盗賊本業

 三人でパルマンの街に戻り、必要材料をロータスと二人で手分けして探すことにする。

 メイは何のためについてきたのかというと、単に一人でおいておくのは不安だからだ。いつファルに変わるかわからないし、意識が不安定なまま留守番をさせるというのも余計なピンチを招きそうだ。

「買える材料なら合法的に手に入れてよね?」

「奇跡の薬の材料がお安いと思うか? 魔術師の取引する材料なんてのは大抵高価なんだよ。魔術に使えるって理由で本来捨てるような素材でも高価になってるともいえるが」

「うー」

「そんな顔すんなよ。盗みが悪い事なのはわかってるさ。だが、これ以上足止めされてみろ。ジルヴェインがロムガルドに飛び込んできたら、こんなセコい材料云々なんて話じゃなくなっちまうんだ」

「わかってるけどー」

 ホーク自身、世界の為だ、なんていう言い草は卑怯だというのは理解している。

 たまたまちょうどいい場所にいて、ちょうどいいものを持っていた。それだけの理由で財産を奪われるというのは、やられる側にしてみれば不公平極まりないことだ。

 本質的には、ホーク自身がこれ以上リスクを取りたくないというだけである。ベルマーダやセネスをえっちらおっちら抜けているうちに、いくつの厄介事が降りかかってくるかわからない。正直かつ悠長にそれを甘受したくない。

 もし厄介事や追いつかれるリスクを承知でのんびり旅を続ける、あるいはレミリスが快復するまで待つという選択肢を取るなら、盗みの被害者は生まれない。

 だが、そうだとしてもホークは綺麗事を選ぶつもりはなかった。

 日なたの住人は既に敵に回している。ホークはなんとしても、どう汚れてでも、この旅を切り抜けてジェイナスたちを……メイとファルを救う。

 それこそが自分の役割だと思うのだ。

 王家に恩義なんか感じているわけではない。世界を救ったという名声が欲しいわけでもない。

(戦う理由、か)

 ライリーの問いかけを思い出す。魔王戦役の熱狂、ファルネリアたち勇者の義務感に流されていないか、と。

 本当は、もう理由はわかっている。

 若造で、日陰者で、正義の外側のホークが、過大な苦労と汚名を引き受けても、この旅を絶対に歩み切ろうと思う理由。

 そんなものは。


(メイを守るために、決まってんだ)


 この危うい少女を見捨てて闇に逃げ込んだりはできない。

 世界を守るなんていうのは建前。ジェイナスが生き返らなければ人類は本当に勝てないのか、というのも、あまり実感はない。

 ただただメイに、ロクな人生の楽しみも知らないまま魔王戦役の犠牲者になってほしくない。

 ここまでの旅で、そう思ってしまったのだ。

 それが恋愛感情なのか、父性なのか、家族愛に近いものなのか……あるいはホーク自身が守られたことによる感情移入なのか、そんなことはわからない。

 それでもホークは、それが自分のやることに芯を通す……「骨のある悪党」になる、という信条のために必要な決意だと思っている。

 メイを守る。そしてメイが心を通わせたファルも、ついでに守る。

 そのためなら、盗みの悪徳などなにほどでもない。

「いくぞロータス。材料のうちで手に入りづらそうなのを教えろ」

「多少土地鑑のある私の方が、そういう探索には向いていると思うのだが」

「お前はもう何十年も、お上で真っ当な仕事してるんだろ。こっちは根っからの裏通りの住人だ。鼻は俺の方が利く」

「……むう。まあ、いざ手に入れる段になるとホーク殿の方が有利なのは事実だが」

「だろ。無茶はしねえで任せとけ」

「あたしはどうしてたらいい?」

「そのへんでのんびりしてろ」

「なんか雑ー」

「いつファルになっちまうかわかんねぇんだからしょうがねえだろ。もうすぐロバたちともお別れなんだから戯れてろ」

「はーい」

 ジェイナスたちの死体を宿場に放置するわけにもいかないため、ロバも連れてきているのだった。

 少しふて腐れたようにロバたちの前にしゃがみ込み、すぐに笑顔になってロバと戯れ始めたメイを見届けて、ホークとロータスは頷き合い、パルマン市街にそれぞれ散っていく。


       ◇◇◇


「サーペントドラゴンの? 妙なモン欲しがるんだな。そんな素材あるのを知ってる奴自体、ここらじゃそういないぜ」

「どうしても必要って知り合いの魔術師に頼まれてな。ここならなんでも揃うんだろ?」

「普通の素材ならな。……サーペントドラゴンはヴェルゾス大森林以南の、足場の悪い湿地にしかいねえモンスターだ。ノーマルのドラゴンほどじゃねえが、半端な勇者じゃ返り討ちってのは変わらねえ。そいつがまだ生きてるうちにだな」

