女神の助力

 ホークたちはパリエスをどうしたものかと困り果てていた。

 一応は味方にした……と言っていいものかはわからないが、ベルマーダを救うという目標をホークがぶち上げ、それに協力するのかしないのか、と迫ってしまった手前、パリエスが消極的ながらも協力する方に意志を示したのをむげにはできない。

 だが、ちょっとキツく言われただけで泣き出すこの魔族をどう協力させればいいものか。

「あの分だとバケモノって叫ばれたらそれだけで動けなくなりそうだよな」

「でも言われますよね……」

「面倒見てたら犠牲が増えそうだ」

「お知恵だけ借りるというのはどうか。戦乱向きではないと本人も自覚しておるのだろう」

「暇、あったら、魔術研究、手伝ってほしい」

「ないぞ、そんな暇は。少なくともガイラム爺さんは取る物も取りあえず向かわないと死ぬ」

「ラトネトラはともかく、あの犬人集落の犬人たちもな」

「……ん。戦後のお楽しみ」

「それはそうとして、今回はどうしてもらうか……」

 イレーネを除いた四人で作戦会議する。

 そんな彼らに、パリエスはしずしずと近づいてきた。

「あなたたちの志はわかりました。恩ゆえにベルマーダの民を救おうと隣国から駆け付ける気高さ、ベルマーダの土着の者の一人として尊敬し、ありがたく思います」

「お、おう」

「下界の状況は、我が眷属や教会の派遣司祭から聞き及んでいます。こんな山の上ですが、おそらくは王家と同等の情報は手に入っています」

「それでも黙って見過ごそうとしたのか?」

「……ひぅ」

 ホークの皮肉に早くも怯むパリエス。

「ホーク殿!」

「……わ、悪い」

「パリエス殿。先ほどもご説明申し上げた通り、ホーク殿は粗野な生業ゆえ、物言いがどうにも尖りがち。話は私が承るゆえ、彼の一言一言は相手にせぬがよろしい」

「お前、人をアタマに祭り上げたかと思えばその扱いはひでぇだろ!」

「貴殿には任せておけん。口をついて憎まれ口が出るのは、私たちならば可愛いと笑ってやれるが、相手によるのだ」

「く……」

 ホークは引き下がるしかない。物言いの加減くらいできる、と言いたかったが、いきなりパリエスを涙目にさせておいて説得力はなかった。

「ホーク、子供」

「……そんな喋り方してるレミリスに対話技術で見下されたくねえんだが」

「人の悪口、抑えるの、ホークより得意」

「お前は悪口以外も抑えないとドン引きされるからだろうが」

 地味にレミリスとホークが小突き合っている間に、ロータスはパリエスとの交渉を開始する。

「まず、戦いに直接参加されることに関しては、魔族が参戦されることのメリットとデメリットを鑑みるとあまり現実的ではないかと思う」

「私がイレーネのようには戦えないと踏んでのことですね」

「イレーネ殿も魔王軍幹部級との戦いは我々の意には従わないと仰っている。重要な戦いでどういう立場を取るかは、その都度判断したいということだろう。魔族という存在の大きさを考えれば、安易に人の勢力の味方をすべきでないというのは理解できる。パリエス殿もまずはそのようにすべきで、身を守る以上の戦い、そして人に対する立場表明はまだ尚早と思う」

「……では、私をどういう位置に抑えたいというのです」

「ホーク殿とファル殿は、ああ見えて戦闘能力は非常に高い。条件さえ良ければ魔族とも渡り合えるほどだ。私やレミリス殿も彼らには及ばないが、雑兵を恐れるほど無能ではない。元々我々だけでも、ベルマーダのガイラム将軍に協力し、なんとかラーガスの足を止め、いずれ戦線復帰するレヴァリアのジェイナス殿を待とうという話になっていた。パリエス殿はそれに対する知識面や戦略面でのサポートを……」

「ファル、というのはロムガルドのファルネリア王女の人格転送体ですね。あの首飾りの魔術構造、覚えがあります」

「……その通り。姫は現在、クラトスの地で生き地獄を味わっておいででしょう」

「……封印術を施されている、ということですね。逆に言えばそう簡単には変わらない状況に置かれている……ベルマーダの戦災が終わる前に、あのワイバーンで奪いに行くのがいいでしょう。情勢が決してからでは守りが堅くなりますよ」

