妖獣将
「この僕の……体を、一瞬とはいえ停めるなんて……なかなかいい才能といえなくも……」
何かを言おうとする妖獣将をきっぱりと無視し、レミリスはホークに目を向けた。
「ホーク。あれ、できる?」
「……品切れでな。もうちょい休めば使えるんだが、アレで倒すのはちと難しい奴だ。どこ切ればいいのかわからねえ」
「切る? そんなのいらない。ホークなら、盗れる」
「……盗る?」
「コア。あれ、まともな生き物じゃない。そう見えるけど、違う」
レミリスは杖を軽く振ると、ビゥン、と不思議な音とともに薄い螺旋状の光が生まれ、マルザスに向かって伸びていく。
マルザスはそれが何にしろ自分に悪影響があると踏み、横にステップしてかわす。
いや、かわそうとした。
「馬鹿でよかった」
レミリスが呟く。
マルザスに向かった光はステップと同時に方向が変わる。追尾などというものではない。軸ごとだ。
逃れようもなく、単に最初からレミリスからマルザスに糸で繋がっていただけであるように、そのままマルザスに光が届く。
そして、動きがあからさまに鈍った。
「な……ん、だと……」
「そのパワーなら、石とか投げてくるのが、一番怖い。……でも、もう無駄」
「何をした……!!」
「聖術。……弱いんでしょ?」
レミリスは動きの鈍ったマルザスに対し、杖を何度も構え直して色の違う螺旋光を伸ばし、繋げていく。
「ホーク。あとどれくらい?」
「……お、俺の出番あるのかよ」
「これ、決定力ない。ホークが盗らなきゃ、終わらない」
「……お前、何を知ってるんだ。奴の弱点がなんで……」
「長くなるから後で。……頭でも、心臓でもない。どこかにコア、持ってる。ホークなら盗れるはず。思い出して」
「思い出せって……」
「昔、私、ぱんつの中に金貨、隠した。ホーク、盗れた」
「…………」
レミリスはホークとの幼い頃の思い出の中から、わりと恥ずかしいのをチョイスして例に出す。
「具体的な位置わからなくても、ホークなら盗れる。……たぶんこれくらい。リンゴくらいの丸いやつ」
「魔術師……!」
マルザスは一歩ずつ進み、レミリスにその剛腕を振りかざそうとする。
それをチョロが牙をむいて阻み、レミリスを守ろうとする。
「チョロ。やめて。触っちゃ駄目」
「なんでだレミリス。チョロにやらせりゃいいんじゃねえか。八つ裂きにできるだろ」
「あのタイプのコア、使役術と干渉する。下手な接触すると、チョロ、目を回しちゃう」
「……お、おう」
レミリスは妖獣将の正体と対処法をすでに特定しているようだった。
そこにロータスがよろけつつ戻ってくる。
「……何をすればいい、レミリス殿。ホーク殿の技がまだ使えぬなら、この私がやる」
「コア、体の中、移動する。ホークが最適任。……足止め、できるならして」
「……わかった」
ロータスは「ロアブレイド」を抜く。
既に被害など気にしている場合ではない。既に犬人たちは死屍累々、生き残りたちも隙あらば飛び掛かろうとしているが、それをガイラムが状況を察して制している状況だ。
そして、ロータスは意を決してもう一本を抜く。「キラービー」だ。
「無茶のしどころだ。足止めの任、存分に果たさせてもらう」
タン、と踏み切り、レミリスの放つ聖術の奔流の中、素早くマルザスに近づいて、両の魔剣を交差する。
「食らえ、大盤振る舞いだ!」
ドォン、と七条の閃光が下からマルザスを貫く。
頭、胸、腹、両腕、両足を「ロアブレイド」の光が太く打ち抜く。「キラービー」の複製能力を使って「ロアブレイド」の攻撃数を瞬間的に増やしたのだ。
しかし、マルザスはそれだけの傷を負っても、まるで粘土を指で埋めるように復元してしまう。
「いい攻撃だ……並みの奴なら跡形もなかっただろうね……でも、僕は……」
全身を軋ませながらもマルザスはロータスに手を伸ばす。
そこに、真横から質量差を無視する蹴りが飛んでくる。
ドゴッ、とマルザスは吹き飛び、民家を破壊して沈む。
「……姫!」
ファルだった。
握り潰され、無惨に血の吹き出す手をそれでも握り、ファルは構えを取る。
「……拳はなくとも、脚があります。メイさんの脚が。……これだけあれば、戦えます」
