王城強襲

「お前にだって聞きたいことはあるんだからな」

「今は大した優先度でもなかろう。見ればわかる」

「くそっ……バックレるなよ!」

 ホークは城に向かって走り始める。

 城に行ってどうする。メイたちに会ってどうする。

 そんなことは、本当はどうでもよかった。

 会いたかったのだ。それだけで何が悪い、と本能が叫んでいた。

 呪印の苦しみはその足を速めるごとに弱まる。本心に従うことを、呪いが強制していた。

「このまま城に行ってどうするんだよ……何も、何もわからねえのに……」

「はっ。それでよいじゃろう。大声で叫び、叩き付けてやればよい。引き下がれるか、とな」

 ドレスにもかかわらず、ホークの疾走と並走しながらイレーネは言い放つ。

 ホークはその言葉によって、スッと喉の奥で何かが溶けた気がした。

「……じゃあ、そうしてやるとするか」

 シンプルだった。そこに損得なんてものはない。

 そんなものはもういらない。

 手に入れるべきものは手に入れた。そして、そんなものはもうホークには価値などないとわかった。

 ホークは、変わったのだ。

「テメェのルールはテメェが決めろ……ってか。……ああ、それでいいのが俺たち悪党だもんな」

「ふっ。いい面構えになってきたのう」

 どうせ最初からろくでなし。変節したって、誰がそれ以上失望するわけでもない。

 ホークは腹を決めた。

 ここからは気に食うか食わないか、それだけだ。


 ──自分自身を信じるために、たまには割に合わないプライドに身を任せたっていい。

 ──骨のある悪党になれよ。小賢しくズルく欲張って、がめつく長生きしたいだけの奴は、悪党としても下の下だぜ。


 かつて憧れた、いい酒の似合う男の声が、ホークを導く。

 笑いが漏れた。

 今まで自分は何を気にしていたのだ。自分は悪党だ。馬鹿で無謀でカッコつけで、欲しいものを我慢できない悪党だ。

 あんな奴らに追い払われたくらいで、そんな自分が止まるものか。止まっていいものか。

「見せてやるさ。華って奴を」

 城が見えてくる。

 ホークはなんの小細工もなく走った。


「止まれ!」

 当然、兵士たちはハルバードを交差させてホークとイレーネの行く手を阻む。

 が、ホークは無視した。

「止まれと言って……こいつっ!?」

 ぐい、と交差を下げてホークを阻もうとした兵士たちだったが、ホークはフェイント一番、2本のハルバードをわざと絡ませるように蹴りつけてその上を飛び越える。

 そんな真似をされると思っていなかった兵士たちは慌ててハルバードを手放し、腰から剣を引き抜いてホークを追おうとする。

 それを愉快そうに見届けたイレーネは、門番たちを魔術で麻痺させる。

「少し眠っておれ。何、その不手際は誰も見ておらん。儂のせいにでもしておけ。まあ、起きる頃までお前たちの上司がおればの話じゃが」

 ドサドサッ、と倒れる兵士たち。

 門の周りには一声で兵士が集まれる詰所もある。ホークが駆け抜ける足音で彼らも飛び出してきたが、続いて入ったイレーネが広げた龍翼に圧倒されて足が鈍る。

「い、イレーネ殿っ……これは、一体」

「儂を捕らえるか、雑兵ども。試みてもよいぞ。ただし今回はちと忙しい。手加減はせぬがな」

 イレーネは顔もむけずにそう言いながら、白い翼を広げて堂々と歩んでいく。

 兵士たちはその姿に気圧されて追えない。


 ホークはそのまま城の玄関に辿り着く。

 エントランスホールにはシャンデリアが下がり、多くの使用人たちが突然の闖入者に驚き、慌てている。

 警備兵たちもホークを取り押さえようと駆けてくるが、ホークは身軽さを頼んで彼らをアクロバティックにかわし、メイたちを探そうとする。

 そこに、銀の鎧を纏った男は現れた。

「止まれ。賊」

「…………!」

「その若さで、英雄となれたものを。敢えて罪人として捕らえられに来るとは。そんなに英雄の名は居心地が悪いか、盗賊よ」

「……近衛長。夜分遅くに勤勉なこったな」

 ルドルフはホークの軽口を眉一つ動かさず無視した。

「何をしに来たのかは訊かん。だが、ここで武器を捨て、ひれ伏して許しを請わぬなら、骨一本とて残ると思うな。ジェイナスには及ばずとも、この私も魔剣の腕で近衛となった者だ」

「……なあ、近衛長さんよ。俺は個人的にはアンタみたいな真面目一辺倒の武者は嫌いじゃねえ」

「…………」

「通してくれねえもんかな。悪いが今、イレーネの奴にちょっと厄介な魔法掛けられててな。アンタに構ってられねえんだ。……いや、アンタがそれ以上やってきたら、五体満足で済ませてやれなくなる」

