空の旅路

 翌日、ホークたちは準備を整え、宿場の村からワイバーンで旅立つことになった。

「あたしワイバーンに乗るってもっとこう……かっこいい感じだと思ってた」

「仕方ねえだろ。背中に鞍があるわけじゃねえんだから」

 ワイバーンの背中に乗るのはレミリスだけで、それ以外は農家にもらった丈夫なカゴを使ったゴンドラに入れられ、ワイバーンの胴体に縄をかけて吊り下げられることになったが。

「多分、いっぱい乗ったら、滑り落ちる。チョロ、飛行姿勢、結構変わる」

「このカゴ三人も乗って大丈夫かな……」

「死体の二人もいるから五人だ」

「もっとロバさんの荷車みたいな頑丈なのにならない?」

「少しでも軽くしないとワイバーン殿の負担も大きいだろう」

「うー……下が透けて見えるのはやだよう」

「もうメイは寝とけ。ファルなら喜ぶんじゃねえか」

「姫……いや、ファル殿をなんだと思っているのだホーク殿は」

 宿場村の村民たちも見送りに来てくれた。

 彼らに手を振られる中、レミリスとワイバーンはゆっくりと舞い上がり、ホークたちは思ったよりぶらんぶらん揺れるゴンドラに悲鳴を上げながら飛び立つ。


       ◇◇◇


「結局どれくらい進んだんだ」

「場所が正確にはわからんが……あの山がベルマーダ最高峰のメロナ山だとすれば、日暮れの方角があそことして……そうだな、あと二日も飛べばレヴァリア領内だ」

「二日か……意外とかかるな」

「徒歩ならばセネスまで一週間、セネス越えにさらに五日はかかっていた。その間にアルフレッド王子の手が伸びていたと思えば、早々に国を出られただけでも儲けものだ」

「お前もファルもアルフレッド王子とやらを信用しなさすぎじゃねえ?」

 ベルマーダ領内の森の中、小さな草原でホークたちは一日目の野営をする。

 ベルマーダ王国はレヴァリアよりもさらに小さな国だが、勇猛なドワーフ族を多く抱える土地であり、彼らが代々掘った坑道を活用した自在な奇襲戦術によって、防衛能力は高いとされている。

 まだ戦火の気配は感じられないが、この時代の情報伝達速度は口伝え頼りだ。このまま人里を避けて進む限りにおいて、魔王軍との戦争は感知できないままかもしれない。

「こんな森の真ん中での野営は本来御免こうむりたいけどな。どこから狼や魔物が寄ってくるかわかりやしねえ」

「そこは心配いらんだろう。野獣や魔物たちにとってもワイバーンは脅威に違いない。そう迂闊には寄ってこれんだろうに」

「そうなんだが、やっぱり不意打ちに備えきれない場所で目を閉じるのは嫌なもんだ」

「チョロ、用心深い。異変、すぐ、教える」

「私もメイさんの体質のおかげで夜闇は苦になりません。いざとなれば魔剣は豊富ですから、魔物なら何とでもなります。特に夜行性の魔物は『フラッシャー』に弱いと聞きますし」

 ファルはゴンドラに乗ったところで本当にメイが精神集中して交代してしまったため、それからずっと起きている。

 ゴンドラに恐怖は特に感じなかったようで、むしろ高空を移動する感覚を喜んでいた。

 ちなみにホークはイレーネのおかげで空を飛ぶのは初めてではなかったため、多少気構えができたのだが、ロータスは予想以上に青くなり、旋回時には悲鳴も上げていた。可愛いところもあるな、とホークは久々に思った。

「使いすぎると気絶しちまうんだろ。注意はしとけよ」

「あれは……まあ、少し調子に乗り過ぎたといいますか……こんなに大量の魔剣を使い分けたのは久しぶりだったので」

「魔剣使うのってそんなに体力消費するのか」

「体力というより気力ですね。発動する時に強く集中を繰り返しますし、反動のようなものも返ってくるので、短時間に繰り返すと少し気が遠くなることもあります。普通は再使用時間があるのでそこまで無茶はできないのですが……」

