背後の邪気

 戦力としては、余裕だ。

 ホークにもまだ“砂泡”が残っているし、ロータスは十本入り二鞘分、約20本の魔剣を携行している。

 敵はモンスターを連れているとはいえ、ただの敗残兵。

 ……ただ、不安要素もあるといえばある。

「いきなり『使う』べきではなかったな……」

 最初の最初から消耗してしまったことだった。

 最近、味方が多い戦いが続いていたのでフォローが利いていたのだが、“祝福”は本来奥の手だ。使えば疲れ果て、運動能力が著しく低下する。

 戦力としてはしばらくホークは最低の状態になってしまう。

 こんな包囲状態に飛び込もうというなら、初撃はロータスに任せるべきだった。

「確実に敵を減らしたと思えば無駄ではない。ホーク殿、ガイラム殿に合流だ。跳べるか」

「多少不安だが、贅沢は言えねえ」

「降りたら目を塞いでいろ」

 ロータスはそう言ってホークに先に屋根から飛び降りさせる。

 地上は町民が多いおかげでレイドラ兵たちの集まりが遅い。今しかなかった。

「よっ……と、とっ」

 二階家の上からだったので、いったん一階の庇を経由し、おっかなびっくり降りる。完調ならもう少し華麗に跳べたのに、と思いながら、それでも腰も膝も力が足りず、よろけて崩れそうになる。

 そこに剣を抜いて走り込んできた兵士に、ロータスは屋根の上から「エアブラスト」を吹き付けて牽制。「スパイカー」は再使用に隙が生じるので使えない。

 そして、ホークが立ち上がるタイミングで軽やかにロータスも飛び降り、「フラッシャー」を輝かせて周囲の人間の目を潰す。

「ぐわぁっ!?」

「眩しい!」

「なんだ、何が起きたんだ!?」

 兵士と町民たちが皆、目を押さえてよろけ、ぶつかり合う。

 その隙を見て、ホークは手近の兵士に短剣で切りかかる。

 目くらましのせいで全く防御できなかった兵士は、ホークの振り抜いた一閃によって片腕を失っていた。

「ぐがっ……う、腕が!?」

「うお……すげ」

 ホークは思わず短剣と敵兵を二度見する。

 せいぜい利き腕を使えなくすればいい、という魂胆で肘あたりを斬り付けたのだが、抵抗もなく骨ごと斬り落としてしまった。

 腕力も握力も普段の半分くらいしか入らないというのに、凄まじい切れ味だ。

「っと、ボヤボヤもできねえな!」

 片腕を落として無力化した敵に、重ねて追撃をかけるか少し迷い、そのままガイラムと合流するのを優先する。

 ホークは今、守られる側だ。欲張ってはいられない。

「若造!」

「爺さん、一人で無茶してんじゃねえ」

「ふん、腐っても儂は戦争屋じゃ。黙ってはいられん。それに儂にはコイツがある」

 ガイラムは片手に握った戦斧の柄を拳で叩く。

「……ただの斧じゃねえか」

「ああ、ただの斧じゃ。魔剣でもねえ、秘密もねえ、ただ儂が打った斧よ」

 老ドワーフは挑戦的に歯を剥き出して笑い、その斧を軽々と振るい、手近のモンスターに躍りかかる。

「世界一の、ただの斧よ!」

 これまた目潰しを食らいながらも、老ドワーフの殺気に反応した黒豹めいたモンスターは牙を剥き出し、噛み付き返そうとする。

 が、老ドワーフの斧はモンスターの顔面を頭骨ごと縦に叩き割り、一撃で死に至らしめる。

 これまた、すさまじいまでの威力だった。

「爺さん!」

「は、貴様もどんどん試し切れ! 儂の逸品に力はいらん、刃筋さえ立てば鉄でも岩でも真っ二つじゃ!」

「無茶苦茶しやがるな!」

 ホークも続く。動きは這うようで本調子ではない。

 しかしガイラムは桁違いの殺気を放っているため、何頭ものモンスターに同時に狙われる。そのフォローに回り、手当たり次第に短剣を振るう。

「おりゃあ! 食らえ、死ねい!」

「こんにゃろうが!」

 二人の刃が、一振りごとに血花を咲かす。

 ガイラムの斧はもとより、ホークの短剣も冗談のような戦果を挙げる。

 まるで丸太のように太い肉食獣の前足も、頑丈な体毛と太い肋骨に包まれた胴体も、ホークの振るった短剣の一閃であっさりと断面を見せ、モンスターは噴血しながらのたうち回る。

 あっというまに処刑場と化していた広場の魔物たちは全て戦闘不能になっていた。ほとんど絶命し、生きている魔物も足を複数本失うか目や牙を切り裂かれ、既にまともに行動ができない。

「……ズリィなこの武器!」

「これがドワーフの打つ武器じゃ。近頃はどいつもこいつも魔剣だ魔法だと、飛び道具ばっかり持て囃しおって」

「どっちも使えねえからマジで感動してる」

「は、その体たらくでワイバーンと戦ったっちゅうのが儂には信じられん。どんな奇跡を起こしたっちゅうんじゃ」

「その件に関してはまた今度な。……まだまだいるぞ」

「おう」

 モンスターたちがやられたのを見て取り、レイドラ兵たちはホークとガイラムに飛び道具を構えて八方から攻撃する作戦にしたらしい。

 ロータスも「エクステンド」や「スパイカー」を次々振るって奮戦しているが、事態に反応しきれずに呆然としている裸の町民たちが邪魔で、なかなか一掃というほどには魔剣を振るいきれずにいる。

「爺さん、魔物の死体を盾にしろ」

「儂の台詞じゃ。背の高い貴様こそ身を低くして備えろ」

「残りの敵は何人くらいだ?」

「ザッと三十人はおるな。油断はするなよ。ここからが問題じゃ。油断して手の届くところまで来る奴は簡単じゃが、逃げ回られると武器の良さだけではどうにもならん」

「だろうな」

 ホークとガイラムは大きな魔物の死体を盾にしてしゃがむ。これで投げ槍や弓矢はある程度防げる。

 しかし、とてもではないが完全とは言えない。

「無茶しやがるよ、爺さん。これからゼルディアに行けばもっとたくさん助けられるってのに」

「言ったはずじゃ。儂の守るべきは故郷と家族。それより多数はもののついでじゃ。貴様らこそ見過ごした方が得じゃろ」

「カッコつけたいお年頃でね」

「なるほど。“正義の大盗賊”とは野暮ったい限りじゃが、嫌いではない」

「……あ、ああ、そう」

 ロータスに勝手に名乗られただけだが、それでも凹む。

 最初に名付けたのだってジェイナスなのだから、ホークが気にすることは何もないのだが、やはり自分についている名には違いない。

「ホーク殿、右だ!」

 ロータスが叫ぶ。

 ホークは反射的に確認する。魔物の死体の邪魔にならない角度から狙っている弓兵がいる。

 かわそうにも魔物の死体の間なので、スペースがない。短剣で防ぐか。……そんなのは達人芸だ。

(“砂泡”を使うか……!?)

 もったいないが、命には代えられない。もののついでに倒せる兵士は視界内にいないか、と探したが、飛び道具もない今、手の届く場所には誰もいない。


 矢が放たれ、ホークは覚悟を決めて“砂泡の祝福”を使い、矢を……掴み止める。


「……っく、そっ!」

 発動には成功したが、悪態が口をつく。

 これでホークは役立たずだ。疲労もさることながら、もう“祝福”の残りがない。

“天光”なら使えるのかもしれないが、あれは腕しか動かせないので至近距離でしか役には立たないだろう。

「な……矢を、手で止めた、じゃと!?」

 ホークが掴んだ矢を投げ捨てるのを見て、ガイラムは目を見開いた。

「ちょっとした、曲芸だ……。くそ、本当は武器として使いたかったんだが」

「?」

「もう一回はできねえぞ」

「……ふん、それなら打って出るしかねえな」

「……確かにそうなんだが今はまだ、ちょっと」

 ホークは脱力感でそのまま倒れたくなっていた。もう短剣を振る力もない。

 幻術以外にも、こうして無駄遣いさせられるシチュエーションはある。かえすがえすも最初の一発目がもったいなかった。

「ホーク殿!」

 ロータスがようやく手元の敵を片付け、駆けつけてくる。

 兵士たちがそのロータスを追い、広場中心に集まってくる。思ったより多い。四方で略奪していた兵士たちも呼集され、どんどん数が増しているようだった。

「やってくれたな!」

「モンスターたちを皆殺しに……クソッ、ラーガスになんといえばいいんだ」

「女はエルフだ、犯しちまえ! 男二人は両手落としてからじっくり殺せ、鬱憤晴らしだ!」

 すっかり魔王軍並みの品性となったレイドラ兵たちは、手に手に武器を構えて包囲網を狭める。

「ロータス、やっちまえ! この程度の数なら……!」

「わかっているが、『ロアブレイド』ではオーバーキルだ。『エクステンド』は止められる。思ったより手練れが多い」

「……他の魔剣はないのかよ!」

「決め手でないのは多いのだが」

 ロータスは「フラッシャー」や「エビルミラー」を取り出してみせ、少し気まずい顔をする。

「私一人なら逃げ隠れをしながら戦えるのだが、貴殿らを守りながらこの数は少々手間だ。何かまだ奥の手はないか」

「そんなもんは……いやまあ、あるっちゃあるが」

「なんじゃ、まだ手があるのか」

 ホークはズルリと立ち上がりながらため息をつく。

 実はもう何もない。絶望している様を見せれば相手が調子づく、と反射的に考えただけだ。

 躊躇っているふりをしながら頭を回す。

 まだ何かないか。ここでやられたら流石にメイたちに悪すぎる。

 自分はこの旅で成長していたはずだ。この程度では死ぬわけはない。

 ……などと、自分に対して虚勢を張ってみたところで、ないものはない。

 せいぜい……。

「レミリス!! レミリスー!!」

「……ホーク殿」

「ちょっとやばいから助けに来てくれー!!」

 チョロに届くことを願って叫ぶくらいしか思いつかないのだった。

 さすがに呆れた顔をするロータス。

 そして。


「なんで先に呼ぶのがレミリスさんの方なの?」


 包囲していた兵士たちの一部がまとめてなぎ倒される。

 驚いたレイドラ兵たちが振り向く暇もあればこそ、必殺の威力を秘めた拳と蹴りが彼らを雑草のように地から空へと飛ばしていく。

「……メイ!?」

「ホークさんの偵察って本当信用できないよね」

 ものすごく不満そうな顔のメイが、手近の兵士を殴り飛ばした残心のまま不機嫌な声で呟いた。

「悪い。思ったより敵が多かった」

「『思ったより我慢できなかった』でしょ。……こんな奴らに手こずらないでよ、もう」

「な、なんだこの娘は……」

「ひ、怯むな! 武器も持っていない子供一人に……」

 兵士たちがメイに向き直る。しかし、それをさらに周囲から奇襲する一団がある。

「ホォォォオオーーー!!」

「アォォオオオ!!」

 奇声を上げて物陰から飛び出し、一斉に兵たちに襲い掛かったのは、犬人族だった。

 手にはドワーフの鍛えた武器を携え、とにかく多い集団がレイドラ兵を一斉に斬り、刺し、抉る。

 小柄で非力な彼らと言えど、軽い力で鎧も盾も切り裂くドワーフの武器を使うのだから、急に襲われたレイドラ兵たちはひとたまりもない。

 そして、犬人たちの先頭で剣を華麗に振るったラトネトラは、レイドラ兵たちの潰走を見届ける間もなくガイラムに駆け寄る。

「ガイラム!」

「……余計なことをしおって」

「貴様が死ぬのはこんなところではないだろう。全く、老い先短いというくせに血気盛んな男だ」

「魔王軍に出会うのは久方ぶりじゃ。積年の恨みが少し、な」

 犬人族が残ったレイドラ兵を追い立て、殺戮し、ようやく街から狂気の侵略者が駆逐される。

 その事実に町民たちはしばらくの沈黙ののち、ようやく気が付いて歓声を上げ始める。

「……ガイラムだ! 名将ガイラムがやって来てくれたぞ!」

「あ、あんな奴らをガイラムが倒してくれるんだ!」

「父ちゃんの仇を討ってくれ! 父ちゃんは、ついさっきそこで……」


「やかましい!」


 ガイラムは、彼の名を頼りに盛り上がり始めた町民たちを一喝する。

「元はと言えば田舎じゃと思うてロクに備えもしとらんお前らがいかん! 犬人族を見ろ、あの若造を見ろ! お前らがああして戦うべきじゃろうが! この街はお前らの物じゃろうが! 立ち上がらんか! まさかこれだけで魔王軍が消えてなくなると思うておらんじゃろうな、何度でも来るんじゃぞ! 誇りを持て! 故郷を今度こそ自分が守ると、お前ら一人一人が自らの誇りにかけて誓わぬ限り、あんな腐れた魔王軍のモドキがいくらでも湧いて出よう!」

 老ドワーフの叱咤は、打ちのめされた町民たちに、それでも確かに広がっていく。

 守らねば殺られるだけなのだと、町民たちは思い知った。英雄の叫びが、田舎の平和に微睡んでいた彼らの目を覚まそうとする。


 しかし。

「その演説は、今更遅すぎるんじゃないかね」


 広場の隅から、奇妙な男が現れた。

 上半身裸の毛むくじゃら、筋骨隆々とした獣人の体に貧相な老爺の顔を無理やり付けた、まるで子供の絵のような姿だった。

 その両手には、犬人族と思われる物体を二つブラ下げている。

 そう。

 それは既に、「物体」だった。

 生きてはいない。


「……きさ、ま、ァァァァァァ!!」

 ラトネトラが激高し、剣を振るって打ちかかる。

 それを異様な男は犬人の死体を雑に投げつけて吹き飛ばした。

「この国の将軍と言えばガイラムと聞いたが、なかなか探すのに苦労したよ。こんなドサ回りは専門外だ、僕は頭脳派なのに」

 見た目に対して冗談のような事を言いながら、奇妙な男は残りの犬人の死体も目の前に投げ捨てる。

 ボブだった。

「……!!」

 ホークは怒りに意識が沸騰する。

 奇妙な男は冷めた目でホークたち一行とガイラム、ラトネトラを一瞥し、そして不似合いな山高帽を取って胸に当て、名乗る。

「初めまして。僕は魔王様の創造体の一人、妖獣将マルザス。正義の大盗賊とか名乗ってたね? 聞いた名だ。ピピンからこんなところに来ていたのかい?」

「創造体……!?」

「あのでっかい目玉馬鹿の他にもいたんだ……」

「ドバルのことかい? まあ確かに馬鹿だったよね。変なところで死んでたって聞いたけど殺ったのは君か、なるほど」

 マルザスは老人の顔に嫌らしい笑みを浮かべた。

「殺すけどその前に名前は教えてくれよ。あのドバルは意外と魔王様のお気に入りだったらしくてね。下手人判明は魔王様にいい土産になる」

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