飛龍使い攻略

 敵ワイバーンはバサバサと上昇していく。

 レミリスはホークたちに駆け寄り、作戦を伝えてくる。

「敵、引き付けて。近いと、使役術、使える」

「レミリス殿の使役術は敵ワイバーンにも有効ということか。かけることができれば逆に乗っ取れるのだな」

「無理」

「……無理か」

「でも、邪魔、できる。翼、止めれば、落とせる」

「ワイバーンも空で硬直すれば落っこちるってわけか。……でも敵さんは長射程の魔術を使ってくる。俺たちを仕留めるまで寄ってきそうにないのが困りものだな」

 ホークが短剣を弄びながら空を睨むと、横にいたファルが提案。

「チョロさんで追って近づいてしまえばいいのでは?」

「相手も使役術が使えるだろう。同じようにやられたら共倒れだ。っていうか多分向こうの方が使役術の腕前もワイバーン自身の術耐性も高いはずだ。レミリスは俺と同い年の若造だしチョロも成体じゃねえんだから」

「ん」

 ホークの弁をレミリスは肯定する。

「奴のやり口はおそらくさっきの破壊魔術を遠間から撃ちまくってシンプルに圧殺だ。こっちは使役術的に劣勢な以上、チョロが迂闊に飛べない。飛んだらその途端、近寄って使役術で落とされてジ・エンドだ。チョロを守る限りは逃げ回ることさえできない。レミリスは力尽きるまで防戦するしかないってわけだな」

「チョロ殿を置いて我々が逃げ散るというのはどうだ。奴はこちらを探すのでは」

「向こうにとっちゃ俺たちはどうでもいいんだろ。要はレミリスを拉致ってナントカ皇子のとこまで運べばいいんだ。機密なんて方便さ。邪魔だから焼き散らそうとしただけだ。あの野郎が誰だか知らねえが、レミリス探しの魔術師が、見も知らない若造三人をそこまで重視してるはずがねえ」

 正確にはエルフのロータスは若造ではないが。

「なるほど。一理ある」

「ホーク、冷静」

「冷静だからって分析だけじゃどうにもならねえけどな」

 ホークは迎撃のプランを必死に組み立てる。

 チョロで飛ぶふりをしてなんとか接近戦に持ち込む?

 持ち込んでどうするか。敵より早くこちらが飛べなくなるなら、地面スレスレ飛行で墜落の危険を抑え、相打ちを狙うにしても難しい。使役術にかけて落とそうにも、間合いは相手の主導権の下にある。捕まえ損ねる可能性の方が高い。

