新パーティ始動
ホークたちはそれぞれ客間を与えられ、メイたちも手錠を外され、そのまま夜を明かした。
翌日、改めて謁見の間でレヴァリア及びランディウス国王、宰相バーナードに謁見する。
とはいえ、国王は玉座に便宜上座っているだけだ。
「もう堅苦しいのは抜きにしよう。そもそも君らの中で、僕の臣民と呼べるのはメイくらいだからね。そのメイも半分はもう別人入りのようだし……はっきり言えば、今ここにいる君らが本気で暴れ出したら僕らには打つ手はない。その状況で偉ぶるのも滑稽だ」
レヴァリアが軽くそう言い切り、一応跪いていたホークたちを手振りで立たせる。
「そんなにこの城って守りが甘いのか」
「いや。それなりにはいるが、城の警備兵程度ではイレーネ一人さえ手に負えない。そこにもってきてメイと盗賊君だ。ルドルフより強い騎士はこの国にはジェイナスしかいない。僕は魔族としては戦闘力は低い方でね。総合的に見て、君らが今、レヴァリアで最大の武力だよ」
「……ほとんどイレーネじゃねえか。そもそもコイツは厳密には俺たちの味方と言っていいのか微妙だぞ」
「ククク。勝手に怯んでくれているのじゃ、放っておけば強気に出られように。相変わらず甘い悪党じゃな」
「…………」
ホークは苦い顔をした。甘いと言われるのは何度目だろう。
「ま、とにかく面倒な儀礼は抜きで行こう。君たちには改めて、レヴァリア王家としての無制限通行手形を進呈するよ。今の情勢ではどこで反故にされるともわからないが、ないよりはマシだろう」
「……まあ、チョロがいるから手形で関を通る機会はなさそうだけどな」
ホークはレヴァリアが差し出した手形を受け取り、道具袋に入れる。
「それと、支度金だ。魔剣の調達やジェイナスたちの再出発にも使うから、あんまり大金ってわけにもいかないけれど、これもないよりはマシだろう」
レヴァリアが視線をやると、バーナードがゆっくりと歩み寄ってホークに小さな魔法の財布を手渡す。
魔法の道具袋の金貨用だ。機能自体は他の道具袋と同じだが、物が小さくできている。コインより大きなものを出し入れするようにはできていない。
「だいたい1000枚だ。それで満タンってところだね。それで当座はなんとかなるだろう」
「気前がいいな。少しはあんたを好きになれそうだ」
「急に告白するなよ。やっぱり僕と寝たくなったのかい?」
「ねえよ。なんでお前ら魔族はすぐ下半身に直結するんだ」
ホークは再び苦い顔をする。レヴァリアは涼しい顔。
「性行為に生産性がないわりに、僕らには性欲は残されててねえ。本当はそういう本能を外すこともできたらしいんだけど、ヒトにある欲求を外しちゃうとそれだけ思考がヒトのものから離れていくみたいなんだ。そういうわけで無駄に性欲はある。でも恋みたいなママゴトでときめく瑞々しい気持ちは1000歳のロリババアに求めないで欲しい」
「自分で言うな。あとそれは俺以外で満たせ」
「馬鹿なことを言うなよ。この王宮には僕そっくりのいたいけなリルフェーノと、僕が順調に成長した姿であるキャロラインやベアトリクスもいるんだよ? もし僕がランディウスやルドルフで済ませたりしたら、彼らが味を占めて姫君たちに邪心を抱いてしまうじゃないか。それ以外の男は基本的に僕が魔族だなんて知らないし」
「勇者様には正体バレてないの?」
メイが言うと、レヴァリアは困り顔で頷く。
「ジェイナスはそもそも、国の背後に興味なんか持たない男だよ。良くも悪くも自分が立ち向かうべき悪にしか目を向けない。貴族も政治も面倒なだけ、関わりたくない、と小僧っ子の頃から言い続けているんだ。王家の姫を娶れと言われても即答で辞退し続けてきたしね」
「……意外とあいつ、脳筋バカなのか」
