ベルマーダの休日
ホークたちは結局足止めを余儀なくされていた。
ホークの短剣だけなら単なる慣れの問題で愛用していただけで、最悪の場合無視してもよかったのだが、ワイバーンからの吊り下げカゴが燃えてしまったのが致命的だった。
さすがにカゴなしのロープだけでホーク、メイ、ロータスの三名に加えて死体二つを吊っていくのは無理がある。背中に乗るのは……できるものなら最初からやっている。
が。
「そのカゴって藤編みでもいいの? なら俺たちで作れるよ」
「鉄だとドワーフ連中に任せっきりだけど、そういうのなら俺たちでもやれるもんな」
犬人族たちが引き受けてくれたのだった。
「手間のかかるものなんじゃないか……?」
「だが、他に頼るわけにもいかない。ここは彼らに任せよう」
というわけで、ホークたちは短剣の完成とカゴ作り、両方を待つことになったのだ。
「もう少しでレヴァリアだってのに、歯がゆいな」
「そうは言ってもこのベルマーダは山国。地図では少しに見えても徒歩では出国におそらく二週間はかかるぞ」
「そうかも知れないけど……最悪、メイとジェイナスだけでもレヴァリアに送れないもんかな」
「ただでさえ戦力が少ないのにさらに細切れにしてどうする。レミリス殿とメイ殿だけで、もし次のアスラゲイトの追手にでも会ったら終わりではないか」
「ああ……そりゃまずいな……」
ホークは頭を掻きむしる。
「何を焦っているのだ。考えようによってはホーク殿は立派な武器を手に入れ、そしてじっくり休んで最高のコンディションで進むということにもなろう。ここしばらくは休む間もなかった。足を労わるのもいいだろう」
「そうなんだが……あっちからもこっちからも狙われてるってのに、座って待つだけ、ってのは性に合わないんでな」
「少し気を張り過ぎだ。……まあ、メイ殿にファル殿、そしてレミリス殿と、守らなくてはならない女が多くなれば、アウトローの貴殿にも責任感が芽生えるか」
「あのな……そんな色っぽい話じゃねえだろ」
「色っぽい話だなどと言った覚えはないが? 無論、そういう論点で突っ込んだ話がしたいというならそれもよい。一度本気で考えるに値するテーマだろう。とりあえず誰を本妻にするつもりなのだ?」
「てめえ」
「順番と戦闘力で言うとメイ殿だろうが、ファル殿はなんといっても大国の姫。人前に出る場合でも恰好がつくぞ。何より盗賊が魔王戦役の中で手に入れたロイヤルロマンスというストーリー性が自慢の種になろう。しかしレミリス殿は幼馴染という正統性で一歩リードしている部分は感じられるな。あと成熟面でも堂々と手を出すに値するカラダというのは大きいだろう」
「黙らないとツルッパゲに剃るぞこの駄エルフ」
「それはちょっと勘弁していただきたい。あと豆知識だがエルフ種は陰毛や腋毛が生えないという事実は知っているか」
「は? いや、知らねえけど」
「なんなら確かめるか」
「……ってお前な! サラッと変態話で茶を濁そうとすんな!」
「フフフ。女の腋を見るという話だけでそんなに興奮するとは業が深い」
「そっちかよ!」
ロータスは高笑いをしながらサッといなくなってしまう。
ポツンと残されたホークは周囲を見渡しつつ溜め息をつく。
そこは犬人族の村。
この地方に数ある「地底村落」のひとつだった。
ドワーフ族は鉱脈を求めて坑道を掘りまくる。
そして付近に大きな鉱脈があると確信すれば、坑道の途中に寝起きと鉱石集積をするための大きなホールを作ってしまう。
それは鉱脈が枯れるまではドワーフが使うが、彼らは用がなくなればさっさと次の鉱脈を求めて出て行ってしまう。
そうして生まれた地底空間は、人間族が使うには少し頭がつかえて困るが、低身長の種族ならちょうどいい居抜き物件となる。
特に背が低く、戦闘力に乏しい犬人族にとっては、おあつらえ向きの住まいとなるのだった。
「メシどうですか。あんまり大したもんはありませんけど」