 チョロに徒歩でドタドタ逃げさせるというのもどうか。飛びさえしなければ墜落の危険は一方的に敵だけのことになる。

 いや、破壊魔術の爆撃が徒歩の速度で回避できるとは思えない。

 逃げるにしても逃げる先が必要だが、チョロの巨体を隠すにはそれなりの大きさの谷がなくてはいけない。近くにそんなものあっただろうか。

 ……黙考している数呼吸ほどの間に、第二撃が飛んできた。

「守るぞ、ファル殿!」

「はいっ!」

 ロータスとファルが「シールド」の魔剣を使い、魔術を防ごうとする。

 だが、魔術の収束が強く、「シールド」を露骨に破りに来ている。

「防ぎ……きれるか……!?」

「ロータス! 交差を使います!」

「ファル殿、それは!」

 ファルが鞘から「デストロイヤー」を抜き、自分の「シールド」に叩き付ける。

 魔剣効果が相乗し、魔術の光弾を「破壊」する。

「……ぷはっ」

「ファル殿!」

「はぁっ……はぁっ……これこそ、どうしてもという事態、でしょう?」

「しかし、無茶を……魔剣も腕も壊れてしまっても不思議ではない。『デストロイヤー』はおやめください」

「二度三度とは使えない手ですね……って、またっ!!」

 ファルの言う通り、またも魔術がこちらを狙撃してくる。

 今度はレミリスが杖を振るい、魔術の光弾を複数生んだ。

「相殺。無理だから、残り、防いで」

「お前ひとりで防ぐ前提の攻撃だからな本来! チョロ守りたいんだろ!?」

「チョロ、魔術耐性ある。多少もらっても平気。直撃は可哀想」

「……あくまでお前とチョロだけならギリギリ死なないってわけかよ!」

「ん」

 レミリスの生んだラピッドボルトは迫り来る巨大光弾を削り、小さくしたものの、それでもまともな人間が直撃すれば焦げて死ぬ程度の巨大さと濃密さは残っている。

 それを再びロータスとファルが力を合わせて凌ぐ。

「こんなの何発撃てるんだよ……」

「彼、アルチュール。うちの機関でも、破壊魔術の威力、トップクラス。あれ、本気じゃない」

「冗談だろ」

「音を上げるの、待ってる。本気なら、ワイバーン、一撃死」

「……どうしたものか」

「いい魔剣は……ないものでしょうか……これではなく……これではなく」

「ファル。魔剣効果だけでやれる状況じゃねえぞ」

「しかし」

 ホークもいい策は思い浮かばない。相手はゆっくりと自分のペースで攻撃できる。こちらは手が届かない。

 ホークの持つ合成弓では、空を飛ぶワイバーンまでは届かない。そもそも背中の魔術師も見えるか見えないかだ。射線さえ通れば“祝福”で当てるという逆転も狙えるのに。

「古の魔剣も何本かあるのに……どれがどういう効果か、確かめている暇が」

「……! そういえば、ファル殿!」

 ロータスはファルの手にある鞘から、一本の魔剣を引き抜く。

「『エビルミラー』……これならおそらく!」

「それ魔剣効果を跳ね返す剣だろ!?」

「魔術もだいたいは似たようなものだ!」

 次の魔法弾をレミリスが削り、ロータスは一歩踏み込んで「エビルミラー」を叩き付ける。

 果たして、魔法弾は跳ね返って地面に大穴を空けた。

「いける」

「再使用時間とかってのは!?」

「少々長そうだが、元の出力に余裕がある。小出しに制御できればしばらくもつはずだ」

 ロータスはバフェットが最後に見せた魔剣を頼もしそうに掲げる。

「ホーク殿、あとは奴を落とすだけだ!」

「それができりゃ苦労はねえ!」

 防ぐ目途は立った。だがこれでようやく「不利ではなくなった」という程度だ。

 ワイバーンで距離を取られていて、こちらは離陸できないのは変わらない。

 どうにかして相手を手の届く範囲に引き下ろさなければならない。

「ファル。例の『エアブラスト』ってのを使って、アイツと空中戦できると思うか」

「難しいところです。あの巨大な翼の起こす気流に、魔剣の風で逆らえるかどうか……近寄るくらいはできなくはないでしょうけど」

「その上でやり合うのは厳しいってか……いや、そうだ」

 レミリスを振り返る。

「レミリス。飛ぶぞ」

「?」

「チョロで飛ぶ」

「危険」

「わかってる。合わせ技だ」


 チョロの背中には掴まれる場所が少ない。

 なので、ワイバーンの乗り心地に慣れたレミリス以外は、背中に乗るよりその足に掴まれる方がまだしも安全となる。

「浮いたら、二人を掴んで、飛び上がる。その後は、お任せ」

「ああ。……頼むぞ、ファル」

「不安な作戦ですが……」

「何、魔王と戦うよりはだいぶイージーだ」

 チョロが翼を打って離陸を始め、ホークとファルはしゃがんでその風に耐えつつ、ワイバーンの足にガッと掴まれて浮上を開始。

 その隙をカバーするためにロータスは「ロアブレイド」を使って何度か遠距離攻撃を仕掛けている。遠すぎて威力にも命中精度にも不安しかないが、牽制だ。

 案の定、敵のワイバーンはチョロの浮上を狙い、近づいてくる。

 使役術でチョロの身体制御を奪い、落とす。懸念した通りの流れだ。

 だが、ホークたちは敢えてそれをさせる。

 近づく。敵よりも上を取ろうと翼を激しく羽ばたかせるチョロ。

 高空を取れば取るほどに、落下時のダメージが高まることも意味する。敵はその自殺行為にいぶかりながらも接近して来ようとする。

 魔法戦なら上下を取り合う意味はなく、格闘戦でチョロに勝ち目はないのだ。だから「上を取る」という自然界の空中戦で当然の行為は、二頭の間では無意味。

 の、はずだった。

「今だ、放せ!」

「行きます!」

 敵ワイバーンよりいくらか高度が稼げたところで、ホークとファルはワイバーンの足から投擲される。

 自分の足で飛び出したわけではないせいで、変な形に回転がついてしまったことに恐怖を覚えながら、ホークはファルに任せる。

「エアブラスト」で、ここから飛ぶのだ。

 地上からワイバーンに「エアブラスト」の推進力で飛び乗ろうとすれば、魔剣の限界を気にしなければならないこともあり、ワイバーンより高空を経由するような余裕のある飛び方はできない。

