レヴァリア
宰相バーナードに先導され、ホークたちは城の奥にある聖堂を訪れる。
「まずは、何はともあれジェイナスたちを蘇らせねばな。話はそれからで良かろう」
「……ちゃんと説明するんだったらなんだっていいさ」
「まずは生き返りの秘法を知るところからじゃ。……のう若人よ。何故、生き返りは流行らぬと思う?」
「は?」
「死んで蘇れるなら誰もが安心して暮らせもしよう。戦争の死者も無しにできる。勝った方が負けた方の生き返りを潰して、自分たちだけ無損失の大勝利。そんな戦争にだって、なると思わんか」
「……コストがかかるんだろ。その内容は知らねえが」
ホークは投げやりに答える。
生き返り。
それはいくつもの国が大々的にやっていることだ。その秘法の実行には大金がかかり、年に実行できる数にも制限があるという。
だから、生き返らせることができるのは国家の重要人物クラスに限られる。ここまでは誰もが知っていることだ。
そしてホークは、それ以上のことは知らない。
パリエス教会が独占・秘匿する魔法技術には、いくらホークの商売に魔術の対処が必要とはいえ、そうそう手が出せるものではないのだ。そして興味もあまりなかった。
「コストと呼ばれるものの正体をお前は考えたことがあるか。希少な魔術媒体か。魔術の達人の体力か。あるいはただ魔術の習得者が少ないがゆえに、順番待ちの手間だとでも思うておるか」
「……興味ねえよ。とにかく国家機密なんだろ。俺如きが知って応用できるものとも思えねえ知識だ」
「そうか。……では教えてやろう。人の命じゃ。それも10歳の子供の命」
「……は?」
宰相が紡いだ言葉に、ホークは立ち止まる。
復活の儀式に、命を使う?
それは……ウーンズリペアのような、施したもの勝ちの術では、ないということか?
「10歳。それより幼ければ、魂が育ちきらずに量が足らぬ。それより大きくなれば、魂が汚れ、曇り始める。ほれ、あの子らじゃ」
高みから見下ろす、聖堂の中央、生き返りの秘法の祭壇。
そこに、高位司祭たちに連れられたあどけない少年と少女の姿がある。その顔は、青ざめていた。
「お、おい、まさか」
「安心せい。食い詰めて子を売る親がいるとはいえ、我が王家が人を買っておるわけではない。……パリエス教会では生まれた時から、10歳で死ぬために育まれる子供がいる。その数が、人の生き返りの価値。ゆえに、人は無制限には蘇れぬ」
「……おい、それは……」
「お前たちが肉体の方も運んできてくれて助かった。首だけじゃと復活に命が二人分必要になる。これで、ジェイナスに一人、リュノに一人ぶんの命で賄える。あとの命は、他に使える」
「……なんだそのクソみてえな話は」
「まさか、どんな命も自由に生きて死ぬ権利がある、などとは言うまいな、盗賊ホークよ」
ホークが掴み掛らんばかりの剣幕でいるのを宰相は意地悪く笑って見下す。
「その手で今までいくつ理不尽に盗んだ。金を。食い物を。そして命を」
「何だと」
「コインひとつ、パンひとつですら、なかったがために死ぬ者もおろう。……そう、あったはずの未来を奪ってでも、生きなければならぬ者がおる。それは、飢える己自身かもしれぬ。それは、いなければ多くの者が路頭に迷う者かもしれぬ。……ジェイナスとリュノは、あの子らの未来を糧にしてでも生きて戦わねばならぬ。それだけの話じゃろう?」
「っ……!」
「ジェイナスとリュノにはあの二人の命で済む。残りの子供たちは、まだ生きねばならぬ他の者たちが使うことになろう。あるいは、それは金を多く持っているだけの悪党やもしれん。生き返っても老い先10年とない老人の命かもしれん。それらを永らえるために彼らは教会で生まれ、10年間、慈しまれ多くの贅沢をして育ち、そして今日、死ぬ」
