敗北の旅の終わり
葬送が終わると、ガイラムは斧を担いで王都ゼルディアに再び歩き出す。
「アンタがこの街にいてくれなきゃ次はどうすればいいんだ」
生き残った町民たちがそう訴えるも、ガイラムは一蹴した。
「儂ではない、あの若造たちと犬人がこの街を守ったんじゃ。元よりロクな軍勢もないここで、儂のような指揮官が一人おっても意味はない。死にたくなくば次は自分で武器を取るか、敵が来る前にどこかに逃げ出すしかあるまい。……儂は一刻でも長く軍を保たせることこそが、結果的に一番この国の人命を長持ちさせる方法じゃと信じておる。じゃからゼルディアに行くんじゃ。儂とて今日の死者たちに救われた命の一つよ。奴らのためにも、無駄遣いはできん」
「そんな……」
「善良なだけで幸せに暮らせる時代は終わったんじゃ。血泥に塗れる覚悟をせい。殺生の罪に染まってでも生きる価値が、己とその背負う物にあると信じるなら」
ガイラムは引き留めた町民を睨むように見つめてそう言うと、ホークに向き直る。
「あれだけ啖呵を切って死に損ねたのは締まらんが、話は変わらん。いずれ助けが必要になったら、儂の一族を見つけてその短剣を見せるがいい。儂らの間では、わかるように作った」
「何がわかるようにだよ」
「貴様がそれに値するということがじゃ」
「……これ打ってる時は俺のことなんて何も知らなかっただろう。出任せ言ってねえか?」
「ツラ見て手を見て、馴染みの戦士に紹介もされたんじゃ。鍛冶屋にとっちゃそれだけあれば、長々語られるよりもずっと素性がわかる」
ニヤッと笑い。
「少なくともホーク、貴様は儂の見込んだ通りに戦う男じゃった。じゃからこそ儂はこうして、証であることを教えておる」
「……は。言っちゃいなかったが俺は悪党だぞ」
「ふん。笑わせるな。さっきの今で」
「…………」
ホークは顔をしかめた。……確かに、あの戦いに踏み込んでしまうこと自体、悪党を名乗るにはどうしようもなく甘い。
だが、だからといって、ホークは自分が善玉だとはどうしても思えない。
だから悪党だ。いざとなったらなんだってやれる悪党。それでいい。
そう自分を定めておかなくては、この汚く暴力的な時代、生半可な正義なんてものに自ら手足を縛られてしまうだろう。
「ま、己を何と名付けるかなんて、それこそ人の数だけ違いがあるものじゃがの。……じゃが、悪党ならなおさら躊躇うな。時代に真っ向飛び込むのなら、何でも利用して生き延びろ。例え悪党だとしても、貴様の未来には価値がある」
「……説教くせえジジイだ」
「ふん。ジジイの言うことは聞いておけ。どうせもう何度もは聞けん」
ガイラムはそう言って一人旅立つ。
ホークはその背を見送りながら、与えられた短剣を抜き、握りしめる。
認められ慣れていないから憎まれ口しか叩けなかったが、本当は嬉しかった。
ただの盗賊、チンピラとしか呼ばれなかった人生で、本当に尊敬できる男に生きる価値を認めてもらうというのは、ほとんどなかったことだった。
「ホーク殿。……我々も出立の準備をしよう。あまりのんびりもしてはいられぬ。マルザスは行きずりで仕留めるには大物過ぎた。ここに留まれば新手を呼び寄せることにもなろう」
「……ああ」
ホークもそれは理解している。
簡単に死ぬような奴ではないからこそ、辺境を一人で回っていたのだろう。もしその死が伝われば、いずれその原因を追ってここに増援が現れる。そんなものを相手にしていたらきりがない。
ガイラムが町民に言い残した言葉は、ぼんやりとした警句ではない。ごく近いうちに必ずこの街を襲うであろう破滅への対処だ。
また、多くの血が流れるだろう。だがそれは、どのみちベルマーダ王国全土で起こっていくことだ。
それでもホークたちは、それを知りながら逃げ去らなくてはいけない。
ジェイナスを蘇らせることが、それらを止めるには絶対に必要なのだから。
◇◇◇
「世話になった。……特に、ボブにはよくしてもらった」
「ああ」
ホークはラトネトラに手を差し出す。ラトネトラは沈んだ顔でホークの手を握り、頷いた。
「生き残れよ。お前があいつらの最後の希望なんだ」
「言われなくともわかっている。……だが、夫だったんだ。今日ぐらい、想うことを咎めてくれるな」
「…………」
ホークは、未亡人となったラトネトラになんと声を掛ければいいかわからない。
17歳の彼は、まだそんな状況で気の利いた言葉が出るような人生経験は積んでいなかった。
「次で99人目か」
そこで全く空気を読まないロータスの茶化しが入る。
さすがにホークも呆れた。
「お前な……」