ホークは少し身をかがめなくてはいけない村落内を悠々と歩き、あのラトネトラの現在の配偶者であるというボブが訪ねてくる。
「ああ、もらう。……念のために聞くけどお前らって人間食う?」
「昔は食ってたらしいですけどね。何で?」
「いや、あの魔術師の肉とかだったら食いたくねえなあって」
「まさか今どきは人間食ったりしませんよ。そんなことしてたのはこの国に落ち着くよりずっと昔、モンスター扱いされてた頃の話らしいですから」
笑うボブ。
彼は気にしていないらしいが、犬人族が「モンスター」として、人間やエルフと不倶戴天の敵扱いだった時代はそう何百年と前の話ではない。
「未だに大陸の南の方では、犬人は人類じゃないって扱い受けてるらしいな」
「ま、しゃあねえっちゃしゃあねえですよ。俺らは長生きして30年、早けりゃ20年でお陀仏ですからね。文化も発展しねえし、ここでドワーフが俺らを人足として使ってくれてなかったら、ウチの部族も今頃ウッホウッホやってたと思います。ドワーフ様様だ」
「20年で死んじまうのか……お前いくつ?」
「今年で16です。同い年の奴は大抵子供や孫いますよ。俺は嫁がラトなんで無理ですが」
「……やっぱ子供できないんだ」
「できることはあるってラトが言ってましたがね。元々ダークエルフは妊娠しにくいタチなんで、同族相手でも何十年に一度出来ればいい方なんだそうです」
「……なんでそれでも結婚したんだ? っていうかお前らから見てラトネトラって魅力的に見えるのか?」
「難しいこと聞きますね」
「あ、やっぱ同族の女のほうがよく見える?」
「正直どっちも捨てがたいところはあるんですよ」
ボブが案内してくれた部屋では犬人族がチョコチョコと走り回り、粗末な陶器の皿に麦や豆、魚をメインにした煮物料理を盛ってくれる。
集落全体の料理をここで配給しているらしく、ボブやホークが受け取っても特に気にした様子はなかった。
「今の料理番の一番奥にいた子、カワイイでしょ。正直ああいう子と結婚しても良かったかな、と思うこともあるんですがね」
「……あー、あの子。……すまん、俺には違いがあんまりわからない」
他の犬人に比べて少し丸顔で目が眠そうという感じはわかったが、人間のホークにはどういうポイントでボブが「カワイイ」と言っているのかわからなかった。
「ドワーフの連中はわかってくれるんだけど……人間にはちょっと難しいですかね」
「ドワーフは犬人アリなのか……?」
「昔敵対してた頃は、よく負けた犬人女がドワーフに強姦されたって話もある程度にはね。さすがに今の時代に結婚する奴は聞いたことないですが」
「……ごめん、マジで異世界過ぎる」
毛深ければ何でもいいんだろうかドワーフは。
「とにかく、まあ同族の方がいいだろって意見はわかりますし実際俺もそう思うことはあるんですけど……なんかね、やっぱり……ほら、ラトのエロさって特別じゃないですか。ね?」
「……そうか?」
「人間さんにはラトのエロさも伝わらないですかね」
「いやお前は毎晩エロいとこ見てるかも知れないけど、俺はあの女のフル装備姿しか見てないし」
「あー……でもね、とにかくあいつエロいんですよ。ホント。同族の女にはちょっと白い目で見られるんですけどね。こんな村ですから、村内でやらかしてると響きましてね。みんな見に行っちゃうじゃないですか。性癖植えつけられるんですよ。ダークエルフもいいな……って」
「はあ」
「あとラト強いですからね。俺らは元々弱い種族ですから、あいつがいないと急にモンスターが出たとかで村が全滅しかねないことが結構あったりするんで。ある意味そのためにラトが村で結婚しまくってるの黙認されてる感じもあるっていうか」
「……なるほどなあ」
「いやもちろん俺もラトで不満ってことはないんですけどね。今の話は……特に料理番のあのコの話とかはあんまり大声では言えないんでそこんとこ……」