 ホークは本心でそう言った。

 ルドルフは威圧的だが、日なたで堂々としているべき人間は気さくなばかりでもいけない。それくらいはホークにもわかる。

 物分かりが悪く見えても、愚直でまっすぐな彼のような人間も、権威ある場所にはいるべきだ。そう思う。

 だから、あまり酷いことはしたくない。

 ……が。

「ふ……ふはははは。聞こえなかったか盗賊。私は魔剣使いだと言っている。それも、ジェイナスや貴様が生まれるよりも前から魔剣を振るい、鍛えてきた者だ。……ただの賊が、何故私を前に逆に脅しをかける?」

「察しが悪いってのも考え物だな。……別に怖くねえからだよ」

 ホークは真顔で言う。

 それより彼の持っている魔剣の効果が少し気になる。ロムガルドのチャチな量産魔剣ではあるまい。古の魔剣だろうが、どんな効果だろう。ジェイナスに渡して「デイブレイカー」の代わりになるものならいいが。

 無論、ホークには通用しない。抜く前に終わる。

 目の前に堂々と出てきてしまった時点で、ホークにとっては脅威でも何でもない。

「メイと遊びながらのんびり帰ってきたと思うか? 魔剣使いを一度も見ずにいたとでも? ……悪いが、それなりに色々と酷い目には遭ってきたさ。だから、もう一度言うぜ。黙って通せ。別にアンタにも王様にも用はねえ。宰相には……ちょっとあるけどな」

