幼馴染は奇人

 レミリスの傷口を縫っていた糸をロータスが抜糸する。

「少し跡が残るかもしれんな。余裕があればちゃんとした神官にウーンズリペアを使ってもらうといい」

「ん」

 コク、と頷き、レミリスは服を着直す。

 ようやく満足に動けるようになったレミリスは、怪我のドサクサでずっと整えられていなかった髪や服装を気にする。

「ぱさぱさ。……ぼろぼろ」

「ここにも風呂屋はあるだろ。入ってきたらどうだ」

「ん」

 素直にうなずくレミリス。

 腰まである彼女の髪は、深い紺色。通常はあり得ない青系の髪色は魔術師に多い。

 彼女の家もホークと同じく大して曰くもない農家だったので、彼女の髪がそういう色だとわかった時には一家大喜びしたという。魔法の才能者は特に魔導帝国アスラゲイトでは重用されるのだった。

「あたしもパルマンでお風呂お預けだったし、一緒に行こうかな」

「行ってこい行ってこい。……ロータス、霊薬って余りはあるか?」

「多少はあるが」

「どれだけの効果があるんだ。ことによっちゃ随分な便利アイテムじゃねえのか」

「ホーク殿。そんなことより二人とも風呂に行くのだぞ。ロマンを追い求めなくて良いのか」

「黙れ変態。レミリスの乳ならさっき見たしメイは言うほどねえだろうが」

「ふ。乳房にばかり気を向けるとはやはり童貞だな」

「それ以上喋ると縛り上げるぞこのアマ」

「ぬ。やっとその気になったか」

「そういう意味じゃねえよ! 変態は本当に面倒くせえな!」

 ホークとロータスがじゃれあっていると、レミリスはじーっと彼らを見て。

「どういう関係……?」

 困る質問をしてきた。

「こいつは勇者パーティの外部協力者だ」

 ホークは客観的事実を述べて納得させようとするが。

「ホーク殿が童貞を捨てたいというならいつでも受けて立つ」

 ロータスは胸を張って下品なことを言う。

「お前がそういうキャラじゃなければ多少はそういう気にもなったかもしれねえけどよ!」

「何が不満だというのだ」

「現時点で理解できてねえなら言っても無駄だ……」

 ホークが疲れ果てて言うと、レミリスは頷いた。

「だいたいわかった」

「わかったのかよ」

「ホークのいじり方、分かってる人」

「てめえ」

 レミリスにもつっかかりかけたが、その前にレミリスとメイはさっさと出て行ってしまう。

 それを見送ってロータスは感慨深げに目を細めた。

「ホーク殿は幼少時から気質が変わっていないのだな」

「自分ではだいぶ成長したつもりなんだがな」

「成長しても変わらぬものもある。レミリス殿はそれを信じた。ゆえにこうして協力できるのだ。よいことではないか」

「まだ協力してもらってねえけどな」

 ホークは部屋の片隅の椅子にどっかり腰掛ける。

 黄金騎士、魔剣狩人、ワイバーンに幼馴染。

 ロムガルドに入って少しはのんびり歩けるかと思えば、次から次へと忙しいことこの上ない。

「今後ワイバーンで移動できるようになりゃ、少なくとも地面をモタモタ歩いてる連中に後れを取ることはないんだろうけどよ」

「レミリス殿は現状、後ろ盾のない身。ホーク殿の提案に乗り気であったようだし、まさか今から拒絶されるということもないだろう」

「そうなんだが、ここからレヴァリアまで一足飛びってのも、あんまりうまくいきそうな気がしなくてな」

「疑心暗鬼……まあ、今までの経緯が経緯だ。あまりすんなりいくとかえって不安になるのも無理はない」

「嫌なもんだな。ジェイナスが元気な時分には世界中が味方に思えてたし、それが鬱陶しくすら思えてた。今は全く逆だ」

「真の勇者とはそういうものかもしれんな。力を誇示せずとも、己の存在感が周囲を光に染める。それはやはり誰にでもできることではない。私では名乗れぬわけだ」

「ある意味ファルネリアもそうだったと思うがな」

「うむ。せめてあと5年……いや、3年でも魔王が出現するのが遅ければ、姫もジェイナス殿のような高みに至れたのかもしれん」

「……俺には逆立ちしても関係のない話だな」

 光を背負い、そこに現れるだけで俯いていた人々が希望を取り戻す。

 誰もが味方に付き、世界を奪い返す明日を信じ始める。

 自分がそんな風になる想像は、ホークにはできない。

「そうか? 案外ホーク殿はそういう資質があると思うが」

「ねーよ。盗賊が来て喜ぶ奴なんているもんか」

「ただの盗賊ではそうかもしれん。しかし“正義の大盗賊”なら、どうだろうな」

「蒸し返すなよ、それ。だいたいそれはジェイナスやメイが」

「貴殿の気構えの問題だ。……矛盾していてもいいではないか。こうして旅を続ける貴殿は、決して小さな路地裏の存在ではない。卑下するのではなく、盗賊なりに世を救うと貴殿が公言するのなら、それは真なる勇者と同じだけの希望を人に与えうるのではないか? 貴殿は自分がそんな晴れがましい存在ではないというのだろうが、思い上がりの分不相応とは、勇者もしばしば言われることだ」