ボブが食事をパクつきながら喋っていると、その背後にゆらりとラトネトラが現れる。
ホークはまたも気が付かなかった。やはり彼女がロータス同様の
「ボブ」
「ひっ」
ラトネトラがボブの肩を叩くと、ボブは匙を取り落として震えあがる。
「う、浮気……浮気?」
「いや、ちが、その、まああの、お客人にその、俺たちのね? 関係性をね?」
「浮気じゃないのね?」
「違う違う違う」
「……よかったあー!」
んぎゅー、とボブに抱き着くラトネトラ。涙目だった。
浮気されたら殺すような怖い雰囲気かと思えば、どちらかというともっと駄々甘系らしい。
「捨てないでねボブ。捨てたら泣くからね?」
「うんうん大丈夫だよラト。でもほら、異種族婚ってあまり理解されないからほら、このお客人もなんか疑ってた感じだしね?」
「大丈夫よボブ。ロータスみたいな変態連れ歩いてる奴なんかに私たちの愛が理解されなくても」
「別にロータスの変態部分が気に入って連れ歩いてるわけじゃないからな!?」
ホークが反論すると、ラトネトラはボブとチュッチュペロペロとキスの応酬をしながら見せていたデロ甘の顔をキリッとさせて睨んできた。
「ならば何故あの女など連れ歩く。奴はどこを取っても二流のイマイチ女のはずだ。飛び抜けているのなんてあの色狂いの部分くらいだろう」
「いやそこまで言うほどイマイチなわけじゃ…確かに得意分野ではメイとかファルの方が強いけど。っていうかそんなにエロ方面強いのあいつ!?」
「なんだ。そんな反応をするということはまだ奴の真の顔を知らん童貞か。……ボブの方がずーっと先に行ってるわ❤ 馬鹿にしちゃっていいのよボブ」
「いや童貞かどうかでそんな勝ち誇りやしないって。すみませんねホークさん」
「……いや、なんというかもうその、俺他のところで食べていい?」
ホークはげんなりしながら席を立つ。直立するとちょうど頭が引っかかる天井のせいで、移動するにも中腰にならなくてはいけないのが地味にきつい。
◇◇◇
食事後、チョロといるはずのレミリスを訪ねると、彼女はちょうどメイと一緒にチョロの背によじ登っているところだった。
「おいレミリス。背中にはお前しか乗れないんじゃないのか?」
「ホーク。……一人なら、私、抱きつけば、落ちない」
「カゴでぶらんぶらんするのは怖いけど、背中なら大丈夫ってレミリスさんがいうから……一度だけ」
「あんまり目立つなよ? またアスラゲイトのワイバーンが来たら、とっととこっちに逃げて来いよ?」
「心配?」
「お前とメイがやられたら、もう勇者復活計画はオジャンだからな」
「……心配、それだけ?」
「……何か言わせようとしてるなお前」
「ホーク、第三皇子相手に、嫁盗んだ宣言。かっこよかったのに」
「何それ。どういうこと、ホークさん」
「レミリス、お前な!」
「照れ隠し、子供みたい。……釣った魚、エサ、いらない?」
「ああもうわかったよ畜生! メイもお前も、どっちもちゃんと心配してるよ! 俺のいないところで無茶すんなよ!」
「……及第点」
レミリスはホークにそう採点し、チョロに離陸を開始させる。
チョロはレミリスに味方したのか、あるいはレミリスが使役術でやらせたのか、ホークに首を伸ばして口を開き、噛みつく真似をしてから浮き上がっていく。
「ち、畜生」
ホークはそれにまんまと脅かされて尻餅をつき、レミリスを睨みながらそれを見送る。
『鹿か山羊、食べさせたら、戻る。心配ない』
レミリスは空から増幅音声でそう伝え、ブワッとチョロを青い空に舞わせる。
「……そういや、三日に一度は食わせるって言ってたな」
夏の空と森の鮮やかなコントラストの中、遠ざかっていくワイバーンを眺めて、ホークは呟いた。
田舎の森に戦火はまだ遠く、……しかし、近い。
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