 ルドルフよりも宰相バーナードの方が、きっと多くの秘密に通じているだろう。

 ルドルフは特にそれ以上に何か有用な情報など持っていそうにない。だから基本的にはいなくていい。

 だが、ルドルフはホークのその余裕がよほど癪に触ったか、腰を落として剣に手をかける。

「兵たちよ、下がれ。その男の近くにいては消し飛ぶぞ」

 ホークの背後に追いついてきながら、ルドルフの姿を前に困惑していた兵士たちは、慌てて左右の壁に隠れる。

 ホークはどうしたものかと思う。

 呪印の不快感もじわじわ高まっている。不本意な相手との会話は、ホークの「やりたいこと」ではないのだ。

 と。

「ホークさん、やっちゃっていいよ! どうせここはハイアレスだもん、手足の一本や二本飛んだって、どうにでもなる!」

 どこからかメイの声がした。

 ホークはそれを聞いて得心する。

「なるほど。ウーンズリペア様様だ」

「メイ! 貴様、どういうつもりか!」

 ルドルフが怒鳴るが、メイが返事をする前にホークは勝負をつける。


「ほらよ。養生しな、ロートル」

“吹雪の祝福”発動。

 ミスリル合金の短剣を抜き、彼の右手首を切断し、魔剣を奪い、元の位置に戻る。


「……な、なんだ……と……!?」

 近衛長は膝をつき、血を吹き出し始めた右腕を押さえて脂汗を流す。

「さっさとパリエス神官に診せるんだな。それと、こいつは借りてくぜ」

「き、貴様っ……何をした……!!」

「見ての通り、盗みだよ。俺をなんだと思ってた?」

 ホークは思い切り近衛長を嘲笑って、そしてメイの姿を探して走り出す。

 追っていた兵士は、いつの間にか追いついたイレーネが全て眠らせていた。

「さて、どうするホーク。いよいよ穏便には済まんぞ」

「こうなったら好き放題だ。テメェが焚きつけたんだからな。しっかりサポートしろよ」

「よいよい。レヴァリア王宮にて大暴れか、痛快じゃ。さすがは儂の旦那よ」

「まだその設定続いてんの!?」


 広い王城の中を、盗賊と魔族はさんざん使用人たちに悲鳴を上げさせて駆け回る。

 そして、やがてメイを見つけた。ホークがルドルフと対決した場所の二階ほど上で、吹き抜けを通して声が聞こえる場所だった。

「メイ! ……なんだその恰好」

「ホークさんが追い出された時に何それって宰相のおじーちゃんに詰め寄ったら、こうされちゃったんだよ」

 メイは両手両足に不思議な光を放つ枷を嵌められ、それでいて服は夜会にでも出られそうなドレスに着替えさせられていた。

「いい服着せたから丁重な扱いですよ、ってか」

「この枷のせいで全然力入らないんだけどね」

「どうしたもんかな。鍵穴……これいじって開けられるか?」

 イレーネが横から覗き込んで首を振る。

「ちと面倒な奴じゃな。時間があれば儂が何とでもできるが、物理的に鍵をこじったところで開きはせん」

「なんなんだ王家は。魔王軍とやらなきゃいけねえって時にこんな小細工に凝ってる場合か」

「鎖だけ切れば、とりあえずは歩けよう。残りの仲間を探すのを優先せよ」

「……そうだな。しばらくは我慢してくれ、メイ」

 ホークはメイの手枷足枷を繋ぐ鎖を短剣で切る。

 鉄でも岩でも、と言ったガイラムの言葉通り、短剣は鎖も容易く綺麗に切断してしまった。

 左右がそれぞれ独立している枷だったので、それでとりあえず動くのには問題ない。

「いつものサンダルないかな……この靴きゅーくつで歩きづらいよ。これじゃろくにステップできない」

「しばらく我慢してくれ。全部ロータスとレミリスを捕まえた後だ」

 その後、どうする。

 ホークはあえて考えていなかったことを、改めて考える。

 ここまでやったら、もうレヴァリアで堂々とはしていられまい。またベルマーダか、あるいはセネスにでも飛ぶか。

 アスラゲイトからの庇護を求めてきたレミリスには少し悪い事をしてしまうが、元々ホークに守れと言ってきたのであって、レヴァリア王家にではない。これからきちんと守れば不義理ではないと言うこともできるか。

「なんにしろ……もう怖いもんはねえ」

 やらかしていることの大きさに、改めて変な笑いが出る。

 もう大義名分はない。ホークもメイも「勇者一行」ではなくなってしまう。

 ここから先には敵だらけ、もう名誉を与えてくれるものはない。

 そうだとしても、後悔はない。ホークはもう、魔王戦役と無関係の世界には戻れないのだ。


 片っ端から客間を当たり、レミリスを発見する。

「ホーク」

「悪い。どうも連中は俺を蹴り出したいみたいだからな。こっちから見限ってやることにした。行くぞ」

「ん」

 ホークの狼藉に、レミリスは異を唱えない。

 そもそもにして大権力に庇護されるということには、執着していなかったのかもしれない。もし彼女が我が身の一番の安全策をとるなら、それこそ第三皇子と素直に結婚しているだけで良かったのだ。

 ホークに全てを任せると決めたからには、レヴァリアの庇護もホークの方針だから受け入れようとしただけで、ホークが蹴るとなれば「ん」の一音で終わりなのだろう。

「ロータスの場所、わからないか」

 最後の仲間の所在を、ダメ元でレミリスに聞いてみる。

 レミリスは答えた。

「探る、って」

「探る?」

「劣勢。それなのに、わざわざホーク、手放す。おかしい」

「……用が済んだからってだけだと思うが」

「また、同じことさせても、コスト同じ。手放す、無意味」

「…………」

 言われてみれば、そうだ。だが、そこには王家のメンツや個人的感情などもあるのだろうとしか思っていなかった。

「非合理。何考えてるか、探るべき」

「……アイツの翻訳スキルのおかげで随分ちゃんと意思疎通できてるのな」

「行く?」

「ここまでブッ込んだんだ。今更ロータス一人見捨てる筋はねえよ」

「ん」

 レミリスも立ち上がる。その手足にはメイと同じ枷がついていたが、同じように鎖を切る。

「ホント、ガイラムの爺さんには感謝だな」

「ん」

「こうなったら、早く助けないとね。あのドワーフさんも」

「ほ。ドワーフと遊んでおったのか。儂にも紹介せよ」

 四人で城をさらに奥まで駆ける。


       ◇◇◇


「ほっほっほっ。やはり来たようですな。……あの方の言う通りじゃ」

「ホーク殿」

 宰相バーナードの執務室に、ロータスはいた。

 特に拘束されているわけでもなく、普通に差し向かいで茶をもてなされていた。

「ロータス。……って、やはりってどういうことだ、宰相さんよ」

「なに。魔王戦役の只中を泳ぎ、ここまで来た男が、小銭を手にしてそう簡単に納得するわけもない。イレーネ殿のお気に入りともなれば……な」

「……あのお方ってコイツのことか?」

 ホークは横に立ったイレーネを親指で指す。

「いやいや。イレーネ殿も立派な魔族には違いないがのう」

「世辞はいらんぞ。気色の悪い」

「とにかく、ここまで来たからには……相応の覚悟があろう。盗賊ホークよ」

 バーナードは皴の深く刻まれた顔に、不意に真剣な表情を見せる。

「この先に踏み込むということは、この世がどれだけ脆く儚いかを知ることになる。二度と安らかには眠れぬかもしれぬ。そうだとしても、知ることを選ぶのじゃな。この大陸の真実を。魔王戦役というものの意味を」

「意味……?」

「なんの意味もなく、七度にわたって『魔王』が生まれ、人の世を脅かすと思うか。負け続けると思うか」

「…………」

「意味は、あるのじゃ。……ああ、これを聞いただけでも、もう逃れようはなくなったな」

 バーナードは笑う。その秘密の中で年輪を刻んだ、疲れとしたたかさの感じられる笑みだった。

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