ナクタ再訪

 昼食として堅パンとワイン、干し肉で腹ごしらえし、改めてチョロのゴンドラに搭乗して、ホークたちはクラトス王都ナクタに向かう。

 かつての戻り道ではチョロとレミリスがおらず、だいぶ難儀したが、今はまるでレイドラの平坦な大地を遊覧しているような速さと順調さだ。

「シングレイも今は最低限の防御戦力だけだろう。姫を救出できたら、そちらを解放するのもいいかもしれんな」

「欲張るなよ。できるかもしれねえが、そういうのは俺たちでやることじゃねぇ。ワーキャー騒がれるために戦ってんじゃないんだから」

「少しは名誉欲を見せたらどうだ。ベルマーダを救ったのは貴殿とジェイナス殿、それに魔族のお二方だ。それでも充分な偉業ではあるが、ここでまた都を一つ解放できれば、今度は手柄の独り占めだぞ。今度こそ英雄として押しも押されぬ業績となる」

「俺は有名になりたいわけでもねえし、国全体とか人類全体とかは興味ねえんだっつーの。知らない奴まで助けねえよ」

 ホークは言い捨てる。本当は少し心が動いたところもあるが、本当にホークたち数人が飛び込んだだけで蹴散らせる程度の戦力なら、手を出すまでもなくラーガス軍壊滅の報で逃げ散ることだろう。

 それに、解放したところで維持する能力がないのはホークたちも同じだ。既にレイドラ王家は亡く、再興の当てがあるかどうかも知らない。

 圧政者だけを追い払い、無責任に去ったところで、残るのは法も統治者も財産も失った民だけ。誰かが何らかの権威を持ってその後の都市運営、国家運営を引き継ぐのでなければ、早晩、民同士が争い合う地獄が始まるだろう。

 そんな所まで面倒を見ていられないし、それは盗賊のすべき仕事ではない。

「今はファルの……ファルネリアの救助だ。後のことはそれが済んでからだ」

「わかった。……面倒をかける」

「?」

「不思議そうな顔をするな。姫は私の主君筋。私が礼を言って何がおかしい」

「……ちょっと忘れてた」

 ロータスはロムガルドの家臣としてホークに協力しているのだった。

「なんだかお前はもっと……昔からの、掛け値なしの仲間みたいな気分になってた」

「…………」

 逆にロータスが目を丸くして少し沈黙し、それから微笑む。

「……そうだな。いずれは、そうなるかもしれん」

「あ?」

「ロムガルドは王都を奪われ、国王も殺され……今後どうなるかわからん。国家だの家臣だの、そんなものはこういう事態になれば有耶無耶だ。魔王戦役が終わった時、私や姫がどういう立場で貴殿と向き合っているか……ことによっては、本当に『仲間』としか言いようがないことになるやもしれんな」

「嬉しい話なんだか、悲しい話なんだか」

「なに、貴殿はおおむね喜んでいいと思うぞ。私や姫がロムガルドで築いてきたものなんて貴殿には関係はない。むしろ、誰にも気兼ねなく姫を掻っ攫い、妻にでも妾にでもできるというものだ。無論、興味があるなら私もいつでも相手をしよう」