「……恥をかけってことかよ」

「貴殿にその覚悟があれば、誰かは希望を持つかもしれん。それだけだ」

「…………」

 ホークは頭の後ろで手を組み、うんざりした息を吐いて天井を見る。

 だが、そういうものかもしれない。

 ジェイナスはどれだけ大それた期待をかけられても、笑ってそれを受け入れた。

 確かにそれだけの力があった。しかし、力がジェイナスのカリスマの全てだったわけではない。

 予防線で自分への期待を削ぐような真似をしない、ただただ応えようと危地に歩み続けるその姿こそが、ジェイナスを誰もが認める英雄たらしめたのだろう。

「だとすれば、やっぱり俺は勇者にはなれねえよ」

「…………」

「嫌われるのは慣れてるが、知らない誰かに期待させて失望されるなんて、それこそ耐えられねえ」

「なるほどな。……わからなくもない」

 ロータスは頷き、そして意味ありげに笑う。

「だが、覚えておけ。もしも、それでも怯えを捨てたならば……知らない誰かではなく、貴殿を知る誰もが、その覚悟を頼もしく思い希望を持つだろう」

「焚きつけようったって無駄だぞ。なんつってもダセェだろ、正義の大盗賊は」

「今どき勇者などと名乗っている者がそれを笑えるものか」

「お前今さらっと自国の花形バカにしたな?」

「国家に抱えられた時点で、それは勇気のなしたことではなく、ただの義務で業務。ナンセンスなのは同じだろう」

「そうかもしれないが」

 はっはっはっと笑うロータス。

 下品な話でも勝てる気がしないが、真面目な話でも対面ではこのエルフにはかなわない。


 しばらくするとレミリスとファルが戻ってきた。

「……いつファルになったんだ」

「お風呂の中で……メイさんがフッと気を抜いて、私に代わってしまったみたいです。溺れそうになりました」

「……なんで髪、変わるの」

 メイとファルの変化はレミリスにも不可解なようで、ずっとレミリスは怪訝そうな顔でファルを見ていた。

「さっき、説明、受けた。わからない」

「アスラゲイトでも使い手がいるとは思えない術ですから……私も未だに詳しい仕様はわかりませんし」

「不可解」

 言いながらもファルの髪を梳くレミリス。

「髪質、変わってる。さらさら」

「は、はい?」

「入る前、触った。ごわごわ。変わった」

「風呂に入る前にメイ殿の髪を触ったらゴワついていたのが、ファル殿になったらサラサラになっていた、というのだな」

「ん」

「確かにそれは不思議だ」

 ロータスとレミリスがファルの髪を二人してごちゃごちゃ触る。

「く、くすぐったいんですが」

「結う。変わる。結果、見たい」

「なるほど。この髪質で繊細に編んで、元のメイ殿の髪にもどったらどうなるか、というのか。私も興味がある」

「ちょっ……ホーク様、助けて下さい」

「女の髪の話題は半可な知識じゃついてけねえから下手に触れるなって言われててな」

「難しい話ではなく! メイさんに私が怒られます!」

「だとよ」

「大丈夫。私、怒られる」

 ぐ、と無表情で親指を立て、妙な器用さでファルの髪を結い始めるレミリス。

「不思議、見たい」

「全然解決になってませんー!」

「あんまメイ怒らせるなよ。本気で切れたら誰も止められないからな。多分俺でも」

「ん」

 実際、メイと殺し合いになったら多分ホークは“祝福”をフル活用しても死ぬ。

 そもそも本気のメイの動きは、どこにいるかさえおそらく捉えられない。“祝福”で反撃のしようがないのだ。


 数刻後。

 案の定、メイに戻ったら結った髪がメチャメチャに跳ねた挙句根元が引っ張られてとても痛かったようで、メイは怒った。

 さすがに殴りはしなかったものの、レミリスとロータスは復讐として変な巻貝頭にされた。

 罰なのですぐに解くこともできず、ホークは堪え切れず笑ったが、ロータスは少々落ち込んでいたのに対し、レミリスはなぜか面白がってワイバーンに見せに行き、彼の前で変な踊りまでしてみせていた。

「レミリス殿は幼少時からあの調子なのか」

「……あんまり変わってねえな、うん」

 ある意味でホークも安心した。そしてコレの面倒をこれからずっと見るのか、と少し愕然とした。

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