仮面の女神

「なるほど。事情は……わかったような気がします」

 若き女性高位神官エリアノーラは、イレーネとファルによる説明を聞いて、いまひとつ納得がいかないながら渋々、という感じで頷く。

「何か不明な点でも」

 ファルが言うと、エリアノーラはホークを横目でジロリと見つつ。

「ガイラム将軍がそんなに簡単に人を認めるとは思えません。頑固で愛想のないことで有名な方です」

「いやまあ、典型的な頑固爺って感じだったけどな」

 ホークも頷く。

「それに、あなた方が元々レヴァリアの勇者パーティだとか、ロムガルドの勇者姫だとか、アスラゲイトの魔術師にして帝室随一のイケメンに求婚された方だとか、ちょっと話が突拍子もなさすぎるので」

「……何、第三皇子ってそんなイケメンで有名なのか」

「美男子とは聞きます。あと第一皇子はそろそろ四十の髭のおじさまで、第二皇子はあまり見目が良くないので、必然的に若いベルグレプス皇子は若い帝国女性には一番人気だと」

「……なんだかんだでファルもそういうの気にしてたんだな」

「い、一番警戒すべき他国の話です。どうしても流れてくるのですよ」

 どうもレミリスを狙っているのはイケメンらしい。女などいくらでも選べる立場なら、なおさらレミリスのような変人に執着するのは不思議だが。

「それに、魔族が……よりにもよって勇者ではなく盗賊の手助けを買って出るなんて」

「勇者なぞ放っておいても勝手に事を為すじゃろうし、儂の手を入れればかえってその奮闘に泥を塗るじゃろ。インチキは盗賊が似合いじゃ」

「お前そういう魂胆で俺にこだわってんの!?」

「冗談じゃ。が、まあ正直勇者は自由に泳がせて眺める方がよいと思うているのは事実よな」

 イレーネの言動の端々から感じられる、妙な「魔王戦役」の「王道」に対するこだわりからすると納得のいくことではあるが、そういう理由と改めて言われれば、ホークとしては少々複雑だった。

「……なんだか色々過積載な感じがすること以外は、わかりました。とにかくガイラム将軍に恩があり、ベルマーダ王国軍を手助けしたくてパリエス様を頼ったと」

「ざっくり言えばそうだ。ついでに頼るにしても難しい相手だとさっき気づいたところだ」

「我々パリエス教会としても、パリエス様が直々に動くことは好ましくありません。ここはパリエス様の下命を受けたということにして、我々教会のベルマーダ支部が手伝うということでここは引いていただけませんか」

「引け、って言われてもな」

 パリエス教会は大きな組織だ。住民の心のよりどころでもある。

 それを味方に付ければ、色々とメリットはあるように思う。

 が、それでパリエスが納得してくれるかは全くの別問題だ。というか、パリエスをうっかり動かしてしまったことが今現在ホークたちが一番困っている懸案と言っていい。

 そして、パリエスは案の定納得しなかった。

「エリアノーラ。あなたたちの働きは世にとって大切な意味があるのは理解しています。ですが、それを私の力として一心同体のように扱うには、既にあなたたちは離れすぎています」

「でも、パリエス様。はっきり言わせてもらいますが、パリエス様が戦乱に舞い降りて何をするっていうんですか。癒しは我々の数で対応します。戦いはもとより優しいあなた様の得意とするところではないでしょう。確かに魔王軍は残虐にして貪欲、近くゼルディアも戦火に巻き込まれることでしょうが、民は耐えます。魔王軍の糧を差し出すことになりはしても、あなた様が最後まで見守ってくれていることを信じて、戦いの終わる日まで耐え忍びます。ベルマーダ王家が滅びても、この大地は消えるわけではないのです。見守り、時には我々に知恵を授けて下さることがあなた様の恵み。それでいいではありませんか」

 パリエスが傷つくことのないように言葉を選んだ物言い。さすがに慣れてるな、とホークは内心で舌を巻く。

 だが、イレーネは肩をすくめて神官に冷たく言う。

「お前が魔王戦役をよくわかっとらんのはわかった。……魔王がその気になれば大地なぞ全く安泰ではないぞ。このベルマーダ自体、過去の魔王戦役でこうも荒ぶった地形になった国じゃろ」

「っ……そ、そんなのは」

「ただの伝説、とでも言いたいんじゃろうが、事実じゃ。魔王の力なら難しくはないぞ。……逆に、この国を水底に沈めることさえ、な」

「イレーネの言う通りなのですよ、エリアノーラ。過去の戦役でそれが実行されなかったのは、魔王と呼ばれたものの気が向かなかった、それだけのことです。黙っていれば安全、というのは違います。あなたたちはそれでも私が姿を見せない方が都合がいいのでしょうが」

「そんな、我々を誤解なさらないでください! 決してあなたを疎んじているわけでは」

「前回も、前々回も、私は意気地がないために黙って耐えました。あなたたちが押さえようとするのを自分への言い訳にもしました。でも、それで後悔しなかったわけではありません。ずっと、私はすべきことをしていないという悔恨の中にありました。……イレーネや彼が来て、ようやく気持ちが決まりました。私はすべきことをします」

「儂らもお前は座ってた方がよいと思うがのう」

「気持ちは立派だけど本当どうする気なんだよあんた」

「…………」

 イレーネとホークのあまり気乗りのしていないコメントに、パリエスは恨みがましい視線を送る。

 が、気を取り直し、胸を張って。

「彼らの参謀として、下界でできる限りの補助をします。人殺しは得意ではありませんが、兵術の知識もあります。どう戦うのが効果的か、魔王軍の動きは何が狙いか……今まであなたたちがもたらしてくれた情報から、読み出すことは難しくない。そして、人々を癒します」

