勇者と盗賊

 ベルマーダ軍とラーガス軍の戦いは、その日のうちに大勢が決した。

 ラーガスはそれ以上の反撃を試みることなく、そのまま行方をくらまし、虎の子の創造体も討伐されては、もはや魔王軍兵は組織としての攻撃能力を失ってしまっている。

 いくらか存在した大隊長クラスの魔剣使いも、天変地異級の攻撃力のジェイナスはもとより、強力な改良魔剣や「イグナイト」を振るうファルや、パリエス・レヴァリアのタッグ相手には力不足だった。

 日暮れにはレミリス・チョロとロータスによる強襲も復活し、部隊単位で起死回生の一撃を狙っていた者たちもほぼ壊滅。

 ガルケリウスの乱入によって大ダメージを受けたベルマーダ軍も、乱れた士気を人馬将軍エルスマンやガイラム本人の演説によって立て直し、水際防御は継続される。


 そして、日が暮れてからはドワーフ・犬人とラトネトラによる夜襲が魔王軍残党を容赦なく追い散らす。

 地下生活に適応したドワーフとラトネトラ、そして獣の特徴を備える犬人たちは夜闇を全く苦にせず、土地勘もある。

 魔王軍にも夜目の利く獣人は多いが、ジェイナスの異常な殲滅力を目の当たりにし、細やかに作戦指示をしていたラーガスのゾンビも応答せず、また地形も敵味方も把握できていない中では、十全な戦闘能力を発揮することは難しい。

 この点、ラーガスが高い指揮能力を持っていたことも裏目に出た。

 他の魔王軍は良くも悪くもシンプルであり、押すなら押す、引くなら引く、と行動に迷いがない。今回のラーガス軍は、どちらにも動けずに棒立ちという、最悪の状態になってしまっている。

 対するはホークやファルによる伝説的な活躍を目の当たりにした精鋭たちに本来の兵力1000名超が合流し、意気上がるドワーフ部隊。

 そしてもとより団結力と戦意の高い犬人たちに、野戦指揮官として抜群の能力を持つラトネトラが加わった夜襲部隊は、戸惑う魔王軍など全く問題にしない。相手が巨人だろうと何だろうと、怒涛のように襲い、打ち崩し、平らげる。

 夜半の時点で、パリエスの蛇たちが戦場に散ってザッと調べた両軍の戦力は、ラーガス軍3万弱、ベルマーダ軍14000あまり。

 実にラーガス軍はその戦力を半数以下に減じ、指揮系統を失ったまま慣れない山野を右往左往することになった。

 数では未だ優勢にあっても、それを活かす術はもはやなく、目ぼしい打開の目算も皆無。彼らの命運は尽きたと言っていい。


 その時点で、ガイラム将軍およびエルスマン将軍は、名実ともにベルマーダの“護国の神将”となった。


       ◇◇◇


「ホーク。ようやく会えたな」

 ゼルディア城の一室で仲間たちと共に体を休めていたホークのもとに、真新しい鎧を身に付けたジェイナスがやってきた。

 前の旅の時に身に付けていた青い勇者仕立てではなく、レヴァリア第一騎士団仕様の白鎧だ。急いでいたので特注にせず、誰かの予備でも合わせてきたのだろう。

 ジェイナスの出身が騎士の家系であることを考えると決しておかしいわけではないが、どこか仮装めいたものを感じてしまう。

「体はもういいのか。目、治ったのか?」

「勿論だ。いくら俺だって、目も見えないままリルフェーノを連れて国を飛び出すなんて馬鹿なことはできないさ」

 ニッと笑うジェイナス。半月前まで死体だったとは思えない。

「お前がベルマーダを救うなんて言ってたと聞いた時には、正直半信半疑だったがな。本当にここまでやれてるとは思わなかったよ。あのツッパリ小僧が」

「うるせぇ。……ほとんどお前がやったようなもんじゃねえか。なんだあのデタラメな破壊力は」

「お前がガイラム将軍やパリエス様と協力体制を作ってなかったら、とうに終わってたって聞いたぞ。俺は最後においしいところをつまませてもらっただけだ。……本当は、俺がクラトスを通る時にラーガスと戦うのを後回しにしたせいだしな」

「ナチュラルに傲慢な奴だな。それだったら、たった四人であの軍勢に囲まれることになってただろうに。『デイブレイカー』がそこで折れて終わってたんじゃねえか?」

「ははは、そうかもな。それなら不幸中の幸いだ。折れたのがあそこだったから、お前とメイが生き残り、俺とリュノはまた生き返った。だから、こうして今がある」

 あくまで爽やかに、余裕のある兄貴分のままのジェイナス。

 ホークは「破壊神」という言葉が脳裏に張り付いたまま、ジェイナスをしばらく眺める。

「どうした」

「いや……」

 ホークは全てを長々と語る気にもなれず、首を振る。

「リュノはどうした? あんなに偉そうな事言ってたくせにお寝坊か」

「言ってやるな。体調が戻るのが俺より遅かったんだ。今は無理させずに実家で休ませてるよ。……今は北もキナ臭い。ハイアレスも手薄にしすぎるわけにはいかない」

「北……アスラゲイトで何かあるのか」

「魔族を制御しきれずに内戦になりかけてるって話がある。こんな時に……いや、こんな時だからこそか。魔族に深入りすることで、戦場が遠くても魔王戦役と無関係でいられなくなってるんだろうな」

