第三部 勇者復活
ハイアレス入城
本来は二日かかるとされた距離を、レミリスとチョロは丸一日で飛んでのけ、ホークたち一行はレヴァリア王国領内に夕刻に到着した。
「ここらはリベラ地方だな。景色に見覚えがある。目的地のハイアレスまで、もう徒歩でも三日はかからねえよ」
「飛んだらあと一刻というところか。……さすがに今夜は休みたいが」
げっそりしたロータスが呻くように言う。相変わらず空の旅は快適とは言い難い。
「ホーク」
「ん?」
「どうやって、入る? チョロ、怖い。多分」
「……ええと」
「ハイアレスにチョロ殿で乗り付ければ少なからず警備兵が反応しよう。場合によっては魔術師や魔剣使い、弓兵隊による迎撃もあるかもしれん。先触れを出して摩擦を避けられないか、という話だな」
「……おい、なんか知恵ないのかロータス」
「私に丸投げするのか」
「とりあえず俺は宰相と近衛長以外には基本的に顔すら満足に覚えられてるか怪しい盗賊だ。メイなら覚えられてると思うが、そもそも長時間飛行だと引っ込んじゃうだろ。……とりあえず、どう話を通せばいいのかさっぱり思いつかねえ」
「ひ、必要ならあたしのまま乗るよ! ……でもあたしもいきなり迎撃されるの防ぐ方法は思いつかない」
ホークもメイも、レヴァリア王家に対してこれといった合図の方法がない。
普通に王城まで歩いて行って話を通すならすんなりいくのだが、レミリスとチョロを放置もできない。
このレヴァリアはアスラゲイトのすぐ南に位置しているわけで、ワイバーン使いの重点的捜索地域であることは想像に難くない。どこかハイアレスの近くに着陸させて隠れて待たせる、という作戦は安全面から避けたいところだ。
「困ったな……どうやって入るのが正解だ?」
「狼煙か何かのようなもので遠間から合図……難しいか」
「チョロの上で火を焚くのかよ」
「いや、そうではなく、弓兵などに狙われない数マイル先からこう、な?」
「狼煙、各軍で意味、違う。暗号、通じてないと、無意味」
「それでも何か意味があると思わせることはできよう」
「もうその距離からあたしがダッシュで入城するのが早くない?」
「メイがいないと今度は不意の襲撃への対応がな……」
「さすがにレヴァリア国内で私やホーク殿の手に余る襲撃はないのではないか」
「有り得ないような場所で有り得ないような連中の襲撃は、つい昨日経験したばっかだろうがよ」
「むぅ……そうだな」
ホークたちはチョロが身を隠せる森に留まり、あれこれと知恵を絞る。
「魔法拡声で呼びかけながら降りるというのが無難ではないだろうか」
「私、自信、ない」
「……レミリスじゃなぁ」
「え、どういうことなのレミリスさん、ホークさん」
「まず拡声できるのが俺でもメイでもなくレミリスってのが問題。アスラゲイトの脱走使役術士の言葉に王城の連中が耳を貸す理由がない。それと、レミリスは知っての通り口下手だ。思い切り思考を垂れ流しにして喋るか、極端に要点を絞って喋るかの二択しかねえ。まともに王家に通じる口上は出ねえよ」
「……レミリスさんって頭いいんだよね?」
「コイツの場合、正確には興味のあることにだけ異様に集中するっていう、それだけなんだ。ガキの頃からすぐ垂れ流しになって喋るの下手糞だったから『最低限意味が通じる言葉だけ口にしろ、細かい誤解は解こうとするな』って教えて、ようやくこのカタコトになった」
「ホーク、恩人。それから、会話、通じる」
レミリスは嬉しそうにホークを見る。
「ちゃんと喋ろうと思えば喋れそうなんだけどなあ……」
「無意味」
「いや無意味じゃないでしょレミリスさん」
「誤解、ほっとくの、楽。時間潰しのお喋り、嫌い」
「……相変わらずだなぁ」