「…………」
「それを笑って眺める儂を軽蔑するか、若人。じゃがそれはジェイナスとリュノの死を見過ごしたお前たちの落ち度でもある。違うか?」
「クソ野郎……」
「生き返りの秘法を持つ国は皆やっていることよ。生まれたばかりの赤子20人の命を一人の生き返りに使うか、老いたる罪人50人の命を使うか、という差はあれどな。……どうじゃ。これすらお前が信じていた世界の真実の一端。お前たちのしてきた旅の因果の一つ」
眼下。
10歳の少年は死を前にして震えあがり、耐えきれずに駆けて逃げ出そうとする。
しかし、付き添ってきた高位司祭たちはそんなことを許しはしない。たちまち少年は魔法で眠らされてしまう。
遠く、小さく「死にたくない」と呟く少年の声が聞こえた。
ホークは拳を握り、宰相を睨み、そしてメイやレミリス、ロータスを見る。
メイは口元を押さえて絶句し、レミリスは目を伏せ、ロータスはホークを見つめ返していた。
「……知ってたのか、ロータス。こんなものだったなんて」
「言えばジェイナス殿の死体を投げ捨て、遁走したか?」
「……くそ」
ホークは毒づくしかない。
魔王との戦いは、ジェイナス抜きでは成り立たない。
たとえ残酷な話とわかっていても、子供たちを殺し、ジェイナスを生き返らせるしかない。
そんなのは、頭のどこかではすでに理解している。だが、こんな光景のために、そしてこれを無感動に見下ろす宰相や高位司祭たちを頼って自分たちは帰ってきたのか、と思うと、やはりやるせない。
女の子は青ざめて涙目になりならも、祈りの言葉を唱えて用意された寝台に寝そべる。
「二人ともよく肥えておろう。この十年間、市井では一生味わえぬ贅沢もさせた。十年で終わる命と、言い聞かせて育てた。死地に赴く勇者と彼ら、何の違いがあろう。同じように尊く、同じように……必要じゃ」
「…………」
「邪魔をしたいならするがいい。じゃがな、例え魔族といえども、生き返りの価値交換は覆せぬ。……儀式を止め、ジェイナスたちを死なせたままでも世が救えると思うなら、この儀式をぶち壊しにしてもよいぞ」
宰相はホークを試すように横目で見る。体も横にどけて、いつでもホークが跳んで入れるように道を空けた。
ホークは心底からこの男を殴りたいと思ったが、それは何も解決にならないともわかっている。
全身を震わせて、ただ宰相を睨む。イレーネからの呪印の責め苦で、全身を不快感と痛みが襲っていた。
「我慢などせんで殴ればよかろう。こんな狒々、八つ裂きにしても代わりはおろう」
「これは手厳しい」
イレーネの雑な物言いにも宰相は苦笑するばかり。
そして、ホークが呪いを逃れるために一発でも殴ろうかとなった時、ホークたちの背後からツカツカと足音が鳴る。
「バーナード。いい加減にしないか」
声は、若い少女の声だった。
いっせいに振り向く。
メイやレミリスと違って堂々とドレスを着こなし、まだ幼さの残る少女がホークたちの間を通り抜けていく。
「悪者ごっこはお前に頼んではいないよ」
「……姫様」
宰相は膝を屈し、首を垂れた。
「イレーネ、お前も意地悪をしていないで命令を解除してやったらどうだ? 彼が苦しんでいるぞ」
「む。儂としては殴らせてやりたいものじゃがの。元を質せばこやつをそんな状況にハメたのはこの狒々じゃろう」
「僕だよ。バーナードは表に立っただけだ」
花のように可愛らしい少女にもかかわらず、その物言いはまるでぶっきらぼうな少年のようだった。
「というわけで盗賊君。僕が黒幕だ。はじめまして」
少女はドレスのスカートをつまみ、優雅に一礼。
「第四王女……リルフェーノ殿下」