「すぐその手の話に急転回するあたり本当お前ブレねえな!」

 すぐそばに相乗りしているイレーネやファルの視線が怖い。

「ホーク。どういうこと? 私の恋人じゃなかったの?」

「妾……妾でも、いいんですけど……ロータスを交えての夜はちょっと」

「いや待てファル。何故そこまで話が進んだ。まず前提がいくつも飛んでるぞ」

「いやいやホーク殿。御年十四の姫は童貞の貴殿では失敗が目に見えている。私が熟練者としてつくのが必然の」

「お前は黙れ。これから人一人救出しに行くっての忘れてるのか。猥談してる場合じゃねえ」

 チョロがゴンドラを揺すった。レミリスも抗議しているらしい。

「ほらレミリスも真面目にやれって言ってるぞ」

「いや、多分レミリス殿は『私が先』と言いたいのをチョロ殿に代弁させているのだ。卑しいことよ」

「お前そのうちチョロに齧られるぞ!?」

 チョロが高く鳴いた。何に対しての肯定か、あるいは否定か。チョロの背の上にいるレミリスの意図はわからない。


       ◇◇◇


 ナクタはレイドラとクラトスの国境から遠くない。

 相変わらず活気はなく、町全体が廃墟、あるいは遺跡のように静まり返っている。

 ホークたちは魔法による迎撃を撃たれても「シールド・改」や「エビルミラー」で防げるように警戒しながら、螺旋を描くようにじわじわと近づき、ナクタ城の様子を見る。

「一番嫌なのは、ジルヴェインの野郎がロムガルドに行ってなくて鉢合わせ、っていう状況だな」

「それは本当に嫌な想像だ……縁起でもないぞホーク殿」

「縁起担いでどうすんだよ。ここまで来たら運もクソもありゃしねえ。出てきたもんと向き合うだけだ」

「ではジルヴェインが来たらどうする」

「全力で逃げ、だな」

 さすがにホークとて、一度やった奇襲が二度通じるとは思っていない。

 もう一度“祝福”で出会い頭の瞬殺をやろうとしても、何らかの対策はあるだろうと考えてしまうし、そもそもファルの報告では一度確かに頭を貫いているのに、時間も置かずに何事もなく復活しているのだ。

“祝福”があまり何度も使える物ではない以上、倒す前提に立つのは危険すぎる。仕掛けるにしてもあくまで時間稼ぎと位置付け、逃げることを主軸において考えるのが現実的だろう。

「迎撃は……ないな……」

「油断はするなホーク殿。……ファル殿、無理を言って済まないが、先に降下できるか」

「やりましょう」

 ファルは片方に「シールド・改」を持ったまま「エアブラスト・改」を抜き、ゴンドラから飛び降りつつ発動。

 しばらくぶりに飛んでみせる。

「一人で行かせて大丈夫か……?」

「こちらにはイレーネ殿もいる。全員で近づいては不意打ちに強いとは言えぬ。危険があった場合、一人で戻って来れる目算のあるファル殿が先に行くのが、一番適任だ」

「捨て石みたいで嫌なやり方だ」

「信頼と言ってくれ。私の出力では、ファル殿のように『エアブラスト』で飛ぶことはできん」

 城の庭に舞い降りたファルは、狼耳をクルクルと動かして周囲を警戒する。

 奇襲に対応し、すぐに飛び立つために「エアブラスト・改」も「シールド・改」もしまえない。

 ややあって、空中のホークたちに大きく剣を握ったまま手を振るファル。

「降りよう。イレーネ殿はレミリス殿と一緒にチョロ殿の背で待機してくれ。私とホーク殿でファル殿と一緒に探索してくる」

「いや。一緒に行く」

「聞き分けてくれ。突然の敵が現れれば、戦えぬ貴殿は困ったことになるのだ」

「少しなら、戦い方、思い出してきたから」

 イレーネは手を差し上げ、紫色の塊を手のひらの上に生成する。

「これを投げたら、戦える。……と、思う」

「魔毒の使い方は思い出せたのか」

「……魔毒、っていうんだ、これ」

 相変わらず知識がちぐはぐだが、一応の自衛能力を主張する彼女をどう見るか。ホークとロータスは視線を戦わせる。

「イレーネ殿の戦闘力は、魔毒の威力よりも翼や幻術などを使った回避力によるところが大きい。私はまだ不足と考える」

「でも、俺たちは贅沢言える人数じゃねえ。レミリスはもしもの時のためにチョロから離れさせるわけにいかねえし、絶対の頼りになるような魔族もジェイナスもいねえんだ。火力がある方がいい。幸い投げるだけなら援護の範疇だ。役に立つこともあるかもしれねぇ」

「……ホーク殿」

「それに……」

 刺激のある場所にいさせた方が、記憶の回復も捗るかもしれない。いつかは戻ると言っていたが、出来るだけ早くホークは本当の彼女に戻って欲しい。……いや、素直に自分を頼り、甘えてくれるイレーネも捨てがたいのだけれど。