「あるのかないのか、だ。わかるか親父。ないなら他を当たる」

「待て待て若いの。これが半端な値じゃねえ理由ってのを教えたかったのさ。見た感じお前さんが払える額って感じじゃねえんだよ」

「ハッタリはいらねえって言ってんだよ」

「じゃあこんだけ。……払えるか。ゼロの数が見えるか」

「……現物の大きさは?」

「こんなもんだ」

「指じゃなくてモノを見せてくれよ」

「だからお前さんが払えるような……」

「完品の魔剣20本。……あるルートで手に入れてんだ。この店もう一軒建つぜ」

「…………若いの。お前、“魔剣狩人”の騒ぎに首突っ込んだのか?」

「さあな。ここらのマーケットは知らねえから、もしモノが良ければまるっと物々交換してやろうと思ってたんだが……出せねえってんなら他を当たるさ」

「……ちょっと待ってろ。……これだ。触るなよ」

「……なるほど。これでその値か」

「不満か? これより安くは手に入らんぞ」

「ま、よそでそれが本当か聞いてみるさ。なんせこっちは現物だ。いくつも買うってわけにはいかねえ。少しでも状態のいいのを欲しいもんでな」

「はっ。若いの、商売が下手だな。次に来た時には足元見ちまうぜ?」

「一番安いってのが本当だったら、な。タヌキ親父さんよ」

 素材商人が箱を閉じる瞬間、ホークは“盗賊の祝福”を使い、素材を掠めとって何食わぬ顔で店を出る。

「さて。次は……と」


 後をつけてくる影があり、ホークはそれも“二つ目の祝福”で撒く。

 どうせさっきの商人の手の者だろう。まだ奪ったことがバレているとは思えないが、怪しいホークに目をつけ、隙あらばひと財産の魔剣を巻き上げてしまおうとしているのかもしれない。

 だが、そんなものにホークが捕まるはずもない。

「……ふぅ、っと」

 路地裏で壁に背をつけ、少し休憩。

 なんとなく、自分の中の“祝福”の扱い方が、経験則として見えてくる。

(そろそろややこしくなってきたな……整理するか)

 右手を眺めながら、種類の違う三つの“祝福”を、それぞれに確認していく。


 ひとつは、最初からホークが使っていた、強い集中によって発動する“吹雪の祝福”。

 これは、せいぜい息を止めて動ける所までが行動限界。

 利点はとにかく力いっぱい意識を集中すればいいので、発動が早い。切迫した危機感によって無意識に発動するほどだ。

 やれるのは数十ヤードほどの移動、あるいは2、3人ほどの殺害。または、それに準拠する範囲内での瞬間行動。

 途中で任意に一旦行動を止めて状況を確認する「二回分け」も可能だが、どこかに負担がかかるらしく、やると鼻血が出がち。そして「二回分け」をやると若干だが総合的な行動力は落ちる。


 ふたつめは、レイドラでの不穏分子戦で体得した“砂泡の祝福”。

“吹雪”に比べて活動できる限界が長く、最大で四倍近くまで動けるのは確認している。

 まだ発動条件にあやふやな部分があるものの、どうも「ほどほどの集中力」で発動するという特性があるようで、“吹雪”を一度使ったあと、やや脳に血が回っていない状態がいい塩梅のようだ。

 限界まで使うためには「行動予約」を欲張る必要はあるが、本気で強く集中してはいけない、という困った条件になっているため、“吹雪”より先に使うのはホークはまだできない。

 感覚としては“吹雪”を全力の短距離疾走だとするなら、“砂泡”はマイル単位を走るような速度で“祝福”の領域に入る感じになる。

 狙って発動しづらいが、性能面では“吹雪”よりも断然高いため、ホークはもしかしたら本来的、あるいは究極的な“祝福”は、こちらの方かもしれないと考え始めている。


 みっつめは、レミリスに対して発動した“天光の祝福”。

 片手のみに“祝福”の力を集中し、その手が届く範囲で、瞬間的、かつ正確無比の絶技を繰り出す。

 まだ何度も使えていないのでわからないが、これはメリットの多さではなくデメリットの小ささが特筆すべきものだ。

 なんと、疲労が片手だけで済む。おそらく“吹雪”や“砂泡”を阻害することもない。

 つまり、“天光”を使った攻撃の後、“吹雪”や“砂泡”で連続攻撃、あるいは逃亡も可能ということだ。

 また、左手では試していないが、おそらくこちらでも発動は可能。

 最大で四回、保険のストックがあることになる。

 いや、“天光”を使った後に他二つを使うのは、足だけしか動かせないので相当な無駄になるが。


(これで全部なのか……あるいは他にもあるのか。それに、どうして急に色々使えるようになったのかもわからねぇが)