「生粋の『勇者』とも言えるね。過去に勇者と呼ばれた者の中には、欲目を出してさっさと政治の世界に飛び込んだ奴も結構いる。大抵は悲惨なものだよ。剣を振ることで認められた奴が、金とコネと騙し合いの世界で活躍できるはずもない。そういう奴にだけはならないつもりなのかもしれないね。……だけど、その姿勢では僕という真実に届きようはないんだ」
肩をすくめるレヴァリア。
「そういうわけで、ジェイナスに会ったら僕のことはとぼけておいてくれると嬉しい。僕もさっき会ってきたけど、まだ手足を動かすのも億劫なようだったよ。一度抜けた魂が馴染み切るまでに一週間くらいはかかるだろうね」
「……待ってるわけにもいかねえな」
ホークは呟く。
魂が馴染み、常人のように動けるようになるまでが一週間として、本来の強さまで復調するのはいつになるか。
待っていたら、ガイラムたちは持ちこたえられないかもしれない。
「ラーガス軍を追い払うまでは行かなくても、ジェイナスがまともにやれるようになるまでベルマーダを持たせることはできねえもんかな」
「ベルマーダに何かあるのかい、盗賊君」
「……帰りしなの恩人がいる。みすみす見殺しにしたくねえ」
恩人、というのが適当かは自分でも少し疑問だが、それでもガイラムやラトネトラ、犬人たちはあの敗北の旅で、数少ない味方だった。
「せっかくジェイナスたちと別行動しようってんなら、俺がとりあえず戻りたい戦場はベルマーダだ」
「わかった。だいたいの情勢は昨日、バーナードがロータス君から聞き取っている。イレーネをうまく利用すれば、敵をかき回すくらいならできるかもしれない」
レヴァリアは頷き、そして思い出したように言う。
「そうだ。ベルマーダならいい知り合いがいる。協力を頼もう」
「……知り合い? そもそも、魔王戦役で今さらになって声をかけないと腰を上げないような奴が……」
「あいつは複雑な立場でね。本当は動きたいはずなんだが、下手に動くとこじれるんだ。でも、君やイレーネが手を借りる形ならうまく腰を上げる理由になるかもしれない。声を掛けに行ってみるといい。場所はイレーネが知っている」
「……ベルマーダ……あやつか」
「あいつだよ」
イレーネが複雑そうに呟くと、レヴァリアは肯定する。
「お前らだけでわかられても困る」
「パリエスだよ。パリエス教会のご本尊。パリエス本人がベルマーダに隠棲してる」
「……えっ」
ホークは思わずメイを見る。メイは手を立てて、ちょっと待ってね、のポーズをして目を閉じる。
数瞬ののち、メイがファルへと変化した。
「……ほ、本当ですか!?」
「お前も知らなかったのかよ」
「い、いえ、私の場合は代理となる人を人づてに知っていた程度なので……本当はどこに住んでいるかは」
「……で、そいつはどこにいるんだ? どう声を掛けたら話に乗るか、お前ら目算あるんだろうな」
イレーネとレヴァリアに顔を向ける。イレーネは溜め息をつく。
「一応、な。確かに奴は腐っても魔族。それなりの戦力にはなろう」
「あんまり好きそうじゃない感じだな」
「ガルケリウスの馬鹿とは違って、顔を見るのも嫌というわけではないんじゃが……まあ、会えばわかる」
「……そんな複雑そうな反応されると、俺も当てにしていいのか迷うんだが」
「奴一人でベルマーダが守れるほどの戦力ではない。儂も含めて、助けにはなる程度じゃ。当てにするのは己の力、じゃろ」
「あー……」
ホーク自身にも、それほどの力なんてあるとは思えないのだが。
しかし、やると言ったのは自分だ。無理そうなんでやっぱりやめる、なんて言えはしない。
「僕からとりあえず与えられる助力は以上だ。……頃合いを見て休みに帰ってくる程度は構わないよ。いつでもベッドに入れてあげよう」
「お前のベッド以外なら気が向いたらそうする」
「なんでそんなに僕のベッドが嫌なんだい? 最高級品だよ」
「なんでお前は俺をベッドに入れたがるんだ。ロリコンはよくねえって自分で言っただろうが」