「姫、無茶を」
「ロータス。私はファル。……メイさんの裏人格、ホーク様の最後の味方。そうでしょう」
「……姫。いや、ファル殿」
「魔王を必ず屠る。私たちはそう誓ったのです。魔王ですらない者に、拳を壊された程度で負けるわけにはいかない。メイさんはそう言っています」
ファルは黄金の髪を闘気で膨らませ、その目はメイの時と同じく肉食獣の輝きを宿し続けている。
メイとファルネリア、二人の強烈な戦意が命の危機を前に同調し、本来のファルを遥かに凌駕するポテンシャルを覚醒させ始めていた。
血まみれの手が、ゴキャッと音を立てて強引に形を戻す。握られ、開かれる。
「マルザス。……高くつきますよ。私たちを怒らせたことは」
「くそ、この忌々しい聖術が、止まれば……!」
瓦礫の中から身を起こした妖獣将に、ファルは爆発的な速度で躍りかかる。
メイの速度をも凌駕する踏み込みは、もはや瞬間移動にも近く、宙を舞う埃を黄金の刃が裂いたようですらあった。
「はあああああっ!!」
およそ姫君が人生の中でやったことがあるとは思えない野性的なフォームの蹴りが、マルザスの胴を二つ折りにし、浮かせる。
ファルは回転しながらその肉体に「エクステンド」を竜巻の如く振り抜き、腕と足を切断する。
だが、完全に切り離されてもなお空中で引き合い、復元しようとするマルザス。
その背後にロータスが追いつき、振りかぶった「デストロイヤー」の一撃をマルザスに叩き付ける。
どばっ、とマルザスの肉体が破壊剣の威力で半分が肉片に崩壊する。ロータスの手で魔剣は砕け散った。
「チッ……これだから!」
「ざ、残念だったな……僕は、ここからでも再生でき……」
地面をまるでおかしな虫のように片手片足で跳ね、ジュワワッと再生していくマルザス。
だが、その時にようやくホークは「満ちた」ことを確信した。
「レミリス。……『それ』を盗ればいいんだな?」
「ん」
幼馴染の確信に満ちた頷きを見て、ホークは数十ヤード先の戦いに、“砂泡の祝福”で介入する。
レミリスの言葉で思い出した。
“盗賊の祝福”は、相手が確実に持っているものなら……どこに持っているかわからなくても、奪い方をまるで想像できなくても、奪える。
子供らしい、ワガママで短絡的で理不尽な欲望。
成長し、このチカラを有効利用してスマートに盗むことを心掛けるようになって忘れていた、理に合わない特殊な性質。
そこにあるものが欲しい。手に入れたい。
そんな熱情が、想像力を凌駕するという感覚。
「……盗ってやるよ……テメエの、命!!」
感覚が没入する。砂のように細かい泡が意識を下から呑んでいく。
その中で、ホークはマルザスの全体に焦点を拡散し、そのどこかにあるリンゴ大の塊をその右手で掴み取る、それだけを思い描く。
次の瞬間、ホークはマルザスの少し向こうに突き抜けるように移動し、右手に乳白色の脈打つ球を握って膝をついていた。
「……うわ、気持ち悪」
ホークは思わず呟く。
体内にあったからか、ヌメヌメとしていてなおも脈打っている。感触としては生きた臓器そのものだった。
「貴様、それ……は……」
マルザスが手を伸ばし、糸が切れたように倒れる。
ホークはそれを握り潰そうと力を籠め……少し考えて、ラトネトラを振り返る。
「……ラトネトラ」
ガイラムと一緒に犬人たちが乱戦を再開しないように抑えていたラトネトラは、ホークの視線の意味に気づき、頷く。
ホークはそれを投げる。ラトネトラは、それを受け止めて……握り潰して踏みにじった。
田舎町での凄惨な戦いは、終わった。
◇◇◇