「ホーク殿。たかだか数百年でそれだけ夫が変わるというのはどういうことか考えたことはあるか」
「……犬人の寿命が短いからだろ。それとこれとは……」
「私の知る47人目から200年弱で51人進んだのだ。……寿命では帳尻が合わんだろう」
「……あ」
平均して結婚から四年程度で次の相手に移っていることになる。
「犬人族は弱い。闘いでも、病でも、よく死ぬ。それが日常だ。だからといって別れが悲しくないわけではないだろうが、ラトネトラはもう百回近く乗り越えてきて、明日には次の夫を迎えるだろう。貴殿が心配するほど、この女は弱くはない」
ロータスは何とも言えない表情でそう諭す。微笑みのような、哀しみのような。
それは友人としてラトネトラを理解しているが故か。
いや、長命種として多くの短命な友人や愛した相手を見送った経験は、ロータスとて同じ。
だからこその共感かも知れない。
「……無粋な限りだが、ロータスの言う通りだ。私は……貴様のような小僧っ子に心配されるような弱い女ではない」
ラトネトラは溜め息をつきながら目を伏せた。
そして、強い意志をその瞳に蘇らせる。
「改めて確信した。貴様ら……レヴァリアの勇者か」
「……ああ」
今までなんとなくその話題を避けていたが、ホークはついに認める。
「勇者ジェイナスが、今カゴに乗せてるあの死体だ。俺たちはそれを蘇らせる旅をしてる。あいつさえ蘇れば魔王ジルヴェインなんかきっと倒してくれるんだ」
「……む?」
ラトネトラは顔をしかめる。
「ジルヴェイン?」
「……魔王だ。クラトスのナクタで会った。奴には魔剣が軒並み歯が立たなくて……」
「ロータス。そいつはキグラス亜人領の魔族だった者か」
「う、うむ。少なくとも魔王軍の旗揚げは……キグラスのはずだが」
「聞かん名だ。どういうことだ」
「……え、何だ、どういうことだ。なんでお前がそんな訳知りな感じに」
「昔キグラスにもいたことがある。あそこにも獣人が多く住んでいるだろう」
ラトネトラはさらりと言った。
「あのあたりにいる魔族の名はほぼ知っているはずだが。……どんな魔族だった? 翼は? 角は? 尾は生えていたか?」
「ほぼ人間の姿だったけど……」
「……キグラスのどこにそんな魔族がいたというんだ」
「あ、新しく生まれたんじゃねえのか?」
「有り得ん」
「……え?」
「魔族は増えないぞ。そのあたりのことはロータスも知っているはずだ」
ロータスに視線をやると、彼女も頷いた。
「魔族は確認されている限り新しく増えたことはない」
「……え、どういう……あいつらだって交尾すりゃ子供できるんだろ?」
「そんなことはない。少なくとも過去の記録では、今まで一度も」
「どういうことだよ。じゃああいつら何なんだ」
ホークは理解できない事実に面食らう。
一度も増えていない?
どういうことだ。上位種族ではあっても生き物である以上、繁殖はするのが当然だ。
「レミリス。アスラゲイトの知識なら魔族の研究も進んでるんだろ。あいつら、どうやって増えるんだ」
チョロにカゴの縄をかける作業をしていたレミリスに話を振ると、レミリスは首を振る。
「知らない。誰も、明かさない」
「……マジで?」
「魔族、知識供与する。それは、本人たちの意思。教える気ない知識、そのまま謎」
「じゃ、じゃあ本当に一度も増えてない可能性があるのか!? 有史以来!?」
「ん」
「い、意味わからねえ……」
ふと、イレーネがジルヴェインに向かっていったときのことを思い出す。
イレーネは、自分のことがわからないジルヴェインに対し、どこか苛立ったような態度を取った。
そして、何事かについて「不正直」である、とジルヴェインに挑んでいたのだ。
もしかしたら。
「……あれは、もしかして」
「……考えたくないが、私も少しそのあたりについて疑っていた」
ロータスは深刻な顔をする。
「け、結論を急ぐ前にだ。……ロータス、過去の魔王はどうだったんだ? 昔の魔王は、ちゃんと元魔族だったんだろ?」
「……少なくともロムガルドの記録上、建国戦争である第三から先は元領地もはっきりしている」
「今回だけ、出身不明のポッと出ってことか……」
「ああ。……元々魔王についてはわからない面が多いが……」
ホークはロータスと顔を見合わせ。
「……あれは、魔王じゃない……なんてことがある、のか?」
「今まで本人以外の口から、第七魔王の個人名が出たことがない。つまり……ジルヴェインが魔王だというのは、ただの『自称』。本来の魔王が別にいて、その影武者か何かの可能性は、ある」
とてつもなく、恐ろしい可能性。