「……お前もレミリスも、ウーンズリペアは覚えたんだろ。多少の攻撃なら俺が引き受ける。連れて行こう」

「……貴殿にイレーネ殿の保護者として自覚を持たせてしまったのは失策だったな」

「な、なんだよ」

「わかっておらんのだろうが、そうも男前な言動をすれば好感度を稼いでしまうぞ。いや、なんとも妬ましい」

「てめえ」

「……二人とも。どちらでもいいです。早くして下さい」

 ファルが呆れたように言う。

 イレーネは連れて行ってくれると悟り、ホークに嬉しそうにくっついた。

「……ホーク」

 レミリスはいたく不満そうな顔をしている。

「今夜、可愛がって」

「いきなり何言ってんだお前は」

「?」

 ホークは顔を真っ赤にしてレミリスに言うが、レミリスが「何をそんなに」みたいな顔をしていたので、オトナ過ぎる意味のことを言っているわけではない、と悟る。

 多分、イレーネに何度かやっているように頭を撫でろということだ。

 今夜というのも、この作戦成功後、チョロでいい距離まで離脱したら必然的に夜になるだけ、ということだ。

「……紛らわしい」

「何?」

 ホークはさらに頬が充血するのを感じつつ、ナクタ城に目を向ける。

 不気味な沈黙が、ずっと続いている。

 ホークたちの来訪に何の反応もないというのはどういうことか。少数なのを見て、追い払うのではなく城の中で確実に倒そうとしているのか。あるいは、本当に誰もいないのか。

 いや、誰もいないというのはあり得ない。ナクタは重要拠点だ。

 それに、本当に誰もいなければ、街はもっと殺気立っているはずだ。

 支配者がいなくなれば、虐げられて後のない民衆は暴走する。僅かな食料や金品を奪い合い、力のない民なりに縄張りや上下を争い合うことになる。

 そうなっていないということは、町の人間が残らず殺戮されたのでなければ、この城に何か、いるはずだ。


 城には正面から入らず、鉤縄などを使って、できるだけイレギュラーな入り口を選んで入る。

 待ち伏せと包囲を避ける、せめてもの方策だ。狭い一本道なら、背後に回り込まれるほどノロノロしない限り、まっすぐ逃げればいいだけ。

 真正面からなら多少の敵はロータスとファルがやれる。多少でないなら、ホークが捌く。

 今避けたいのは多数の攻撃で飽和させられることなので、これが一番の侵入経路と言える。

「ファルネリアがいなくなってるというのも考えられるんだよな……その場合、とっととずらかるしかないが」

「封印術は繊細なものです。下手に動かすと死ぬでしょうし、そうなれば私自身にとっては好都合。うまくすればアルダール陥落より前に、既にスペアの体に魂が戻っているということもあるでしょう。それに、ジルヴェインが記憶と人格を欠いた私にさして興味を持つとも思いません。……アーマントルード姉上ならともかく」

「さて、なんにしてもこの静けさは不気味な限りだが」

 城の使用人室と思われる場所から侵入し(ファルやロータスはもちろん、イレーネも教えたらスルスルと鉤縄を使って登れた)、周囲の部屋をクリアリングし、窓から縄を下ろして逃げ道を複数確保。

 また、もし敵がなだれ込んで挟み撃ちに使いそうな通路があれば、床をミスリル合金の短剣で破壊して通行止めにしたり、壁を崩したりと対策しておく。

 それで多少音が立ってしまったが、それでも敵の気配はない。

 顔を見合わせながらも、ホークたちはゆっくりと謁見の間……かつての勇者隊とジルヴェインの決戦の場所に辿り着く。


 そこには、ファルネリアが変わらずに腹を貫かれ、呻いていた。

 そして、その傍らに玉座にも劣らない豪奢な椅子を設え、ただ一人、座っている者の姿。


「潜入のつもりなら、もっと静かにやることだな。……よく来た、勇者か、あるいはそれに連なる者か。退屈をしていたところだ」


 人影はよく通る声で言いながら、けだるげに肘掛けに持たせていた体をゆっくりと起こし、立ち上がる。

 威厳のある老人の顔に、額から螺旋状にゆるくねじくれた角。

 体格は大きいが巨人というほどではなく、全身を幾重にも覆う重ね着のローブの下に、細く長い爬虫類の尻尾が見えている。

 その姿は、人々がよく想像するであろう「魔王」のイメージに、よく似ていた。


「……誰だお前は」

「訪ねてきておいて不躾な奴よ。……そこにいるのは魔毒の華か。そやつなら知っている」

「こいつはラーガスの野郎にひでえことされて何も覚えてねえよ」

「ふむ。……それは失礼した」

 不気味な威厳を持つ老人は、立ち位置からホークをリーダーと見抜き、その妙に穏やかで迫力のある目でホークを見つめる。

「我が名はギストザーク。この場の留守居を任されている」

「創造体か? ……いや、創造体のくせにイレーネの知り合い気取りってのは……」

「ふっ」

 ギストザークはホークの推測を聞いて微笑む。


「第七魔王。そう名乗る方がわかりやすいか、人間」


「……はっ?」

「馬鹿な、ではジルヴェインは……」

 面食らうホークと、食って掛かるように叫ぶロータス。

 ギストザークは首を傾げ、やれやれとでもいうように言葉を継ぐ。

「ジルヴェインを見たのか。……強いだろう? あれは止められんよ。誰にもな」


「……だが、それが魔王を狩る『勇者』でなかった。それだけのことだよ」

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