 何より、それで飛べるのはせいぜいファル本人だけで、ホークは運べない。

 だが、空中からなら大幅に難易度は下がる。

 果たして、ぐるぐると回るホークをファルはかろうじてキャッチし、デタラメな抱きつき合い方をしつつも「エアブラスト」を発動する。

「ナイスキャッ……もごっ……!」

「動かないでくださいっ……! んぬーーーーっ!!」

 上下逆さま、お互いの股間に顔を埋めるような形になってしまったが、離れて仕切り直す暇はない。ファルはそのまま渾身の気合で「エアブラスト」の風を吹かし、ワイバーンの頭上をかすめて飛ぶ。


 そして、ホークはすれ違う瞬間に、吹雪を呼ぶ。


「……っと、終わりだ」

 ホークは手元から消えた短剣の感触を確かめるように手を開き、握る。

 狙い通りなら、魔術師の心臓を深々と貫いているはずだ。

「お、終わったんですか!?」

「ああ。……それより俺たちの着地だな」

「……着地」

「着地だ」

「……あの、降りるのも……私の担当、なんですよね」

「どうした……ああいや言わなくていい」

 ホークはファルの内腿にドッと冷や汗が感じられた気がして、自分も着地をよく考えていなかったのを理解した。

 敵より高く、ファルがホークを連れて飛ぶ。それしか考えていなかった。

 高く飛んだら、着地が出来なければ自殺だ。

「……ファル。とりあえずお前はお前の着地だけ考えろ」

「ホーク様!?」

「二人して死ぬとマジでどうしようもなくなる。俺がうっかり死んだら……そうだな、できればレヴァリアで復活よろしく」

「ちょっ!?」

 ホークはファルを放そうとするが、ファルはギュッとホークを掴んで離れない。

「それは駄目です!」

「いいからとにかく離れろ! この体勢だと本当に何もできねえだろ!」

「離れたらホーク様が死んでしまうじゃないですか!」

「なんとかできるかも知れねえけど二人分は自信がねえんだよ! ああ畜生地面が近くなってきてるだろこれ!」

 ホークは無理矢理ファルから身を離し、そして地面までほとんど距離がないことを知る。

 思い付きだ。うまくはいかないかもしれない。

 だが、今からではファルの「エアブラスト」も間に合わない。

「畜生……恨むなよ!?」


 そして、地面に着地したイメージ、そしてファルを横抱きに抱え込むイメージを強く認識し、砂のように細かい泡に意識を飲み込ませる。


 一瞬の意識の断絶の後、イメージは成就する。

 高速で地面に激突しかかっていた二人は、ほぼ何の衝撃もなく地面に降りていた。

「…………!」

「ふあっ!?」

 自分たちが巻いてきた風だろう。背後の夏草を、ブォッという風が薙いでいく音がする。

 ホークは片膝をついてファルを抱いていたが、立ち上がる体力が残っておらず、ファルをズルリと地面に下ろして自分は横に伸びた。

「っはぁっ……はあっ……はあっ……!!」

「え……な、何が……?」

「……俺のアレだよ……っ、ほとんど、勢いとか、無視できるから……もしかしたらと、思ったが……っ……」

 息が切れる。

 空中を高速で飛んでいるだけでも体力は使う。落ち着いて息などできないのだ。

 そこからの“盗賊の祝福”連発は、当然ながら体力をほとんど奪っていった。

 しかし、狙いはうまくいった。

“盗賊の祝福”の前後に、慣性は関係ない。体感的になんとなく理解していた法則だが、これで一応、証明された。

「……これ、応用したら……どんな高い場所からでも、飛び降りられる、な……ちょっと勉強になった……でも、もうやりたくねえ」

「あ、あの……ありがとう、ございます……」

 遠くで、チョロに乗ったままのレミリスが敵のワイバーンを墜落させたのが見えた。

 どこに魔術師の死体が落ちただろう。短剣は回収しないとな、とホークはぼんやりと考えた。

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