「姫は魔剣を二本持ちでどんどん使用する癖がある。『魔剣交差』は確かに強力だが、本当に必要な時を見極めるべきだと再三申し上げているのだが」

「わ、わかっています。自分の体で使う時は本当に少し気が遠くなる程度だったので、まさかそのまま意識を失ってしまうなんて思わなかったんです」

 言い訳をするファル。

 そのおかげでメイに切り替わり、ワイバーンを殴って降参させたので怪我の功名だったのだが。

「魔剣交差?」

 聞き慣れない単語にホークは思わず聞き返す。

 ロータスは解説に入った。

「二本の魔剣を同時に発動し、魔剣効果を混合する技だ。『フレイムスロウ』と『エアブラスト』を合成し、火力を倍加して火柱とする『ファイヤーストーム』などがわかりやすいな。量産魔剣でも限界以上の威力が出せるので近年のロムガルドの勇者たちが多用するようになったのだが……先の通り、魔剣を使うにはそれなりに反動もある。それが一気に二倍も来れば、片方ぶんなら我慢できる者でも一気に人事不省に陥ることもあるのだ。どうしてもということでない限りは私は使わんな」

「はぁ……いろいろなテクがあるんだな」

「私に言わせれば、筋を痛めるような無理矢理の技だがな。……魔剣の性能が限られる中で工夫するその意気は買うが」

「お前は変態のくせに技はクレバーだもんな。でも、無理しねえから二流なんじゃねえの」

「む。それとこれとは別だ。いや、二流だからこそ冷静に戦わなくてはならん。戦いは必ずしも力比べではない。粘って見出す活路もあるのだからな」

 ロータスは「心外な」とでも言いたげに鼻を鳴らすが、こちらはこちらでだいぶ言い訳臭い。

「ロータスは変態と言われることには反論しないのですね……」

「反論はしているのだが聞き入れてもらえない。齢数百歳にして小娘のような貞操観でもないというだけなのだが」

「本当は何百歳で何人浮名を流してきたんだお前……」

「ふ。ホーク殿、女のそういう経歴は寝物語から類推するのが粋というものだぞ」

 ドヤ顔のロータス。苦笑いで誤魔化すしかない。

 そんな中、レミリスは黙ってワイバーンの体に寄りかかって目を閉じていた。

 少し内輪の空気を出し過ぎたか、とホークは心配したが、レミリスはややあって目を開く。

「ワイバーンの気配、ある」

「は?」

「チョロの知覚、借りた。チョロ、ワイバーンの声、よく聞こえる。聞こえた」

「使役術にはワイバーンと感覚を共有する術があり、それで周囲の音から索敵をしていたということか」

「ん」

「……解説ありがとうロータス」

 ホークは毎度のロータスの通訳に形式的に礼を言ってから、その意味を考える。

「ここらにワイバーンの縄張りがあるっていうことか? こいつの侵入に気づかれている……?」

「かも。微かだったから、わからない」

「野生のワイバーンとカチ合ったらどうなるんだ」

「……チョロ、まだ成体じゃない。成体相手は、負ける……かな」

「まだこいつ成体じゃねえのかよ」

「人だと、14、15歳くらい? 体長、大人近い。でも、力、足りない」

「ふむ、それなら喧嘩は避けたいところか。……いや、むしろ誘い込んでメイ殿に迎撃してもらう手もあるか」

「ちょ、ちょっと待ってください。私、メイさんにすぐ代わる手がありません」

「魔剣使いすぎてみたらどうだ?」

「なんだか自分で頭を打って気絶するような虚しさを感じるのですが……」

「じゃあファル、お前とロータスで迎撃だ」

「ワイバーンに効く魔剣ってどういうのがいいのでしょう……」

「ホーク殿も手伝ってくれ。相手を殺していいのなら、ホーク殿にも何かできることはあるだろう」

「お前な。体長何十フィートって化け物に短剣の早業でどうしろってんだ。まず届かねえだろ」

「ドラゴンは撃退できたではないか」

「アレはイレーネのおかげだっつってんだろ!?」

 三人が慌ててバフェットの鞘を弄りながらあーだこーだと騒いでいると、レミリスは再びワイバーンと同調したらしく、追加情報を出す。

「ごめん。野生ワイバーンじゃ、ない」

「は?」

「アスラゲイトのワイバーン」

「……お前探してる連中か」

「ん」

「や、やり過ごすぞ!」

「……チョロ、どうしよう。隠れるとこ」

「あるかよ!?」

 ホークたちはさらに慌てた。

 夜とはいえ、空から見てワイバーンは目立つ。

 こんな時間にも飛んで探しているなら、闇に無策ということもあるまい。狼人族のように闇を見通すよう自己強化するような魔法もあるかもしれない。

「ロータス、透明にする例の魔法使え!」

「この大きさのものにか!? 最低でも準備に一刻はかかるぞ!?」

