山国の七人

 ワイバーンと魔族二人が空を翔ける光景は嫌でも目立つ。

 とはいえ、遠目にそれとはあまりわからない。

 ワイバーンは野生にもいくらか存在し、また翼開長だけなら匹敵するモンスターもちらほらいる。

 魔族の二人はそれよりは小柄であるため、地上からの視線の邪魔になる森の上を飛ぶ限りにおいては「何かデカいのが飛んでいる」と思いはしても、彼らの正体には気づくまい。

「降りるのはいいが結局どこに降りるんだ。いきなり王都に飛び込むのはさすがに無理だろうし」

「おそらく、最寄りのマクレフの町を目指すと思います。魔王軍の進軍速度的にも、そろそろ戦火が近いですから」

 女神官エリアノーラは神官帽を握りながら答える。

 彼女が下界の情勢をパリエスに逐一伝える役だったのだ。それだけ伝えるべき情報には詳しいか。

「奴らとベルマーダ軍の戦力差はどんなもんなんだ? 思ったよりは進軍が遅いって印象だが」

「差は歴然ですよ。勝てるわけがないです。でも、ベルマーダ軍にはドワーフ部隊と人馬部隊がいますから」

「?」

「ドワーフ部隊はとにかく我慢強くて力が強いドワーフ族が、彼らの手製の高級武具でもって迎撃します。脚が短い分、機動性には劣りますが、守勢ではとにかく強いというのがもっぱらの評判です。人馬は文字通り人馬族の部隊。土地鑑の強さと機動性の高さでドワーフ部隊とは逆の強みを発揮します。彼らがそれぞれの強みを発揮すれば、魔王軍としては被害の多さに悩むでしょうね」

「人馬族なんて部隊作れるほどこの国にいたのか……」

 人馬族は数の少ない亜人で、下半身が文字通り馬。

 他の種族とは交尾形式そのものが違うため、混血もまず発生せず、また屋根のある家を持たず生涯を駆け回って過ごすことも知られている。

 一時期、王国を興したこともあったが、高いプライドとその生活様式、また下半身の違いのために実質的に政略結婚ができない都合から、他種族との折り合いが全くつかず、ほどなくして国家は滅亡してしまったというエピソードも持つ。

 それがベルマーダで部隊を編成するほど集まり、そして王家に従って戦っているというのはホークには耳慣れない話だった。

「有名なのか、ロータス」

「一応、人馬兵の存在自体はロムガルドでも把握はしていたが、部隊として集中運用をしているのは初耳だな。最近戦力化したのだろうか」

「エルスマン将軍という人馬将軍が数年前に誕生したんです。彼の言うことなら、ということで人馬兵が相当集まったと聞きます」

「なるほど……ロムガルドではここのところ対魔王軍戦略に傾倒していて、そのあたりの情報収集は疎かだったと言わざるを得ないからな」

「山頂の鳥人族といい、先日の犬人族といい……亜人がのびのびと暮らしている国なのですね、ここは」

 ファルが少し羨ましそうにする。

「土地が険しいために閉鎖的で、だからこそ亜人は亜人で集まって干渉しあわないだけ、とも言えますけれど」

 エリアノーラは嘆息する。

「山が多いおかげで、隣近所の街ですらみんな億劫がって出かけないんです。特にうちの教会では若い神官ばかりがこき使われて……」

「おかげでその若さで高位神官、ってか」

「パリエス様にお目通り願うのに下級神官では恰好がつかないっていう事情もありますけど。私はドワーフの血を引いているせいか、子供のころから体力があったので、体力のいる仕事をこなしているうちに自然とこの役が来まして」