レミリスは昔から、興味のあることに時間を最大限使いたいという考えの持ち主だった。
それは人との会話のノウハウでは断じてない。
魔術の勉強、当時唯一の遊び相手だったホークとの遊び、そして今はワイバーンを愛でること。
それなりに容姿もいいので、レミリス本人に対して興味を持つ相手も多いのだが、それに対して丁寧に会話する気が全くない。
変な喋り方で誤解したり悪印象を持つなら、そう思ってくれる方が話が早い。レミリスの中では、ホークに教わった最低限のコミュニケーションだけで事足りるのだ。
それはともかく。
「私は拡声の魔術は使えんのだ。そもそも私も立場的にはロムガルドの者だ、あまり効力はないだろう」
ロータスは困った顔をする。
「むー。……私が超全力で空から呼びかけるしかないのかなあ」
いくらメイが本気で怒鳴っても、空飛ぶワイバーンからの声が正常に城の人々に届くのか。
こんな時にリュノが健在ならなあ、と思ってしまう。リュノは治癒の魔術以外にも多くの魔術に通じていた。良い知恵はいくらでも出ただろう。
「……とにかく、城の連中に敵意あるワイバーンじゃないとわかってもらえたらなあ……」
ホークは考え込み、ふと思いつく。
「……そうか。旗だ」
「む?」
「旗を作ろう。レヴァリア国旗だ。布は……なんかでかいのないかレミリス」
「ローブ、ほどいて縫えば」
「よし。それで」
「国旗でどうするのだ?」
ロータスが怪訝な顔をする。
「国旗掲げたワイバーンが敵なわけないだろ? 野生のワイバーンがそんなことする理由もないし、アスラゲイトも国旗掲げて騙し討ちなんかできない。国家のメンツがあるからな。……それをゴンドラから振りながら行けば、いきなり攻撃されるってのはナシになるんじゃないか」
「はなはだ不安な作戦だな……」
「他にいい案があるなら出せよ」
「……むう」
ロータスの言う通り、確実な作戦とは言えない。
だが、もうゴールは目の前なのだ。ここでモタついてもいられない。
「手伝え。国旗の色付けは……顔料を近くの街で漁ってくるか」
「それに関しては草木から取る方法もある」
「赤や黒とか、一部の色、つける魔法ある。呪いに近い」
「呪いって何なの……」
「嫌がらせ。そういう魔法、結構多い」
ロータスの知識と、レミリスの道具袋にある本の魔術知識を使い、手作りの国旗を焚き火の光を頼りに作る。
チョロは無理した距離を飛んで疲れたのか、そんな四人を横目で見てから寝入ってしまう。
切迫した状況なのに、どこか楽しい時間だった。
◇◇◇
翌日。
ホークたちは手作りの旗をゴンドラの綱に括りつけ、ゆっくりとチョロに王都ハイアレスの城の周囲を旋回させる。
旗をよく見せること、ホークたちがゴンドラから手を振って敵意がないことをアピールすること、そしてもし攻撃が飛んできたら遠間のうちに退却するための警戒含みの慎重な接近だ。
ゴンドラを落とされて今さらジェイナスの死体を失いました、では済まない。それにホークたちとて、あの過酷な旅を終えて最後の最後で味方に殺されるのも馬鹿らしい。
「どうだ? いけそうか?」
「警備兵は出て来てるよね……でも、今のところ物珍しそうな感じ。落とそうって感じじゃないよ」
「うむ。随分呑気な城だ」
ホークたちの予想に反し、城の兵士たちは弓を射かけてくることはなかった。
人を乗せ、ゴンドラを吊って飛ぶワイバーンの姿を指差して顔を見合わせる彼らには、どちらかというと見世物を見ているような雰囲気がある。
「いけるかな……レミリス! そろそろ城の中庭に降下だ!」
ホークは上に向けて叫ぶ。
今のレミリスはチョロの知覚を一部借りているはずなので、聴覚はワイバーン同様の鋭さを持っている。聞こえているはずだ。
果たして、チョロはその言葉通りに中庭に向かって降下を始める。