あれほどの力を誇ったモノが、魔王ではない。あれを倒しても、終わらない。
「で、でも、イレーネが知らないってことはつまりヒラの魔族でもないってことで……どうなるんだ? あれは……一体どういう存在なんだ?」
「創造体……いやしかし、魔王レベルの力を持つ創造体……? そんなものが有り得るのか……?」
呆然とする。
それが示すところは、ただ倒すべき魔王が一人増えた、という話ではなく。
魔王レベルが「何人でも」作れてしまうかもしれない、という恐怖だ。
恐慌をきたし始めているホークに対し、ラトネトラはフォローをするように言う。
「た、ただ私がキグラスにいたのも数百年も昔だ。魔族はごくまれに領地を乗り換えることもあるという。そういう魔族なら、いるのかもしれない」
「…………」
「…………」
それを聞いても、ホークたちは納得はできなかった。イレーネの言動に一度説明がついてしまうと、別の可能性と言われても頷けなくなる。
だが。
「だとしても、私たちは倒すだけです。……ジルヴェインを倒すことが先決。その先に黒幕がいようと、同等の創造体がいようと、私たちは大陸を明け渡すわけにはいきません」
小さな体で胸を張り、そう言ってのけたのはファル。
「最初から勝てるか否かの戦いではありません。勝たなければならない戦い、です。そうでしょう?」
「そ、そうは言うが……」
「ジェイナス様ならばジルヴェインに勝てると信じて、私たちはここまで来たのです。まだジルヴェイン以上のモノが現れたわけでもないのに、絶望する必要はないでしょう」
「……あ、ああ」
想像が悪い方に暴走していた。ホークはそれをようやく認識して、少し落ち着く。
ファルの言う通りだ。ジルヴェインにあるのは「怪しい」というヒント程度のこと。それ以外に、具体的に不利な事実は何もない。
どんどん最悪を想像し、勝手に絶望して潰れるところだった。
改めて、勇者としての風格を持つ少女の姿に心が救われる。
「栄光も平穏も、その先にしかない。ならば、突き進むだけです。私たちはそのために生まれてきました」
堂々とそう言ってホークやロータスを奮い立たせる少女に、ラトネトラは改めて訝しげな目を向ける。
「……貴様は何なのだ。髪が金になったり銀になったり、不思議な娘だと思っていたが」
「レヴァリア最強の獣人拳法使いメイ。……そして、その体に間借りしている、ロムガルド第二王女ファルネリアの人格……という説明が、正しいかどうかはわかりませんが」
「ファルネリア……“勇者姫”か!」
「ええ。といっても私本人の肉体はナクタで死にかけのまま捕獲されていますが……」
「……またややこしい経緯がありそうだな。しかし、それとアスラゲイトのワイバーン使い……レヴァリア、ロムガルド、アスラゲイトの3か国から戦力を集めたということか」
「全部成り行きなんだけどな。俺たちは元々……」
「フッ」
ラトネトラは皮肉げに笑う。
「いよいよ、ガイラムが嫌がる話になってきた」
「……あ」
魔族が、安っぽい「伝説」を作ろうとしている、というガイラムの説。
言われてみれば、ホークたちは幸運に幸運を重ね、有力3か国から集うことになった。
その不自然なまでの強運は……もしかしたらガイラムの言う通り、何者かに導かれているのかもしれない。
「……そうか。……ジジイの言うこともわかるな。確かにこれは……」
「さて、誰の描いた台本か。……誰のものでもないのなら、それはそれでより大きな運命の差し金かもしれん」
ラトネトラの言う通り。
自分たちの潜り抜けてきた道のりにすら、ホークは少し薄気味悪さを感じさせられていた。
「それじゃあ……またな!!」
「ありがとうございました! 御恩は忘れません!」
「達者でな、ラトネトラ!」
夜明けを待たず、ホークたちはワイバーンの翼で離陸する。
地上では多くの犬人たちと、ラトネトラが見送ってくれているはずだった。
例によってたいまつもないので、少し地上を離れるとすぐに闇に紛れてしまったが、彼らからは見えているのだろう。
「レミリス、少し無茶させてでもレヴァリアに一刻も早く飛ばしてくれ!」
ホークは揺れるゴンドラからチョロの上のレミリスに叫ぶ。
ベルマーダ国内も、もう安全とは言えない。ただただ一刻も早くレヴァリアに辿り着くのだけが今の状況を脱する道だった。
ひと声鳴き、夜の森の上をワイバーンが飛ぶ。
大きな回り道の末、ようやく死体運びの旅は終わろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます