を……リディックの剣を処理して下さい! ただでは抜くのも困難なはず、ロータス、最悪ならば私を殺しなさい!」

「ひ、姫!?」

「でも助かる方に努力しといて! あたしたちは……忙しいから!」

 同じ声で、ファルとメイ、二人の口調が混在する。

 ギストザークはダメージを何らかの手段で軽減したらしく、壁が崩れるほどの一撃を受けたにしてはその余韻を見せずに服を払う。

「……なるほど。そう来たか、運命の娘たちよ」

「運命……なんて、知るかぁっ!!」

 メイの飛び蹴りがギストザークを襲う。魔力の防御壁でギストザークは受け止めようとするが、メイが片手に握った「シールド・改」の無効化空間でその効力は弱められ、蹴りはギストザークの腹に突き刺さる。

 しかし威力は確かに減衰したらしく、今度は数歩よろめいただけで踏みとどまる。

「ふふふ。……なるほど、良いぞ、人間たちよ。真なる神の徒よ。……こうも、色々な道で神に至ろうと……」

「うるさいっ!」

 メイは拳を突き当て、そこから髪を膨らませて気合一閃。

 防御壁の展開しようもない至近距離から、破滅的な衝撃を貫通させる。

 衝撃波がギストザークの背を貫通し、背後にあった瓦礫をも跳ねさせる。

 ギストザークは血を吐きながらも、壮絶な笑みを絶やさない。


 ホークとロータスはファルネリアに駆け寄っていた。

 その身に何が起きているのかはともかく、物理的に最強のメイがああ言うのなら、信じるしかない。迷ってモタつく暇はなかった。

「ロータス、封印術の解除のしかたはわかるか」

 この場合の封印術は「生かし続ける」術だ。「動きを止め続ける術」ではない。

 抵抗をさせないように与えたダメージを保持する役目もあるとはいえ、死ぬこと自体を忌避する目的でかけられたそれは、解除するということが必ずしも即救助に繋がるというわけではない。

 食事や排泄を不要としつつも精神だけは現世相応の時間を感じ続けるそれは、魔法理論としてはホークのような素人には難解過ぎる。どう手を出せばいいのかわからなかった。

「少し待て」

 ロータスはファルネリアを縫い止める剣を……リディックの形見「オーシャンフューリー」を握って目を閉じる。

 その僅かな揺れにすらファルネリアは呻いた。目はもはや何も見ておらず、吐血の凝り固まった顔にも何の表情も浮かんでいない。

 ファルは発狂と言ったが、そこから勝手に狂乱のイメージを持っていたホークは、思ったのと違う彼女の哀れな姿にかえって不安を感じてしまう。

 こんな状態になっても、まだ彼女は美しい。

 メイの肉体にあっても、ファルはメイとはまた違い、落ち着いたまなざしと物腰が独特の魅力を生んでいたが……やはり本体は、ホークの見た中でも別格の美少女であることには、今も間違いはない。

「抜けるようにはした。……しかし抜けば、彼女の腹を即座にウーンズリペアで塞がねば死ぬ。だが、それに間に合う速度の回復力は、ウーンズリペアを覚えたての私一人では……」

「どうにか事前に準備とか、できねえのか」

「時間があれば何か思いつくかもしれんが」

「……くっ」

 時間がないのは、ホークも実感しているところだ。

 今でこそギストザーク相手にメイは押しているが、ギストザークの不気味な余裕は失われていない。

 少しでも、一瞬でも早くファルネリアの処置は済ませ、ギストザーク戦に加担しなければならない。

 そんなホークの横顔に、そっと細い手が添えられた。

「……大丈夫」

「え?」

 イレーネだった。

「抜け。……儂が、封印術の破れを加工し、この娘の命をもたせる。その隙にウーンズリペアで癒せば、余裕はあるはずじゃ」

「イレーネ……お前、口調が」

「奴の魔力に中てられた。……おかげでだいぶ調子が戻ってきた。急げ」

 口調は昔のイレーネに戻りながらも、視線の優しさは無知の彼女の頃と同じで、やはり完全ではないのだな、とホークは直感する。

「ロータス。お前が治癒だ。俺が抜く」

「う、うむ」

「イレーネ、信じるぞ」

「任せよ」

 ホークはファルネリアの傍らから立ち上がり、ロータスに代わって「オーシャンフューリー」を握る。

 手にしてみればだいぶ大振りの魔剣で、これを普通のロングソードと同じように振るっていたリディックの体格の良さを思い出す。

 彼も生き残っていれば、ファルはああも絶望しなかったのだろうか。

 少しだけ忠臣を悼みつつ、ホークは魔剣を引き抜き、ファルネリアを長い苦痛から解放する。


 ギストザークはメイの持つ「シールド・改」によって魔術をことごとく阻まれながら、それでも魔術のみで彼女と戦おうとしていた。

「効かないよ、それは」

「うむ。魔剣の使い手は厄介よ。今までの魔王のほとんどがそれでやられていたというのも頷ける」

「わかってるなら降参でもしたら?」

「そういうわけにもいかなくてな。……腐っても“魔王の儀式”を経た身よ。そう簡単には死ねん」

「儀式……!?」

「無限の寿命を捧げ、己の力を極限まで高める……ゆえに魔王は、ただの魔族よりも格段に力が高まる。ゆえに、ゆえに」

 ズズズ、とギストザークの魔力がまた濃密な回転を始める。

 今度は彼の手を中心に、黒い霧の如き魔力が可視化する。

「我の『見抜く力』と耐久力、そしてこの魔力。貴様ら破壊神の子らを見届け、あるいは狩り返すには適任となる。……まだ貴様では、貴様らでは、我を倒すには些か足りぬのだ。留守居の閑職とはいえ、ジルヴェインめに任された場なのでな。ただで遂げさせてやるわけにはいかぬ」

「っ……!」

 メイの持つ「シールド・改」の魔法無効化をも力任せに押し返し、深い深い闇の魔力をメイの胸に押し付ける。

 強烈な反発力が、炸裂した。

「っ……はっっっっ!!」

 ドゴン、とメイは吹き飛ばされる。

 広い謁見の間の端から端まで、メイの小さな体が飛び、腰の鞘と「シールド・改」も彼女の手を離れて飛んで行ってしまう。

「メイ殿!」

 ロータスが彼女を助けに走る。

 ギストザークはようやく一仕事を終えた、とばかりに身を起こし、そして眼前に立つ男と視線を交わす。


「……さて。見せてもらおうか、盗賊とやら。貴様が神に至る道を」

「神なんて知るか。……それとな」


 ホークは、半ばから真紅に濡れた「オーシャンフューリー」を手に、ギストザークを睨みつけて不敵に笑った。


「あいにく、俺の技は誰にも見えねえんだよ」

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