ホークたちも手を振ってのアピールをやめ、ゴンドラの着地に備える。
ゴンドラはワイバーンの足よりずいぶん下まで伸びているため、ワイバーン本体の着陸より早く地面の上にドサッと投げ出される形になる。レミリスが注意してそっと降りても、緩衝材などないカゴでは「そっと」に限度があるのだ。
「掴まれメイ」
「お二人とも、頭を打たないように気を付けろ」
「途中で飛び降りる方がまだ安全かも……きゃあっ」
ドサッ、とゴンドラが着地し、積んである二人の死体が跳ねる。
ホークたちも互いにバランスを取り、かろうじてカゴはひっくり返らずに揺れを収めて安定した。
続いてチョロがズシンと着地し、ゆっくりと翼を畳む。
ホークたちは互いに手を取ってカゴを降り、中庭に出てきた城の人々たちを見回して、まずは大声でアピール。
「俺たちは勇者ジェイナス一行だ! 魔王討伐の旅に緊急事態が起きたので、アスラゲイトのワイバーン使いレミリス、ならびにロムガルドの“勇者姫”の使いであるロータスの助力を得て、こうして戻ってきた!」
まずはレミリスとロータスの素性を明かす。不法侵入者ではない、という口利きだ。
手を貸したのは早かったのに紹介を後にされたロータスが微妙に不満そうな顔をしたが、まずワイバーンの方が注目度が高いので仕方がない。
ややあって、人垣から男が進み出てくる。
「そうか。よくぞ戻った、盗賊ホーク、そして獣人拳法のメイよ」
進み出てきたのは銀の儀礼鎧を纏った壮年の騎士。
近衛長のルドルフだった。ホークにとっては直接取引をした相手で、顔が利く数少ない王家関係者でもある。
「とりあえずは、その緊急事態というのの詳細を聞いてかねばなるまいな」
「ジェイナスとリュノが殺られた。……『デイブレイカー』が折れたせいでな」
「……そうか。それで、二人の首は持ち帰っているのだろうな」
ホークは、話があっさりし過ぎていることに、わずかに違和感を覚えた。
しかし、周到なレヴァリア王家のことだ。予想はしていたか、と納得する。
「死体ごと持ってきた。……復活、させるんだろう?」
「うむ。大儀だった。おい、お前たち、手を貸せ。ジェイナスたちの死体を受け取るのだ」
ルドルフが背後に声をかけると、兵士たちが慌てて槍を放り出し、ゴンドラに駆け寄る。
「ワイバーンで戻ってきたから、迎撃されるかと思って構えてたんだけどな」
ホークは安堵しながらルドルフに笑ってみせる。
彼らに死体を引き渡すことで、短いようで長かった、ホークの双肩にすべてがかかった逃亡の旅は、ようやく正式に終了した。
ルドルフは小さく笑う。
「なんの先触れもなければ、確かに射掛けていたかもしれん」
「先触れ……やっぱり旗が効いたのか」
「旗? ……なるほど、これは旗だったか。随分汚れた布がはためいていると思ったが」
「汚っ……」
ルドルフの言いようにホークは少しショックを受ける。
ルドルフは膝をつき、中庭の地面にだらしなく広がった「旗」を掴む。
「色が定着していないではないか。正しいレヴァリアの旗の色には見えん。それにだいぶ歪な形だ。ワイバーンに目を奪われながら、これを旗とわかれというのも随分だぞ」
「……仕方ねえだろ、急造品だ。……いや、これでわからなかったなら先触れって……」
ルドルフは旗を手放し、背後を振り返る。
そして、城の中から勿体つけて出てきた人物に頷いた。
「彼女だ」
「……おい」
ホークは口をあんぐりと開ける。メイとロータスも目を見開いた。
「随分遅かったのう?」
黒を基調にした豪奢なドレスを身に纏い、赤紫の髪をなびかせて、美女が微笑を浮かべていた。
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