「そんなめんどくさいやつなのかアレ!?」

「大きなものを隠そうとすれば等比級数的に難度が上がるのだ。とにかく半身でも隠せる場所に動かさねば」

「チョロ。動くよ」

 レミリスがワイバーンの背に登ろうとする。

 が、その時に遠くから微かに甲高い声が聞こえた。

 鳥のような、肉食獣の遠吠えのような、どこか不安になる声。

 それに対し、ワイバーンは答えるように急に同じ声を返す。

「!?」

「レミリス!!」

「……い、言うこと、聞かない……静かにしててって、命令してたのに……!」

「どういうことだ!」

「……私の命令より、上位……条件反射的な部分にチョロに対して返事をするよう仕込まれていたと考えるしかない。チョロの初期調教には私は関わってないというか第四特殊魔術機関ですらなくていくつか怪しい命令が仕込まれている気配は元々感じていたんだけど命令条件がわからなければ確認のしようがないから今までどうにもできなかったんだけど今それを使ってくるってことはベルグレプス皇子がすぐ手を回せる部署でチョロは生まれたということでつまりおそらく皇帝直属の第一魔術機関かあるいは魔族交流部局あたりでワイバーンの孵化事業やってるんだと思うんだけど正直私そこ勤めたかったよね赤ちゃんワイバーンと遊ぶのとか死ぬほど羨ましいしそれに」

「落ち着け! そして現状を見て喋れ!」

「……呼んじゃった。すぐ来る」

「ああそうだと思ったよ!」

「どうするのだホーク殿」

「とにかくジェイナスとリュノの死体を安全な所に! 最悪でもレミリスは殺そうとはしないはずだ、少しでも時間を稼いで安全を確保してから……」

 ホークがそこまで言ったところで、遠方の空が光る。

 みるみる光は大きくなって。

「……お、おいおいおいっ!?」

「ファル殿、『シールド』だ!」

「はいっ!!」


 光は、ホークたちのいる場所を直撃する。


 焚き火やゴンドラが吹き飛ばされ、ロータスとファルが張った「シールド」の魔剣による結界で、ホークとレミリスはなんとか直撃を免れる。

「なんだ……こりゃ」

「相当上位の攻撃魔術だろう。『ロアブレイド』の全開クラスだな」

「なんてもんブチ込んできやがる」

 ホークはまずレミリスが負傷していないことを確認、そしてジェイナスとリュノの死体を確認する。

 頭は別なので、それだけは咄嗟に抱えたところで魔法が来た。だから最悪でも復活の儀式自体はできる。

 果たして、二人の死体のうちリュノは半面焦げていた。

「……ひでえ真似しやがる」

「この程度なら霊薬の残りでなんとかなるだろう」

「女の黒焦げ死体とか、本当にメシのマズくなる真似しやがって」

 ホークはゆっくりと降りてくるもう一頭のワイバーンを睨みあげた。


『仮にもアスラゲイトの魔術師だ。この程度で死ぬとは思わんが。随分と連れが多いものだな、レミリス』


 魔法で増幅された声が響く。

「どういうつもり」

 レミリスがはっきりと怒った声で叫ぶ。

 ワイバーンの男は増幅音声で答える。

『それはこちらの台詞だ。使役術士はアスラゲイトの軍事機密。ワイバーンを堂々と共に連れ、他国の人間と接触していていいはずがないだろう。……そいつらを片付ければベルグレプス皇子との祝言だ。拒否はすまいな』

「する」

『愚かな。農民の娘風情が機関にチヤホヤされてのぼせ上がるな。お前はあくまで皇帝の慈悲で生かされている臣民の一人だ。ワイバーン一頭手懐けた程度で何もかも好きにできるつもりか』

「…………っ」

 レミリスを制し、ホークはワイバーン上の男を睨みあげる。

 そして笑った。嘲笑った。

「悪いが手遅れだ。こいつはもう俺が盗んだ」

『……何だ貴様は』

「少なくともアスラゲイトの手品師風情が偉そうな口叩いていい相手じゃねえな」

『……まさか今のを防げたので私より優れていると言い張るつもりか? 愚かな』

「バーカ。……魔王にいいように弄ばれたブザマな連中の一味に言ってんだよ」

 ホークは居丈高な魔術師に対し、ふつふつと湧く怒りのままに敵対宣言をした。

「そっちはもう手を上げた。こっちが抜いても文句は言わせねえ」

『なるほど。早く死にたいか』

 バサッ、とワイバーンはホバリングから大きく翼を打ち、上昇しようとする。

「ロータス! ファル!」

「どのみちこうなるな!」

「お手伝いいたします!」

 二人はそれぞれに魔剣を抜き、ホークの左右を固める。

 ロクな対策案などないまま、対空魔法戦が始まった。

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