次の戦いへ
ロムガルド王都陥落の報は、翌日にはゼルディア中を駆け巡った。
追い詰められて天に祈るのみだったゼルディア市民たちは、大勝利の報から急転直下の強国陥落に戸惑いを見せるばかりだったが、ガイラムとエルスマンの両将軍が、まるで演劇のように「ベルマーダは我々とパリエスが守る」と熱弁して回ったことで混乱は一応鎮静化した。
が、ラーガス軍との戦いにおいて排斥した貴族たちがまたぞろ蠢き、王を狙っているとの情報がもたらされたため、国王ディミトリアスは影武者を立てて別館に避難。
それから二刻も経たないうちに影武者が襲撃されたため、ゼルディア城は大騒ぎになった。
「こんな時に何をやってるんだ馬鹿貴族どもは」
臨時の国王警護をロータスとともに任されたホークは、苛立ちを露わにした。
影武者のほうには通常の近衛をつけていた。その顔ぶれが変わると貴族たちが勘付くため、あえて外様のホークたちに本物の国王を任せるというガイラムの策だったのだが……貴族たちはまんまと影武者を襲い、影武者は重傷を負って、今現在エリアノーラが治療に向かっている。
「なんでこんな時に国を壊すような真似ができるんだ?」
「こんな時だからこそだ」
ロータスは黒塗りの刀を磨きながら、辟易した顔で解説する。
「貴族たちは生来人の上に立ち、人を使って富を集める以外の生き方を知らぬ。そんな彼らが兵という最大の武器を奪われ、棒立ちにさせられた。そのままでは手足をもがれたまま干上がれと言われるに等しい。ただ粛々とした退場はできんのだ。あるいは玉座を奪い取ってでも、彼らは人の上にまた返り咲く以外の生き方がない。乗じられる混乱があるなら、やることは一つだ」
「その兵を持ってる時は、そいつを捨て駒にして逃げようとしてたくせにか」
「窮余、姑息の一手であることには違いない。だが彼らはそうすることしかできん。……だから王権側は、本来はもっと早く処断してやるべきだった」
「…………」
ホークは押し黙る。
魔王軍を前に命を惜しんだ貴族たちの醜さも、ある程度は理解できる。それを処刑して済ますのが唯一の正解だというのは、流石に可哀想に思えたのだ。
「それが貴族というものだ。責務があるからこそ人を平伏させ得る。あるいは死を確約された戦いであっても、勇躍して臨まねばならないものだ。楽な暮らしをしておきながらそれを投げ出したのなら、それだけで大罪と呼べる」
「……哀れな奴らなんだな」
「彼らのためにどれだけの民が犠牲になるか考えれば、当然の話だろう。仮に彼らの言うがままに無策でこの戦いを始めていたなら、ラーガス軍は素通し、ゼルディアは今頃ナクタと同じ有様だろう。それでも彼らに同情できるか」
「できねぇけどさ」
「残酷な話かもしれん。だが、ベルマーダ侵略が始まってしまった時点で、彼らに素朴な未来はなかったのだ」
ロータスは刀を磨き終えて鞘に収める。
そして、スッと立ち上がって耳を動かし、フッと音もなくその場から居なくなる。
「ロ、ロータス!?」
「すぐ戻る」
声は窓の外から聞こえた。
……しばらくして、ロータスは本当に何事もなかったように戻ってくる。
「どうしたんだ。便所か」
「一人始末した。……なんだ、私の排尿が見たかったのか」
「護衛はお前の方が本職なんだから俺だけ残してスタンドプレーすんなよ」
「護衛の極意は先手必勝だぞ。手を出されてからでは遅い。それにホーク殿なら一人や二人、確実に防げるだろう」
「俺は自分を守るんなら自信あるが、他人を守るのなんていくらも経験ないんだからな!」
「ならば国王様にぴったり寄り添っているがいい」
「男とくっつくのは趣味じゃねえんだが」
ホークとロータスの無遠慮な言い合いに、単身で王についてきた侍従長の老人が咳払いをした。
「コホン。……ご厚意に甘えて護衛していただいているのは重々承知ですが、多少は王の御前であることを意識していただけませんかな」
黙っていた王は片手を上げて、侍従長を遮った。
「よい。望むべくもない手練れのお二人だ。礼儀がどうなどと難癖をつけるものではない。それに……ガイラムが気に入った若者だ。裏表がなくて気持ちのいい男ではないか。わざわざ黙らせることはない」
「……王様。お言葉ですが、俺は盗みが商売の悪党です。ガイラムには恩があるからこうしてますが」
「さて。聞こえんな」
フッと笑って聞き流し、肘掛けに頬杖を突くディミトリアス王。
ホークは仏頂面をし、それをロータスにニヤニヤ笑われているのを目の端に捉えてさらにふて腐れる。
◇◇◇
一日が終わり、主だった貴族たちの捕縛と投獄、そしてラーガス軍の追撃が終了する。
他国ならばクーデター未遂の貴族などそう簡単に捕まえきれるものではないが、パリエスが追撃戦指揮の傍らに市街に放った蛇たちによる監視網、そしてエルスマンから借りた人馬兵の足の速さによって、あっという間にゼルディアに逃げ場などなくなっていた。
また、追撃戦の方もレミリスとチョロがジェイナスの空輸を担当し、魔王軍勢力の再集結をことごとく阻止。西へ一目散に敗走した者たち以外の、ベルマーダ軍への抵抗勢力は、もはや探すだけ無駄という状態にまで追い込んでいる。
今後のベルマーダ軍はゼルディア以西の町々を奪還していく方針に変わり、地割れは順次埋め戻されることになる。
そして、ホークたちは翌日にはゼルディアを発つという運びになる。
「雑用までさせて悪かったな。本当なら宴のひとつも開いてやりたいが」
「ドワーフの宴会にはついてけねえよ。それにお互い忙しいだろ」
「全くだ。西側の街の奪還と復興、南の国境線防備……幸いベルマーダは自然の要害じゃ。守りに徹すればこれほど有利な地形もない。パリエスもいてくれる」
別館を訪れたガイラムと別れの挨拶を交わす。
いつものように補給物資の調達とチョロの食事、そして仲間全員の衣類の新調も済み、魔法の道具袋もさらに与えられて旅は快適さを増している。
このベルマーダ戦を戦った仲間たちのうち、パリエスとエリアノーラは引き続きゼルディアに残る。
また、ジェイナスとレヴァリアはホークたちより先にロムガルドに向かうことになっている。
そしてホークたちは、チョロに乗ってナクタを目指す。
「うまくいくよう祈っとるぞ。何かあれば、いつでもゼルディアに来い。老い先短い儂には、この戦いの褒美は多すぎるからの」
「機会があったらな。長生きしろよ」
ガイラムの大きく分厚い手と握手を交わし、ホークは別館を離れてゼルディア前の平原に向かう。
チョロを街中に座らせておくわけにはいかないため、待ち合わせ場所は何もない平原の真ん中だった。
戦後処理に駆け回る兵士たちの篝火が未だ遠くにいくつも見える中、パリエスとレヴァリアは魔術で生んだ光の下で、イレーネの状態を診断していた。
「やあ、盗賊君」
「イレーネ、治るのか」
「いずれは、思い出していくと思うよ。魔族っていうのは霊的構造が人間よりだいぶ強くてね。っていうか当時の設計の流行りだったんだけど、大部分の魔族にはマナボディっていう肉体の情報の複製を霊的領域に自動形成する特性がある。これの利点は肉体の機能停止から完全な死亡までに余裕ができるのと、精神に作用する魔術への抵抗力が劇的に高くなることでね。記憶や認識を壊されてしまっても、短時間で自動的に記憶を復元できるんだ。だから魔族は操られて創造者を攻撃っていうリスクを抑えられたわけでね」
「イマイチ何を言ってるのかわからねえんだが、時間があれば元に戻るんだな」
「……まあ、ざっくり言うとそうだ。ただ、ラーガスが使った寄生体も厄介な奴でね。戻るのが明日になるのか一か月後になるのか、まだ読めない。ゼルディアに置いて行った方がいいかもしれないね」
レヴァリアの言葉に、イレーネは首を振って拒絶。
「いや」
そして、ホークに駆け寄ってギュッと抱き締めてくる。
ホークはそれを例によって抱き返すことも突き放すこともできずにまごつき、少し唸ってから。
「……連れてく。途中で記憶が戻れば戦力としては大きいし、パリエスもこの分じゃロクに面倒見てる暇もねえだろ。放ってもおけねえよ」
「やれやれ。本当に君は女に甘いね」
「うるせえよ。コイツは……俺たちを守ってこうなったんだ。その分は手を貸さねえと借りが増えちまう」
「ま、そういうことにしておこう」
レヴァリアはニヤニヤしながら追及を打ち切る。
イレーネの髪を撫でると、イレーネは嬉しそうにホークの胸元に頬を摺り寄せる。
今までのイレーネではありえないほど甘えた態度だが、ホークはこんなに女の子に物理的にベタベタされたことはないので胸が高鳴ってしまう。
それを剣呑な目で見つめる女は二名。メイとレミリスだった。
「むー……」
「ずるい」
「な、なんだよ」
気圧される。
「ホークさん、あたしが記憶なくなったらそれくらい優しくしてくれる?」
「……そんなにポンポン記憶なくされてたまるか。ってか、記憶無くしたら普通俺には近づかないと思うぞ」
「近づくからちゃんと優しくしなさい」
「……それ断言してる時点で仮病を疑う」
メイは今日は昼間ずっと眠っていた。
昨日はホーク同様にだいぶ活躍したし、ジェイナスが暴れている中で特にメイが出る理由はなかったのでそのまま寝かせておいたが、なんでもずっとファルと脳内議論していたらしい。
「ホーク。私にも、それやって」
「今イレーネがひっついてるから別の機会にな?」
「…………」
「無言で睨むな。どう見たってお互い邪魔になるだろ。そんな優しく撫でる雰囲気じゃなくなるだろ」
「私も、昨日、死にそうになった」
「……だから撫でないとは言ってないから。次の機会だから。お前そんな押し強かったっけ?」
「死んでからじゃ遅い。昨日、思った」
レミリスも必死に押しとどめる。どうも本気で死にかけて人生について再考してしまったようだが、その結論が肉食化というのはどうかと思う。
「やっぱりモテモテじゃないか、ホーク」
「だから冷やかすなよ」
ジェイナスに情けない姿を見られて、少し大声を上げてしまう。イレーネがビクッとしたのでまた撫でて宥める。
ジェイナスは馬に乗っていた。ここからレヴァリアと二人乗りで南のロムガルド国境に向かうという。
「悪いな、ホーク。そっちの手伝いに行きたかったんだが」
「お前は魔王とやり合うためにいるんだ。そっちが最優先だろ。それに俺たちだって結構な戦力だ。心配すんな」
「ああ。頼むぞメイ、ホークを守ってくれ」
「はーい」
メイは「わかってまーす」とばかりに若干おざなりな返事をする。
そんな態度を取ること自体が二人の間の信頼関係の裏返しでもあり、ホークは「やっぱりこいつらは俺とは別にお互い信頼を重ねてたんだな」と、少しだけ羨ましく思う。
「ベルマーダは私が守ります。ご武運を」
最後にパリエスがジェイナスとホークの双方に目を向けながら言い、彼女の腕に巻き付いたリトルが「いってらっしゃいませ」とお辞儀をする。
「またね、リトルちゃん」
「はい。またおあいできるのをたのしみにしております」
メイがリトルと別れを惜しみ、リトルが大きい方のチョロにも挨拶するように顔を向けると、ワイバーンは少し高い声で吠えて応える。
こいつらなりに何か通じ合うものでもあったのかな、と思いながら、ホークたちは残るパリエス、別方向に旅立つジェイナスとレヴァリアに背を向け、ゴンドラに乗り込んで出発する。
「ところでメイ。そんなにファルと言い合いするようなことあったのか? いつもはすぐ終わるだろ、会話なんて」
「んー……」
離陸し、だんだんと上昇していくのを遠い篝火の位置変化で感じながら、ホークはメイに問いかける。
メイは答えを濁して、しばらく遠くを眺めていたが、ややあってポツリと。
「……殺せ、って、いうから」
「は?」
「ファルネリアさん。自分がまだ生きてたら殺せ、って」
「なんだそりゃ。いや、確かに死ねなかったからまずいことになったはずだけど……あれ、でも今ってロムガルドの中央が取られたんだろ? 生き返るための本体も無事じゃないかもしれないんじゃ」
「うん。あたしもそう言ったんだ。そしたら、それでもいいから、って」
「……なんでだ」
「発狂してるだろうから多分もう役に立たない、って言ってて……でも、そのための人格保存でしょ? だから……」
メイは小さく。
「……多分、ファルネリアさん、戻りたくないんだろうって思うの。はっきりとは言わなかったけど」
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