「ドワーフなのか」

「ドワーフじゃありません。1/8ほどドワーフの血が入っているだけです」

 改めてエリアノーラを見ても、見た目からはドワーフらしさなどまったくない。

 清潔感のあるショートカットの髪と、女性にしては高めの身長、よく見るとしっかりした肉付きの手足。

 通常、神官職はあまり腕力を必要としない。その力強い手足の印象から、おそらく神官服を脱げば「農民か漁民の娘かな」と思える部分は感じられるが。

「私のひいおばあちゃんが、ガイラム将軍の娘の一人だと聞いたことがあります。でも、将軍に直接会ったことはないんです」

「え、あの爺さんの子孫なのか」

「子孫と言ってもいっぱいいますけどね、うちの家系」

 長命種の場合、そういうこともあるのか、と驚く。

「もしかしてロータスも……こんな変態ということは、実は孫やひ孫が数百人いたりするのか」

「何故変態というだけでそんなに子沢山だと思うのだ。私はまだ出産経験はないぞ」

「え、この人変態なんですか」

 エリアノーラがギョッとして身を引く。

「しょっちゅう裸を見せつけてきたり緊縛にハァハァ興奮したりする変態女だ」

「裸になるのは仕方あるまい。旅の道連れに無闇に距離を求めるな。緊縛が好きなのは認めるが」

「童貞貰ってやるとかもことあるごとに言うじゃねえか!」

「私だけではあるまい。そもそも童貞を後生大事に取っておく貴殿がおかしいのだ」

「別に大事じゃねえけどいきなりとびきりの変人で捨てない程度は自由だろ! こっちだっていい思い出にしたいんだよ!」

「あの、ホント私挟んでそういうのやめてくれますか」

 エリアノーラが両手を上げて二人を諫める。

「……でも緊縛好き程度かぁ」

「……なんだよ、もっとひどいの想像してたのか」

「あ、いえ、ほらなんというかその」

 何かを誤魔化そうとするエリアノーラ。

 それまで黙っていたレミリスが、顔を向けずにポツリと言う。

「……昔の文献、時々、すごいのいる」

「…………」

 どうやらエリアノーラは、レミリスの言うように、何かの勉強の過程か、あるいは教会内の実例で何か見てはいけないものを見てしまったらしい。

「おい。だからお前意外とエロ話に淡白なのかレミリス」

「知り過ぎた。ホーク、全然まし」

「そういう理由かよ! っていうかアスラゲイトの連中は何を赤裸々に書き残してるんだよ!?」

「やばいのほど、記録、残してる」

「あと俺をそういう伝説級の変態に並べるな!」

「並べてない。並ばないで。上級者過ぎると、さすがに私でも、無理」

 もしかしてベルグレプス皇子というのも「裏では凄い変態だ」というのを聞いたからレミリスは逃げ回っているのだろうか。なんとなくそんな気がした。

「……この人がホークさんの彼女さんなんですか」

「ん」

 エリアノーラの問いに、即頷くレミリス。

「違うよ!」

「違います」

「事実無根だ」

 ホークとファルとロータスは全力で否定する。

「……結局どういう集まりなんですか」

 エリアノーラは途方に暮れた顔をした。


 町の近くの森の中に着陸する。

「このアミュレットもう外していいだろ?」

「もちろんです」

 パリエスに確認を取って首にかけたアミュレットを外すと、急に風が身に当たり、ホークはスゥッと涼しさを感じる。高空では風で体温を奪われるのは一大事だが、地上は夏なのだった。

「ここからどうするんだパ……ディアマンテ。参謀やるんだろ」

「まずは、皆さんの戦力を把握しておきたいのです。ホークさんやファルネリア王女、それに体を貸しているメイさんという方の力……魔族とも渡り合うというのは聞きましたが、本当にそのまま魔族級の戦力にぶつけていいものか」

「いや、直でぶつけられるのは俺は困る」

「私も……メイさんも、少し力に波がありますので、単独でやり合うのは少々」

「ロータスさん、レミリスさんは」

「私は魔剣使いとしては残念ながら二流だ。間借りをしている今の状態の姫にも少々劣る。場を繋ぐ程度の戦力と考えていただきたい」

「戦い、経験、ない。魔術、戦闘用、少ない」

「……安定しない戦力ばかりということですね」

「相変わらずじゃのう」

 ホークも今更ながらに思う。一筋縄ではいかない奴しか仲間にいない。

「だが、ホーク殿の力はうまく決まれば強力無比だ。相手の手の内を私やファル殿、メイ殿で引きずり出した上で、ホーク殿が決める。それが必勝の戦術と言える」

「協力して戦うことで真価を発揮するパーティということですね。……その力を理解できなければ、私も作戦は立てられません」

「……言われてみればそうか」

 手の内を明かすのは何度目になるだろう。と思いつつも、ホークは皆と頷き合い、“盗賊の祝福”の説明、それとメイやファルの実力や特性の客観的評価をパリエスに伝えていく。


「……聞いてもにわかには信じられませんね。魔術や肉体の鍛錬とは別の方向過ぎて……人間の隠された能力、ということなのでしょうが、これはホークさんが別種の進化をしてしまったのか、あるいは既存の人類の中で発生し得る能力なのか」

「面白いじゃろう」

「面白がっている場合ではないでしょうイレーネ」

 思った以上に深刻な顔をする(覆面をしているが)パリエスに、ホークも少々不安になる。

 変わり種の能力というのは自覚していたが、救済という形で人の力と向き合ってきたパリエスにすら正体不明と言われると、何か不吉な気がしてきてしまう。

「じ、実は使うと寿命がゴリゴリ減ったりとか、そういう呪いみたいなのだったりするのか……?」

「わかりません。特に呪いという感じのマナの変調は見られないのですが……」

「今まで散々使って、それでも疲れるだけで済んでおるのならそういうものじゃろ。何もパリエスが人類を作ったわけではない。不具合を疑って相談したところでどうしようもあるまい」

「そ、そうだよな」

「仮に呪いじゃとしても、それと付き合わずに生きることは諦めたのじゃろう」

「……そうなんだけどさ」

 そう言われてしまうとホークには何も言えない。

 盗賊であること、悪党であること。それらはもう、ホークの生き方から切って切り離せるものではない。

 敵も必ずしも無辜ではなかったとはいえ、盗み、殺し、奪い続けてきた。

 そして今なお、手を伸ばす。

 今から真人間になることはできないのだ。

「……とにかく、マクレフの街にはもうすぐ1000人規模の先遣隊が現れると思います。それを街に接触する前に蹴散らし、相手に警戒させて進軍を鈍らせるのが手始めです」

「それで戦略的な意味はあるのか」

「今のところ、まだガイラム将軍はゼルディアに到着していないか、あるいは着いていたとしても指揮権を与えられていないでしょう。彼の手に使えるだけの戦力が残り、集まるためには、もう少し時間が必要です。その分の時間を、イレーネを軸にして稼ぎます」

「儂が軸か」

「他の方たちの戦力は、見てからでないとわからないのです。小手調べに戦うくらいはして下さい。大物ならともかく雑兵なら、あなたの魔毒でひとたまりもないでしょう」

「意外とえげつないことを言うのう」

「今の私は怪人マスクド・ディアマンテ。気の弱い引き篭もり魔族はメロナ山頂に置いてきたのです」

 大真面目に言うパリエス。

「1000人規模……簡単に言ってますね……」

 青い顔をするエリアノーラ。

 ホークたちも顔を見合わせる。1000人相手で「小手調べ」。魔族はスケールがやはり違う。

 ホークたちはそれぞれ奮戦してもせいぜいが数十人、特にホークは大部隊相手には弱い。

「パリエスが強化してくれた魔剣がどこまで使えるか、だよな」

「レヴァリア様からお借りした『イグナイト』、どんな効果なのでしょう」

「ホーク、中盤までチョロ、乗る?」

「エリアノーラ殿はいかがなされる」

「これ、神官の仕事ではないと思うんですけど……身を守る程度は」

「リュノは時々攻撃魔術ぶっ放してたから別にいいんじゃねえのか。信徒守るのも教会の務めだろ」

「そこまで教会に期待されても困りますよ! 癒しならともかく!」

 かくして。

 山国ベルマーダで、たった七人と一頭による対軍戦闘が始まる。

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