思わず、といった感じでロータスが呟き、それでホークは少女が何者か理解する。
が、少女は顔を上げると皮肉げに笑った。
「今はそういうことになっているね。だが、あと何年かしたらリルフェーノは別人だ」
「……な、何言って……んだ?」
ホークは思わず敬語も何も忘れて聞き返し、そして怒られるかな、と心配したが、そもそもここまで近衛長にも宰相にも敬語など使っていなかったと思い出した。
そしてリルフェーノは不敬などまったく気にしなかった。
「僕は十年前は第一王女アルテミア、七年前には第二王女ベアトリクス、そして二年前までは第三王女キャロラインだった。さあ、どういうことだろう盗賊君。考えてみようか」
「……謎かけかよ。そんな気分じゃねぇぞ」
「それは残念。だが、付き合ってくれ。ヒントはもうあるだろう?」
「……ヒント?」
少女はニヤニヤ笑いをやめない。瞳が妙に大きく、犬のようだ……とホークは思い、それでピンときた。
人の形質では、ない。
「……魔族……てめえ、姫ってのは……嘘か? 堂々と王女のフリをして王家に紛れ込んでやがるのか」
「正解。いや、半分正解か。……そもそもねえ、この王家自体が僕にとっては隠れ蓑にするためにゼロから作ったものに過ぎないんだ」
可憐な姫は、その顔に邪悪な雰囲気を漂わせる。
「僕の本当の名はレヴァリアという」
「……レヴァ……リア?」
「そう。七百年前に僕が作った国だ。旧王都エンシャはその頃の僕の縄張り。そして、レヴァリア王家と呼ばれている血統は、僕が作った人間に限りなく近い創造体から発している」
人を蘇らせる、尊くも邪悪な儀式を行う聖堂を背に、少女はひとつの国の本当の歴史を語り出す。
「女系の血統でね。僕とよく似た形質を生みやすいように調整してあるんだ。まあ、多少失敗してあんまり似なくなっちゃったから、七百年の間には何度か微修正もしたけどね。……そして僕は七百年間、色んな名前の姫君として生きてきた。それがこの王家の掟。僕と同じ年頃の姫は表に出ず、僕がその姫として表で活動する。何度か婿も取ったよ。みんな途中で別人にすり替わったのに気づきもしなかったね」
ケラケラと笑う。
その少女こそが、小国にして魔王戦役の主役たるレヴァリア王国、その本当の姿だった。
◇◇◇
「正直、ルドルフを簡単にヒネったっていうのは驚いたよ。ジェイナスほどの会心作ってわけじゃないけれど、彼も相当なものだ。イレーネから概要は聞いていたが、やっぱり君はこの国を出た時とは比べ物にならないほど強くなったんだね。覚悟が決まったというのかな」
「……一つ教えろ。俺がこの……“盗賊の祝福”を持ってるってのは、いつ知った」
「ん? それは勿論、君がブラッドローズを盗んだ時だよ? そうか、それは盗賊の祝福っていうんだね」
「……見てたのか」
「見てたよ。そのための『試験』だったんだもの。……この国で起きる内乱とか、ああいう宝物展とかね。ああいうのは半分くらいは僕の『試験』として催してるんだ。血統をあれこれして地道に勇者育てるっていうのも当然やってるし、その運用テストっていうのもあるんだけどね。やっぱりそれは僕の想像の内でしかない。思いもしなかった才能も、世の中いつ出てくるかわからないよね。君みたいに」
レヴァリアは私室にホークたち一行を招き入れ、ローテーブルを挟んで気さくに話し出した。
「ああいう呪いの品なんて大体魔族のイタズラさ。人間の魔術師からすればとんでもない代物だけれど、僕らからすれば大したものじゃない。あれも何百年か前、国が荒れてた時によく城に泥棒が来たんでね。僕が盗賊を困らせるために十個ぐらい作った奴の残りだったんだ。でっかくて目立つし、取ったら離れないし、不便だっただろ? あははは」