「いやいやいや」

「それが一番無茶じゃろ。どうするつもりじゃ蛇女」

「大丈夫です」

 パリエスは服の中から、スッと何か袋状のものを取り出した。

 穴がいくつか開いている。ホークは嫌な予感がした。


「これをこうして被って……これで私が誰かはわかりません!」

 布マスクだった。ただの仮装だった。


「そもそもあんたの顔誰も知らないんだよ!?」

「どっちにしても怪物女と言われるじゃろうが」

「大丈夫です」

 なぜかパリエスはマスクを被ってから強気になった。

「このマスクド・パリエスはパリエスではないのでどんなことを言われても効きません!」

「せめてそのネーミングはなんとかしろよ! 何一つ隠れてない上にカッコ悪いぞ!」

「ひぅっ」

 ホークのツッコミはマスクを貫通し、パリエスは涙目になった。

「っていうかなんだこの愉快なアホは。本当にパリエス教会のご本尊のパリエスなのか」

「奴なりに考えてはいるんじゃろう。考えては。……長いこと安全な山の上でいじけさせておったせいで浮世離れし過ぎたのかもしれん」

「う、うえええええ……!」

 ダメージが貫通したままホークとイレーネが歯に衣着せずに貶したせいで、パリエスは泣き出してしまった。

「泣き出すと長いんですよパリエス様は! どうしてくれるんです!」

「知ってるよ! でも今のツッコミ入れずにいるのは駄目だろ色々!」

 エリアノーラといがみ合いつつパリエスが泣き止むのを待つ。


       ◇◇◇


「ぐすっ……で、でも私はこれで下に行きます。名前は……イレーネ、適当に付けてください」

「怪人羽蛇女でよかろう」

「……ではそう名乗ります」

「ふて腐れるなよパリエス! イレーネも少しまともに考えてやれよ!」

 結局、どうしてもパリエスは下界に降りるつもりらしい。

「それと、マスクをつけたら私のことはパリエスとして扱わないでください。そうしてくれれば本当に別人になり切れます。何度も練習したんです」

「練習って」

「イメージトレーニングです。馬鹿にならないんですよ」

「そんなに下界に降りたかったのか」

「……後悔はしていたと言ったでしょう。ずっと、自分の弱さのせいだと理解もしていました。何とか解決策をと……イレーネのように羽根や足をしまって人間のようにすることも考えましたが、その状態では人に紛れることができるだけです。私の弱さを補うことはできない。それでは根本的な意味がないのです」

「……めんどくせー、この魔族」

「ひぅっ」

 ホークの言葉がまたパリエスを傷つけ、エリアノーラとお付きの鳥人に左右から肘の乱打を食らう。

「では名前はどうする、ホークよ。少しはマシな名をくれてやれるのじゃろ」

「ファル殿に続いて、ホーク殿が名付け親だな」

「ファル、ホークに、名前もらった?」

「はい。最初は姫さんとかファルネリアと呼ばれていたのですが、何かと不都合がありましたので」

「お前らそんなニヤニヤ見るな」

 ホークは考える。そして、怪人よりはマシかと思って口にする。

「ディアマンテ」

「……何故ディアマンテじゃ」

「宝石の方が景気がいい。それにどうせなら硬いのがいい」

「……では改めて、そう名乗ります」

 パリエスは頷き、マスクをかぶる。

「それでは怪人マスクド・ディアマンテ、これより下界に向かいます」

「いろいろ残すな馬鹿!」

「怪人の二つ名、実は気に入ったようじゃの」

「あの、それより私はどうすれば……」

 エリアノーラは途方に暮れた顔をする。

「好きなだけ休んでけ。俺たちはパ……ディアマンテと一緒に下に行く」

「や、休んでどうするんですか! 私が言ったのはですね!」

「チョロのゴンドラ、そんな大荷物、無理」

「何が入っているのだ、エリアノーラ殿」

「これは……教会からの献上品やら帰りの食糧やら……」

「置いて行けばよかろう。とにかく降りるぞ神官。儂らは急ぐのじゃ」


「本当に我々もついて行かなくてよいのですか」

「あなたたちは私をパリエスとして扱ってしまいます。それは私を致命的に弱くするでしょう。申し訳ないですが、この地の守護の方をお願いしたいのです」

 同行を申し出た鳥人たちだったが、パリエスは断った。

 チョロのゴンドラにホークたち一行は乗り込み、イレーネとパリエスは自前の翼で山頂の神域から飛び立つ。

 借りたアミュレットのおかげでホークたちは行き道のように防護をしなくてよくなった。後で返さなくてはいけないが、それは戦乱の終わった後でいいだろう。

「怒られる……絶対下に降りたら怒られる……」

 エリアノーラは結局イレーネの代わりにゴンドラに乗ったが、ブツブツと呟いて暗い顔をしている。

「どうせ戦争中だろ。気にするな」

「戦争中でも冠婚葬祭もミサも治癒魔術も教会が取り仕切るんです。パリエス様が暴れるとなったらそれ全部わやわやになるかもしれないんですよ。連絡員の私にほぼ全部責任が押し付けられる気がしますよ」

「あれはパリエスじゃない。ディアマンテだ。あいつがそう名乗ってる限りは誰もパリエスとは結びつけないだろ」

「そうは言っても! なんであんなアホみたいな仮装をあなたたち信用してるんですか!」

「もうめんどくさくなった。とにかくガイラムを助けるのが先決だ」

「投げてますよね!? それ問題ブン投げてますよね!?」


 二人の魔族と一頭のワイバーンが、雲海の上から地上へと舞い降りていく。

 ようやく、ホークたちの反攻戦が始まろうとしていた。

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