「創造体は別に魔王の特権じゃなくて魔族もちらほら作っちゃったりするのは薄々気づいてると思うんだけどそれってつまりアスラゲイトの魔術機関である程度は形式を分析できてるってことで、創造体の作成難易度や完成度は最低ランクがゾンビもどきでこれは実は魔族じゃなくても独学で作ったりする魔術師がいるレベルで簡単なんだけどっていうかゾンビ化は自然現象だから半分それを利用して好きな感じの作る技術はあるわけ。それでそこからステップアップしてだんだんとゴーレムみたいな存続性の高い奴を作ったり新型の魔獣作ったりする段階に行くわけだけどあのマルザスっていうのは技術的にはものすごく豪華なんだけど形式上は実は低次元な代物でアンデッド式とゴーレム式のミックスみたいな形で制作されてた奴でつまるところあのコアだけが生き物でそれ以外アンデッド同様の支配術で制御してたわけ。その制御力と肉体構成素材がまた気持ち悪いっていうかすっごい高機能素材を活用しててあの肉体素材は今細切れにして魔力適当に流しても多分復元すると思う。それくらい簡単に特定形状に戻る性質かつ制御性の高い肉体だからコアの方も機能に余裕があってなんていうかある意味そこがさすが魔王の創造体って感じなんだけどそういえばチョロが相性悪いのは使役術の精神制御とゴーレム式の身体支配って実は技術的には結構よく似ててあと魔術に強いはずのワイバーンがなんで使役術の対象にされてるかっていうのにも関係してくるんだけど現在創造体の最終完成系はドラゴンと言われてるんだけどそういう意味で相似性みたいなのがあって」
「うん。とりあえずもういいわ。とにかくお前はアレが何か最初から読めたんだな、魔術機関の知識で」
「……ん」
早口でマルザスの攻略法の糸口について解説するレミリスに、ホークは辟易して打ち切らせた。
いつもながら、駄々流しに喋られるとどこまでも続きそうなうえに聞いている方が息切れしそうになる。
「あんなものがあと何体いるのだ。レミリス殿が対処に通じていたから我々はなんとかなったが、ああいった化け物が他で対処できるとは到底思えん。下手をすれば完調の勇者隊でも敗北していただろう」
「レイドラにおけるシングレイの電撃攻略も納得できるというものですね。魔王本人という切り札を別行動で遊ばせるだけの余裕も頷けます」
ロータスとファルが頷き合う。ファルの砕けた手は何がどうなったのか、戦闘終了してしばらくした頃にはもう特に不自由はなさそうに物を持ったり掴んだりしていた。
メイの持っている高速回復能力が、戦闘時の同調でさらに高まったりしたのだろうか。いよいよ彼女たちも化け物じみてきている。
「ボブ……ケビン、ジョー、ハンス……すまない……!」
町に量産されてしまった死体は、ゾンビ化を防ぐためにも手厚く弔わなければならない。
不幸な町民やレイドラ兵たちの死体も生き残った町民たちの手で葬る準備が進んでいたが、勇敢な犬人たちの体はラトネトラが一つずつ洗い、整え、彼ら独特の死に化粧が施されていた。
顔や胸の毛に赤い線を入れ、雄々しい表情を加えられる。
犬人たちはこの世界を愛と勇気を学ぶ場だと考え、死ねば学んだそれらを胸に、次の世界、本当の戦場に旅立つものとされている。
この世は休息、死は大いなる出陣だと考えられているのだ。
だから、自分たちとの思い出を持って旅立っていく彼らには涙ではなく陣太鼓と鬨の遠吠えを以て送り出す。未だ野蛮な香りの残る習俗ともいえるが、人一倍寿命の短い彼らならではの死生観なのかもしれなかった。
しかし、犬人ならぬラトネトラはその別れを未だ割り切れず、涙を大いに流す。
「私が不甲斐なかったばかりに……すまない……すまないっ……う、ううっ……!!」
「ボブは幸せだったよ。少なくとも、アンタはそんなに愛してくれたんだ。きっと向こうで自慢するさ。俺はいい嫁と一緒に戦ったんだってな」
「こいつらだってアンタがみんなを守ってくれると信じて突撃したんだ。覚えててやれ。こいつらの最後の頼みをさ」
他の犬人たちに慰められ、ラトネトラは鼻をすすりながら頷く。
ホークはその様を見ながら、自分が死んだらああも悲しんでくれる人はいるだろうか、と思う。
メイやファル、レミリスは泣いてくれるだろうか。……想像ができなかった。
彼女らは泣く姿ではなく、歯を食いしばって何かを為そうとする姿だけが似合う。
それが何故か誇らしくて、少し寂しい。
やがて犬人たちの家族も到着し、葬送が始まる。
夕景の町に陣太鼓と犬人の遠吠えが響く。
犬人のいない町では奇妙な風習だったが、町を救った小さな勇者たちの弔いに、人間たちが水を差すことはなかった。
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