「あまり褒められた趣味とは言い難いが、もしもそうなら僕にとっては貴重な需要だ。君は事情を知っている数少ない若い男だからね。興味があったらいつでも来るといい」
「親が一応見てる前で猥談するんじゃねえよ」
「ランディウスのことかい? こいつは昔、酔って自分の嫁と間違えて僕に……」
「それ以上はナシにしてくれぬか、若人」
レヴァリアが何かを言おうとしたところで、置物のようだった国王が発言する。
ホークをジッと睨んでいた。
「……だそうだ」
「僕の話を横から遮るとはいい度胸になったものだね、ランディウス。いいだろう。ここは君の顔に免じてやるが、あまり調子に乗るなよ、入り婿風情が」
「……むむ」
ホークは国王がかわいそうになった。この国で数少ない真実を知る者として、ずっとレヴァリアの横暴に陰で耐えていたのかと思うと、同情を禁じえない。
城を発つ前に、ジェイナスとリュノの顔を見に行くことにする。
二人は城の特に奥の部屋で、厳重に兵士たちに警護され、数十人の女官に介護されながら横たわっていた。
「ジェイナス。首が繋がってるお前を見るのは久しぶりだ」
「けふっ……けふっ、けふっ。……その声、ホークか? すまない、目があまりよく見えなくてな」
「おいおい、大丈夫なのか」
「高位神官たちが言うには、生き返るとしばらくはそうなるものらしい。目も手足も、そのうちまともになるんだとさ。……俺の記憶では、やられたのはつい昨日なんだがな。久しぶりって言うなら、随分死んでいたってことか」
ジェイナスは簡素ながら肌触りのよさそうな服を着て、ベッドに横たわったまま、顔だけをなんとか動かしてホークに目を向けようとする。焦点はあっていなかった。
それでも、ちゃんと動いている。それだけで死体のままずっと運んでいたホークたちには感慨深い。
「お前が俺とリュノを運んでくれたって聞いた。……命の恩人だな」
「……いや」
ホークはその言葉を素直に受けられない。
命。
……昨日見た少年少女は、彼らの代わりに冷たい骸になったのだ。
ホークたちは運んだだけ。まだ死にたくなかったであろう子供たちを見捨てただけ。
だが、それを言ってどうなる?
本当はホークにすら秘密で行われようとしていた儀式だ。知ってしまったからといって、ジェイナスたちにまで負わせる荷ではない。
ホークは、敢えて軽薄に笑った。
「……そんな言葉で表せないくらい、深く感謝するんだな。貸しは一生モノだぜ」
「……ホーク様」
ファルがホークの内心を深く酌み、少し辛そうにつぶやく。
それを聞いてジェイナスは反応した。
「メイ? メイもそこにいるのか? 済まない、目が利かないせいで気付かなかった」
「…………」
ファルはぎくりとして、どうしよう、という顔をホークに向ける。
ファルはメイには咄嗟の交代はできない。そして今のジェイナスは目が見えていないとはいえ、声には鋭敏に反応する。メイの喉を使ってファルの言葉で喋っても、訝しがられるだけだろう。
とはいえ、何もかも説明していたら日が暮れてしまう。
結果。
「ジェ、ジェイナス様、生き返れて……よかったね?」
なんとかメイの振りをして喋るという結論に至った。
「ジェイナス様? なんだか耳慣れない呼び方だが……」
「っ」
目を泳がせるファル。必死に記憶をたどり、メイがジェイナスを何と呼んでいたか探る。
「ゆ、勇者様」
「……ああ、それだ。しっくりするな。まだちょっと違和感はあるが」
メイは少し砕けてはいたが、敬語でジェイナスと喋っていた。ホークには馴れ馴れしかったが、ジェイナスは彼女にとって一回り近く年上なので「大人」として扱っていたのだ。
ということをホークはなんとかファルに伝えたいのだが、伝える手段がなくて困惑する。
が、そこで部屋の逆側からリュノの声がした。