「……ガルケリウスもある意味、そういう動きの一端だったのかもな」

「さっきの魔族か。知り合いだったのか?」

「帰りがけにレイドラでちょっとやり合ってな。恨まれてたっちゃ恨まれてたらしい」

 ホークはガルケリウスの言い分についてはロータスから聞いていた。

 殺したのは事実なので恨まれるのも理解できるが、呪印を逃れるという目的のためにチンタラと殺される隙を見せていたというのを知っていると、それでまた襲われるのも釈然としないものはある。

 しかしまあ、相手は異生物なので、深く考えるのは無駄と思って割り切ることにした。

 おそらくガルケリウスにとっては自分以外の全てが下等生物であり、そもそもにして理を通すべき相手だと思われていないのだ。

 虫と同じようなものと思えば、何かの用途に使うだけ使ってから八つ当たりで殺すくらいなんともない。

「魔族と言えば、お前、あのインチキロリをリルフェーノって呼んでるが……あれ、魔族だってわかってるのか?」

「未だに納得はできてないんだがな。一週間前にいきなり聞かされたよ」

 ジェイナスは気まずげに頭を掻いた。

「俺はリルフェーノがまだ赤ん坊くらいの時から城に出入りしてたからな……今のアレもリルフェーノだとばかり思っていたんだ。実際に二人並んでるところを見せられても気持ちが追い付かない」

「ああ……姪っ子みたいなもんに思えてるのか」

「王族にそんな言い草は不遜なのは分かってるんだが。……しかしリルフェーノと同じ顔で、実は1000歳なんだと言われてもな」

「でも、あいつがデタラメに物知りで魔法もうまいことは事実だろ」

「ああ。残念ながらな。……ホークは前から知ってたのか?」

「俺も知ったのはジェイナスとリュノを運んでからだよ。……ま、元々のレヴァリア国民じゃねえから、そんなにショックがあったわけでもないが」

「そういえばアスラゲイトの生まれだったか」

 ひとしきり語り終わり、互いに溜め息をつく。

 ここまでの慌ただしさ、世の中への理解の激動、そして大きな戦いと、魔族たちへの苦労。

 互いに平行線のような状況の中で抱えていたものをようやく共有し、同じ場所にいることをやっと確認する安心感。

「疲れるよな、こう何もかも一筋縄じゃねえってのは」

「全くだ。仲間ってのはやっぱり必要だな。自分だけじゃないって思えるだけで納得感が違う」

 笑い合い、軽く握手する。

 久しぶりに……いや、もしかしたら初めて、ホークとジェイナスは仲間として互いを確認しあえたのかもしれない。

「これからどうするんだホーク。手伝うぞ」

「いいのか」

 意外な申し出にホークが問い返すと、ジェイナスは少し困った笑みを見せる。

「死んでる間に流れに取り残されちまったんだ。今は俺が率先するって状況でもない。もちろん、魔王には一番に挑んでいくつもりではいるが……まずは流れに乗ってるお前に加勢するべきだろ?」

「そりゃあ助かる話だが」

 ジェイナスは部屋に揃っているホークの仲間たちを見回す。

 ファル、ロータス、レミリス、イレーネ。

 パリエスやエリアノーラは別室でガイラムや国王と今後の戦略の協議中だ。

「知らない間にパーティは全員女の子か。随分モテてるな、ホーク」

「冷やかすな」

「って、どうしたんだメイ。髪なんか染めて」

「あ」

 ファルのことをすっかり失念していた。説明が面倒で、前回も適当に演技させて流してしまっていたのだ。

「あ、あの……」

 ファルもホークとジェイナスを見比べながら、どう説明したものか困惑している。

 ホークは観念して両手を上げる。

「わかったジェイナス、説明する。また面倒な話が増えるが、次にやるべきことに必要だから聞いてくれ」

「ホーク」

「俺たちは、次はこいつの……ファルの本体を取り戻しに行く。今がチャンスなんだ」

「ファル? メイじゃないのか?」

「メイだがメイじゃない。メイが体を貸してるんだ。今、こいつの精神はロムガルドの“勇者姫”ファルネリアのもんだ。そのファルネリアは今、クラトス王都ナクタでずっと死にかけのまま封印されている」

 きょとんとしているジェイナス。

 何度目の説明になるんだろうな、と思いながら、まずはピピン王都近郊でのファルネリアとの出会いを話そうと思い、ジェイナスに椅子を指差して勧めつつホークも座る。

 と、そこにノックの音が響いた。

「誰だ」

「僕だ。謎の美少女だ」

「帰れ」

 ホークは即答した。

「……レヴァリアだ」

「……入れ」

「何も間髪入れずに帰れはないだろう……全く」

 ブツブツ言いながらレヴァリアが入室する。

 そして、小動物のように部屋の隅で縮こまっているイレーネを見て少し表情を強張らせ、数瞬ほど間を置いた後、ホークとジェイナスに視線を移して気を取り直す。

「ジェイナスもいるならちょうどいい。盗賊君、少々困ったことになった」

「お前がそう言うと本当に嫌な予感しかしねえ」

「そうだね。まったりとはしていられないのだけは確実だ」

 レヴァリアは笑いもせずに続けた。


「アルダールが落ちたそうだ。ロムガルド王ウィルフリードは殺され、現在ロムガルド軍が新たに魔王軍化しようとしているらしい」


「アルダールが……」

「落ちた、だと……?」

 ファルとロータスが愕然とする。

 ロムガルド王都アルダール。

 大陸最強の国家の要。

「ラーガスを倒してあとは魔王、っていう簡単な話ではなくなってきた。次は南から来るぞ」

 レヴァリアの口調に、いつものおどけた調子は見られなかった。

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