 成長の可能性はまだどうとも断定しづらい。

 が、使えるようになった理由は、おぼろげに憶測できている。

 今まで隠し過ぎたのだ。

 切り札として最後の最後に頼ることにしていた。それでは成長するわけもない。

 その判断は今でも間違いとは思わない。デメリットはとても大きいし、そんなに無茶ばかりしていたら、いつか必ず“祝福”ではフォローの利かないヘマをしていただろう。

 だが、不気味なのはそれだけ隠しきっていたにもかかわらず、そんなホークを勇者の介添えに採用したレヴァリア王家だ。

(まさか見張られてた……? いや、そんなはずはねえか。そんな凄腕なら俺よりもそいつを魔王に立ち向かわせるべきだよな)

 ホークは息を整え、壁から離れる。

 どの祝福も、四半刻をおけば再使用はできる。ただし、当然ながらそれだけで一度全力を出し切った肉体が完全に戻るということはないため、幾度も使えば使うほどに疲労は重く積み重なる。

 特に片手を一瞬で酷使する“天光”は、疲労の抜けが遅い。これはできるだけ使うのを避けた方がいいのかもしれない。

「あとは……紅玉液と聖酒か。……聖酒なんていくらデカい町とはいえ、あるのかね」

 聖水と同じ手順で祝福を受けた酒。パリエス教会は聖職者に飲酒を禁じているため、聖職者が酒を教会に持ち込ませるのを嫌い、なかなか作られるものではないらしいが。


       ◇◇◇


 他の材料も揃ったので、街はずれの集合場所に戻る。

 結果的には聖酒は見つかった。意外と多かった。

 酒は駄目だが聖物なのでパリエスのお墨付きである、よって飲んでも良し、と拡大解釈している聖職者が裏では多いらしい。……というのは、忍び込んだら教会の床下貯蔵庫でちょうど酒をラッパ飲みしていた司祭から聞いた言葉だが。

 ラッキーだったのでそのまま脅して一本譲ってもらった。

「パリエス教会の腐敗ここに極まれりだ」

「娯楽がなくば人はよりわかりづらい享楽を編み出すものだ。禁止はいつも根深い邪悪しか生み出さん」

「そもそもパリエスって魔族なんだろ? なんで酒を禁止なんかしたんだ」

 ホークが言うと、ファルが苦笑しながら言う。

「パリエス様は人には魔術をいくつか教えただけで、教義みたいなものはなにも与えていないそうです」

「……そうなのか」

「私もパリエス教会の方針には少々思う所があったので、手紙で余談として質問してみたんですが」

「じゃあほとんどデタラメなことを庶民は信じて我慢してるってことか」

「でも、それは他人を導く模範たるには必要なことなのではないかと思います。人は綺麗なだけでは生きていけません。だけど、綺麗であろうともしない者を尊敬もしません」

「そうかね。単に渋みが足りねえってだけじゃねえか」

「大きな組織となれば、そういう個人の魅力に頼るばかりでもいられないのですよ。権威を持たせるためには実績が必要です。例え無意味でも、厳しい規範に耐えているという実績が必要なのです」

「結局意味がねえってことには変わらねえじゃん」

「お酒に限って言えば、毎晩酔っぱらって暴れるような者の説法は説得力がないというのが大きいのでしょう」

「世知辛い限りだ」

「ホーク殿は酒に関しては譲らんな」

「…………」

 大人というには少し背伸びがある歳のホーク。言えるほど長く呑んでいるはずもないが、どうしても饒舌になってしまう。

 かっこいい大人というのは酒の飲み方で決まる、と思っているせいだった。

「昔、世話になったオッサンがいてな。……いや、やめやめ」

「ホーク殿、言いかけてやめるのは良くないぞ」

「どうもホーク様は私の前では自分のことを語ってくれない気がします」

「別にお前選んでるわけじゃねえよ。アウトローの身の上話なんか自分を安くするだけだ」

「わけもわからず突っ張っているな。若い若い」

「もういいです。戻ってからレミリスさんに質問しましょう」

「おいファル。お前レミリスと会ってた間寝てたよな? 当然みたいに何を」

「メイさんが交代の時に全部話してくれています。ホーク様の幼少時のお話、楽しみです」

「やめろよ!? 変なこと聞こうとすんなよ!?」

「ふ。通訳は任せてもらおう」

「お前首突っ込みたいだけだろ!?」

「当然だ。問題でも?」

「もうやだこいつら」

 幼時の恥の暴かれる未来を想い、ホークは顔を覆った。

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