「……なるほど。それで、『盗賊を勇者一行に加える』言い伝えなんてでっち上げたのもお前か」
「当然。っていうか言い伝えって便利だよね。不条理でも大抵言い伝えだって言えばみんな黙るから」
だいたいのカラクリはわかった。やはり、仕組まれていた。
「それで、俺に金を掴ませて追い出したのはどういう了見だ。何か不都合でもあったのか」
「君は僕が作ったものじゃないからね。新しいものは信用ならない……というのは答えとして納得できないかな」
「……ジェイナスやリュノ、メイはお前が作ったから安心して魔王にぶつけるってか」
「ま、そういうことになるね。……ああ、念のために言うと彼らは創造体関係じゃない。そういう不純物って逆に限界が低くなるんだ。何百年もかけて丁寧に丁寧に、在野の才能を集めて交わらせて磨き合わせた、この王国の傑作だ」
目の前にメイもいるというのに、何の気負いもなく言ってのけるレヴァリア。
「もっとも、イレーネに聞いた通りの君なら……そのままで済むとも思ってなかったけれどね。まあ、もう少し決心に時間はかかると思ってた。だからジェイナスたちの生き返りの儀式も今夜にしたんだよ。……それなのにイレーネ、随分余計なことをしてくれるね」
「どうせ、生き返りを扱っておる国の中枢に近い者は知っておることじゃ。隠してどうなる」
「それはそうなんだけど、おかげでバーナードがひどい目に遭うところだったじゃないか。あれでも有能なんだよ?」
「得意の治癒魔術でなんとでもすればよいじゃろ」
軽口を交換するイレーネとレヴァリアには取り合わず、ホークは話を進める。
「人間の中から、魔王にぶつけるバケモノを作るのがお前の目的か。そのためにこの国を作ったってのか」
「目的というか、僕なりのライフワークってやつかな。完成したらどうってもんじゃない」
「魔王……そもそも魔王戦役ってのは何なんだ。あの宰相のジジイは真実がどうとか言ってたが、俺たちの知らない真実なんてものがあるのか。百年ごとに世界を襲う魔王の真実なんてものが」
「魔王ってのは知っての通り変な魔族だ。大陸全部に喧嘩を売る。それをみんなで迎え撃つ喧嘩祭り。それが魔王戦役だよ」
「そんなんであのジジイが言うような『絶望的な真実』なんてものがあるようには聞こえねえ」
「ああ、うん。そうだね。バーナードは脅し過ぎ。っていうか……根っこまで掘り過ぎだ」
「まずなんでそんな喧嘩祭りが起きるってんだ。お前ら魔族の酔狂で全部納得しろってのか。そのために何万人も何十万人も死んで世の中メチャクチャにされるんだぞ」
「んー……」
レヴァリアは少し悩んだような顔をして。
「ねえイレーネ。どこまで話したらいい? 僕は本当に、彼らに何もかも話すべきかな」
「儂に聞くな。質問を受け付けたのはお前じゃろう」
「んー……聞いて気持ちのいい話じゃないよ?」
「気持ちのいい話なんか求めてるように見えるのか」
ホークはレヴァリアを睨む。
「……そうか。なら教えてあげよう。……第一魔王より前の時代の話になる。僕たち魔族が生まれた時代。その時代に、本当の世界の危機があった」
レヴァリアは目を閉じて。
「このリド大陸以外の大陸は、全て死の大地と化した。当時やられた他大陸で、今でも人が住めるのはごくわずかの沿岸部に過ぎない。信じられるかい。想像できるかい。リド大陸の三倍以上の大きさの大陸さえ、そうなったって話が」
「……なんだそりゃ」
「そんな戦いが実際にあった。……それが全ての始まりだよ」
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