 パリエスは助言する。さすがに魔術に関することではエキスパートのようだった。

「それと、その鞘。あなたはロムガルドの魔剣使いなのですね」

「いかにも」

「見せて下さい。調整しましょう。ロムガルドの魔剣は技術が低すぎて扱い辛いでしょう」

「……魔剣を、いじれるということですか」

「きちんと先文明によって完成したものは、あまり調整の余地はありませんが。ロムガルドのものは精度が低いし、解釈できていない構造を雑に転写しているとしか思えない無駄な出力式が多すぎます。丁寧に手直しすれば性能は二倍にも三倍にもなり得るでしょう」

 ロータスから鞘を受け取ったパリエスは、引き抜いた「エクステンド」を手に取ると、まるで楽器を奏でるように指を滑らせながらしばし調整し、そしてロータスに渡す。

「材質の悪さはカバーできませんが、この魔剣なら出力式を無駄なく整理するだけでこれだけ性能が出せますよ」

「……魔剣を鍛冶もせずに調整するなど」

 ロータスは「エクステンド」を受け取り、順手に、そして逆手に持って感触を確かめ、目を見開く。

「……なんと。古の魔剣……とまではいかずとも、それに近いほどに……」

「おいロータス。それ伸びる魔剣だろ。性能上がるにしたってそんなに余地あるのか」

「これも元は古の魔剣をコピーしたものだ。本来のものはもっと性能が高い……というか、ただ『伸びるだけ』の魔剣などであろうはずがないのだ」

 ロータスは空に石を投げ、魔剣を振る。

 石は一振りで四つに割れた。

「……!?」

「感覚的な扱いは難しいが、本来の太刀筋と別の一撃を追加できる。使い手が良ければ攻撃数は一度に3つにも4つにもなるだろう」

「いや、どうやってんだよ。っていうか本気でデタラメじゃねえか」

「魔剣とは本来、そういうものだ」

「随分大量にありますね。手直しのし甲斐がありそうです」

 次の魔剣を手早く直しにかかるパリエス。

「おい、ファル。これって凄いんじゃねえか」

「……量産魔剣が古の魔剣並みの性能になる……とんでもない戦力アップかもしれません」

「っていうかロータスはなんで使う前から効果がわかるんだ……」

「それは……わかりません。普通は無理です」

 パリエスもロータスも微妙に予想の上を行く。

 唖然とそれを見ているホークたちの元に、鳥人が寄ってきた。

「お前たちはパリエス様をただの泣き虫だと思っているかもしれん。だが、パリエス様はその慈悲深さゆえに崇められ、人々に力と知恵を貸し与え続け、蛇身の聖母とも呼ばれたお方。今のパリエス教会が歪んだ欲望のもとに暴走し、パリエス様のお姿すら満足に伝えなくなったとしても、その献身的な精神と至高の叡智は、人々に崇められるに値するものには違いないのだ」

「おいトリさんよ。パリエスがショック受けてるぞ。ただの泣き虫呼ばわりされて」

 ホークが指差す先でパリエスは鳥人を見て口をへの字にし、目を潤ませている。

「い、いえ、決してパリエス様を腐そうとなどしたわけではなく! この者らの不心得を見かねて!」

「わ、わかっています。でも本当はあなたもそう思っているのですね。ぐすっ」

「滅相もなき事!」

 めんどくせえなあ、とホークは溜め息をつく。


 ロータスとレミリスにも、パリエスは治癒魔術の手ほどきをしてくれるらしい。

「パリエス教会外の奴に教えたら、教会の奴ら怒るんじゃねえのか」

「私は魔術に資格など設定した覚えはありませんから。本当は誰もが使えるに越したことはない魔術なのです」

「ホーク殿、貴殿は下がっていてくれまいか。何の気のない言葉がいつ失言になるやもわからん」

「へいへい」

 素養があるだけの者ならともかく、それなり以上に魔術に精通した二人なら一刻もあれば扱えるようになるということだったので、ホークは彼女らの講義風景をぼんやりと遠巻きに見ながら時間を潰す。

「そういや、お前はウーンズリペア使えるんだよな。ロータスなんかが使えるようにした方が便利だったと思わないのか」

 同じく退屈そうなイレーネに水を向けてみる。

 イレーネは肩をすくめた。

「儂は取引の種を減らす理由がないからのう。お前が怪我をするたびにこまごまと代償を貰えるからの」

 前日の大猿戦の怪我の代償はまたマッサージだった。

 二度目ともなると多少慣れたので、なんだか子供の頃に親から小遣いせびった時みたいだな、なんて余裕をかましていたらイレーネにつまらなそうな顔をされた。

「じゃあ、これからはその手が使えなくなるな。止めなくていいのか」

「そこまでしようとは思わん。それに、これからはもっと大ごとになるからのう。お前が持ちかける取引も多くなるじゃろ」

「俺からかよ。そろそろ俺も強くなってきたし、あいつらも頼りになる。逆にお前に頼らなくなるかもしれないぞ」

「そんなことはないじゃろ。相手はラーガス軍、魔王軍最大規模の大軍じゃ。逃げてどうにかなっていた今までとは勝手が違う」

「……そりゃ、確かにそうだが」

「儂を上手く使え、頭領」

 イレーネはホークの顎を取り、嫣然と微笑む。

「代償が嫌なら女を釣る技を磨け。儂も女、こいつのためにならタダ働きしてやりたいとすら思える男もおる」

「……お前もよく考えたら訳が分からねえよな」

「そうか?」

「レヴァリアは魂胆をバラしたが、お前は結局何したいんだか、よくわからねえ」

「語らせてみよ。しとねでな」

 イレーネが顔を近づけてくるが、それをファルが手で止める。

「油断も隙もないですね」

「無粋な女じゃな」

「メイさんに特に注意しろと言われていますから」

 そういえばイレーネとファルは入れ替わりだったので、数日前が初対面だったな、と思い出す。両方それなりに長い付き合いをしていると思っていたが、互いに期間が重ならないのだった。


 と、そこに聞き慣れない素っ頓狂な声がした。

「わっ、ワイバーン!? あれ追っ払わなくていいんです!?」


 レミリスが反応する。ワイバーンへの差別的な扱いは彼女が許さない。

「誰」

「え、えっ……ここに普通の人がこんなに!? パリエス様も出てきてる!?」

 荷物を背負った神官服の女。人間族だ。

 先ほどまで鳥人とパリエスしかいなかったため、新しく来た者に違いなかった。

「誰だありゃ」

 鳥人に話を振ると、鳥人は軽く目を閉じて言う。

「ベルマーダのパリエス教会の高位神官だ。今現在、ここまで唯一自力で登ってこれる」

「え、一人で? 空も飛ばずに?」

「ああ。本来なら人間は歓迎できないが、自力でこの山頂まで来れる者は尊重している」

「いやあれ女の子だぞ」

「それでも登ってくるのだ。魔術すら使っていない。一度、下からずっと見張ったことがある」

「……マジかよ」

 周りはどう見ても壁だった。それに、険しい地形によってこの山頂は人里から30マイル以上は離れている。

 しかし、どう見てもホークと同じくらいか少し年上程度だ。

「尊重しているならそろそろ名前を覚えて下さい。エリアノーラです」

 神官はそう言って荷を下ろす。重そうな音がした。

「それでこの人たちは誰なんです」

「アスラゲイトの者たちだ」

「アスラゲイト? パリエス様には不干渉を誓ったはずでは」

「いや俺らアスラゲイトじゃねえから。強いて言えばレヴァリアの盗賊ホーク一味だから」

「盗賊!?」

 身構えるエリアノーラ。

 勇者一行というわけにはいかず、正義の大盗賊とは言いたくないホークはなんと説明したものか迷ったが、結局ホークの両脇でファルとイレーネが胸を張った。

「ただの盗賊ではありません。“正義の大盗賊”です」

「見た目を信じてそこらの悪党と思っていると驚くぞ。こんな顔して悪ぶっている割に甘すぎるからのう」

「泣くぞこのやろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る