「私は……信じられません。本当にあなたが? 逃げ隠れしかしていなかったじゃないですか」
「リュノ。死んだ記憶はあるんだろう。宰相やルドルフの伯父貴がホークのおかげって言っているのに、なんでそんなに疑う?」
「メイなら、まだわかります。でも、ホークはあんな奥地から私たちを運ぶなんて面倒なことに付き合える人ではなかったはず」
リュノは険がある声で言う。
ホークは苦笑した。そうだ。リュノはこれくらい険悪だった。
ほんのしばらく前なのに、それが妙に懐かしくて、何故だか嬉しくて。
「お前はジェイナスのついでだ。それと、いいカラダを存分拝ませてもらったぜ。男の死体だけじゃ道中つまらなかったところだ」
「あなたっ……!!」
「おかげで金貨で2100枚。遊んで暮らせる金ももらった。丸儲けさ」
手足も動かせず、目も見えず、羞恥と怒りに顔を歪めるリュノ。
だが、ジェイナスは穏やかな声で。
「それでも、割に合うような旅じゃなかっただろう。……相変わらず素直じゃないな、ホーク。お前らしいが」
「……お前には一生感謝してろと言っただろ」
「もちろん、感謝してやるさ。……だけどな。せっかく本当に尊敬されるべきことをやりとげたのに、わざと悪ぶって見せる必要はないんだぞ。たとえ女と言っても死体になったらただの肉だ。見るに堪えないことくらい、俺はよく知ってる」
「俺が死体に興奮する変態だとは思わないのか」
「そういう奴だって何度も相手にしてきたさ。俺が何年勇者と呼ばれていると思ってるんだ? お前はあんなのとは違う」
「…………」
「リュノ。落とした命を拾ってもらったんだ。お前がアウトローを嫌がるのも理解するが、こんな時ぐらい感謝したっていいだろう」
ジェイナスの言葉が部屋に優しく響き、ややあってリュノが小さく「ごめんなさい」と言うのが聞こえた。
ホークは空気に耐えられず、話を進める。
「……お前たちが使い物になるまで待てない。メイは借りてくからな」
「メイを……? 何をするんだ、ホーク」
「ちょいとベルマーダに盗みに行くんだよ。……預けておけねえ代物がある」
ホークがぶっきらぼうに言うと、リュノが強く反応する。
「盗む……!? あなたはっ……栄えあるレヴァリアのっ……」
「悪いなリュノ。俺は盗賊だ。魔法でもチャンバラでもねえ、俺のやり方しかできねえ。体が利くようになったらいつでも追って来い。もう魔王軍はレイドラを落として、おそらく次はロムガルドとベルマーダ。その後はいよいよここだ。いつまでも寝っ転がってられねえぞ」
そう言ってファルに手振りで促し、部屋を出る。
その背中にジェイナスの声がかかる。
「必ず追う。……死ぬなよ、ホーク、メイ」
「……本当に気に食わねえ奴だ」
ホークは言葉と裏腹に笑い、そして扉を閉める。
どこまでも、ジェイナスはジェイナス。
頼もしく、勇者らしく、懐の深い男だった。
ホークは彼のような男になれるだろうか。
いや、そもそも道が違う。ホークはどこまでも、悪党の道を進むのだ。
「……ああいう方なんですね、ジェイナス様は」
「もう少し喋らせてやりたかったけど、今はややこしいからな」
「いえ。充分です。……彼は生き返った。それで今までの大目的は果たしました。私たちは私たちらしく、次に手を伸ばしましょう」
「私たちらしく……?」
「正義の大盗賊ホーク一味らしく、です」
「……頼むからそれもう忘れてくれない?」
ホークは渋い顔をし、ファルは朗らかに笑う。
城を出て、眩しい光に目を細める。
ロータス、レミリス、イレーネ、そしてチョロ。
新しい仲間たちがホークとファルを待っている。
レヴァリアの勇者一行であることは昨日限り。彼女らと、再びこのハイアレスから旅を始めるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます