同士討ち

「レイドラ駐留のラーガス軍が攻め込んできたとしても、侵入からまだ一週間経ってない。レイドラ王国は交通の便が良かったから電撃作戦もできただろうが、ベルマーダは山国だからそう簡単には軍団移動なんかできないはずだ」

「でも、そんな騒ぎを起こす勢力なんて魔王軍以外にいるの?」

 メイの疑義にホークは答えられない。この国の情勢など詳しくないのだ。

 もしかしたら規模の大きい山賊団でも周辺にいるのか……いや、早計か。

「わかんねえよ。畜生、様子を窺わねえと」

「チョロ、飛ばす?」

「そうか、ワイバーンなら一目瞭然……いや待て、やっぱりチョロは温存だ。先にジェイナスとリュノの死体をゴンドラに乗せて待機させとけ」

「ワイバーン、魔法に強い。弓矢、届かない。怪我しない」

「それでもだ。万一魔王軍なら常識なんざ通用しない。俺らが今までコソコソすり抜けてきた後方じゃなく、前衛部隊だからな」

 ホークはジルヴェイン本人にかち合う可能性も捨てていないが、またあの大巨人ドバルのような創造体に出会う危険も考えている。

 あの腕力で岩でも投げつけられれば、いくら魔法耐性が高くとも関係ない。そういった「予想外」でチョロが飛べなくなれば、最悪の場合チョロを置き去りにし、徒歩でレヴァリアを目指さなくてはならない。

 レミリスもそんな状態では簡単には動いてくれないだろうし、死体を運ぶロバも荷車もない今、この山だらけのベルマーダを踏破してレヴァリアに向かうのはとんでもない難事だ。

「偵察は俺やロータスがやればいい。俺たちが怪我をしても、チョロが離陸できれば旅には問題ない。だけどチョロがやられたら終わる」

 逃げるだけなら、ホークは“祝福”で解決できる分、絶対的なアドバンテージがある。

 ロータスも異常なほどの隠密力のおかげで、手を出しさえしなければほとんどの相手には気づかれないだろう。

「レミリスとメイは離脱の用意だ。俺はロータス連れて西を見に行く。ラトネトラとか犬人にも伝えてやれ」

「ん」

「あたしも行かなくていい?」

「いきなり殺り合いにはならねえよ。それに、ちょっとした山賊程度なら全部ロータス一人で十分だろ」

 ホークはそう言って二人を送り出す。


 そして、ロータスを探す……のは後回しにして、まだ近くにいたガイラムに近寄る。

「若造」

「爺さん、あんた将軍なんだろ。どう見る」

「将軍に戻るのはこれからじゃ。情報が足らん。……じゃが、ここらにそんな山賊なんぞいねえぞ。旅人が少ない田舎じゃ実入りがねえし、何よりあのダークエルフが不届きもんは狩っちまう。よそから流れてきた兵士崩れの浪人に、犬人を試し切りの相手にされたことが幾度もあるからな。奴は本来余所者には苛烈な女じゃ」

「……なるほど。じゃあ……少なくとも侵入者か」

「西とくればレイドラ、魔王軍ってのが貴様の見立てか。……まあ、奴らはなんでもアリじゃ。大外れとは言えんのが魔王戦役の常じゃが。……人間同士ってのも考慮に入れるべきじゃな」

「あ?」

「レイドラは魔王軍にシングレイを獲られたんじゃろう。残党はどうしとるか、気にしたことはあるか。……健在の国家群で一番たやすく踏み入り、拠点にできそうなのはベルマーダじゃろう。大国アスラゲイトとロムガルドは論外、レヴァリアと戦うよりはベルマーダの方が易い」

「そんな馬鹿な」

「魔王軍が侵入開始したのがつい数日前。国境守備を魔王軍が食い荒らすドサクサに紛れて、目立たない場所に流れ込む。途中の町々は魔王軍に目をつけられるのを恐れて大半捨ててすり抜け、奥地のこのあたりに拠点を築く。起死回生を狙う雑兵がやりそうなことじゃ」

「そんなことして何になるんだ」

「少なくとも自然の要害たるベルマーダなら、そう大軍とは戦わん。それに軍隊ってのは飯を食う。自領内で支配権を失い、それでも飯を食うためには選択を迫られる。祖国の正義という大義を失いながら領内で収奪をするか、あるいは敵を増やす代わりに勝ち取るかじゃ」

「……レイドラ内部で悪印象持たれたくないからって、隣国に踏み込んで奪うってわけかよ」

「そうなる前に普通は軍が散り散りになるもんじゃがな。下手に形が残っちまうと、おかしな論理も生まれるんじゃ。勝てず、白旗も挙げられん。食うものはない、何のための軍かを忘れることも出来ん……ならばと抜け道を行く」

「始末が悪いな。そんなんじゃねえことを祈りたいが」

「全くだ。救えねえ」

 老ドワーフと一緒に西への道を急ぐ。


       ◇◇◇


 半刻ほど進み、最寄りの人間の街に近づく。

 黒煙はこの街からだった。

「俺が見て来る。爺さんはどうする。戦うのか」

「相手によるが、直接戦うのは本職には敵わん。最低限でやりたいもんじゃな」

「……俺も本職ってわけじゃねえんだよな」

「わかっとる。無茶はするなよ若造」

 結局ロータスを連れて来るタイミングを逸したが、見るだけならホークで充分だ。

 それにロータスも気が付いていればこちらに来ているだろう。そう踏んで、ホークは手近の建物の屋根にそっと登り、黒煙の正体を確かめに近づいていく。


「急げ! 全て運び出せ!」

「やめて! それはうちの娘たちがせっかく集めた木の実……」

「よくぞ集めた。娘たちには礼はたっぷりしてやろう。我が部下たちが、丁重に、体でな」

「!!」

「だがババアはいらん。死ね」

「あ、ぎゃああっ!!」

「お母さん! お母さんっ!!」

 ホークが見つけた現場では、絵に描いたような略奪が行われていた。

 いたのは見覚えのある武装をした兵士たち。

 レイドラ軍だ。

(爺さんの予想ドンピシャってことかよ……いや、待て)

 ホークは非道な兵士たちを“祝福”で刈ってやりたい衝動を抑えながら、周囲の様子を注意深く探る。

 兵士たちだけではない。

 この街に乱入してきた中には、いるはずのないものも、いる。

(……おいおい)

 町の広場方面に屋根伝いに進み、目の当たりにした光景は。

「ひぃぃ!! たす、助けっ……ぎゃあああああ!」

 縛り上げられた街の男が、獰猛なモンスターに生贄にされる見世物。

 それも一頭や二頭ではない。十頭近い野獣型モンスターが、一人ずつ投げ込まれる町民を争って食らっていた。

「さあ、次はどいつだ! 我々に盾突いた者はもういないか! それならば……次は、我々に媚びぬ者からエサとしようではないか! さあ手近の兵に媚びろ! 男は私財を差し出せ、女は裸になってその場で股を開け!」

 愉悦に歪んだ顔をした兵士が、町民に残酷な宣告をする。

 それもまた、ホークにとって見覚えのあるレイドラ様式の鎧兜、そして紋章をつけていた。

(……最悪がふたつ重なってきやがった)

 ホークはギリリと歯を鳴らす。

 レイドラ残党が、攻めよせてきた。それだけではない。

 魔王軍から魔獣を貸し与えられ、走狗になっていた。

「田舎の制圧などにラーガス軍本隊を使うまでもない。人類同士でやっていろ、ということだな」

「!」

 ロータスがいつの間にか隣に来ていた。

「おおかた、セコい魔獣を貸し与え、奪った土地の略奪は好きにせよとでも言い含めているのだろう。こんな奥地でなければとても足りん程度の戦力だ。小分けの捨て駒たるレイドラ残党に勝手に枝葉末節の土地は取らせ、自分たちは旨味の多いゼルディアを悠々と狙う。ベルマーダ国民はあまりに多方面から展開する残虐な敵に絶望する。下劣な戦略だ」

「智将殿の面目躍如ってか」

「そうだな。……だが、こんな争いに関わっていてはいつまで経ってもレヴァリアには帰れないぞ。ここを助けても、ここだけでは済まん」

「…………」

 ホークはロータスを睨み返す。

 そして、眼下の異常な光景を見下ろす。

 手持ちの金や衣服を渡した男は笑いものにされ、何か持ってきますと言って背を向けた男はそれだけで斬られ、魔獣の前に投げ込まれる。

 女たちは恐怖に顔を歪めながら衣服を脱ぎ、悲鳴のような声で犯して下さいと叫ぶ。

「大義か」

「……ああ。そのために見捨てるのも、世を救うためには必要なことだ」

「…………」

 ホークは拳を握り締める。

 確かに、これはここだけの話ではない。国中のいたるところで、こんな邪悪な光景が展開されているのだろう。

 ここだけを助けたところで、意味はない。

 増して、今虐げられているのは世話になった犬人ともガイラムとも関係のない、ただの近くの街の住人達だ。

 見捨てたって誰が恨むわけでもない。


「ようガキども。楽しそうな事をしてるじゃねえか。儂も混ぜろ」


 そんな阿鼻叫喚の広場に、老ドワーフは憤怒の表情で現れた。

 そして、兵士の突き付けた槍を戦斧で一閃、穂先を切り落としてただの棒に変えてしまう。

 鈍重そうな老いた体躯に見合わぬ、剣よりも速いスイングスピードだった。

「何だドワーフ。魔獣のエサになりに来たか!」

「はッ。この老骨、大して美味いもんでもねぇが食いてえなら食わせてやる」

 取り押さえようとする兵士たちの武器をことごとく戦斧で薙ぎ払い、鉄でも鋼でも関係なく叩き斬って廃品に変えながら、ガイラムはズンズンと広場の中央、魔獣たちによる処刑場になっているステージに進んでいく。

「食えるならなッ!!」

 凄まじい気迫で魔獣たちを威圧するガイラム。

 魔獣たちは怯み、周囲にいたレイドラ残党兵たちも一瞬委縮したが、たかが一人と思ったか、すぐに号令をかける。

「何をしている! あの馬鹿を殺せ! 遠慮はいらん!」

「狙え! 弓でも何でもいい! 魔獣たちよ、怯むな!」

 すぐに兵士たちは武器を持ち替え、ガイラムを弓や投げ槍で狙う。そしてモンスターたちもガイラムに狙いを定める。


「ロータス。確かに何の解決にもならねえけどな。……悪いが俺は我慢強くねえタチだ。ムカつくもんはムカつくんだ」

「ホーク殿」

「許せねえモンは許せねえ。そういう気持ちは、捨てられねえ。悪党としての俺の芯を通すために」

「……そうか」

 ロータスは目を伏せ、そして鋭い眼力を込めて開く。

「わかっているならばいい。……無益なことをやろうではないか。ただ自分の良心を守るためだけに」

「はっ、いいね。やるか」

 ホークは頷き、そして道具袋から投げ短刀を引き抜いて、“吹雪の祝福”と共に投げつける。

 一瞬で弓兵三名が絶命。

 そしてロータスはその場から「スパイカー」を突き出し、魔獣のうち二頭を串刺しにする。

「なっ!?」

「まだいるのか……何者だ!?」

 ホークたちは屋根の上から堂々と顔を見せた。


「てめえらゴミに名乗る名は……」

「“正義の大盗賊”ホーク一味だ」

「てめえ!」

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